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カテゴリー: 司法

わたくしは日本国憲法です

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 鈴木 篤 、 出版  朗文堂
医療分野で名高い弁護士ですが、憲法問題にも取り組んでいるのを初めて知りました。大学時代は私と同じ川崎セツルメントに所属していました。私の3年先輩になりますので、活動時期は重なっていません。
日本国憲法になり切って著者は訴えます。たしかにアメリカ軍による押しつけという側面があったことは事実だ。だからといって、そのことは憲法のなかみがもっている価値とは別の問題だ。憲法のもっている中身は決して否定されるようなものではない。むしろ問題なのは、押しつけであったために、憲法のもっている本当の価値が、その後のこの国の生活や政治のなかで十分に理解されず、いかされてこなかったことにこそある。私も本当にそう思います。
今の日本という国の現実は、わたくしが「こうありたい」、「こうあるべきだ」と言っていることとは大きくかけ離れている。
わたくしが番人として、きちんとその役割を果たすためには、国民がわたくしをちゃんと理解してくれて、わたくしを活かすために行動してくれることが大前提となる。
多数決を民主主義の原則だというのは根本的に間違っている。本当は、多数決は民主主義の本来の原則を守り抜いた後の問題解決の方法として、民主主義とは異質な原則を例外的に制度として取り込んだもの。つまり、多数決は、民主主義の限界を示すもの。
国民の4割ほどの支持しか受けていない政党が、小選挙区制と議会での多数決制度によって、文字どおり独裁的な権力を行使することができるような仕組みになっている。だから、わたくしから言わせれば、現在この国の権力を握っている者たちは、「国民の信託」をかすめとり、国民の代表を僭称(せんしょう)しているに過ぎない。だからこそ、この人たちは、国民が自分たちの意思を直接政治に反映させようとして直接請求や住民投票などの要求をすると、決まって排斥する立場に立つ。
集団的自衛権の行使は、日本に対する攻撃とか、日本を守るというものでは一切ない。日本の同盟国、つまり外国に対する攻撃に対して日本がそれに参加し応戦して反撃すること。つまり、日本が他国同士の戦争に加わる、巻き込まれるということ。これが日本国憲法に違反することは明らかです。
「どうせ自分が何を言っても自分の意見なんか誰も取りあげてくれない。何も変わらない」このようなあきらめの気持ちを多くの日本人がもっています。それが投票率の低下となってあらわれています。
既成事実への屈服、権限への逃避を特徴とし、成り行きに身をまかせ、どうしてこうなったには責任を負わないし、追及しようともしない。そんな精神構造に多くの日本人がなっている。しかし、そうではなくて、納得できないこと、ガマンできないことに対しては、はっきりモノを言う、声を上げることが大切です。著者は繰り返し、そのことを強調しています。私もまったく同感です。
4000部も売れたとのことですが、アベ流のインチキな「加憲」が提案されようとしている今日、そもそも憲法とは何のためにあるのかを分かりやすく問題提起した貴重な憲法に関する本です。ご一読を強くおすすめします。とくに、中学・高校生の子をもつ親には必読です。
(2014年10月刊。1200円+税)

