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カテゴリー: 司法

障害のある人と向き合う弁護

カテゴリー:司法

著者   西村 武彦 、 出版   Sプランニング 
 大変勉強になりました。知的障害のある人、とりわけアスペルガー症候群の人に向きあうときに役に立つ本です。
障害は病気ではないし、克服すべき対象でもない。障害は、その人の個性、特性の一つだ。
弁護士は親が付き添っていても、知的障害者自身から話を聞き出すべきだ。
 「どうして、私に質問してくれないのですか?私の言うことは信用できないからですか?私のことなのに、私では決められないのですか?」と、本人は心の中で叫んでいる・・・。
 本人と話をすれば、知的障害者がどういう人なのか、どういう問題があるのか、その回答のなかで理解できる。こういう質問だと質問の趣旨を理解できないのか、こういう言葉は理解できないのかこういう文字は読めないのか、こういう計算は無理なのか、そういうことを弁護士は理解できる。だから、同席している親や福祉関係の職員の説明を先に聞くのは絶対に避けるべきだ。
 知的障害のある人は、「自分は字が読めません」なんてことは、恥ずかしいから言わない。知的障害のある人は、「いいえ」「分かりません」とは、なかなか言わない。
 IQの数値は、その人の人格を測定したものではない。IQという概念は、子どもに最適の教育・療育を施すために、その子どもの抱えている問題を教育関係者が理解するための共通の目盛りである。
なぜ知的障害のある人が借金するかと言えば、そのほとんどのケースは、本人以外の誰かのせいである。
弁護士の言葉のつかい方になじめるような知的障害のある人はいない。客観的な情報で対応が可能なのであれば、知的障害のある人に難しいことを訊く必要はない。そして、楽しかったこと、うれしかったことは何ですかと訊くようにしている。
 知的障害のある人については、フレンドリーな関係を形成しないと、大事な話は聞き出せない。そして、もっと大切なことは、馬鹿にしたそぶりを見せないこと。「えっ、分からないの?」というのは、完璧に馬鹿扱いした言葉。「えっ、なんて言ったの?もう一回言って」というのも、注意したほうがいい。
 次に、難しい言葉は一切つかわないこと。アスペルガー症候群の人を、この本ではアスピィと呼んでいます。
 エジソン、アインシュタインがアスピィを代表するエリート。アスピィのなかには、場の雰囲気が読めないという特徴をもつ人がいる。臨機応変が苦手。相手の気持ちを考えるのが苦手な人がいる。
 アスピィは、相手の意志や気持ちを理解するのが得意でないだけではなく、自分の苦悩、怒り、悩みについても、自分自身が的確に把握できていない。
弁護士にとって大いに考えさせられ、実務的にも大変役に立つ貴重な本です。
(2008年3月刊。1000円+税)

えん罪原因を調査せよ

カテゴリー:司法

著者   日弁連えん罪原因研究・WG 、 出版   勁草書房 
 なぜ、えん罪がなくならないのか、えん罪はどうやってつくられていくのか、裁判官が見抜けないのはなぜなのか、弁護人はいったい何をしているのか・・・。次々に湧いてくる疑問に答えてくれる本です。
 映画『それでも、ボクはやっていない』をつくった周防正行監督は、3年間で200回ほど裁判を傍聴したそうです。すごいですよね。そして今、法制審特別部会の委員になっています。
 警察や検察は、イギリスは1時間とか2時間の取調で起訴している。それでいいのか、と脅すように投げかける。そして、なぜ、そんなに治安の悪い国の司法制度を真似しようというのかと批判する。だけど、日本の治安がいいのは、決して日本の警察が優れているからではない。日本人の規範意識が高いからだ。
 マスコミは、よく「またも真相の解明はできなかった」と書くが、裁判は真相究明の場ではない。法廷に現れた証拠によって、被告人が有罪か無罪かを決める場である。大きな事件について真相の解明を求めるのなら、まったく違った機関で調べないと無理だ。
 このような周防監督の問題意識と同じようなところから、日弁連は独立した第三者機関をつくってえん罪の真相を究明することを提言しています。
 これまで日本で再審無罪となった事件では、短くて10年、長くて62年とか50年というものがある。最近、無罪となった布川(ふかわ)事件も、なんと44年かかっている。氷見(ひみ)事件の5年というのはもっとも短いもの。
 「やっただろう。認めろ」「いや違う」という不毛なやり取りと我慢くらべが続き、長時間の取調べがいつまで続くのか、明日も、明後日も、その後も続くのか、その不安から取調官に迎合して早く解放されたいと思うようになる。
 愛知県警察の取調マニュアルには、「調べ官の『絶対に落とす』という、自信と執念に満ちた気迫が必要である。調べ室に入ったら自供させるまで出るな。否認する被疑者は朝から晩まで調べ室に出して調べよ」とある。
 国連に提出した日本政府の報告書には、取調べを法律で一律に規律するのは難しいとしている。
 アメリカもEUも、ほとんどの加盟国では、弁護人の立会権を保障している。韓国も台湾も保障している。
 日弁連はえん罪の原因を究明する第三者機関も設置するように提言し、そのときの問題点も検討しています。
第三者機関については、国会の付置機関とするのが政策上妥協と思われる。というのは三権のうち、刑事司法機関と直接の指揮命令系統をもって関係しないのは、国会に限られるだろうから。
 アメリカでは、DNA鑑定によって、無実が明らかになって釈放された人は292人にのぼっている。1973年以降に、誤判が発覚して死刑台から生還した死刑囚が26州、140人にのぼっている。これが司法について深刻な反省を生む契機となった。
 そして、えん罪であることが分かった多くの事件で、死刑囚は、捜査段階で虚偽の自白をしていた。さらに、ビデオの前で自分の母親を殺害したと自白した無実の人さえいた。この自白はまったくの虚偽だった。
 やってもいない人が「自白」なんかするはずがない。これが世間一般のフツーの常識です。ところが、その常識が通用しない世界があるのです。警察そして検察が、その誤った体制を確固たるものにしています。
 私の畏友・小池振一郎弁護士より頼まれて買いました。なるほど、手抜き裁判はひどいものだ、でも、まだなくなっていないと思いました。
(2012年9月刊。2300円+税)

