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カテゴリー: 社会

新採教師の死が遺したもの

カテゴリー:社会

著者   久冨 善之・佐藤 博之 、 出版   高文研
 2004年9月、静岡県で小学校の新任教師となって半年後、24歳の女性教師が自らの命を絶った。9月29日、秋雨の降る早朝、車中で灯油を全身にかぶっての焼身自殺。
本来、教育は子どもたちの人生を左右する。その全人格にかかわるすばらしい仕事。児童教育は知・情・意、とくに心を育てていく大切なもの。教室は人の心の価値基準をつくる大切な場所。にもかかわらず、それに携わっている教師たちが必要以上のストレスを抱え、孤立させられ、追い込まれている。
 それは、子どもや保護者は言いたい放題、同僚の無関心、成果主義に日々追われている上司。さまざまなキャラクターのモンスターが登場する学校というリングに新規採用の教師が一人、セコンドなしに闘う状況と似通っている。
 新採教師の大変さは理解できる。支援してあげるべきだけど、学校にその余力はない。自分が支援しようとすると、今度は自分のほうがつぶれてしまう。
これは女性教師の自殺を知って寄せられた教師の声です。なんという悲しい悲鳴でしょうか・・・。
 教頭は「同じ教室にいて、なんで子どものチャンバラを止められないんだ。おまえは問題ばかりおこしやがって」と怒鳴り、先輩教師は、「おまえの授業が悪いから生徒が暴れる。アルバイトじゃないんだぞ。しっかり働け」と叱りつけた。
 いずれも当の本人たちは争っていますが、このように言われたとしたら、新採教師の心は相当傷つきますよね。たまりませんね。
 現代の教師の苦しさは、まず、対象である子どもの抱える困難であり、子どもとの関係である。子どもは誰しもが素直に真っ直ぐに成長するものではないし、けっして教師の思い通りにならない存在である。それぞれに生育と生活の重さを背負い、発達の困難を抱えて学校に来ている。だから経験を積んでも教師はつねに難しい仕事である。
 学校は、この自死した新採教師に対して、「思い込み激しい。つまらぬプライド強し」として、教師に向いていないと判断していたようです。夏休みに気分転換しようとして企画した外国旅行も、学年主任から「教えてもらっている身だからよくない」と言われて取りやめました。教師って、休みも自由にとれないんですね。
 8月下旬の日記には、「他の先生の協力をあおぐことに疲れた。私の心が傷つき、さらに疲弊してきた。生きているのが、つらい」と書かれていた。
 両親は、娘の死が労災(公務災害)にあたるとして、不支給決定の取り消しを求めて裁判を起こした。そして、2011年12月15日、裁判所は公務災害にあたるという判決を下した。
「学級運営に関する困難な問題に対して、反省と工夫を繰り返し、懸命に対処しようとしていたものであり、結果的には、児童らによる問題行動の内容やその頻度、新規採用教員としての経験の乏しさから事態が改善するに至らなかったという経緯等を踏まえると、クラスの運営については、もはや一人では対処しきれない状況に陥っていたというべきである。そして、このことは学校側においても十分把握することが可能であったし、指導困難に直面するなかで、教師が疲弊し続けていたことは十分察知できたはずである。
 このような事態の深刻性にかんがみれば、少なくとも管理職や指導を行う立場の教員をはじめ、周囲の教員全体においてクラス運営の状況を正確に把握し、問題の深刻度合いに応じて、その原因を根本的に解決するための適切な支援が行われるべきであった」
「新規採用教員の指導能力ないし対応能力を著しく逸脱した過重なものであったことに比して、十分な支援が行われていたとはとうてい認められない」
「そうすると、公務と精神障害の発症及び自殺との間に相当因果関係を肯定することができる」
 このような認定がなされたというのは、日本の教育現場の現実を反映した正当なものであるだけに、悲しいことです。もっとゆとりをもって、相互に暖かく助けあえる教師集団であってほしいものです。そうであってこそ子どもたちは学校で伸びのび育っていくことができます。
 ところでこのクラスには被虐待児がいたようです。虐待されて育った子どもは、周囲そして自分自身、つまりは人間に対する基本的な信頼感がないため、自らの感情をコントロールできず、激しい攻撃傾向があるようです。そのまま大きくなったら、人格異常と呼べる大人になるのでしょうか・・・。
 いやはや、教育の現場の大変さがよく分かりました。
 私の修習同期で親しい仲間である浜松の塩沢忠和弁護士も裁判に関わっています。控訴されたようですので、引き続きがんばってくださいね。
(2012年4月刊。1500円+税)