捜査と弁護

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 佐藤 博史・指宿 信ほか 、 出版  岩波書店
私は今も国選弁護人は引き受けていますが、幸か不幸か裁判員裁判事件は担当していません。殺人事件の被疑者弁護人になったので覚悟していたら、罪名が嘱託殺人になって一般の刑事裁判で終わりました。
本書はシリーズ刑事司法を考える第2巻として発刊されたものです。科学的捜査を論じたところが私の印象に残りました。ここではDNA鑑定の危なさと、ポリグラフ検査の信用性について紹介します。
DNA鑑定を絶対視すべきではないと強調されています。DNA鑑定といえども、単なる検査方法の一つであって、対象試料としての物質の限界と検出方法の限界にとって不確定性を含んでいる。足利事件でも菅谷さんを有罪にするためにDNA鑑定が使われている。このとき、DNA型を判定するための検出技術が未完成だったことによる。最初の鑑定の誤りに早く気づいて撤回されていたら、菅谷氏は17年半に及ぶ刑務所生活は避けられていた。
ところが、足利事件を解決するという警察の威信をかけた大事件だったために、DNA鑑定によって解決できたと宣伝するために警察は強引に「解決」してしまった。
今でもDNA鑑定は無から有を生む、魔法のような方法ではない。
現在、大学の法医学教室の多くは、捜査サイド(すなわち警察の味方)に立って、それを支持することを本分としている。これは警察の信頼がなければ司法解剖をふくめて仕事が出来ないという現実から来ている。司法が正当に機能するためには、鑑定そのものの中立性を維持できるような国家制度を確立すべきだ。なるほど、なるほどと思いました。
ポリグラフ検査(CQT)は、正確性の問題などから、減殺では、ほとんど使われていない。
しかし、CITと呼ばれる隠匿情報テスト(犯行知識検査。CIT)のほうは、日本の警察が今もよく使っている。CITは、CQTと違って、比較的明確なロジックにもとづくものであるため、明確な質問表を複数個きちんと作成できたら、犯人なのかそうでないかを正確に判定できる。
うむむ・・・、本当にそうなんでしょうか・・・。そんなに違いのあるものなのでしょうか・・・。ちょっと信じがたいところです。
今のポリグラフ検査によれば、犯人でない人間を「犯人である」と誤って判定する率は0.4%でしかなく、きわめて小さい。捜査側の立場に立った論述だからとも言えますが、果たしてポリグラフ検査の信用性って、そんなに高まったのでしょうか・・・。
刑事弁護の実務を深めるのに役立つシリーズ第2弾の本です。
(2017年8月刊。3600円+税)

あのとき裁判所は?

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 宮本 康昭ほか 、 出版  ひめしゃら法律事務所
あっと驚く事実が満載の、強烈なインパクトたっぷりのブックレットです。
あの宮本康昭さんが、もう80歳を過ぎていたなんて、信じられません。それより、もっと驚くのは、1970年(昭和45年)ころ、青年法律家協会(青法協)に所属していた裁判官が350人もいたこと、最高裁に勤務していた局付判事補15人のうち10人が青法協会員だったこと、東京地裁に配属された新任判事補12人のうち10人が青法協会員だったこと、その圧倒的人数と比率に思わず叫びたくなるほど驚かされます。
さらには、宮本判事補の再任拒否に対して、当時の裁判官1850人のうちの3分の1をこえる650人が抗議文を出したというのにも腰が抜けるほど驚きます。今では、とてもそんな数の裁判官は沈黙したままで、抗議の声をあげないのではないでしょうか、残念ながら・・・。
なにしろ、1970年1月から1971年までの1年間で、350人いた裁判官部会の会員が158人も脱退して200人になったのでした。このころ、著者は、何回も血を吐いたとのことです。ストレスから胃潰瘍になったのです。良かったですね、それを乗りこえて長生きできて・・・。
当時の熊本地裁の所長(駒田駿太郎)が著者に青法協をやめろと言うので、所長も日法協に入っているでしょ、と問い返すと、「オレも日法協をやめるから、オマエも青法協をやめてくれ」と切り返されたといいます。
実は、私も、いま日法協の会員(会費だけの・・・)なのです。弁護士会の役員になったおつきあいで加入しているだけなのですが・・・。
この本で、著者は青法協を脱退した158人のその後を紹介しています。
最高裁判事6人、検事総長1人、内閣法制局長官1人、高裁長官12人、地裁所長64人。これに対して青法協に残った200人のうちでは、高裁長官が2人、地裁所長は3人だけ。このように歴然たる違いがあるのです。そして、著者に対しては露骨な差別扱いがされました。弁護士になるときに最高裁判所が経歴保証書を出さなかったというのには呆れました。
著者は判事補に再任されなかったけれど、簡裁判事として残ったのですが、宿舎から追い出されそうになったり、裁判官送迎バスの対象者からははずされたりという嫌がらせも受けています。裁判所のイジメって、陰湿ですよね・・・。それでも、著者はめげずにがんばったのですね。すごいです。給料にしても、当時で月に7万円から8万円も低かったというので、同期の裁判官たちがカンパしていたというエピソードも紹介されています。
著者とは灯油裁判で一緒の弁護団だったこともあり、親しくさせていただいていますが、人格・識見ともきわめてすぐれた人物です。こんな人を裁判所から追い出すなんて、本当に国家的損失だと実感します。
裁判官が公安によって尾行されていたとか、スパイがいたのではないかという話もあります。私のときにも、司法修習生のなかに明らかにスパイ活動していると確信したことがありました。司法界と公安、スパイというのは切っても切れない関係なんだなと改めて思いました。
貴重な本です。今の裁判所内に気骨ある人が少ないのは、その負の遺産だと思います。私の個人的経験でいうと、騙された奴が悪いなんていう若い裁判官の発想は、その典型の一つだと思います。本人は無自覚なので、始末が悪いです。
(2017年8月刊。500円+税)
9月に入って急に涼しくなりました。右膝が痛かったのも少しおさまりましたので、夏草が庭一面を覆っていましたので、日曜日に雑草とりに精を出しました。頭上でツクツク法師が鳴いて、夏の終わりを告げてくれました。日の沈むのも早くなり、夕方6時半に切り上げ、風呂場に直行しました。
湯あがりに息子が贈ってくれた甲州産の赤ワインを美味しくいただきました。平和なひとときです。

