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カテゴリー: 社会

土地は誰のものか

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 五十嵐 敬喜 、 出版 岩波新書
 2014年、空き家等対策特別措置法が制定された。日本全体で空き家は2018年時点で849万戸あり、空き家率は13.6%。今後、空き家はますます増えて、まもなく1000万戸に達するとみられている。
 たしかに私の住む住宅団地にも空き家が何軒もあります。すぐ下の隣家も老夫婦が亡くなられて何年も空き家です。
空き家が倒壊する危険のある家屋でありながら解体されずに放置されているとき、所有者が承諾しないため強制取り壊しとなる行政代執行は、全国で年14件、所有者が不明のための略式代執行は年間40件ほど。つまり、ほとんど危険家屋も放置されているわけです。
私の住む街でも、前より減りましたが、いかにも危険だ、台風が来たら通行人等に危険を及ぼす心配がある空き家がまだまだあります。
 2018年、所有者不明土地の利用円滑化特別措置法が制定された。「所有者不明」とは、所有者がすぐには分からないのが3分の2、所有者は判明しても連絡がとれないのが3分の1.
 今、私は所有名義人の相続人が多数いて、うち1人はアメリカ在住、もう1人は生死不明(大正生まれなので、恐らく死亡していると思われるものの、戸籍上は存命だけど、その家族は不明)というケースをかかえて四苦八苦しています。
 このような「所有者不明の土地」は、410万ヘクタールあり、日本全体の10%を占める。これは九州と沖縄を足したほどの面積。これが2040年には720万ヘクタールに増えると予測されている。これは北海道と同じ面積。
 相続した土地の国庫帰属制度がある。2021年に制定された。ところが、とても要件が厳しく、厳重な審査を経なければいけないので、利用(申立)も認容も、とても少ない。
 重要施設周辺の利用状況調査と利用規制等に関する法律が2021年に制定されている。これは自衛隊の基地周辺に外国人や外国法人が土地購入するのを防ぐというもの。この法律については、立法事実(その必要性)の欠如、そして、構成要件があいまい(たとえば「機能を阻害する行為」というのはどんなものか不明)なので、日弁連は反対する会長声明を出した。
 マンションの老朽化が進んでいる。空洞化と老朽化が進むと、マンションは、いずれ廃墟になってしまう。
 タワーマンションだって、やがて老朽化したとき、莫大な修理・修繕費を住民が負担できず、速く逃げ出したものが勝ちということになることでしょう。
日本では、土地と建物がそれぞれ所有者の異なることは多い。なので、借地権で建物を所有するのは、あたりまえのこと。
 ところが、諸外国では、土地と建物とは原則として一体の不動産とみられている。
 ヨーロッパでは石造りの建物は、内装はしばしば変更されるが外観は何百年も継続している。そこには、土地と建物との分離という発想は生まれにくい。
 フランスに行ったとき、パリの石造りのプチホテル、そして、オンフルールという港町のホテルに泊まったとき、外装は何百年もたった石造りだけど、内装は近代的で便利なものでした。
日本では木造の建物は30年から50年で取りこわされる。築100年という建物には、滅多にお目にかからない。
 イギリスの「グリーンベルト」は、都市の膨張を防ぐために、都市の周辺を緑地帯で囲む計画があって、実施されている。日本では、ほとんど無規制のまま都市化の波が周辺の農地を覆い尽くしていますよね。
 また、日本では、地域の中に児童相談所や保育園・老健施設が建設される。そして、葬祭場が立地するとなると、猛烈な建設反対運動が起きる。これは、何より自分の所有する土地の「商品」としての価値が下がることに対する反発。
 そこで、著者は、「現代総有」という考えを提唱しています。簡単なことではありませんが、日本人も土地所有について、改めて考え直す必要があると痛感します。
それにしても、マンションという商品は、購入したとたんに「死」が始まるという指摘には、はっとさせられました。マンションの建て替えは、現行区分所有権のもとでは、ほとんど不可能なことを多くの人が気がついていない。それとも途中で売り逃げしたらいいとタカをくくっているのか…。でも、それも簡単に、誰でもやれることではないだろうに…。
 幸い、私は庭つきの家に住んで、ガーデニングも野菜づくりも楽しめていますが、考えさせられる新書でした。
(2022年2月刊。990円)

