法律相談センター検索 弁護士検索
カテゴリー: 司法

DHCスラップ訴訟

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 澤藤 統一郎 、 出版 日本評論社
 DHCという会社の製品を私自身は利用したことがありませんが、サプリメントや化粧品の製造販売業者として、日本最大手の売上高のようです。派手に広告していて、天神地下街にも店舗をかまえています。そのDHCのオーナーの吉田嘉明会長は、とんでもない差別主義者で、デマやヘイトを散々吹聴してきました。
 そして、その吉田会長が自ら週刊誌(「週刊新潮」)に「みんなの党」の渡辺喜美党首に規制緩和のための「裏金」8億円を提供していたことを告白したのです。その意図は何だったのでしょうか。恐らく渡辺喜美が8億円に見合うだけの仕事をしなかったという怒りからなのでしょう。
 著者は、そのことを自分のブログで取りあげて鋭く批判しました。当然のことです。8億円もの「裏金」で国会議員を「買収」して国の政策をねじ曲げようとするなんて、言語道断です。それを知ったら批判しないほうが不思議です。ところが、DHC側は著者に対して名誉毀損だとして2千万円の賠償を求める裁判を東京地裁に起こしたのでした。こんな裁判をスラップ訴訟といいます。
 スラップ訴訟とは耳慣れないコトバです。セクハラ、パワハラは、今ではすっかり日本語として定着していますが、そのうち定着するコトバなのでしょうか…。
 「スラップ」というのは、アメリカの教授の「造語」。確定した定義はなく、日本語の訳も定着していない。スラップとは、誰かを脅し、その誰かの言動を萎縮させようという意図をもってする民事訴訟のこと。「萎縮」というのは、「びびらせる」というコトバがピンと来る。
 DHCは、著者のブログでの批判について、2000万円の損害賠償と記事の削除、そして屈辱的な謝罪文の掲載を求めた。
 著者がブログで批判したのは、2014年3月31日から4月8日(その後も…)。これに対してDHCは何の前触れもなく、いきなり4月16日に東京地裁に訴状を提出した(DHCの代理人は今村憲弁護士)。
 そこで、著者は弁護団を確保した。常任弁護団8人、136人の弁護団という構成であり、学者の協力も得た。
 著者がその後もブログでDHC批判を続けていると、DHC代理人の今村弁護士から警告書が送られてきて、2千万円の請求が6千万円に拡張された。
 そして、著者が弁護士会照会をかけたところ、DHCは同種のスラップ訴訟をほかにも10件起こしていたことが判明した。そして、DHCは名ばかりの和解金(たとえば30万円)を被告雑誌社側に支払わせて和解で裁判を終了させていた。
 一審判決は、当然のことながら、DHC側の請求を棄却するという勝訴判決。ところが、DHCは控訴した。東京高裁(柴田寛之裁判長)でも、もちろん控訴棄却となり、著者側が勝訴した。
 名誉毀損訴訟では、「事実の稿示」と「意見ないし論評」の2つに区分して判断されていることを初めて知りました。裁判所は、「事実の稿示」のほうでは見る目が厳しく、「意見ないし論評」のほうは、とても寛容なんだそうです。「意見・論評」は、極端な人格攻撃を伴わないかぎり、論評は自由。
 DHCの名誉毀損訴訟が請求棄却になったあと、著者はDHCに対する反撃訴訟を提起しました(正確には、DHC側からの債務不存在確認訴訟が先)。なぜ、前訴で反訴提起しなかったのか、また賠償請求額をいくらにするか、弁護団で議論があったようです。
 6千万円を請求されたことを考えると、その弁護団費用だけでも1千万円をこえても不思議ではないけれど、600万円を請求したのでした。
 この裁判の判決は、またもや著者らの請求を認容する勝訴判決。ただし、認容された賠償額は一審110万円、二審165万円。ちょっと少ないですよね。
 DHCの訴訟提起は、客観的に請求の根拠を欠くだけでなく、DHC・吉田は、請求の根拠を欠けていることを知っていたか、通常人であれば、容易にそのことを知りえたにもかかわらず訴えを提起したのは、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く場合にあたり、提訴自体が違法行為になる、としたのでした。
 そこで、著者はいくつか問題提起をしています。その一つがDHC代理人の今村憲弁護士への責任追求が必要だったのではないか…、ということです。たしかに、法律専門家としての弁護士の責任は看過できませんよね。
 最後に二つだけ。その一は、被告で訴えられたときの不安な気持ちです。私は交通事故訴訟の原告になり(一審で不本意な判決をもらい、控訴して和解しましたが、不本意な判決が保険会社に有利な判例として判例集に登載されたので、親しい弁護士からおこられました)、また、別にも勝つべき事件で敗訴したとして訴えられて被告になりました(こちらは被告として、弁護士賠償保険に連絡ととりつつ本人訴訟で追行しました)。たしかに被告事件になると、気持ちのいいものではありません。
 その二は、著者の長男も弁護士になったので、著者への本人尋問は、息子さんが担当したとのこと。息子の発問に、父親が答えるというのは、あまり例のない法廷風景だろう。そう書かれていますが、きっとそうでしょうね。
 240頁の本ですので購入した翌日に一気読みしました。面白かったです。でも、スラップ訴訟って、まだまだ多くの人(弁護士ふくむ)には、ピンとこないでしょうね…。
(2022年7月刊。税込1870円)