我、市長選に挑戦す

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 小宮 学 、 出版  海鳥社
飯塚市で活動している小宮学弁護士が飯塚市長選挙に立候補し、見事に落選した経過をふり返った奮闘記です。
小宮弁護士の前著『筑豊じん肺訴訟』(海鳥社)は、なかなか感動的ないい本でした。このコーナーでも紹介し、高く評価しました。2008年の発刊ですから、以来、9年ぶりの著書になります。今回の本も、とても平易な文章で分かりやすく、80頁あまりのブックレット・タイプですので、ぜひみなさん、買って(500円)読んで下さい(私は贈呈を受けましたが・・・)。
小宮弁護士は福岡県南部の高田町(現みやま市)に生まれ、久留米で弁護士生活をスタートさせました。そして3年後、筑豊・飯塚市に移り、じん肺裁判に弁護団事務局長として18年あまり関わってきました。
小宮弁護士は、本人は「弁護団員のなかでは穏かな方だ」という自己評価ですが、原田直子弁護士は、「すぐに怒り出し」、「すぐに泣き出す人」と評価します。原田弁護士は続けて、小宮弁護士は「正義感が強く、相手が誰であろうと、決して屈しない人」だと街頭演説のときに紹介したとのことです。この点は、私も、まったくそのとおりだと思いますが、この本を読んで、ますますその意を強くしました。
なぜ小宮弁護士が飯塚市長選挙への立候補を決意したのか・・・。
市長と副市長が執務時間中に庁舎を脱け出して、元市会議員で事業経営者のマージャン店で賭けマージャンをしていたことが発覚したのです。それ自体が大問題ですが、当初は開き直っていた市長が辞意を表明するとともに、後継者として、同じ賭けマージャン仲間の教育長を指名しました。これを小宮弁護士の正義感は許すことが出来ませんでした。
これって、本当にひどいですよね。許せませんね・・・。
ところが、この点を西日本新聞筑豊支局はまったく問題にせず、むしろかばってやるかのような報道で一貫させたというのです。ジャーナリズム精神が泣きますよね。この点について、筑豊支局の総局長は「我が社の自由です」と答えたそうですが、これってジャーナリズムの自殺行為と言うほかありません。
西日本新聞は私も購読していますが、これには、正直いって、大変に失望させられました。それほど、筑豊では麻生一族に歯向かえないというわけなのでしょう・・・。残念です。
小宮弁護士は、本書のなかで、西日本新聞に対して、「襟を正せ」、「権力に媚びるな」と叫んでいますが、私も声をそろえて同じことを叫びたいと思います。
この本には、私もよく知っている故・松本洋一弁護士の言葉が紹介されています。がんのため早くに亡くなられましたが、本当にたいした弁護士でした。私も小宮弁護士と同じく、心から尊敬していました。
「たたかいは勢いである。小さくても勢いがあるほうが勝つ」
久々に松本節(ぶし)を思い出しました。切れのいいタンカで松本弁護士は法廷を見事に圧倒していました。
民法学の大家で、立命館大学の総長もつとめた末川博博士が小宮弁護士に次のようなフレーズを書いた色紙を贈ったとのことです。
「法の理念は正義であり、法の目的は平和である。だが、法の実践は社会悪とたたかい、時代の逆流とたたかい、自分自身とたたかう闘争である」
小宮弁護士は、この末川博士の教えを守って、これからもがんばる覚悟で本書をいち早く刊行したのです。とりわけ法曹を志望する人にぜひ読んでほしい冊子です。
(2017年8月刊。500円+税)