王者の挑戦

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 戸部田 誠 、 出版 集英社
 「少年ジャンプ+」の10年戦記というサブタイトルの本です。
 「ジャンプ」は1988(昭和63年)に500万部を突破し、1994年に、なんと653万部を記録した。信じられない発部数です。
 「少年ジャンプ」の創刊は1968(昭和43)年のこと。私が大学2年生のときです。
 1959(昭和34)年に「週刊少年マガジン」(講談社)と「週刊少年サンデー」(小学館)が創刊されました。私が小学5年生(11歳)のときです。小売酒屋の息子である私は親から買ってもらえず(おこづかいなるものはもらっていませんでした)、小学校の正門前に医院を構える医者の息子(同じクラスでした)が購読しているのをまわし読みさせてもらっていました。大学生のときは駒場寮という寮生600人という巨大な寮で生活していましたので、買う必要はなく、回ってくるマンガ雑誌によみふけっていました。とりわけ「あしたのジョー」が大人気でした。また、「ガロ」というマンガ雑誌も愛好家には、もてはやされていました。白土三平の「カムイ外伝」や「忍者武芸帖」などです。
 現在は電子コミックスの時代。出版不況が叫ばれるなか、コミックス(マンガ)は、電子と紙媒体とあわせると、「週刊少年ジャンプ」653万部時代並みの売り上げがある。今では、マンガが世界中で同時に読まれる時代。欧米やアジアだけでなく、南米や中東でも読まれている。
 「MANGA plus」は、2019年に1月にスタートした国外向けのオンラインマンガプラットフォーム。今では、「ジャンプ」「ジャンプ+」のマンガが、日本と同じタイミングで配信されている。英語、フランス語、スペイン語、ポルトガル語、ドイツ語、タイ語、インドネシア語、ロシア語、ベトナム語の9言語で配信。ダウンロード数3500頁に迫り、アクティブユーザーは650万人。日本と同時配信にこだわった。当初は、北米、インドネシア、タイ、フランスの読者が多かったけれど、最近はブラジル、インドが勢いよく増えている。
 ネット上の海賊版サイトが存在し、悩まされている。しかし、これも競合だと考えたらよい。海賊版は読みやすいし、速い。なぜ速いかというと、データ保護の必要がなく、保護しないから…。うむむ、なーるほどですよね…。
 「抜け道」は確かにある。しかし、厳格にするためシステムを煩雑にすると、ユーザーの使い勝手を悪くしてしまう。
 2019年4月、「初回全話無料」ということでスタートしたのが良かった。全話完全無料にしてしまうと、いつでも何度でも読み返せてしまうため、物として所有するという価値以外でコミックスを買う意味がなくなってしまう。
ユーザーにとって、面白いか、使いやすいか、がすべてだ。
 2014年、紙のコミックス(マンガ)は2256億円の売上で電子コミックスは887億円。ところが、2017年には、紙が1666億円に対して電子は1747億円と逆転した。そして2022年には、電子は677億円になった。出版不況のなかでも、電子の登場によってコミックス市場は大きく拡大した。
 「少年ジャンプ+」は2014年9月にスタート。1年で100万ダウンロードを目標としてスタートしたのに、創刊してわすか20日間で達成した。紙の「ジャンプ」は厳選した20作品ほどしか掲載できないのに対して、電子の「ジャンプ+」は、無限、いくら連載してもいい。
ネット社会の無限の広がり、可能性、そして恐ろしさを伝えてくれる本でもありました。
 法曹の社会でのAIの活用も、同じような状況になるのでしょうね…。私は、とてもついていけそうにありません。トホホ…。
(2025年6月刊。1980円)
 参政党の候補者が恐ろしいことを叫んでいます。「日本も核武装すべきだ。これがもっとも安上がりで、最も安全を強化する」と言ったのです。核戦争になったら、日本も、この地球全体が破滅してしまいます。「安上がり」だなんて、とんでもありません。
 ノーベル平和賞を日本の被団協(被爆者の団体です。核兵器をなくそうと頑張っておられます)が受賞したのは、核兵器は人類と共存できないことを真剣に訴えていることが評価されたからです。
 参政党への一票は、日本と地球を破滅することにつながります。

