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カテゴリー: 司法

「労働法の基軸」

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 菅野 和夫 、 出版 有斐閣
著者は日本における労働法の権威ともいうべき学者です。その著書『労働法』はこの分野のバイブル本です。
私は著者から教わったことはありませんが、労働審判制度が形づくられていった司法制度改革推進協議会の労働検討会の座長を著者がしていたとき、日弁連側の傍聴者として参加していました。この労働検討会は2年続いたとのことですが、私は前半1年間をずっと傍聴して様子を見守っていました。裁判所からは今は福岡で弁護士をしている山口幸雄判事、労働側弁護士として横浜の鵜飼良昭弁護士が委員として参加していました。
私は鵜飼弁護士の戦闘性に強く心を打たれました。労働検討会をなんとしても労働者に不利な方向にならないよう、終始一貫して積極的に議論をリードしていくのです。これに対して経営側弁護士である石㟢信憲弁護士が絶えずチャチを入れるのですが、それがあまり嫌味に聞こえなかったのは石㟢弁護士の人徳でした。
著者は、「鵜飼さんが理想高く、労働者の権利を市民社会に血肉化する(浸透させる)ための制度創設という持論を述べて、石㟢さんが一つひとつそれに反論して」と語っています。たしかに、そういう雰囲気でした。
「座長は一切我慢して意見は述べないということに徹しました」とありますが、まさしくそのとおりで、座長の声はほとんど聞いた覚えがありません。学者もほとんど発言せず、連合の高木剛・副会長はときどき発言していました。
この本を読むと、検討会とは別のところでの議論からアイデアが生まれ固まっていったというのです。そうなんだろうと思います。ともかく、司法制度改革の産物として労働審判制度はもっとも成功したものとみられていますが、私もそう考えています。なにしろ、3回の期日、80日以内に終了し、解決率8割というのですから、すごいです。
労働側弁護士の鵜飼弁護士について「真摯な情熱家」、経営側弁護士として石㟢弁護士について「開明的」とし、この二人を「絶妙のコンビ」と評価していますが、私もまったく異議ありません。
ところで、労働法の大家としてあまりにも高名な著者は東大法学部長もつとめていますし、東大法学部の成績は「全優」だったようです。ところが、そんな著者が大学3年生のときは、授業にまったく出ずに、合気道一色だったというのですから、驚きます。企業からカンパを集めてアメリカに遠征する、そのための活動と練習に1年間、明け暮れていたというわけです。それでも4年生になって勉強をはじめて司法試験も公務員試験もさっさと受かったというのですから、よほどの頭脳です。
私は労働法は石川吉右衛門教授の授業を受けたのですが、漫談調で、まったく面白くありませんでした。ところが、この本によると石川教授は「カミナリのように切れる」と書かれていて、びっくりしました。まるで印象が違います。
そして、民法の平井宜雄教授についても「イエール大学でもすごく勉強をしていた。本当の学者だ」と高く評価されています。星野栄一教授は自信満々の授業でしたが、平井助教授は少し頼りなさげな印象が残っています。
ということで、学者の世界を少し垣間見ることができたという本です。
(2020年5月刊。3800円+税)

