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カテゴリー: 人間

哲学の誕生

カテゴリー:人間

著者 納富 信留 、 出版 ちくま学芸文庫
 ソクラテスとは何者か、というサブタイトルのついた文庫本です。ソクラテスというのは、自分では何ひとつ書き残していない哲学者なんですね。知りませんでした。
 ソクラテスが哲学者であったのではない。ソクラテスの死後、その生を「哲学者」として誕生させたのは、ソクラテスをめぐる人々だった。
 ソクラテスは、告発されて不敬神の罪で法廷に引き出され、アテネの民衆は有罪、次いで死刑の判決を受けた。
 その罪状は二つ。一はポリスの伴ずる神々を信ぜず、別の新奇な神霊のようなものを導入するという不正を犯している。二は、若者を堕落させるという不正を犯している。
 では、ソクラテスは、これに対して何と弁明したのか、、、。ソクラテスは、自身も石工であった。ええっ、そ、そうなんですか、、、。初めて知りました。
 プラトンは、ソクラテスの死後、ソクラテスを主たる登場人物とする「対話篇」を執筆した。この対話篇では、ソクラテスがいろんな人と対話するが、プラントン自身は登場してこない。
 生涯を通じて人々と言葉をかわし、人々に問いを投げかけたソクラテスは、自身では何ひとつ書き残すことはなかった。ソクラテスは、その死とともにこの世界から立ち去り、ただ人々の魂の記憶においてだけ存在し続けた。
 ソクラテスは学校や学派をつくっていない。常に街角で、さまざまな人々と対話するだけだった。
 プラントンは、愛しの弟子の一人でしかなく、ソクラテスの死のとき28歳の若者であり、ソクラテスの唯一の後継者とはみなされていなかった。
 ソクラテスは貧乏と変行で知られていた。
 ソクラテスという一変人に向けられた裁判は、アテネ社会の影を背負っている。裁判は思いがけず大差の死刑判決で終った。ソクラテスは、自身をもって、自らが「もっとも知恵ある者」と語り、裁判員たちの騒擾と憤激をひき起こした。
 「釈迦、孔子、ソクラテス、イエスの4人を世界の四聖と呼ぶ」。和辻哲郎の書にある。
ソクラテスは貧乏ではあったが体格は頑丈で、やせたとは言い難い。
出来事のすぐあとでなければ「記憶」が新鮮を失うといった想定は、現実の重みを無視した、あまりに素朴な理屈にすぎない。「記憶」は時の経過を必要とする。言葉にして示すことで人々は出来事を整理し衝撃をやわらげて自分の経験として理解する。そして、それそこ「真実」として一人ひとりの心の中に言葉として結晶していく。
 大いに考えさせられた文庫本でした。
(2017年4月刊。1200円+税)

ウンベルト・エーコの小説講座

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者  ウンベルト・エーコ 、 出版  筑摩書房
 『薔薇の名前』は驚嘆して読みました。中世の教会の馬鹿馬鹿しくも、おどろおどろしい雰囲気があまりにも真に迫っていて、背筋の寒くなるほど不気味な雰囲気のストーリー展開でした。ですから、画期的な名著であり、圧倒されてしまう傑作だと思いますが、もう一度よく読んでみようとは思わない本です。それはともかくとして、そんな偉大な傑作をどうやって書いたのか、そこはぜひ知りたいところです。なぜなら、私もモノカキを自称していますし、小説に挑戦したことがありますし、いまも挑戦中だからです。
 『薔薇の名前』を書く前に、登場する修道士全員の肖像画を作成した。そうなんですよね。私も、登場人物が10人をこえる小説を書いたときには、それぞれのキャラクターを区分けして書いたメモをつくっていました。肖像画を描く才能はありませんので、メモだけでしたが・・・。これは矛盾なく話をころがしていくためには不可欠なのですが、ストーリーが進展するなかで、どんどん人物像がふくらんでいくので、前後そして関連人物との矛盾をきたさないようにするのが大変でした。
 小説とは、何よりもまず、ひとつの「世界」に関するもの。何かを物語るために、作者はまず、世界を生み出す創造神になる必要がある。その世界は、作者が自信をもって、そのなかを動き回れるような、可能なかぎり精密な世界でなくてはならない。
書き手にとって、小説の世界の構造、つまり出来事の舞台や物語の登場人物は重要なもの。しかし、その正確な構造を読者に伝えたほうがよいとは言えない。むしろ、多くの場合、読者に対してはあいまいにすべきものである。矛盾があって、読者に探究心を呼びおこすのがいい。
 作家がひとたび特定の物語世界を構想したら、言葉はあとからついてくる。そのとき出てくる言葉は、その特定の世界が必要としている言葉なのだ。なるほど、たしかにそうなのです。ストーリー展開は、書いているうちに次々にふくらんでくのですが、それは自分の意識していない方向にペンが走っていくこともしばしばなのです。そんなことがあるから、小説の世界に意外性が生まれ、耳目を惹きつけるのかもしれません。
(2017年9月刊。2300円+税)