ラーメン・うどん・そば店の教科書

カテゴリー:社会

著者   藤井 薫 、 出版   秀和システム
 不況でも繁盛する麺類の店の秘訣が図解されている楽しい本です。
 著者は私と同世代。もともとは飛行機などの設計をしていた人です。それが、讃岐うどんの本場を地元としていたため麺の機械づくりに従事するようになり、そのうちに麺の販売さらには麺類の店を展開し、学校まで開設するに至りました。
 麺ビジネスに一生懸命やれるか、熱い情熱をかけられるか、それがカギだ。
 なるほど、情熱が一番なのですね。
短期間でプロになり、その後もずっと進化し続けて、プロであり続けることが重要だ。プロであり続けることは、日々進化し続ける努力が必要なことを覚悟しなければならない。
 なーるほど、私も若手弁護士に対して、口を酸っぱくしてプロを目ざせ、中途半端な仕事をするなと言い続けています。
 うどんとラーメンとでは、小麦粉に求められる品質が異なる。うどんは、たんぱく質含有量が8~9%の中力粉が適している。ラーメン用の小麦粉に比べると硬さは低く、でんぷんの粘り強い小麦粉が必要だ。国内産で粘り強いもの、オーストラリアのASWという品種の小麦粉がお勧め。北米でとれる小麦粉はうどん用には適さない。
 ラーメン用は、うどん用よりたんぱく質含有量の高い小麦粉を使う。麺線が細いほど、たんぱく質含有率の高い(13~14%)準強力粉か強力粉を使う。11~12%の準強力粉を勧める。ただ、ラーメンも太い麺になるほど、うどんに近い、たんぱく質含有率8~9%の粘り強い小麦粉が必要になる。
 ふむふむ、こんな違いがあるのですね。知りませんでした。
毎年、1日10店が開業し、同じく10店が閉店する。閉店する店の多くは、開業して1年未満の新店である。
 たしかに、私の知る国道沿いのうどん店もオープンして1年あまりで閉店してしまい、ついに私は店に立ち寄る機会がないままでした。
 繁盛している店ほど、食べ物を売っていない。夜に繁盛している店のほとんどは、昼も大変繁盛している。繁盛している店ほど、メニュー数は少ない。
お店にとって、同じようなライフスタイルをもった人たちが同じ店の中にいるほうが、よほど心地よい。
外食の飲食店は、「非日常空間」が演出できることが重要だ。いくらきれいでも、普通の民家のような造りになってしまってはいけない。
手造り感を出すのも一つの方法だ。きれいで整っている店より、下手な大工が作ったような手造り感のある店の方が、味があって評価されやすい。
 夜の営業では、店の外壁の照明が明るいことも重要だ。店の外壁が暗いと、営業していないように見えてしまう。
最近の客は相席を嫌がる人が多いので、ラーメン店ではカウンター9席、うどん・そば店ではカウンター席18席がもっとも効率良い。
カウンター9席しかないラーメン店が厨房内の2人で1時間に5回転、10時間営業で450人の客をさばいている。
 とても実践的な本です。もちろん、麺類の店にはお客として行くだけの私ですが、とても分かりやすく、プロ志向の弁護士である私にも勉強になりました。
(2011年12月刊。1400円+税)