安倍・菅政権VS検察庁

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者  村山 治 、 出版  文芸春秋
 検察庁法の改正はひどい話でした。アベ・スガ好みのクロカワ検事長を検事総長にするための、なりふりかまわない「定年延長」だというのが、あまりにもあからさまなので、全国の弁護士会がこぞって反対しました。
 どうしてクロカワ検事長は、それほどアベ・スガに好まれたのか…。
結局、クロカワは賭けマージャンがバレて退職し、検事総長になれないままでした。それでも、5900万円もの退職金はちゃっかりもらっています。賭けマージャンは罪にならないというのです。たしかにマージャンをしない私にはピンときませんが、クロカワのやっていたレベルのマージャンはあたりまえのレートの賭けマージャンなので、罪に問われなくて当然だそうです。でも、そんなこというのなら、コンビニで数万円の品物を万引きしたって罪に問われないことになりませんか…。
 クロカワは早稲田大学にいったん入学したあと東大に入りなおした。自殺した自民党の代議士・新井将敬の事件を担当していた。クロカワは陽気で開放的な性格なので、誰からも好かれた。クロカワは法務省勤務のとき、与野党の国会議員と絶妙の距離感で接していて「ファン」を増やした。
 歴代の検事総長は、法務事務次官から東京高検の検事長を経て、なっている。
 アベ・スガは、クロカワの危機管理、調整能力を高く評価していた。政権の安定的維持のため、クロカワを利用したかった。
 スガは、ことあるごとにいろんなテーマでクロカワに相談していた。スガにとって、クロカワは手放せない知恵袋であり、危機管理アドバイザーだった。スガは検事総長の稲田が言いなりにならなかったことから嫌っていた。これは官邸周辺では公知の事実だった。
 法務大臣だった森は法務省の不手際で恥をかかされたと思い込み、法務省の用意したペーパーを無視した。森も弁護士ですが、ひどかったですね。あの国会答弁は…。
そしてクロカワ問題で今回の弁護士会が反対して動いたとき、法務・検察幹部は、それに反発して、もう日弁連の行事には協力しないと息まいたとのこと。これが本当だとすると、あまりの了簡の狭さに驚いてしまいます。
 法務・検察と官邸との駆け引きのすさまじさに開いた口がふさがりません。よくもここまで取材できたものです。それとも、みんな白昼夢なのでしょうか…。
(2020年12月刊。1600円+税)

檻を壊すライオン

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 楾 大樹 、 出版 かもがわ出版
最近の政治の大きな問題は、「A力士とB力士の、どちらかを応援するか」というより、その前に「土俵が壊れていないか」ということ。
いや、本当にそうだと思います。国会で平然と118回も嘘をつき通しておきながら、それが明らかになっても他人(秘書)のせいにして、首相は辞めても議員辞職しない。そのうえ、首相のときには、学校での道徳教育を強引に推しすすめていました。
 「ウソをつくな。正直であれ」というのが人間の道徳の基本だと思いますが、首相が平気で破っているのを見て、子どもたちがそれを見習ったら、いったい誰が責任をとるのでしょう…。
相撲でいうと、横綱が土俵を壊しているのに、観客は何が起きているか気づいてもいない。そんな横綱を無邪気に応援する人もいる。力士も観客も相撲のルールをよく知らない。こんな状況ではないか。憲法を守らないといけないのは政治家。守らせるのが私たち国民。このことを全国で訴えてまわった著者の講演会はすでに500回、全国46都道府県で開催されました。私も久留米の弁護士会館で2時間あまりの熱弁に聞きいりました。
著者の前著『檻の中のライオン』は中学校の社会科(公民)の資料集に大きく掲載されています。ぜひ、みんな一生懸命勉強してほしいものです。
本書は時事問題で学ぶ憲法というサブタイトルがついています。日本で社会問題となった事件について、的確かつ簡潔に憲法上の問題点を指摘しています。
憲法とは、「日本という国の形、そして理想と未来を語るもの」だと安倍前首相は国会で言い放ちましたが、まったくの間違いです。
選挙で選ばれたからといって、何をしてもよいわけではない。権力者が間違うことがあるので、憲法というルール(最高法規)が必要。だから、そんなルールを権力者が変えようと言いだすこと自体がルール違反。まさに、そのとおりなんです。
安倍前首相が「桜を見る会」に地元の有権者を多数招待し、前夜祭として高級ホテルで接待していたなんて、選挙人の買収行為そのものです。なのに、検察庁は腰が引けて強制捜査もせず、早々と不起訴にしてしまいました。情けないです。
東京高検の黒川弘務検事長の定年延長もひどかったし、検察庁法改正もひどい話でした。すべては、安倍前首相が司法を思うままに牛耳り、私物化しようとするものでした。日本全国の弁護士会が一致して反対声明をあげましたが、当然のことです。
安倍前首相は、国会で「私は立法府の長」と4回も発言した。これは恐るべき間違いです。恐らく本気で(本心で)そう思っているのでしょう。
国会で答弁に立つ大臣が「お答えを差し控える」と言って質問にこたえない。これが安倍政権のもとで6532回もあったとのこと。こんな国会無視は許せません。国会無視とは国民無視と同じなのです。
一部のマスコミは「野党もだらしない、追及が甘い」とよく言いますが、国会での野党の質問時間を制限しているのは与党・自民党です。野党にもっと質問時間を保証して、しっかり一問一答方式で質疑させたらいいのです。
ところが、菅首相は国会で一問一答方式での質疑に応じようとしません。また、記者会見の場でも、事務官の差し入れるペーパーを読むだけで、自分の言葉で話そうとはしません。コロナ禍の対策として、ドイツのメルケル首相とは大きな違いです。
今の日本国憲法には自衛隊のことが書かれていない。なので、自衛隊を書き込んだら規制できるのではないか…。ところが、自衛隊が書いていないというのは、「アクセル」のついていない車と同じで、ブレーキも必要ない。アクセルがないことで、進みすぎないようにしてきた。ところが、アクセルを書き込むとブレーキも必要になってくる。ところが、そのブレーキになるような実効策は何も考えられていない。そんなものでは困る。まったく、そのとおりです。
日本国憲法は「押し付け」だ。そのとき、「何を押しつけられたのか、それで何か不都合がありましたか?」と反問したらどうか。なーるほど、何も問題ないからこそ、75年間も続いてきたのですよね…。
ともかく、投票所に足を運びましょう。ブツブツ言っているだけでは世の中は悪くなる一方でし。コロナ対策で無策の政府にまかせておけません。政策転換は投票所に行くことで始まります。若い人、女性に大人気の著者にならって、私ももう少しがんばるつもりです。
(2020年11月刊。1600円+税)

