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カテゴリー: 社会

正楽三代

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者  新倉 典生 、 出版  インプレス
 寄席・紙切り百年というサブ・タイトルのついた本です。高座にかしこまって座っていながら、身体をゆっさゆっさ揺らしつつ、紙を動かしてはさみで器用に切っていく。紙切りは、本当に芸術だと見とれていました。
 この本は、初代、二代そして三代正楽の生きざまを刻明に追っています。
 高座で切り抜いたものを、その場で客に見せ、見せた瞬間に客をうならせるものでなければ、寄席芸にはならない。
 絵心はないほうがいい。紙切りは、見てすぐ分かるのがいい。一目見て分かるように切る。それが寄席の紙切り。
 短い時間で、いかに客を感嘆させる一枚を切り抜くか、いわば時間との勝負でもある。熟練の域に達したら、ひとつ切り抜くのに2~3分。客に見せた瞬間はもちろん、あとでじっくり鑑賞するのにも耐えてくれる作品に昇華させるのが理想的なのだ。
 上手く切ることよりも、客を喜ばせること、これは寄席芸の鉄則。寄席の紙切りは、高座に上がってから降りるまでが芸である。切った作品の良し悪しもさることながら、切っている姿も、また切った作品を客に見せる瞬間を演出するのも芸のうち。
 ちょっと身体を揺らすと、紙も揺れて、途中経過が分からなくなる。途中経過を見せないほうが、出来あがりを見たとき。客の感動は大きくなる。身体を揺らすと、躍動感が出る。
ふつうの人が紙を切るときは、ハサミの股の部分で切る。紙切りはもっと刃の先のほうで切る。ハサミのネジをゆるめて、刃の動きを自由にして、切るときの支点を刃先に近づけていく。紙との接点も刃先に近い。そして、その支点を微妙に変えながら、ハサミではなく、紙を動かすことで切っていく。いや、切れていく。
 初代の正楽は、ハサミを使うときに出来るタコが出来たが、しばらくして、すっかり消えてなくなった。ハサミを使うのに、力がいらなくなったからだろう。
線を引いてから切る癖をつけると、一人前の紙切り師にはなれない。
 世間が知っている世の中の物事を常に仕入れ、デザインを考え続け、高座で優雅に身体を揺らしながら、いとも簡単に注文にこたえる。しかし、その裏には、病気療養中でも、1日に30~40枚は切って勉強(練習)を欠かさなかった。そして、高座で失敗しないように、若いとき酒は飲まなかった。
 芸人の厳しさが、ひしひしと伝わってくる本でした。
(2015年4月刊。2100円+税)