いま開国の時、ニッポンの教育

カテゴリー:社会

著者  尾木 直樹 ・ リヒテルズ直子、 出版  ほんの木
 2008年11月の対談が本になっています。オランダの教育の日本は学ぶところが大きいと感じました。
 日本の教育で一番問題なのは、政治がダイレクトに教育に口を出してくること。まことにそのとおりです。石原慎太郎にはじまり、今では橋下徹。どちらも、大量得票をバックとして偉そうなことを言って教育統制に乗り出しています。
 7・5・3現象といわれるものがある。小学生は7割しか学校の勉強についていけない。中学生は5割、高校生になると3割しか習う内容を理解していない。
 国はビジョンだけで示せばよくて、あとの実践は現場の創意工夫に任せるべきだ。
日本社会の全体が子どもの成長や発達について考えられないばかりか、若者を排除する社会的な虐待をしている。子どもは黙ってついてこい、従えという考え方がある。
 日本社会全体に、大人もふくめて他の人を「肯定」しようという態度が薄い。他者を肯定するつもりがなくて、自己肯定なんてありえない。幸福感が低いうえ、自立心も育てられないので、自分の感情を言葉で表現できない子どもが多い。
 今のヨーロッパの教育は、人間性の総合的な発達、多面的な能力のバランスのとれた発達を重視する方向に動いている。オランダでは、学校は、子どもたちが「学ぶことを学ぶ」ところだと考えられている。
 学力一本で測るのではなく、個の中の多様性をいかに引き出し伸ばすのかが重要。
 日本では学校の役割が、学力だけでラベリングし、格差をより差別化するための「選別工場」の役割を果たしている。
 今の日本では、校長の権限をいかに強化するかという管理強化だけに意識が向いている。命令に素直に従うように長年にわたって徐々に教育委員会が「仕立て上げた人材」である。民主主義を教えるはずの学校が、この自由主義社会において、今や完全に全体主義に陥ってしまっている。
 日本をダメにした、教育を破壊したのは日教組だと、見事に世論を操作してきた。叩くべき敵をつくって、一気に全体主義的な教育支配を貫徹しようとしてきた。
 今や教師は、がんじがらめ。生きのびさえすればと、教師は卑屈になっている。評価される項目ばかりに目が向き、子どもの方に目が向かない。あまりに締めつけているから、優秀な人材が教員になりたがらなくなっている。
 日本の教育をオランダとの比較で考え直してみる格好の材料となる本です。
(2009年5月刊。1600円+税)

みんな悩んで、教師になる!

カテゴリー:社会

著者   佐藤 博・山崎 隆夫 、 出版   かもがわ出版
 教育という仕事の喜びややりがいを奪うものが、今日の社会と学校にあふれ、教師たちを追いつめているのではないか。教師を生きることの困難は、若い教師たちだけの問題ではない。
 公立学校教師の病気休職者は、2009年度に8500人、その6割の5400人が精神性疾患による休職。この神経疾患による休職者は、1993年ころから2.5倍へと急増している。そして病気休職者全体の増加分のほとんどが、「精神性疾患による」休職者となっている。
ベテラン教師であっても生きづらい日々を重ねながら命を削るようにして毎日を送っている。私のよく知る同世代の教師も定年前に退職してしまいました。教師には喜びもあるけれど、無用かつ大変なストレスがかかっているのです。
 初任者研修が、助けあうものではなくなっている。お互いに足をひっぱりあい、批判しあうものになっている。自分の学級がいかにうまくいっているのかアピールする人がいて、自分が指導主事や教育委員会にいかに目立つことができるかを誇示する場になっている。
 管理職や指導教官による「不当な圧力」ともいえる「指導」があり、「対応のしかた」がある。これが新任教師を苦しめ、教師という仕事から夢を奪い、教師を続けることをためらわせている。そして、保護者からの「クレーム」の問題もある。
もっとも強く若い教師を苦しめているのは、失敗や試行錯誤を含めた一人ひとりの教師の、瑞々(みずみず)しい個性的な実践を暖かく見つめる視点がないこと、それらが支えられていないこと。あるいは、不十分ではあっても、さまざまな困難に打ち勝ちながら、子どもと友に成長していく教師への「しなやか」で「ゆるやか」で「人間的な」まなざしが、教育の現場や社会に欠けていること。
人間的完成を呼び覚まし励ましてくれるような会話の流れる関係や言葉が、職員室の中心にあったら、どれだけ若い教師を大きく励ましてくれることだろうか。
教師と子どもを競争で追い立て、支配し、学校を人間が育ち生きる場にしていない今日の状況を変えることがいま切実に求められている。
 いま、国家が全力をあげて教師を蔑んでいる。国が蔑んでいるものを国民が信用するはずがない。だから、うまくいくものもうまくいかない。そして、それをどんどん責め立てて追いつめていく。だから、誰がやってもうまくいかないようなシステムにされてしまっている。この構造そのものが、教師の直面する困難の基本にある。教師はいま、上・下・横・内から責め立てられている、上は教育委員会、校長、副校、主幹。下は肝心の子ども自身からの反抗で、なかなか言うことを聞いてもらえず、さまざまな問題行動が起こり、秩序が乱れて収まらない。そのため、今度は横から、つまり保護者から、いろいろな批判や苦情を言われる。信頼されない。連絡ノートにびっしり要求を書いてくる。「先生、辞めたら」とまで言われる。ついには職員室の内側まで競争にさらされ、同僚からも指導力を問われたり、非難されたり、陰口を言われたりする。
 教師を大いに励まし、横の連携を強めてもらってこそ、子どもたちは安心して教師と一緒に生活できるし、学びあいができます。今の日本の教育は、本当に心配な状況にありますよね。
(2012年3月刊。1500円+税)