裁判官だから書けるイマドキの裁判

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 日本裁判官ネットワーク 、 出版 岩波ブックレット
日本裁判官ネットワークの前の本『裁判官が答える裁判のギモン』は裁判の入門書だったのに対して、本書はしっかり骨のある中級ないし応用編です。30の設問に回答していくのですが、その設問が実に「イマドキ」なのです。
うひゃあ、そ、そうなの…と、私の事務所でも話題になりました。
それは設問1です。「男同士」「女同士」でも不貞(不倫)になるのですか?
ええっ、いったい何のこと…。夫が妻の不倫相手を探しあてると、なんとそれは女性だったというのです。私ともう一人のベテラン弁護士は、そんな経験はありませんでしたが、2年目の弁護士は最近そんなケースの相談を受けたといいます。うへー、同じ事務所にいても聞いたことなかったよ、そんなこと…。
夫婦間では、「婚姻共同生活の平和の維持」を求める利益があるとされているので、同性間の性交渉でも、この利益が害されるとみる余地はあり、「不貞」にあたらないとしても、不法行為が成立する余地はあるとされています。なーるほど、ですね…。
非配偶者間人工授精で出産したときのことです。このとき、夫が同意していれば、夫の子とされるというのです。私は、まだ体験したことがありません。
「親の取り合い」という設問があります。ええっ、何のこと…。これは、老親を子どもたちが奪いあう現象です。実際、よくありますし、今も裁判しています。要するに、親の財産目当てで子どもたちが争うというものです。
この関連で、コラムにある駄洒落(ダジャレ)には笑ってしまいました。寄与分を争っている人たちには「キヨ褒貶(ほうへん)」といい、「ホウフク(報復)絶倒」を狙うけれど、うまくいかないという話です。裁判官には(いや弁護士もかな)、それだけの余裕をもって事件にのぞんでほしいものです。
交通事故が減っているのに、交通事故関係の裁判が増えているのはなぜかという問いに対しては、弁護士費用特約(LAC)があるからというのが回答です。まったく、そのとおりです。今では、7対3か8対2かという争点でだけでも裁判します。それが物損で、修理代20万円ほどであっても…。
そして、保険会社は被害者の通院が少し長いと思うと、すぐに打ち切りを宣言します。保険会社は、ともすると事故を自作自演だと疑い、善良な人を保険金詐欺師呼ばわりする。これを保険会社の不当な不払いという「モラルリスク」だとしています。まったく同感です。金もうけのためには少々の「被害」なんか切り捨ててもいいという昔も今も保険会社の傍若無人ぶりは目に余るものがあります。たまに誠実に対応してくれる保険会社の社員にあたると、ホッとします。
マイホーム代金を建築会社に振り込んだあと建築会社が倒産し、銀行が全額回収したという事案で、高裁が銀行の行為は商道徳・信義則に反して不法行為が成立したというケースがコラムで紹介されています。バランス感覚に富み、かつ勇気ある裁判官にあたるのは珍しいことなので、こんなコラムを読むと救われた思いです。
オレオレ詐欺事件で、末端の「架け子」、「出し子」、「受け子」が捕まって刑事裁判になることは多いけれど、首謀者はなかなか捕まってないことが紹介されています。日本の警察は、もっとしっかり捜査してくれ、と叱りつけたい気分です。
インターネットにからむ犯罪が多発して、裁判の刑が一変しているとのこと。コロナ禍が、それに拍車をかけています。
裁判員裁判について、とかく批判する人は少なくないのですが、実際におこなわれている裁判官と裁判員をまじえた評議(議論)は、きちんとなされているようです。私自身は一度も体験していませんが、基本的に良い制度だと私は考えています。
高裁の一回結審について、本書ではそれなりに合理性があるという回答ですが、それには異論があります。高裁では8割以上が1回結審というのですが、これは明らかに異常です。裁判は、勝ち負けの結論の前に、本人が自分の言い分を裁判官はきちんと聞いてくれたというのが絶対に必要です。
高裁での証人尋問は今や2%、以前は2割はしていた。明らかに人証のしぼりすぎです。
裁判の体験者の2割しか満足していないという調査結果がありますが、私は現状ではそんなものだと実感しています。でも、それは司法サービスとしてまずいと思うのです。
日本の裁判の現状と問題点を全面的にではないにせよ、鋭く追及し、分析し、発表した画期的なブックレットです。弁護士に限ることなくできるだけ多くの人に見てもらいたい120頁の冊子です。
(2020年12月刊。720円+税)