キラキラネームの大研究

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者  伊東 ひとみ 、 出版  新潮新書
 光宙と書いて、ぴかちゅうと読む。
 近ごろ子の名前は、本当に読めません。私は、いつも、相談を受けるときに家族(子ども)の名前の読みかたを教えてもらっていますが、いつも驚きの読み方です。
 1993年(平成5年)に我が子を「悪魔」と名づけようとした親がいて裁判となったのは有名です。ちょうどそのころ、私は「飛虎」という名前をつけようとした子どもの祖父から相談を受けました。ヒトラーを崇拝した暴走族の兄ちゃんが父親になったのです。
 ヒトラーは、ご承知のとおり日本人をふくめて黄色人種を劣等民族としていました。そんな人物を命名するなんて、間違っています。幸い、このときには町役場が受け入れず、また裁判にもなりませんでした。
 最近のキラキラネームは、フリガナがないと読めないし、フリガナがあっても読み方に違和感が残るものがほとんど。
 女の子の名前は、かわいらしさと呼びやすさから「ゆい」「ひな」「ゆあ」のように二音するのが流行。やわらかくて易しい響きがある。音の響きに、最近の親は、かなりこだわっている。
 徳川家の最後の将軍である徳川慶喜は、「よしのぶ」と思っていました。「けいき」とも読みますが、実は、「よしひさ」という読み方もあるそうです。知りませんでした。
 忠臣蔵で有名な大名内蔵助良雄は「よしお」ではなく、「よしたか」また「よしかつ」とも読むそうです。
 明治の初めまで、日本では個人の名前は、ころころ変わるものだった。
 典型的な一人として徳川家康が紹介されています。幼名は竹千代、そして人質のころは松平元信。それから、松平元康。そして徳川家康となった。通称は、二郎三郎。官職は、いろいろついて、将軍を引退したあとは、大御所様。没後は、「神君」(しんくん)。神号としては、「東照大権現」。
江戸時代にも、難読名乗りがブームになっていて、本居宣長が嘆いた。
 古く、日本人は実名を他人から呼ばれると、もともとの実名がもっていた神秘的な呪術性が失われてしまうと考えていた。だから、容易には読まれないようにする意図があった。
 仮名(けみょう。通称)は、実名ではないから、他人に知られ、万一、呼ばれても安心だと考えられた。
古代の女性にとっては、相手の男性に自分の名前を教えることは、身を許すことと同義であり、名前を知られることは、文字どおり相手の支配下に置かれることを意味していた。だから、そうそう簡単に教えるわけにはいかなかった。
この世で一番短い「呪」とは、名前なのである。それは、親から子への最初のプレゼントだが、その名前は子どもに生涯つきまとい、その子の運命をも左右する。
昔から、日本人は、他人が他称の違和感を覚えようとも、子どもの名前はこの音の響きでなければならない。他人には読みにくくても、この漢字で表記しなければ・・・。そんなやむにやまれぬ衝動は、現代のキラキラネームをつける親の心理に直結している。
 漢字で書くからこそ表せる意味の世界と、さまざまに読むことのできる多様な音訓。このズレのなかで名前を付けてきたのだ・・・。
 キラキラネームが、単なる一過性のブームではないことがよく分かりました。
(2015年5月刊。780円+税)

カジノ幻想

カテゴリー:社会

                (霧山昴)
著者  鳥畑 与一 、 出版  ベスト新書
 世界一のパチンコ普及率であり、ギャンブル依存症が蔓延している日本へ、今度はカジノ産業を誘致して日本経済を復興させようという人たちがいます。カジノ法案を推進する議員連盟の多くは、安保法制法案、つまり戦争法案を推進する人たちでもあります。
 要するに、金もうけが出来れば、自分さえよければ、他人がどんなに不幸になろうとも、社会不安がひどくなっても、そんなことは知ったことじゃないという我利我利妄者の連中です。悲しくなります。
 アメリカでは、カジノは典型的な「略奪的ギャンブル」と言われ、ビンゴや宝くじといったギャンブルに比べても、ギャンブル依存症に誘導する危険性は非常に高い。
 カジノは、大金を得る快感と失う喪失感を交互に味わわせることで、脳内に物理的依存症と同じ状態をつくり出す。
 イギリスでは、カジノは長く会員制が原則だったし、カジノに認められるテーブルの数やスロットマシンの数は、きびしく規制されていた。ところが、IR型カジノは高収益の確保を必須とするので、このような規制は考えられない。
 カジノは、客がほとんど負けて終わるように商品設計されたギャンブルを提供するビジネスである。地方都市にカジノが出来たら、その客はほとんど国内顧客で占められることになる。
 すでにアジア市場でカジノは飽和化がすすんでいる。したがって、中国北部のギャンブラーが韓国・台湾を飛び越して大挙押し寄せるというのは、ほとんど期待できない。
 結局、日本にカジノが出来たら、そのほとんどは国内客だのみにならざるをえない。
 カジノ・ギャンブルは、客が負けるほど収益が増大するビジネスである。それは、地域の経済を衰退させ、ほとんどの客を負けに追い込むことで顧客を貧しくするビジネスなのだ。
 そのうえ、ギャンブル依存症という病を中心に、大きな社会的犠牲とコストを地域社会に押しつけるものである。
 現代のスロットマシンは、コンピュータプログラムで、長くプレイするほどカジノ側がもうけ、顧客側は必ず負けるように設計されている。いま、アメリカのギャンブル収益の80%以上はスロットマシンからである。
カジノにおける「もうける力」とは、より多くの顧客を負けさせる力のことである。
 カジノの「もうける力」の追求とカジノの厳格な規制は相反する。
 日本をこれ以上ギャンブル依存症患者の多い国にしてはいけません。日本にカジノはいりません。
(2015年4月刊。840円+税)