核兵器と日米関係

カテゴリー:社会

著者   黒崎 輝 、 出版   有志舎
 日本の「非核」政策なるものの実質を追及した本です。主として1960年から1976年までの日米関係が対象となっています。
 非核三原則が「国是」として広く国民から支持され、日本の核武装を論じることは長くタブー視されてきた。ところが、このところそのタブーも過去のものとなった感がある。核武装すべきだと公言する国会議員が出てきたのです。そして、マスコミがそのままたれ流しします。
 北朝鮮の核兵器とミサイルの脅威に対抗するためには、日本も核兵器を持つべきだという声もかまびすしい。しかし、日本が核武装するかどうかを決めるとき、アメリカの意向は無視できないという認識が広く存在する。
 日本政府が「非核三原則」を掲げる一方、日米安全保障条約を日本の安全保障・防衛政策基軸と位置づけ、核の脅威に対してはアメリカが提供する核抑止力、いわゆる「核の傘」に日本の安全を依存してきたという厳然たる事実(認識?)がある。
 日本は1970年2月にNPTに署名し、1976年6月に同条約を批准した。これによって、日本は非核兵器政策を一方的に宣言するだけでなく、核兵器を製造・保有しない義務を国際社会に対して負うことになった。中国は1964年10月に最初の原爆実験を成功させた。これは日本の宇宙開発関係者にとって大きな衝撃だった。
1961年10月の国連総会において日本は西側諸国として唯一、核兵器使用禁止決議に賛成した。これは唯一の事例である。この決議は核兵器の使用は、国連憲章に反し、人類に対する犯罪であると宣言している。
1966年2月、日本政府は統一見解を発表した。
 「現在の国際情勢のもとにおいて米国の持っている核報復力が全面戦争の発生を抑止する極めて大きい要素をなしている。日本も、このような一般的な意味における核のカサの下にあることを否定することはできない」
 米国の核抑止力への依存政策は、日米安保条約により日本の安全を確保するという政府見解によって覆い隠され続けてきた。
 佐藤栄作首相が非核三原則を表明したのは1967年末のこと。
佐藤栄作首相は、当初、国会で非核の三原則を表明するつもりはなかった。当初の演説原稿には、「持ち込みも許さない」という言葉は入っていなかった。ところが、非核三原則の表明は、予想以上に大反響を呼び、やがて事態は佐藤の思いもよらない展開となった。
 1971年に起きた二度のニクソン・ショックは、日本の指導者たちを驚かし、米国に対して不信感を増強する原因となった。日本政府内では、米国離れの自立志向まで芽生えていた。
日本政府の「非核三原則」なるものが、いかに内実のないインチキのものであったかが明らかにされています。ところが、日本国民がそれを圧倒的に支持している以上、そこから日本政府は大きくはずれることも出来なかったのです。世の中の弁証法的帰結ということでしょうか。
250頁に歴史の内実がぎっしり詰まっていて、理解するのは容易ではありませんでした。
(2006年3月刊。4800円+税)

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