勝つまでたたかう

カテゴリー:司法

著者   馬奈木昭雄弁護士古希記念出版会 、 出版   花伝社 
 久留米で古希を迎えた馬奈木昭雄弁護士に寄せた論稿集です。馬奈木イズムというネーミングには少々ひっかかりましたが、馬奈木弁護士の果たした成果は大きく、その取組には大いに学ぶところがあります。550頁、4200円という大作ですので、ずしりと重たく、若手には腰が引けるかもしれませんが、ぜひ馬奈木弁護士が到達した頂に挑戦してほしいと思います。
 まずは馬奈木弁護士の問題提起を紹介します。これは20年前の文章です。
同じ問題を抱えた人々が無数に存在している課題であれば(さらに言えば、その提起に取り組むことを存立目的としている大衆団体が、すでに大衆を組織して存在しているのであれば)、その人々から原告団をつくりあげていく運動に取り組むことは、困難ではあっても不可能ではない。しかも、すでに存立している大衆団体にとっては、同時に自分の団体を拡大し強化していく運動にもなる。
 なるほど、なるほどと思いました。さすが水俣病をはじめとする数多くの公害裁判をたたかってきた経験からの確信が伝わってきます。
 篠原義仁弁護士、現在の自由法曹団長であり、私の直接の先輩弁護士でもあります、は馬奈木語録について、次のように解説しています。
 「私たちは絶対負けない。なぜなら、勝つまでたたかうからだ」という馬奈木弁護士の言葉は、たとえば有明訴訟でいうと民事差止裁判をやって敗訴したら、行政処分の取消訴訟を、開発のための公金違法支出差止の監査請求そして住民訴訟をやる、仮処分も事訴も。原告団も地域ごとに、そして、一陣だけでなく、二陣、三陣訴訟もやる。多角的に重層的に、戦いを組織する。そして、運動で相手を追い込んでいくということ。
 敗訴すると、運動に悲壮感が生まれ、団結上も問題が生まれる。それでも「訓練された団結」を維持し、たたかい抜くためには、運動の中心、とりわけ弁護団への厚い信頼が絶対的に要求される。馬奈木弁護士には、強い信念を基礎に、厚い信頼を集める人柄、人間性が基本にあり、それは実践力に裏うちされている。たたかいの源は人間力、実践力で、馬奈木語録のなかに秘められた真意を汲みとることが重要だ。
 大阪の村松昭夫弁護士は、2011年から司法の場で吹き荒れている逆風について、次のように指摘しています。
 これらの不当判決の根底に流れているのは、国民の生命や健康を守るべき国の責務について、限りなくこれを後方に追いやり、ごく例外的な場合にしか国の責任を認めない。そのいっぽうで、被害発生の責任を労働者や零細業者、患者らのいわゆる「自己責任」に押しつけるという行政追随、被害切り捨ての思想である。その背景には、国の責任を広く認めると、国の財政が破綻するという「財政危機論」を口実にした、国による司法への「脅し」がある。
 さらに、久保井摂弁護士は次のように書いています。
被害者自身が被害を語る意味・・・。被害者であって、顔を上げ、名乗って、訴える正当な資格のある、人権の享有を許された権利主体なのだという確信こそが、その人らしく生きることを可能にする。
 被害を語るためには、自身の置かれた状況を権利侵書として言語化することが必要であり、その前提として、自己の権利を知る必要がある。
 筑豊じん肺訴訟原告弁護団長をつとめた故松本洋一弁護士の作成した陳述書は、ひと味ちがった。一人称で書かれていたが、聞き取りの場である居宅の光景、語り手や家族の姿を、観察者松本洋一の視線で再現する常体の文章が挿入されていた、それは、読みながら、部屋のたたずまい、明暗、室温、そこに漂う匂いまでよみがえる気のする、五感に訴える叙述だった。
 堀良一弁護士の次の指摘は、いつもながら秀逸です。
 運動の議論に時間をさかない弁護団なんて、ろくでもないに決まっている。
 注意しなければならないのは、日常業務に引きずられて何か裁判ですべてが解決するかのように思いがちな人々の幻想にきっぱりと釘を刺さなかったり、当事者や支援者それぞれの紛争解決に向けた役割と行動を提起しなかったり、裁判闘争を対裁判所だけの取り組みに矮小化したりすることだ。裁判の果たす役割と可能性が目の前にある社会的紛争を解決するための戦略と戦術のなかに正しく位置づけられはじめて、裁判闘争は紛争解決の真の力たりうる。
 まず、状況をきちんと分析する。歴史的、全体的にどこから来て、どこへ向かおうとしているのか。現在の観点からだけではなく、過去の観点から、未来の観点から事実にもとづいて正確に把握する。
 次に、何を目標として現在を変革するのか、しなければならないのか。そのゴールを明確にすることだ。社会的紛争を解決するというのは、現状を変革することに他ならない。そして、目標は人々に希望を与えるものでなくてはならない。
 そのうえで、目標に行き着くための課題を抽出し、それぞれの課題を達成するための行動計画を明確にする。それぞれの課題と行動は分かりやすく、たたかいの経過に応じて臨機応変に具体化しなければならない。行動計画は、どう動けばいいのか瞬時にイメージできるものでなくてはならない。それぞれの課題と行動計画は、相互に有機的に結びついて、目標達成の確信と、目標達成に向けた人々のエネルギーを沸き立たせ、それぞれの人々が目標に向けて、主人公としてやりがいを持ちうるものにしなければならない。
このほか、馬奈木語録をいくつか紹介します。
 弁護士は料理人であり、裁判官はこれを味わい、評価する人。うまい料理をつくらなければ、ダメ。
裁判官は何も知らないと思ってかからなければダメ。
善良だけで相手方にしてやられるような弁護士は、依頼者からみると悪徳弁護士といわれても仕方がない。
 専門弁護士といわれるためには、法律家の前ではなく、その分野の専門家の前で講演したり、学会誌に論文が掲載されるようにならないといけない。
 馬奈木弁護士の今後ますますの活躍を心より祈念します。
(2012年10月刊。4000円+税)

