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カテゴリー: 司法

最高裁に告ぐ

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 岡口 基一 、 出版  岩波書店
タイトルがいかにも挑戦的なので、どんなに過激な本なのか、思わず手にしたくなる本でしたが、読んでみると、しごく穏当な主張が冷静なタッチで展開されています。その意味では、タイトルはいささか独走している気がしました。
むしろ、このまま今の最高裁に日本の司法をまかせて大丈夫なのか、「王様」化した最高裁は世の中の要請にこたえていないのではないのか、そんな趣旨のタイトルにしたらどうか、ついそう思ったことでした。
著者は「バッシングを畏れて世間に迎合する判決を下すようになったら司法は終わりである」としています。本当にそのとおりなのですが、正確には迎合する先は「世間」ではなくて、安倍内閣を先頭とする権力ではないでしょうか・・・。
原発裁判もはじめとして、あまりにも権力(自公政権と電力会社・原子力ムラ)べったりの司法判断が続いていて、嫌になってしまいます。
全国裁判官懇話会が開かれていたのは2007年までのこと。もう10年以上も裁判官の自主的な集まりはない。そして、1970年代以降、最高裁判事は官僚派の裁判官(そのほとんどは裁判実務をしていない)が大勢を占め、社会秩序重視の判決が多くなっている。
日本国民は司法にあまり関心をもっていない。その理由として、最高裁は本当の意味で国家の基本に関わるような判断をしないこと、国民生活に広く影響を与えるような問題について積極的な判断を行うこともあまりないことがあげられる。そうなんですよね、司法の存在感は薄いし、ますます薄れています。
著者は最高裁があまりに多くの事件をかかえて超多忙だという実情を指摘していますが、それにしても最近の最高裁判決の質が劣化していることを鋭く糾弾しています。要するに、憲法違反としながら、憲法の条文を明記せずに「明らか」という強調語で逃げていたり、集会の自由や表現の自由が問題となったケースの判決で従来の最高裁判例との整合性があるのか、また判決文に理由が明示がされていないということなどです。
東京高裁の林道晴長官、そして同高裁の吉崎佳弥事務局長は、二人して著者に対して脅迫・強要行為を東京高裁長官室で50分にわたって続けた。これらはパワハラにも該当する。
このように著者は指摘しています。
また、最高裁は今回、著者を戒告処分に付したわけですが、そのとき、著者が過去に厳重注意処分を受けたことも理由としてあげていることも大きな問題です。著者も、その弁護団も、この点について大いに問題にしています。つまり、「前科」ではないのに「前科」があるかのように不利益判断したわけで、これは最高裁が著者と弁護団からの釈明申立を認めず、事実上「1回結審」したことの問題点でもあります。
民事訴訟の裁判官が「王様」になるには、次の3つの方法がある。その1、当事者のした主張に答えない。その2、そもそも当事者に主張をさせない。その3、当事者がした主張にデタラメな理由をもって答える。
著者は、下級審の民事裁判官は、この3つの方法のいずれも実行できないとしています。本当でしょうか・・・。私は、福岡地裁でも福岡高裁でも、この3つをいずれも経験して、煮え湯を飲まされました。よほど、担当裁判官(まだ若い人です)を忌避してやりたいと思いましたが、あと一歩のところで思いとどまりました。それが良かったのか、本人のためにも忌避すべきだったのではないか、今も迷っています。
司法の現実を知るうえで、弁護士はもちろんのこと、司法に少しでも関心のある人にはぜひ読んでほしい本です。
(2019年4月刊。1700円+税)