中谷クンの面影

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 中野 慶 、 出版 かもがわ出版
 読み進めていくうちに不思議な、フワリフワリと漂うような感触に陥ってしまいました。
主人公は一家の主婦であり、夫がいて、娘と孫がいる。孫は可愛い。娘は母親に頼りつつも、母親べったりではないどころか、ときに冷ややか。むしろ父である夫と共同戦線を張ったりする。孫は3歳なのでひたすら可愛いが、何をするか分からないので、一瞬たりとも目が離せない。
 主人公は66歳。東京で生まれ、武蔵野に住み続け、中学教師も定年まで勤めあげた。孫の世話に明け暮れているある日、幼ななじみの中谷クンがボリビアに移住したというニュースが飛び込んできた。中学の同窓会の案内状が来ている。参加申し込みの締め切りが迫っている。どうしようか、決断できない。
 私も中学の同窓会に出たことが一度だけあります、もう20年以上も前のことです。中学校の同窓会は出ようという気になりましたが、高校の同窓会には出る気がせず、ずっとずっと出席しませんでした。なにしろ、保守反動の市政を牛耳っている連中が大きな顔をしているのを日頃うとましく感じているので、とてもつきあいたくなんかありません。といいつつ、2年ほど前、ごく親しい人から自分も出るので一緒に出ようと誘われて昼間の会合に出席しました。高校のときは、生徒会の活動を2年ほどしていました(会長を総代と呼び、休憩時間にタスキをかけて学校中を選挙運動してまわったのです。無事に当選しました)ので、その同窓会には、誘われていそいそと参加しました。でも、誘ってくれた尊敬すべき先輩が亡くなったので、こちらは、もう次はないと思います。
 この本の主人公は、中学の同窓会は大好きだったとしています。活躍ぶりをぐいぐい誇示する人にも反発は感じない。女性たちも打ち解けている。今は、仕事などよりも、健康法と病歴に話題が集中する。ところが、今回は、なぜか主人公は億劫(おっくう)なのです。
 そして、同窓生の一人が中谷クンなのです。ボリビアに移住したという。その中谷クンから20年前に、小説をもらったまま呼んでいなかった。それを探し出して久しぶりに読んでいくのです。
 中谷クンの本の主人公の男の子(中学生)はアトピー性皮膚炎に悩んでいる。そして、夏休みに母親と一緒に広島へ行き、被爆者から話を聞いた。被爆者は、ケロイドのあとがかゆくて大変だったと訴える。
しかし、すべての被爆者がかゆみを感じていたわけではない、火傷(やけど)の程度にもよる。かゆくて辛かったのに、なぜ被爆者は、それを話そうとしなかったのか。アトピー性皮膚炎で苦しんでいる男の子は、問いを投げかける。
 被爆者がケロイドの箇所にかゆみを感じたのは、被爆して数ヶ月もあとのこと。だから、原爆にあった日を語るとき、かゆみのことは登場しない。結局、中谷クンの本は、現代の中学生が、かゆみという皮膚の感覚を通じて被爆者に出会う物語だ。
創造する人は、酷評を受忍すべき。無視されるよりは、ありがたいから。
 でも、私は、けちょんけちょんにけなされるくらいなら、黙って無視してほしい。心が折れそうになったら、困るから…。
中谷クンは、被爆の惨状を克明に描いて子どもに突きつけようとはしなかった。そうなんですよね、難しいところですね。原爆による死体の惨状をえんえんと描写する、その映像を流すことは、かえって、目をそらしてしまうかもしれません。あまりにも現実が恐ろしすぎるからです…。ナチスの絶滅収容所の惨状を描いた映像や写真をあまり見ないのは、そんな「配慮」があるからかもしれません。
この本の最後は、ノーベル平和賞受賞式の夜です。私も、ノルウェーのオスロ市庁舎の大広間を見学したことがあります。ここで、被団協の代表委員の田中さんが堂々とスピーチしたのです。本当にすばらしいスピーチでした。そして、ノルウェーのノーベル賞選考委員会の委員長のスピーチも心打つものでした。
選考委員会のヨルゲン・ヴァトネ・フリードネス会長は、受賞スピーチの中で次のように述べ、賛辞を送った。
「あなた方は被害者であることに甘んじませんでした。あなた方はむしろ自らを生存者として定義しました。大国が核武装へと世界を導くなか、あなた方は立ち上がり、かけがえのない証人として自身の体験を世界と分かちあう選択をしたのです。暗闇の中で光をみつけ、将来への道を模索する、それは希望を与える行為です。個人的な体験談、啓発活動、核兵器の拡散と使用に対する切実な警告、あなた方は数々の活動を通じて、数十年間にもわたり世界中で反核運動を生み出し、その結束を固めることに貢献してこられました。私たちが筆舌に尽くしがたいものを語り、考えられないことを考え、核兵器によって起こされる想像を絶する痛みや苦しみを、自分のものとして実感する手助けをしてくださっています。あなた方は決して諦めませんでした。あなた方は抵抗し続ける力の象徴です。あなた方は世界が必要としている光なのです」
(2025年7月刊。1870円)
 参議院の選挙のなかで、参政党が「終末期医療の全額負担化」を公約としています。それを読んで、私は心が凍る思いでした。病気にかかったら、さっさと死ねといわんばかりの冷酷さです。
 自民・公明の政府は医療予算をバッサリ削って、全国どこの病院も赤字をかかえて困っています。軍事費のほうはトランプの言いなりに際限なく増やしていますが、こちらのほうこそバッサリ削るべきです。
 冷酷・無惨な参政党が国会で議席を占めるなんて許せません。