動物の賢さがわかるほど人間は賢いのか

カテゴリー:人間

著者 フランス・ドゥ・ヴァール 出版  紀伊國屋書店
ハイイロホシガラスは、秋に、何百平方キロメートルもの範囲の何百という場所に、マツの実を2万個以上も蓄えておき、冬と春の間に、その大半を見つける。
ゾウが物をつかむ鼻は、霊長類の手とは違って嗅覚器官でもある。ゾウは、道具を使える。
かつては動物に名前をつけるのは人間が過ぎると考えられていたため、西洋の教授は学生に日本の学派には近づかないように警告していた。サルはみなそっくりなので、伊谷が100万頭以上のサルを見分けると言ったとき、ホラ吹きにちがいないと思われてしまった。今日では、多数のサルを見分けるのは可能だし、現に見分けている。そうなんですよね。外国人からみると、日本人って、みな同じ顔をしていて見分けがつかないとよく言われますよね、、、。
チンパンジーのメスが年齢(とし)をとって果実の生(な)る木に登れなくなったとき、木の下で辛抱強く待っていると、娘が果実をかかえて下りてきて、二頭いっしょに満足そうにむしゃむしゃ食べはじめました。親子で協力しているのですね。
チンパンジーが蜂蜜を採集するときには、5つの道具からなるセットを用意する。巣の入口を壊して広げる頑丈な棒、穴をあける棒、穴を拡大させるもの、蜂蜜をなめとる棒、スプーン代わりにする樹皮片。
チンパンジーは、他のすべての類人猿と同じで、考えてから行動する。オウムのアレックスは、話せるし、計算することだってできた。
オオカミは、犬ほど人間の顔を見ないし、自己依存の度合いが強い。犬は自分では解決できない問題に取り組んでいると、飼い主を振り払って、励ましや手助けを得ようとする。オオカミは決して、そういうことはしない。 自分で試み続ける。
犬は人間としきりに目を合せる。飼い主も犬の目をのぞき込むと、オキシトシンが急速に増える。
著者の観察と研究によってチンパンジーが政治をしていることが判明した。二頭のライバル間だけで対決に決着がつくことはほとんどなく、他のチンパンジーたちがどちらを応援するのかが関係する。事前に「世論」に影響を与えておいたほうが有利になる。
旗色が悪くなったチンパンジーは、手を広げて仲間のほうに差し出し、助けを求める。支援を得て形勢を逆転させようとしているのだ。そして、敵の仲間に対しては、懐柔しようと懸命になり、腕を回して顔や肩にキスをした。助けを乞うのではなくて、中立の立場をとってもらうのが狙いだった。
著者が私と同年生まれだというのを巻末の著者紹介で知っておどろきました。人間が一番だなんて、とてもとても威張ってなんかおれませんよね。
(2017年9月刊。2200円+税)