裁判官が答える裁判のギモン

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 日本裁判官ネットワーク 、 出版  岩波ブックレット
現職裁判官の自主的組織である裁判官ネットワークがフツーの人の裁判に関する疑問について、とても分かりやすく解説したブックレットです。わずか100頁ほどの小冊子ですが、市民の誰でもが抱いている疑問が28問とりあげられています。そのなかには、裁判官の日常生活や最近話題のSNSに関する質問もあって、興味をそそられます。
私が弁護士になる前の司法修習生のころには「宅調」といって、裁判官が裁判所に出ないで自宅で判決を書く日が認められていました。たしか週に2日は認められていたと思います。最近では「宅調」という制度は廃止されたと思っていたら、この冊子では「最近は減ってきたよう」だとありますので、制度としてはまだ存続しているのでしょうか・・・。
それから夏休みです。正しくは「夏期休廷期間」というようですが、3週間とれることになっています。実際には、この期間を難事件の判決起案日にあてることが多くて、完全な休みにはならないとのこと。私も、そうだろうと思います。
岡口基一仙台高裁判事(その前は東京高裁判事)のツィッターが有名で、最高裁判所は戒告処分に付しました。私は、この戒告処分には賛成できません。裁判官の市民的自由はもっと大切にされていいと考えているからです。
それに何より、もっとひどいことをしている裁判官は他にたくさんいる現実がありますので、岡口判事のしたツィッター程度で目くじらをたてるなら、ほかにも懲戒免職相当という判事は多数いると思うのです。その典型がもう故人ではありますが、元最高裁長官の田中耕太郎です。私もいつも呼び捨てにします。だって、最高裁での審理状況を実質当事者であるアメリカ政府、その代表者ともいうべき大使に報告し、その指示を仰いでいたという、とんでもない男なんですよ。まさしく元長官の名誉を剥奪すべき人物です。ところが、そのことが客観的事実として判明してなお、最高裁は何もしていなのです。こんなひどい話はありません。プンプンプンです。
ネットワーク会員の竹内浩史大阪高裁判事はブログ「弁護士任官どどいつ集」を発信しています。権力に向って平気でモノを言うような、型破りの判事がもっと増えてほしいです。
裁判官は本当に合議しているのか、裁判長が結論を決めているのではないか、裁判長の意見を忖度(そんたく)しているのではないか、私をふくめて多くの人が疑問を抱いています。この本では、最近は、活発に自分の意見を述べる左陪席(若手)裁判官が増えているとしています。
これが本当なら、喜ばしいことですが、本当に大丈夫でしょうか・・・。
刑事裁判で裁判員裁判が始まって、刑事裁判は少しはいい方向に向かっているという積極評価がなされています。私も同じ意見です。とは言っても、残念ながら裁判員裁判を担当したことはありません。殺人罪で逮捕された被疑者が嘱託殺人罪で起訴されたからです。
痴漢していないのに犯人に間違われそうになったとき、逮捕されないように現場を立ち去るのがいいかどうかは、刑事専門の弁護士でも意見が分かれているとのことです。私は、できるだけ足早に遠ざかるのがいいと考えていますが、それすら困難なときは、周囲を見わたして、自分の無実を証明するための協力を呼びかけるのがいいというアイデアが紹介されています。単純に逃げたほうがいいというのは誤りだし、走って逃げだすのはもってのほかだと書かれています。なるほど、そうだろうなと思います。でも、現実は難しいでしょうね・・・。
裁判所と裁判官が、もっと国民に開けた存在であるためには、かつての青法協裁判官部会のような自主的組織が必要だと思いますし、裁判官ネットワークの会員がどんどん増え、この冊子のような情報発信を国民にむかってするべきだと思います。
あなたもぜひ手にとってお読みください。
(2019年4月刊。660円+税)

