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カテゴリー: 社会

宿命

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 原 雄一 、 出版  講談社
今から23年前(1995年)、警察庁長官が東京の高級マンションにある自宅から出勤しようとするところを狙撃され、瀕死の重傷を負いました。しかし、世界一優秀なはずの日本の警察は狙撃犯を逮捕・起訴して有罪に持ち込むことが出来ませんでした。そして、時効が成立して事件は迷宮入りとなったのです。
この本は、その捜査に従事していた幹部警察官が犯人を名指しして、真相を「解明」しています。読むと、なるほど、その人物が狙撃犯らしいと思わせるのに十分です。
では、なぜ狙撃犯は逮捕・起訴されなかったのか・・・。警察内部の公安と刑事との暗闇があり、公安優先の捜査が間違ってしまったのだと、刑事畑を歩んできた著者は繰り返し強調しています。
公安警察は、警察庁長官を狙撃して殺そうとするのはオウム真理教しかいないと盲信し(決めつけ)、オウムの信者だった警察官が犯人だと発表し、それが立証できなくなってからもオウム犯人説を記者発表したので、オウム真理教から名誉棄損で訴えられて敗訴している。
ここまで来ると、公安警察って、まともな神経をもっているのか疑わざるをえませんね・・・。
では、オウム真理教ではない一個人が20メートル離れたところから、人間の身体に3発もの命中弾を撃てるのか、誰が、どこで、そんな射撃の技能を身につけたというのか・・・。
日本人が、日本で、そんな技能を身につけるなんて、ほとんど不可能ですよね。ですから、犯人はアメリカへ頻繁に渡って射撃練習を繰り返していました。もちろん、高性能の銃もアメリカで購入しています。
歩いて移動する生身の人間に対し、射撃の素人が、21メートル離れた距離から3発の357マグナム弾を的確に撃ち込むのは不可能なこと。いかに高精度の拳銃を使おうとも、拳銃射撃はメンタルのコントロールがとても難しい。しかし、これを克服できなければ、正確に命中させることはできない。
「犯人はオウム真理教だ」(公安)、「犯人は中村泰だ」(刑事)などと罵りあって、結局、事件を解決できずに公訴時効を迎えてしまった警視庁。この捜査は迷走してしまったから、一般市民には滑稽なものとしか映らない。
警察庁長官という警察の親玉をやられて、その犯人をあげられなかったというのですから、日本の警察も「世界一」だとはもう言えないんじゃないでしょうか。
犯罪をなくすには市民連帯の力を強め、若者たちが明るく、未来をもって生きていける社会にしていくこと、これなしにはありえませんよね。それにしても、いまなお辞職しないアベ首相の見えすいたウソにはたまりませんね。ストレスがたまります。
(2018年3月刊。1600円+税)

立憲君主制の現在

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 君塚 直隆 、 出版  新潮選書
ナチス・ドイツが降伏し、ドイツの戦後処理を議論したとき、イギリスの外相はこう言った。この外相は労働党に所属する社会主義者であり、労働組合の指導者でもあった。
「第一次世界大戦後にドイツ皇帝の体制を崩壊させなかったほうが良かった。ドイツ人を立憲君主制の方向に指導したほうがずっと良かった。ドイツ人からシンボル(象徴)を奪い去ってしまったから、ヒトラーのような男をのさばらせる心理的門戸を開けてしまったのだ」
果たして、立憲君主制にしておけばヒトラー独裁は成り立たなかったのでしょうか・・・。
2017年現在、国連加盟国は193。そのうち君主制を採用しているのは、日本をふくめて28ヶ国。これに英連邦王国15ヶ国を加えても43ヶ国にすぎない。国連加盟国の2割強でしかない。このように今や共和国による世界連合が実現している。しかし、本当に「世界平和」が確立していると言えるのか・・・。
明仁天皇は、積極的に国民のなかへ入っていった。ところが、これについて天皇は神であってほしいと考える勢力(そのホンネは、天皇なんか掌中の玉として、絶えずうまく操縦しておきたいということなのでしょう)は、あまりに天皇が国民に近づきすぎると、神秘も影響力も失うと心配し、警告した。彼らは、天皇そのものを叩けないものだから、その身代わりとして美智子さんを叩き、今なお雅子さんを叩いているという見解があります。私も同感です。小室家を叩くのも同じ流れでしょう。
君主は、ときとして民衆のところに降りていかなければならない。このことは、ヨーロッパの皇室をめぐる歴史が明らかにしている。しかし、今でも皇室のホームページには天皇一家の団らんの場など、一切の私的要域の行動は報道されない。明らかに不公平である。これでは、「開かれた皇室」とは、とても言えない。
イギリスなどヨーロッパでは、男子優先の長子相続制をやめて、男女を問わず第一子が優先されることになっている(絶対的長子相続制)。
要するに、日本だって江戸時代末ころに女性の天皇がいた。明治になって初めて天皇は男系に限るとしたのです。「歴史と伝統」なんて、100年ぽっちのことでしかありません。
明仁天皇は外国へよく出かけました。皇太子時代には、22回の外遊で、のべ66ヶ国を訪問した。そして天皇になってからは、20回の外遊で、のべ47か国も訪問した。
皇族が次第に減っている現実がある。
天皇に女性がなってはいけないなんで、とんでもない間違いです。あくまで国権・国歌に固執するのもおかしいです。私はいまの明仁天皇は日本が戦争を繰り返さないよう身体をはってがんばっていると考えています。アベ首相に爪のアカを飲ませてやりたいです。ただし、天皇制というスタイルは、将来、変えるべきだと考えています。
(2018年2月刊。1400円+税)