松川事件と「諏訪メモ」

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 北大生・スパイ冤罪事件の真相を広める会 、 出版 左同
 松川事件が起きたのは1949(昭和24)年8月17日未明のこと。団塊世代の一人である私が生まれた翌年です。国鉄(もちろんJRではありません)の東北本線で旅客列車が脱線転覆し、乗客は無事だったが、乗組員3人が死亡。線路を固定するための枕木に打ち込んである犬釘(いぬくぎ)が抜かれ、カーブ外側のレール1本が外されていた。
 警察は共産党の犯行だとして容疑者20人(うち共産党員14人)を逮捕し、検察庁は全員を起訴した。裁判所の判決(1950年12月6日)は全員有罪で、5人が死刑、5人に無期懲役刑が宣告された。
 このパンフレットは、毎日新聞福島支局にいた24歳の新米(しんまい)記者が松川事件で被告人たちにアリバイがあることを裏づける団交メモ(諏訪メモ)を掘り起こすまでの苦労話を生々しく紹介したものです。
 当時は、記者の「サツ回り」ものんびり、人間的で、おおらかだったのでした。地検の検務課で「赤銅鈴之助」のマンガ本を借りて記者が読みふける、次席検事は麻雀が大好き。そして、諏訪メモを個人的に預かりもっていた鈴木久学検事が福島地検に戻したのを目撃し、その足で受けとった検事正に正面突破で諏訪メモの存在を問いかけたのです。
 「あったのですね?」
 「うん、あった」
 「佐藤(被告人)が出席していますか?」
 「いる」
 「何時までいましたか?」
 「午前中いた」
 このやりとりだけで、諏訪メモの現物を見ることもなく、著者は毎日新聞福島版(1957年6月9日)のトップ記事として、「諏訪メモ発見さる」を一面トップで大きく報道したのです。記者は若かった世間知らず。だからこそ正義感に燃えて、(メモの現物を見なくても)踏ん切れた。
 この大スクープのあと、警察・検察官で食事をしていると、警部補から、「お前はいつからアカの手先になったのか」と大声をあげ、著者が酒をつごうとすると「アカの酒なんか飲めるか」と徳利を払いのけた。
 「なんとかメモなどと屁にもならんことを書きやがって、アカからいくらもらったのか」
 いやはや大変な大立ち回りがあったのでした。この警部補は少年の赤間被告を追い込んで「赤間自白」をとった男です。
 被告人たちの「共同謀議」が成立するためには午前11時15分松川発の列車に乗って福島に行かなければいけない。しかし、会社と労組の団交は正午ごろまで続いていて、最後に発言したのは佐藤被告。この経過を団交の場にいた会社側の人間(諏訪氏)が詳細にメモしていたのです。ということは、佐藤被告が午前11時15分発の列車にのることはありえない。つまり、「共同謀議」に参加できない。なのに有罪、しかも死刑を宣告された。そんな馬鹿な。
 この記者も「アカの手先」として警備部によって身元調査がなされていた。怖いですね。
 松川事件の被告弁護団には、地元の自民党有力者であり、県の公安委員会をつとめている袴田重司弁護士、そして田中耕太郎最高裁長官の実弟・田中吉備彦弁護士も加わっていた。まさしく超党派から成る弁護団だった。
 1959年8月10日、最高裁は原判決を破棄して差し戻す判決を言い渡した。
 宮本検事正は、諏訪メモを消滅させることは可能だった。でも、私にはできなかった。最高検から消滅せよという指示が来る前に世間に公表すれば、もはや消滅させられない。毎日新聞の記者が権力をはねのけて追及してくれることを信じて、諏訪メモの存在を認めたのだ、と語った。いやはや、どこの世界にも良心を大切にしたいと考えている人はいるものなんですね…。
 倉嶋記者と大学時代からの友人である石川元也弁護士(大阪)からいただきました。
(2022年2月刊。無料)