ワンランク上の説得スキル

カテゴリー:司法

著者   小山 斎 、 出版   文芸社  
 著者には申し訳ありませんが、読む前はまったく期待していませんでした。ですから、得意とする飛ばし読みでもしようかと思って読みはじめたのです。ところが案に相違して、これがすこぶる面白く、かつ、実務的にも役立ち、また、反省させられもする本でした。
 著者は大学に入るため肺結核と診断されます。そのとき19歳、母や弟たちを捨てて、大学に向かった。すぐサナトリウムに入らないと死ぬと医者から言われていたのに、なんと長生きしたのでした。
 この本には、説得の見本ないし材料としていろんな本が紹介されています。「走れメロス」もその一つです。教科書に出ていましたよね。さらに、芥川龍之介の「羅生門」が登場します。黒澤明監督の有名な映画にもなった話です。いろんなストーリー展開が矛盾する形で展開します。まさに真相は「薮の中」です。次に、シェイクスピアの「ジュリアス・シーザー」です。これは、私はまったく知らない話でした。続いて登場するのは、森鴎外の「高瀬舟」。ここでは、弟を殺してしまったのか、自殺の手助けをしただけなのかが問われています。難しい問いかけです。
 人が相手から受けとる情報は、外見やボディランゲージが55%、声の調子が38%。言葉はわずか7%にすぎない。顔の表情が一番であり、やはり目がものを言う。
 コミュニケーションは、人を動かす力である。相手に共感、納得してもらったうえで、相手に自ら動いてもらう力なのだ。
 聴き方には次の4原則がある。1つ、目を見る。2つ、ほほえむ。3つ、うなずく。4つ、相槌をうつ。聴き方には、3つの方法がある。1つ、受け身で聴く。2つ、答えつつ聴く。3つ、積極的に聴く。 
 人間の脳が一番喜ぶのは、他人とのコミュニケーションである。そのなかでも、目と目が合うことが一番うれしいこと。脳が喜ぶとは、脳の中でドーパミンが放出されること。
 説得するときの6つのマジック。その1、会ってすぐに相手の名前を呼ぶ。その2、聴くとき、話すとき、体を少し乗り出す。その3、ほほ笑む。その4、相手に対して相手に対して気づかいを示す。その5、楽観的に、前向きであること。その6、相手を尊敬する。
 依頼者との打合せが終わるころ、雑談に入って、話の主導権を依頼者に渡す。すると、それまでと反対になって、二人の関係は対等になる。すると、依頼者は笑顔で帰っていく。
説得したい相手が怒っているときは、どうしたらよいか?冷静にふるまい、おどろきの表情も見せない。その怒りの原因がこちらにあるときは、心から、すぐに謝罪する。理不尽な挑発のときには、反発も反撃もせず、冷静さを保つ。そして、相手の立場を知り、相手の視点で、ともに考えて問題を解決したいという姿勢を示す。相手の挑発は、いずれ収まる。コーヒーブレイクをとる。場所を変える。
勉強になりました。著者の若いときのご苦労がしっかり生かされ、教訓化されているところは、さすがだと感嘆しました。
(2012年1月刊。1100円+税)