芦部信喜、平和への憲法学

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 渡辺 秀樹 、 出版 岩波書店
芦部(あしべ)信喜(のぶよし)は戦後日本の憲法学の大家です。ちょっとでも憲法をかじった人なら知らない人はいないほど高名な学者なのですが、憲法改正に執念を燃やした安倍前首相は国会で「知らない」と答弁しました。つまるところ、安倍さんは憲法をきちんと学んだことがないと自白したようなものです。
私は東大駒場にある九〇〇番教室という1000人収容の大教室で芦部教授の講義を聞いたことを覚えています。満員盛況の講義でした。思想・信条の自由がテーマだったと思います。
芦部信喜は長野県の伊那北高校から東大法学部に進みましたが、入学してまもなく(3ヶ月後)兵隊にとられてしまいました。陸軍金沢師団に入営して、危く特攻隊員になるところでした。幸い不合格になって芦部は生きのびることができたわけですが、人間性を無視する軍隊を生涯にわたって嫌いました。
『わだつみのこえ』(戦没学生の手記)に耳を傾けてほしいと芦部は学生に訴えた。
1962年に起きた恵庭事件で結局、裁判所は憲法判断を回避したが、芦部は事件の重大性や違憲状態の程度などを総合的に検討した結果、十分な理由がある場合には、裁判所は憲法判断に踏み切ることができると主張した。この考えが長沼事件のときの判決で自衛隊違憲を認定した福島重雄判決につながった。
芦部は、「必要最小限の自衛力」を認めながらも、九条を守ることにこだわった。
猿払事件(さるふつ。郵便局員が政治的行為で国公法違反の罪に問われた)で、芦部は鑑定意見書を裁判所に提出し、無罪判決を導いた。また、1965年の統計局事件のときには、1970年7月、芦部は東京高裁の法廷にたって証言した。芦部は教科書裁判のときも東京高裁で証人として証言している。1992年4月のこと。
芦部は「裁判所の使命は、国民の権利・自由を保障すること。憲法保障機能の活性化に寄せる国民の期待にこたえる裁判を望んでいる」と法廷で述べた。
堀木訴訟(全盲の堀木文子さんが児童扶養手当の支給を受けられないという行政の決定の取消を求めた)について、大阪高裁が立法府の裁量を広く認めて合憲としたことに芦部は憤った。「生存権規定を観念的に解釈し、重度障碍者の生活実態に眼をおおった立論」として判決を厳しく批判した。
靖国神社への首相や大臣が参拝するのは違憲の疑いがあるとした。このとき、保守の作家である曽根綾子も閣僚や公式参拝は日本国憲法に反すると明確に主張した。
理不尽さがまかり通る軍隊を経験したこと、身近な人たちが次々に戦死していくのを見た芦部は、あくまで平和と人権を守って大学の内外で大活躍したのです。
芦部の偉大さを改めて痛感させられる本でした。
(2020年10月刊。1900円+税)

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