さらば、ヘイト本

カテゴリー:社会

                               (霧山昴)
著者  大泉 実成・加藤 直樹 ほか 、 出版  ここから
 嫌韓・反中本ブームの裏側を探った本です。
 福岡の本屋には、今でも嫌韓・反中の本が店頭に平積みしているところがあります。まさしく安倍首相の思うツボの状況があります。
なんとなく、韓国はいやだな、中国は怖いぞと思わせておいて、だから突然、自衛隊は海外へ武器をもって出かける必要があるのですと、論理を飛躍させるのです。
 そこにあるのは、思考の停止です。まともに自分の頭で、じっくり考えることなんて求められていませんし、許されません。まるで、オウム真理教の世界です。
 ヘイト本は、それをあおりたてた、タチの悪い本です。売れたらいい、あとがどうなろうと自分は知らない。お金ほしさになんでもやるという編集者たちの頭のなかは、いったいどうなっているのか・・・。
 ヘイト本のブームは2013年から2014年までの2年間。累計して200冊以上の嫌韓・反中の本が刊行された。
 月刊「宝島」は、ほぼ毎号「反日叩き」を特集してきた。しかし、2014年11月号を最後として、大特集はしなくなった。
 漫画誌の「ガロ」は、私も大学生のころ、まわし読みしていました。なにしろ、白土三平の「カムイ外伝」など、目を見開く思いでマンガを読んだものです。いわば、反権力の「ガロ」の出版社である青林堂が、いつのまにかヘイト本の出版社になっていただなんて・・・。信じられません。
 「在特会」だけでなく、他者を排撃していく運動というのは、その根底にあるのは、自分の存在に対する不安だ。個々が切れている。切れてしまっているから、不安になって、何かに結び付きたくなる。彼らが攻撃しているものは、実は、自分の内面にあるものなのだ。
歴史的事実を無視して、一方的に虚妄の主張をくり返すのは、かつてのルワンダの虐殺扇動を思い出させます。
言論人も責任があることを少しは自覚すべきですよね・・・。いい本でした。
(2015年5月刊。900円+税)

汽車ぽっぽ判事の鉄道と戦争

カテゴリー:社会

                               (霧山昴)
著者  ゆたか はじめ 、 出版  弦書房
 汽車や鉄道の好きな人を「鉄ちゃん」とか「鉄子」と呼びます。私の身近にも「鉄ちゃん」がいて、たまに見事な写真を披露してくれます。
 この本の著者は、福岡でも裁判官をしていました。引退したあと、東京のほか沖縄にも自宅を構えています。東京の自宅には、なんと払い下げてもらった汽車ポッポ客車コーナーまであります。4人掛けでボックスシートには網棚まであるのですから、本格的です。
 著者は祖父の代から裁判官をつとめてきました。そして、著者は幼いころからの筋金入りの鉄ちゃんなのです。小学生のころ、母ともども学校に呼び出され、「電車好きもいいが、ちょっと度が過ぎる。もう少しつつしむように」と訓戒されたというのです。これは、すごいことですよね・・・。
 父親は、裁判官だったのですが、広田弘毅首相の秘書官になり、著者は晴れて都内を電車通学するのです。
 戦前、終戦間近のころに、父親が東京から長崎地裁署長へ赴任するので、家族総出で汽車で移動したときの写真が紹介されています。
 1945年4月のときですから、アメリカ軍によって列車まで空襲されるのです。そして、父親は、官舎で被曝します。幸いにも、次は京都地裁署長へ栄転します。どうやら被曝による障害は軽かったようです。その経験から、平和を愛してがんばったものと思われます。
 そして、著者は、裁判官をしながら、全国の鉄道を踏破していき、ついに、昭和52年(1977年)に国鉄全線を乗り終わったのでした。最後は秋田県の角館(かくのだて)線の終点の松葉駅。角館の武家屋敷には行ったことがありますが、指宿や島原の武家屋敷よりスケールが大きいと思いました。
 エリート裁判官としてのコースを歩みながらも、趣味に生きている著者の楽しい思いの詰まった本です。福岡の岩本洋一弁護士からすすめられて読みました。今後ますますのご健勝を心より祈念します。
(2015年15月刊。1800円+税)

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