ある心臓外科医の裁判

カテゴリー:司法

著者   大川 真郎 、 出版   日本評論社  
 ある心臓外科医が手術ミスをした。執刀医の教授を部下の医師が内部告発して、そのことが明らかになった。当然のことながら遺族は怒り、損害賠償を請求するとともに刑事告訴した。さらに、週刊誌が取りあげ、テレビや新聞も大々的に取りあげるに至った。
 無能な執刀医はそれまでにも幾多の医療ミスをしていたし、手術の前にすべき患者の診察もせずに執刀し、患者の死後、遺族への説明もせずに逃げまわった。
 このような報道はよくあるパターンです。ところが、これがまったく事実無根だったら、どうでしょうか・・・。
 この本は、8年がかりで執刀医にミスはなかった、かえって内部告発した医師のほうが無能であって、まかされた術後管理が悪かったために患者を死なせたのであり、しかも、その医師は別の病院でも医療過誤で訴えらたことがあって、裁判で訴えられて責任を認められていたということまで明らかにしています。
とても大変な裁判だったと思いますが、著者は同じ事務所の坂本団弁護士とともに、その困難な課題をやり遂げたのです。さすがです。
 週刊誌に対する名誉毀損の損害賠償請求にも教授は勝訴します。慰謝料500万円のほか、謝罪文を命じる判決でした。出版社側が控訴し、高裁で和解が成立しました。和解は慰謝料400万円のほか、謝罪広告を週刊誌にのせろという内容です。金額は相応のものと思いますが、問題は謝罪広告です。
 教授の名誉を侵害する記事が3頁にわたって大きく取り上げられていたのに対して、謝罪広告のほうは5年後に最終1頁5段の最下段に小さく載っただけ。これでは、誰も気がつかないようなものでしかありません。やられ損ですよね・・・。
そして、「内部告発」した医師を教授は訴え、勝訴しました。610万円を支払えという判決ですので、すごいと思います。
 ところが、その後、教授が医学専門誌に実名で部下の医師を批判した部分については行き過ぎだと最高裁が判断し、その部分の170万円が差し引かれることになってしまいました。
 さらに教授は、遺族側の弁護士について弁護士へ懲戒請求します。弁護士は代理人であるとしても、遺族の虚偽告訴という違法行為は抑止すべき義務があるというものです。
この点、なるほど代理人弁護士に問題がなかったわけではないと私も思いますが、懲戒相当と言えるかまでは疑問です。結局、弁護士会も懲戒不相当としました。
そして、最高裁は、教授がチーム医療の総責任者であるから患者・家族に対して直接説明すべき義務があるかどうかについて、教授に逆転勝訴の判決を下したのでした。
要するに、説明義務があるといっても、それは総責任者たる教授が自らするまでのことではなく、主治医が十分に説明していれば足りるというものです。これは至極あたりまえの判断だと思いました。
いずれにしても、部下の医師が自らの失敗を上司になすりつけようとして「内部告発」したということです。悪徳、無能医師というレッテルをマスコミによって貼られたとき。それを間違いだと証明することの大変さがよくよく伝わってくる本です。
 そして、それに8年近くもかかったことのもつ重味をしみじみと感じたことでした。
 著者は、日弁連事務総長もつとめた有能かつ識実あふれる人柄の弁護士です。本書を読んで、ますます畏敬の念を深めました。ますますのご活躍、そして後進へのご指導を引き続きよろしくお願いします。
(2012年9月刊。1700円+税)

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