私たちは戦争を許さない

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 安保法制違憲訴訟の会 、 出版  岩波書店
最高裁判所の元長官が安保法制法の前提となる集団的自衛権の行使を容認する安倍内閣の閣議決定は憲法違反だと断言したのには驚き、かつ、勇気をもらいました。
多くの国民が反対運動に立ちあがり、全国すべての弁護士会で反対の取り組みがすすむなかで、国会で強引に成立した安保法制は、やっぱり憲法違反だし、無効だという裁判が日本全国で起きています。
九州では、長崎、福岡、大分、宮崎、鹿児島、沖縄で裁判がすすんでいます。「もし安保法制が裁判所によって合憲と認定されたら、安倍政権を利するだけではないのか・・・」 そんな疑問があるのは事実です。
しかし、三権の一角を担う司法が、一見して明白な違憲状態を看過するようなことになれば、そのこと自体が三権分立制度の自殺を意味する。平和憲法そのもの破壊を座視するような司法は、とうてい民主国家における司法とは言えないだけでなく、最終的には国民の信頼も失ってしまうだろう。そこで、「安保法制違憲訴訟」が真正面から提起された。
つまり、国の政策について、唯々諾々と追認することがたびたびある司法のあり方を根底から問い、三権分立の一角を担い、かつ憲法保障の役割を担うべき裁判所に、その職責を果たしてもらう必要があると考え提起された裁判である。
憲法学者である青井未帆教授(学習院大学)が巻末で次のように解説しています。
日本国憲法9条が守ろうとしているのは、自由や私たち市民の普通の生活です。「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」(憲法13条)の基礎を確保すること。日本国憲法は、軍権力がコントロール不能になって自由が現実に侵害されてからでは手遅れになってしまうからこそ、仕組みとして9条をもうけた。このような予防的な仕組みにとって、その目的である自由や市民の生活が危険にさらされる「おそれ」に敏感であることが、本質的に要求される。
今の日本では、行政府が自らに大きな権力を集中させ、これまでの慣行を壊し、あるいは作法を無視する一方で、立法府がそれに対する効果的な抑制をできないでいる。そういう状況だからこそ、三権分立におけるもいう一つの柱である司法府が権力抑制に果たさなくてはいけない役割が、これまで以上に大きくなっている。
この本は、原告となった人々のさまざまな思いが熱く語られていて、読む人の心を熱くします。ジャーナリスト、元自衛官、元パイロット、元船員、宗教者、戦争体験者、被爆者、元原発技術者、元マスコミ関係者・・・。とても多彩ですし、その真剣な訴えには思わず、エリを正して傾聴しようという気にさせられます。
代表の寺井一弘・伊藤真の両弁護士、事務局長の杉浦ひとみ弁護士の労苦を多とするほかありません。一人でも多くの人に読まれることを私も心から願います。200頁で1300円です。いま価値ある本として、あなたもぜひ買ってお読みください。
(2017年8月刊。1300円+税)

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