社会を変えてきた弁護士の挑戦

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 新里 宏二 、 出版 民事法研究会
 旧知の著者が70歳となり、古希を迎えたのを記念した出版物。
 著者は2011年3月11日のときは仙台弁護士会の会長であり、4月からは日弁連副会長として震災対策に取り組んだ。
 私との関わりはサラ金問題です。自己破産申立が年に25万件にも達したが、そのサラ金被害を根絶するため、金利規制を徹底して、グレーゾーン金利を廃止する方向での貸金業制度の大改正を目ざし、ついにそれを実現した。宮城あおばの会というサラ金被害者の会と連携した著者の活躍は目ざましいものがありました。そして、それは日栄や商工ファンドという問題そして、ヤミ金とのたたかいにつながっていった。
また、集団クレジット被害が全国各地で大量発生したことにも取り組んでいます。これらの取り組みは、立法・法改正だけでなく、消費庁の設置など、消費者行政の根本的強化につながっていった。まことに著者の功績は偉大なものがあります。
ところで、この本は、「仲間とともに」として、「実務家弁護士の武器」が、「仮処分と仮差押え」であることに始まっています。保育所の日照被害を防止するために隣接するマンションの建設をしようとする業者に対して、5階以上の建築を禁止する仮処分を申請し、裁判所は保証金1200万円で認めたのでした。保育園の日照被害を理由とする建築禁止の仮処分としては日本で初めてだった81992年6月)。次は、手形取立禁止の仮処分申請。裁判所を説得して、仮処分決定を得た(1995年10月)。
すごいね、すごいぞと思って読みすすめ、最後あたりに著者が振り返った文章を読んで、なあんだ、そういうことだったのか、福岡と仙台はつながっているんだね、とついついうれしくなりました。著者は、「我が弁護士活動を俯瞰(ふかん)して」として、保全事件の重要性を強調していますが、そのくだりに次のような文章が登場するのです(319頁)。
「実は弁護士になりたての頃、青年法律家協会が出版した『そのとき弁護士は駆けつける』という手引書が大いに参考になった。具体的事件の事案の説明と申立書、決定書が添付されていた」
これこそ、わが青法協福岡支部の誇るベストセラーの手引書のことであり、不肖、私が編集責任者として、福岡県内の仮処分申請事例集を実務に即役立つものとして刊行もの。これは、売れに売れて、増刷を重ねたものです(1986年1月に発刊)。
著者は貧困問題の対策に取り組んだほか、優先保護法被害にも取り組み、貴重な成果をあげている。そして、著者は次のように提言しています。
被害者が裁判という手続のなかで声を上げることが社会を変える契機となる。
司法の法創造機能を弁護士も、当事者や裁判官とともに果たしていこう。それは弁護士の崇高な役割だ。弁護士会そして日弁連は、日本最大の人権擁護のNGO(非政府組織)だ。そして、人との出会いを大切にし、あきらめないこと、さらには、次の世代にバトンをつなぐこと。
著者について、どんな逆境にあっても、常に楽観的な姿勢を崩さず、とことん前向きなところを高く評価するコメントが次々にあり、それを読むと、なるほど、そうなんだよねと、ついついうれしくなります。これからも元気一杯にご活躍ください。
(2022年8月刊。税込3300円)

世界裁判放浪記

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 原口 侑子 、 出版 コトニ社
 世界各地の裁判所を観光のかたわら見学した印象をつづった本です。
 著者は日本(東京)で弁護士をしていたのに、なぜか法律事務所を辞めて、世界各国放浪の旅に出かけたのです。その目的の一つが裁判傍聴。といっても、じっくり腰を落ち着けて司法制度を比較し研究するというのではなく、あくまで印象記のレベルにとどまっています。ところが、その印象記レベルでも、制度の違いが分かって面白いのです。
 たとえば、あっと驚くのはブラジルです。ブラジルでは裁判の公開のため、法廷がテレビとネットで中継される。しかも、裁判官室の評議まで中継されているとのこと。そして、弁護士が100万人もいて、裁判は1億件もあるらしく、裁判官は1人で9000件を担当し、月に300件の判決を書いているとのこと。たしかに、ブラジルでは裁判の遅延はかなり深刻だというレポートを読んだ覚えがあります。
 中国は四川省の成都では著者は裁判傍聴が認められなかった。20年以上も前に中国に行ったとき、家庭裁判所の離婚事件の裁判を傍聴することができました。司法部の事前許可があったからでしょうか…。
 法廷でメモをとるのが禁止されている国が、今もいくつかあります。ニュージーランドで禁止されたというのは少し意外でした。日本でもアメリカ人弁護士のレペタさんが裁判を起こして1989年3月に勝訴するまでは禁止されていました。傍聴人による録音は禁止という建て前ですが、音のしないスマホ時代なので、今は実質的にフリーになっていると思います。
 アフリカでは刑事事件で弁護人がつかないまま審理されることが多いようで、それが問題となっているとのこと。悪いことをした奴に、なんで税金をつかってまで国選弁護人をつけてやる必要があるんだ…という疑問は日本でもまだたまに出ますが、やはり世の中には法にのっとった適正な手続というのは絶対に必要なんです。
 著者の同期の弁護士が10年間に10件の無罪判決をとったとのこと。信じられません。私は弁護士生活50年近くで2件のみです。
 著者は10年間に世界124ヶ国をまわり、30ヶ国の裁判所に足を運んだとのこと。これまた、すごーい。
 著者は「新61期」、弁護士になったのは裁判員裁判が始まったころのこと。学生時代にもバックパッカーとして世界を歩いたことがあるようです。こうやって世界をさまよい歩くのから、そろそろ足を洗って、どこかに腰を落ち着けて、何かに取り組んでほしいものだと、他人事(ひとごと)ながら私は思いました。余計なお世話だと言われそうですが…。
(2022年7月刊。税込2420円)