労働弁護士50年

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 高木 輝雄 、 出版  かもがわ出版
名古屋に生まれ育ち、大学も名古屋、そして弁護士としても一貫して名古屋で活動してきた高木輝雄弁護士に後輩の弁護士がインタビューしたものが一冊の本にまとめられています。話し言葉ですし、インタビュアーの解説もあって大変読みやすく、私は機中で一気に読み終えました。
司法修習は20期で、同期には江田五月、横路孝弘そして菊池紘・自由法曹団元団長などがいる。当時は青法協が非常に活発で、修習生の半分以上が青法協の会員だった。
弁護士になってすぐ弾圧事件にとりくみ、打合せして帰宅するのは午前2時。それから尋問の準備をしたあと、4時に寝て、朝6時には起きる。
うひゃあ、す、すごいです。とても私にはマネできません。すべての時間を仕事に注入したのでした。
次は、四日市公害訴訟。このとき、疫学的因果関係が認められました。
次の全港湾事件は、日韓条約反対のストやデモをして、業務命令違反で組合役員8人が解雇された。裁判所は、政治的な問題がからむと非常に弱い。司法の独立は大切なものだと考えて司法の世界に入ったけれど、結局のところ、司法は立法や行政に頭が上がらないことを実感した。
レストランのコックに対して営業職への出向が命じられて拒否したところ、業務命令に反したというので解雇された。このとき就労請求を求めたら、裁判所が認容した。コックは業務をやっていくなかでコックとしての能力を向上させるものという特別性を訴えた。このころは解雇の事前差し止めの仮処分申請をして、認められることがあった。
東海道新幹線が開通したのは1964年(昭和39年)、私が高校1年生のときです。大学生のときは新幹線は高値の花で、寝台特急みずほや急行などを利用して九州へ帰っていました。
沿線住民があまりの騒音・振動に耐えかねて裁判を起こした。一審だけでも3回ほど現地で検証した。そして、国労が現場で減速走行してみせるというように協力してくれた。沿線の住民がワァーって歓声をあげると、運転士がパッパッパッーと汽笛を鳴らして応じる。
いやはや、すごいことですよね、これって・・・。今では、まったく考えもしません。
法廷に緊張感があり、傍聴席から裁判長に対して意見をいうと、強く受けとめている気配があった。このころ、著者は「喧嘩太郎」とか「瞬間湯沸かし器」と言われていた。
この裁判のあと、JR東海とは1年に1回協議をしているが、もう30年以上は続いている。これってすごいこと、すごすぎますね・・・。
新幹線訴訟のときも午前2時まで作業していて、毎日2時間ほどしか眠れなかった。
こうなると、過労死寸前ですね・・・、笑いごとではありません。よく身体がもちました。
運動は楽しくなきゃいけない。義務だけではダメ。本当にそのとおりです。
著者は今76歳。ますますお元気にご活躍し、お過ごしください。
(2019年1月刊。1600円+税)

60歳の壁

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 植田 統 、 出版  朝日新書
すごい人です。大学を出て長くサラリーマン生活をしていた人が、50歳を間近にして、夜間ロースクールに通って司法試験に合格し、54歳で弁護士を開業したのです。
東大医学部在学中の医学生が司法試験に合格したと聞いて、すごい、天才的だなと思いました。新潟県知事だった人も同じ経歴でしたね。若いってすばらしいと思いましたが、この本の著者は50歳で司法試験にチャレンジして合格したというのですから、その大変さが想像を絶します。
著者は弁護士になって良かったといいます。
自分の性格にあっている。自分ひとりで判断できる。案件ごとに特殊性があり、そのたびに勉強しなければいけないけれど、それが面白い。
そして、60差になって考えたのです。60歳の壁がある。この60歳の壁を打ち破れる人は少ない。でも、打ち破れる人がいる。どんな人なのか・・・。
人とのつながりがあるかどうか、社会に必要とされていると感じているかどうか、これが幸福感を左右する。このポイントは、お金もうけを続けることではなく、人や社会との関わりを保っていくこと。お金は、その結果だと考えたほうがいい。
60歳の壁を越えた人は・・・。
一、組織に頼らず、自分ひとりで生きる覚悟をもっている。今やらなくて、あとで後悔したらどうしよう。だから、今やる。
二、人とのつながりを大切にして、人生を切り開いている。
三、決断力があり、実行力がある。
四、勉強熱心で、毎日、新聞を読み、本を買って読む。
五、明るく健康で、いかにも元気そう。
いやあ、私もだいたい合格点もらえそうです・・・。
年齢(とし)をとっても、知能や記憶力は低下しない。要は、意欲があるかどうかの問題なのだ。
うんうん、そうなんだ。よくぞ、言ってくれましたよ・・・。
新しい人脈をつくる。ただ、名刺交換するだけでは何の役にも立たない。じっと待つ必要がある。商売は信頼関係がないとできない。
ふむふむ、なるほど、そうだよね・・・。
新しいものに挑戦していく。ガラケーをもっているようではダメ。
トホホ・・・です。こればかりは仕方ありません。
得意分野をしぼりこんで、専門分野を決めること。どこかの分野でナンバーワンの人は、他の仕事の依頼も来る。特徴がないのが一番ダメ。
ふむふむ、私も、いちおう特徴はあるんですけど・・・。
きっちり勉強している人は、見た目もきっちりしている。
うーん、これは、これから、気をつけましょ・・・。
あせると逃げられる。ゆったりしていると、なぜかうまくいく。
うむうむ、たしかにそうなんですよね・・・。
早い、安い、うまい。弁護士にとって、「安い」は避けたい。でも「早い」と「うまい」は必要。「早い」のはクライアントから一番評価される。
著者は、とても合理的な生き方で貫いてきたようです。大いに見習いたいものです。私も、80歳まで現役の弁護士として、なんとかがんばるつもりです。
(2018年11月刊。790円+税)