ウィーブが日本を救う

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 ノア・スミス 、 出版 日経BP
 日本の停滞は2008年に始まった。2008年こそ転換点だ。日本の実質賃金は1996年から、ずっと下がりっぱなし。超大企業の内部留保金はずっとずっと増えているのですから、賃金は増やせるはずなのです。政府も連合も、いったい何をしているんですか…。
 この本は、日本には発展途上国としての強みと利点があるとしています。かつて、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」だと言って、浮かれている一部の日本人がいましたが、今や日本を一流国だと考えている日本人がどれだけいるでしょうか…。
 日本国内の市場は縮小している。だって、実質賃金が下がれば、購買意欲が減退するのは必至です。そして、日本の生産性は低水準。だって、非正規社員をどんどん増やしていけば、企業の生産性が高まるはずもないでしょう。
 ウィーブ(weeb)というコトバを私は知りませんでした。Weeaboo(ウィーアブー)を短縮したコトバです。日本文化に首ったけの非日本人を指す。かつては、過剰に日本に執心している人たちを指す侮蔑語だったが、今では侮蔑語としては使われていない(そうです)。かつてOTAKU(オタク)と呼ばれていたのが、ウィーブと呼ばれるようになった(とのことです)。
 日本政府に欠けている政策が2つある。その一は、より良い福祉国家への政策。日本の社会福祉支出は中程度の水準でしかない。そうですよね。生活保護の給付を政府(厚労者)が合理的根拠なく切り下げたことに対して、あの最高裁も是正を命じたほどです。そして、自民・公明・維新・そして国民民主は医療制度の切り捨てを公約にしています。ひどすぎます。国民皆保険をやめて、アメリカのように金持ちだけが助かる保険会社本位のシステムにしたいようです。
著者は、もう一つとして貧困緩和をあげています。いやあ、鋭い指摘です。まったく同感です。誰もが安心して生活できるような社会にするためには生活保護の拡充が必要だと思います。生活が苦しいときに保護を受けるのは、市民として当然の権利なのです。参政党やら国民民主が外国人は生活保護を受けてはいけないようなことを公約に掲げていますが、排外主義ですし、根本的に間違っています。
この本は、日本は治安はいいし、食べものはおいしいし、みんなが移り住みたくなる国だとベタほめしていますが、その反面、日本の生活水準は低すぎる、日本人は今、静かに隠れた貧困に苦しんでいると、きちんとした指摘もしています。見るところは見ているのです。日本の相対的貧困率は、ヨーロッパよりも高い。
 購買力平価での日本の1人あたりGDPは、アメリカの64%、フランスの87%、韓国の92%と、先進国では下の方に位置している。それでも、日本では薬物乱用、10代の妊娠、犯罪は極めて少ない。生活水準が年々低下し続け、労働時間がのび続けているように、静かに犠牲が払われている。
 日本は、それほど幸せでも、気楽でもない国に感じられる。まったく、そのとおりです。
東京をふくむ首都圏には16万軒のレストランがある。パリには1万3千軒、ニューヨーク都市圏には2万5千軒。いやあ、そんなに多くの飲食店があるのですか…、知りませんでした。
 雑居ビルは、いかにも雑念としていて、日本特有の状況ですが、著者は、すごく好意的です。まあ、ともかく日本だと、ほとんどの店で安心して飲み食いできますよね(たまに、ボッタクリの店があり、気をつけないといけないことはありますが…)。
 日本の良さを生かしつつ、さらに貧困対策、そして福祉政策を充実させたいものです。それにしても、すぐに賃金の大幅アップが必要です。大企業の内部留保の巨大さには信じられない思いです。共産党が消費税をすぐ5%に下げること、その財源として、この内部留保金に目をつけているのに大賛成です。赤字国債なんかに頼ってはいけません。
(2025年3月刊。2860円)
参政党は日本人の納めた税金は日本のために使えと主張しています。でも、日本に住んで税金を納めているのは日本人だけではありません。多くの外国人が働いて、税金を負担しています。
 外国人の犯罪が多いということはありませんし、外国人が生活保護をたくさん受けているので、日本人が困っているという事実もありません。生活が苦しくなったら、日本人だろうと外国人だろうと生活保護を受けて生活できるようにするのは当然のことです。
 参政党の主張は、前提からして大きな間違いです。