穢れ舌

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 原 宏一 、 出版  角川書店
面白いです。前に『星をつける女』(KADOKAWA)を読みましたが、同じシリーズのような本です。
料理研究家やレストランのインチキ、さらには産地偽装のカラクリまでを暴いていく過程は、手に汗を握るハラハラドキドキ感もあり、なるほど、この分野ではこんなことが起きているのかという知的好奇心もたっぷり満たしてくれます。
料理研究会と銘うっている女性は、実は黒幕に踊らされているだけの存在でしかありません。へとへとになるまで働かされます。そして産地農家と提携というのもインチキ。その場しのぎの契約でしかありません。
どうやって、そのインチキを暴くのか・・・。
日本酒の特定銘柄がネットでプレミアムつきで転々売買されている。しかし、その日本酒は実は桶買いでしかない。そんなに高値の日本酒がつくれるわけがない。また、どうやって秘密を守り通せるか・・・。
ネットで一般客をだますのは、いとも簡単のようです。サクラをたくさんつくって、さも人気商品であるかのように装ったらいいのです。
寿司店。銀座の高級寿司に私も一度は行ってみたいです。アベ首相やオバマ大統領の行った店でなくてもいいのですが・・・。
いいネタをどうやって安く仕入れるか、店の主人は苦労しています。そこで、大胆なインチキをする店のも出てくるというわけです。
『神田鶴八鮨ばなし』などを参考にしたというだけあって、料理場面はノドから手が出るほど、美味しそうです。
(2018年3月刊。1500円+税)

スバル360開発物語

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 桂木 洋二 、 出版  グランプリ出版
スバル360とは、軽自動車の車名です。1958年(昭和33年)3月に売り出され、12年間もモデルチェンジされませんでした。42万5000円で売られましたが、これは1500CCの小型乗用車の半値以下でした。もっとも、ふつうのサラリーマンの年収を大幅に上回っています。それでも、売れました。軽自動車の免許で乗れ、安くて故障が少なく、加速力などの性能が良かったのです。
小さいクルマなのに室内が驚くほど広く、加速が良いうえ軽快に走りました。丸くてずんぐりとした形で、愛嬌がありました。富士重工業がつくり、伊藤忠商事が販売しました。
私が40年前にUターンして独立開業したときの初めての車はスバルの中古車でした。あろうことか走行中に交差点のド真ん中でエンストを起こし、3歳の長男が泣き出してしまいました。親切な若者がうしろから押してくれて、危地を脱することが出来ました。中古車って、そんなこともあるのか・・・と悟り、それから車音痴で安全第一の私は中古車に乗るのはやめました。
スバルは「すばる」のこと。清少納言の『枕草子』に「星はすばる」とありますが、プレヤデス星団を指しています。ちなみに、このコーナーの著者名(ペンネーム)も昴(すばる)です。
スバル360の開発計画がスタートしてから、わずか1年4ヶ月で試作車第1号が完成した。驚くべき速さだった。
クルマのデザインは、会社にとって最高機密に属する。
スバル360が走っていたのは、私が小学生から中学・高校生までのことです。よく見かけました。ダイハツのミゼットは高用車でしたが、スバル360は家族そろってのお出かけに最適だったようです。
なつかしいクルマに久しぶりに出会うことができる本でした。
(2015年5月刊。1600円+税)

広告が憲法を殺す日

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 本間 龍 ・ 南部 義典 、 出版  集英社新書
あの過労自殺に追い込んだ電通がテレビ業界を牛耳ったままというのは、なんとも歯がゆい限りです。7000人の社員をかかえる電通は日本のナンバーワン企業で、2位の博報堂をまったく寄せつけないようです。そして、この電通がアベ自民党を支えているのです。お金があれば、世の中をうまく操作していけることの見本が電通です。しかし、そのお金の出所は私たちの血と汗の結晶たる税金なのです。それを電通が思うままにあやつっているなんて、くやしい限りじゃありませんか・・・。
憲法改正が国家で発議されると国民投票にかけられます。民意を反映できるから国民投票ってスバラシイ!と感嘆したいところですが、この国民投票をもっと有効活用したのが、例のヒットラー・ナチスなのです。これでは、少々まじめに考えざるをえませんよね。投票所に行かないなんて、自分で、自分の首を絞めているようなものです。問題は、この国民投票に至るまでの過程です。アベ自民党は争点を徹底して隠し、国民のなかでまともな安保政策論議をさせませんでした。
国民投票制度については、巨大マスコミによるテレビ等の報道まで制限されたとしても、投票日の15日前までのCMは自由。投票日から14日間に禁止されているのは「国民投票運動のため」に行うCMだけで、「私は賛成します」といった自分の意思を主張するだけの、勧誘の要素をふくまないものは対象にならないのです。つまり、自由にできる。お金があれば、好きなだけCM放送できる。
では、一切禁止したらいいか、そうはいきません。言論・表現の自由が規制されますし、警察がのさばって社会が委縮してしまいます。
賛成と反対を平等・公平に放映させたらいいじゃないか。これも口で言うのは簡単ですが、誰がどうやって公平に運用できるでしょうか。全面賛成、一部賛成・反対、全部反対、いろいろバリエーションがあるのです。では、まったく規制しないでいいのか・・・、悩ましいところです。しかし、テレビ放送を電通が牛耳っている現実を知らないで、規制のあり方を語ることは許されません。
(2018年4月22日刊。720円+税)

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