裁判官は劣化しているのか

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 岡口 基一 、 出版  羽鳥書店
すごいタイトルです。なにしろ、現職裁判官が自ら問いかけているのですから・・・。
そして、弁護士生活45年の私の体験からして、明らかにイエス、劣化している、残念ながら断言します。いえ、まだ一部に尊敬できる裁判官がいることは事実です。しかし、全体としての裁判官の劣化は今や隠しようがありません。
問題なのは、当の裁判官たちは、自分たちが劣化しているという自覚をまったく欠いていることです。多くの裁判官たちは自分は優れているという自意識過剰状態に陥ったまま、ひたすら上を気にしながら目の前の裁判業務をこなすのに汲々としています。
なぜ、私がそのように言い切るのかというと、原発裁判に典型的にあらわれています。3,11で原発苛酷事故、メルトダウンが起きているのに、あたかも原発は安全性を備えているかの幻想に依然としてとらわれた判決・決定を平然と書いている裁判官がほとんどです。信じがたい知的水準の劣化です。そして、そのような間違った判決を書いても裁判所内部で恥ずかしいと思わずに生きていける職場環境に今の裁判所があるという事実です。
著者は、この本で次のように指摘しています。
今の裁判官は、最初から、裁判所当局に嫌がられるような動きをしようともしない。
今の裁判官は司法の本質論、その役割論について学ぶことがほとんどない。
むしろ、現在では、裁判官のなかで、この手の話はタブーになっていて、職場でも飲み会でも話題にならない。
最近の若者は、前とちがって政治的な話自体をあまりしないし、リベラルな政治思想を口にすることを避けたがる。
民主主義が正常に機能しているかを審査し、それでも救えない少数者の権利を救済するのが裁判所の役割だと抱負を述べて最高裁判事になった人(泉徳治元最高裁判事)もいるわけですが、そのことが裁判官の常識になっているとはとても言えないという悲しい現実があります。
それを著者は端的に指摘しています。
裁判官が200人以上もいる東京地方裁判所で著者が見聞した事実です。
エリートコースに完全に乗った裁判官、完全には乗っていない裁判官、全然乗っていない3種類がいて、それが混ざってギスギスしている。あからさまに実力者にすり寄ろうとする裁判官が少なからずいる。いやはや、そう聞くと、なるほどそうなんだよね、と思いつつ、嫌になってしまいます。
そして、若手裁判官は、「議論が苦手なコピペ裁判官」にならざるを得ない状況に置かれている。著者が若手裁判官だったころは、裁判所内部で先輩裁判官の飲み会が連日のようにあっていて、また書記官からもいろいろと教えられていた。しかし、今や、そのような飲み会を絶無となり、先輩が後輩に「智」を伝達していくシステムが断たれてしまった。
まあ、この点は、弁護士界の内部でもそうなりつつあるのが現状です。若手育成システムは一応つくられていますが・・・。
私は著者のFBを毎日のように眺めていて、いろいろ教えられるところが大きくて感謝しています。ただ、著者の強烈な個性のため反発が強いのも事実です。こんな裁判官の裁判なんて受けたくないと高言する弁護士も少なくはありません。でも、自称変人の私からすると、少しばかり変人で嫌われ者こそが世の中を変えていく、つまり変革の推進役なのです。その思いからすると、著者程度の変人が裁判所にいなくて、みな上ばかり向いて上を気にするだけのヒラメ裁判官たちだけだったら、あまりにもむなしく、絶望するばかりです。その意味からも、今回の最高裁や国会の著者への仕打ちには反対せざるをえません。
要は、もっと裁判所内に自由にモノが言える空気をつくり、少数者の権利を保護するためにこそ裁判所はあるという正論が堂々と通用し、実践できるようにしたいものです。
著者の引き続きの健闘を心から期待します。
あなたも、ぜひ手にとって読んでください。160頁ほどの薄い本なので、一気に読めます。
(2019年2月刊。1800円+税)

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