いわさきちひろ、子どもへの愛に生きて

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 松本 猛 、 出版  講談社
この本を読まない人は、人生で損をすると思います。まして、いわさきちひろの絵をまだ見たことがないという人がいたら、お気の毒としか言いようがありません。世の中に、こんなに素敵な子どもの絵があるなんて、信じられないほどの傑作ぞろいです。
それにしても、いわさきちひろ生誕100年というのには驚いてしまいました。ええつ、そんな前に亡くなっていたんですね・・・。55歳で亡くなっていますが、とても可愛いらしい笑顔の写真を私も見慣れていましたし、童女たちの絵を見るにつけ、いわさきちひろは今もまだ身近な存在だったので、生誕100年というのは驚きでしかありませんでした。
一人息子である著者による伝記です。戦争との関わりが、とても詳しく描かれています。
ちひろたちが満州に渡って大変な目にあったことを初めて知りました。ちひろの母親が満州に娘たちを送り出す組織の事務方をしていたのです。満州は日本での前宣伝とはまるで違った悲惨な現実に直面するのでした。そして、日本に戻ってからは空襲にあって焼け出されてしまいます。戦後、ちひろは戦争中の悲惨な現実を見て、戦争反対でがんばった共産党に魅かれていくのです。
いわさきちひろの絵は天性のものかと思っていましたが、もちろんそれもありますが、画家や書道家を師匠としてきちんと指導を受けているのですね。さらに、絵本をつくる過程では編集者の厳しい注文も受けとめていることを知りました。天才だから初めからうまい絵が描けたのではなくて、天分に努力を加えて、いまの私たちが感動する絵が生まれたのです。
著者は1951年生まれですから、団塊世代のすぐ下の世代です。私も身に覚えがありますが、中学生のころには親とほとんど話をしたことがありませんでした。今から思えばもったいないとは思いますが、それは誰でも親から自立する過程で必要なことですので仕方ありません。
東京のちひろ美術館には行ったことがありますが。長野はまだです。この本を読んで、ますます行きたいと思いました。よく調べてあります。いい本をありがとうございました。
                          (2017年10月刊。1800円+税)

軍国少年がなぜコミュニストになったのか

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者  松本 善明 、 出版  かもがわ出版
 いわさきちひろの夫であり、弁護士であり、日本共産党の国会議員として活躍した著者の自伝です。
著者は、1945年8月15日、19歳で海軍兵学校の最上級生として広島県江田島にいた。なぜ、あの戦争に反対しなかったのか・・・、その問いに答えるべく書いた自伝。
戦争に反対するどころか、当時の著者は心の底から日本の戦争を正しい戦争だと思い、お国のために命を投げすてることを唯一の道だと考えていた。それは愚かだったから戦争を賛美したというものではなかった。
 小学生時代の著者は身体が弱く、神経過敏だった。親は子どもたちに読書をすすめた。東郷平八郎、乃木希典などの軍人の生涯にひきつけられ、軍人として国のために命を捧げるという生き方に違和感をもたずに育った。
 著者は両親の期待を受けてまじめな秀才としての道を歩んだ。お国のために死んでいく価値観は、小学校のときから疑いをもっていなかったが、中学時代にますます確固たるものに変わった。
 中学の校長は、「10年後の大学者となるより、1年後の一兵卒たれ」と叫んだ。著者は、自らの燃えるような意思で、海軍兵学校への進学を決めた。
 このように読んでいくと、学校教育の影響力の恐ろしさをまざまざと見せつけられます。アベ首相につらなる人たちが教育勅語の復活を企図しているのが、恐ろしくてなりません。
 著者は1943年12月に江田島の海軍兵学校に入ります。75期生です。3480人が同期生でした。これは74期の3倍以上。
 敗戦によって生きる目的を失い、心にぽっかり穴があいてしまった。そして1946年4月、東大法学部に入学した。大学生になって、戦前戦中に命を賭けて戦争に反対し続けた人たちがいることを知り、ひどい衝撃を受けた。東大図書館に一人こもり続けるのを1年数ヶ月間も続けたあと、著者は日本共産党に入ったのです。信じられませんね。図書館での独習だけで共産党に入るなんて・・・。
 アベ首相の父の安倍晋太郎とは法学部の同期生で、卒業も同じだった(お互い面識はない)。
 いわさきちひろとの出会いは感動的です。交際中のある日、ちひろから「靴を買ってあげましょうか」と言われた。著者がわらの緒のついた粗末なわら草履(ぞうり)をはいていたから。しかし、著者は海軍兵学校からもらってきた靴が6足もあるから大丈夫だと答えた。自分は一生お金が入るような仕事にはつかないつもりだから、6足の靴を一生はこうと思って大切にしていると答えた。何と純粋な心の持ち主でしょうか・・・。
 著者とちひろとの二人だけの結婚式の光景を上条恒彦が歌っています。神田のブリキ屋の二階のちひろの部屋を花でいっぱいにした。1000円の大金を全部花にした。あとはワイン1本ときれいなワイングラス二つ。すばらしいですね・・・。そのあと、著者は失業して司法試験を受験し、半年間の猛勉強で合格したのです。6期です。
 国会議員になってから、田中角栄首相を鋭く追及し、総理を辞めたくなるほどの心境に追いやったのです。後輩として、読んで元気の出る本でした。
(2014年5月刊。1800円+税)

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