冤罪をほどく

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 中日新聞編集局 、 出版 風媒社
 最近、完全無罪が再審で確定した西山美香さんの事件について、その途中から追いかけた中日新聞の記者たちによる苦闘の日々が紹介されている、興味深い本です。
 「事件」が起きたのは、2003年5月。滋賀県の病院で入院患者が死亡した。この病院で看護助手をしていた西山さんが殺人容疑で逮捕され、懲役12年の有罪判決が確定した。患者が装着していた人工呼吸器のチューブを「外した」と「自白した」からだ。
 でも、西山さんは、刑務所の中から、「自分は殺していない」と訴える350通もの手紙を送った。
 記者たちは、次のように問いかける。
 ≪なぜ、冤罪に苦しむ人を救い出すことが、これほどまでに難攻不落なのか?≫
 その答えは…。警察・検察が象徴する組織の論理という悪天候のなせる業(ごう)だ。こんな抽象的に言われても良く分かりません。もっと具体的に言うと…。「犯人」とされた看護助手は刑事を好きになって、逮捕される前、何度も自分から警察署に出かけていってる。
 その刑事も、2ヶ月間に、拘置所にいる「犯人」の看護助手に14回も面会している。
 刑事は、取調室で、看護助手にハンバーガーやドーナツを手渡し、そのうえ、ジュースは毎日、差し入れた。いやあ、これは規律違反です。
 ところが、この刑事は、警察署内で出世を棒に振るどころか、警部補から警部に昇進し、さらにはある警察署の刑事課長にまでなっています。出世人事の典型です。
 西山さんは、38通もの供述調書のほか、56通もの手書きの自供書を書いている。
 そして、取調状況のビデオは完璧な自白ビデオになっている。
 その供述調書の一つには、患者が死んでいく表情をずっと見ていたとして、患者の表情が語られている。「口をハグハグさせた」とか…。裁判官は、これを読んで、「きわめて詳細かつ具体的である。とりわけ被害者の死に至る様子は、実際にその場にいた者しか語れない迫真性に富んでいる」と認定した。
 裁判官の事実認定って、こんなにもあてにならないものなんですよね…。呆れてしまいます。
 冤罪を解くうえで不可欠なものは、なにをさておいて、無実を信じてくれる人が存在すること。これは、きっとそうでしょう。
 再審で無罪を言い渡した大西直樹裁判長は、判決の言い渡しのとき、「被告人」ではなく、「西山さん」と呼びかけた。そして、「不当性を伴う捜査があった疑いが強い」、「事件性を認める証拠がない」、「自白の信用性には大きな疑義がある」とした。真っ白な無罪判決です。
 さらに、最後に、「家族や弁護人、獄友(ごくとも)と貴重な財産を手にした西山さん、もう嘘は必要ない。自分自身を大切にして生きていってほしい」と語りかけたとのこと。裁判官が自分の言葉で言ったことから、間違いなく西山さんの心に届きました。
 中日新聞って、本当いい記事を書いたのですね。すごいです。今でもこんなマスコミがいるのを知ると、ついつい、うれしくなりますよね…。
(2022年6月刊。税込1980円)

福岡県弁護士会 〒810-0044 福岡市中央区六本松4丁目2番5号 TEL:092-741-6416

Copyright©2011-2025 FukuokakenBengoshikai. All rights reserved.