桐生市事件

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 小林 美穂子・小松田 健一 、 出版 地平社
 こんな不名誉なことで、オラが街の名前が全国に知れ渡るなんて、ちょっと恥ずかしい限りですよね。いえ、私とは何の関わりもありません。
 群馬県桐生市の生活保護行政は常軌を逸しています。だって、生活保護を受けている人に、月7万円をそのまま渡さず、毎日1000円だけ手渡すというんです。保護課の職員って、そんなにヒマなんでしょうか…(ヒマなはずはありません)。保護受給者の更生を指導・監督するためというんですが、これではあまりに人格を無視しています。 
 保護受給者の母子世帯は2011年度に27世帯だったのが、2021年度は、わずか2世帯。これまた信じられません。桐生市の保護利用者は2011年度の1163人が、2022年度は半分の547人。 生活保護率は全国的に増加傾向にあるのに、桐生市では下降の一途をたどっている。今どき、そんなはずはありませんよね。
 桐生市の保護課には就労支援相談員がいて、うち4人は警察官OB。しかも、その元警察官について、市は「マル暴経験者」を希望しているとのこと。いやはや、なんということでしょう。
 この警察官OBが新規の面談に同席し、家庭訪問にも同行するというのです。怖い話です。これでは、まるで保護受給者は元組員ばかりだといわんばかりではありませんか…。桐生市の予断と偏見はきわだっています。
 桐生市では、生活保護を申請しても認められるのは半分以下でしかない。また、保護の却下・取下げ率が他市に比べてズバぬけて多い。辞退廃止数は年に12件、全体66件の18%を占める。他市では3%ほどなのに…。
 ところで、桐生市といったら、昔は繊維産業で栄えていました。その後は、パチンコ台メーカーの「平和」や「西陣」でも有名です。でも、パチンコも、以前ほどではなくなりました。年金支給日しか店内のにぎわいはなく、若者がパチンコをしなくなりました。ネットなどのゲームがありますから、無理もありません。
 桐生市の保護課の職員は大変だったんじゃないかと想像します。ともかく保護受給者を減らすというのを至上命令としていたのでしょう。これは、市長や福祉部長・課長の体質によるのですよね、きっと。北九州市でも同じようなことがありました。「おにぎり食べたい」と餓死した人が出た事件です。厚労省本省から北九州市に乗り込んできた幹部が陣頭指揮をとって水際作戦を敢行していたと聞きました。
 こんな福祉の現場で働いていたら、ストレスがたまって大変でしょう。だって目の前にいる人の生活や人権を守るのではなく、切り捨てようというのですから、仕事に喜びを感じられるわけがありません。あとは、「サド的な喜び」を感じるのかもしれませんが、それは人間性の喪失と紙一重でしょう。
これだけ騒がれたのですから、桐生市の生活保護行政が抜本的に改善されていることをひたすら願います。
 生活が苦しくなったとき、生活保護を受けるのは憲法で認められた権利なのです。堂々と胸を張って申請しましょう。そして、市も速やかに受理して支給開始してほしいと思います。
(2025年5月刊。1980円)
 参政党の新憲法構想案の「国民」にも、本当に驚かされます。国民は、父または母が日本人であること、日本語を母国語とすること、日本を大切にする心を有することを要件として法律で定めるというのです。
 いやはや信じられません。「日本を大切にする心」を持っているかどうか、いったい誰が、そうやって判定するというのでしょうか。秋葉原事件のような無差別殺傷事件を起こした人は、今の金持ちだけが優遇されるような日本社会に恨みを持っていたのだと思います。残念ながら、きっと少なくないことでしょう。
 そんな人をも優しく包摂して、犯罪に走らないようにすることが求められていると思いますが、参政党は、そんな人は国外に追放してしまえとでもいうのでしょうか。怖すぎる発想です。

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