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カテゴリー: 人間

南極ではたらく

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 渡貫 淳子 、 出版  平凡社
今ではコンビニでも売られている(らしい)悪魔のおにぎりを南極の昭和基地で考案した著者による面白い調理隊員体験記です。
女性が昭和基地で1年間も生活するなんて、大丈夫かしらんと心配しますが、ちゃんと風呂・トイレは男女別になっていて、トイレはいち早くウォッシュレットです。そして、野外活動に出て見渡かぎり何もないところでは、「ちょっと大地と交信してきます」と言うと、男性が察してくれるとのこと。それにしても勇気があります。
調理員は2人。交代で厨房に入る。1人で30人分をつくる。
夕食は、メインの料理に小鉢ものが2~3品。ご飯と味噌汁はセルフサービス。
1年間、途中の補給はなく、1年間分の食糧を1回で仕入れ、それでやり切る。したがって、ありとあらゆる料理をつくれるスキルが求められる。
常に生野菜が不足している。1年間も保存がきくのは、長いもと玉ねぎくらい。
南極にもち込んだものはすべて日本に持ち帰る。生ごみは処理機で減容して焼却し、灰はドラム缶に入れて日本に持ち帰る。スープ類が残ってもシンクに流さず、生ごみとして処理する。
水は、雪を水槽に投げこんでつくる。
人間1人が1年間に消費する食糧は1トン。30人の隊員のため30トンを持ち込む。
観測隊は海上自衛隊にならって、金曜日はカレー。カレーは料理をムダにしないというメニューでもある。
メニューは日替わり1種類のみ。隊員は勝手につくって食べることは出来ない。調理隊員が用意したものを食べるだけ。
アルコールはあるけれど、無料(実は食費のなかに含まれている)で、飲み放題だけど、隊員はあまり飲んでいない(ようです)。
空気が乾燥しているので、洗濯物はすぐに乾き、枚数は必要ない。ところが、20足もっていった靴下は、みな穴が開いた。極度の乾燥で足の裏がゴワゴワになって、擦れて靴下に穴が開く。
南極から日本に戻ると、しばらくは「南極廃人」になって、ぼおっとして過ごす人が多い・・・。
子もちの40代の主婦が、夫と子を日本に残して、1年間、南極で調理隊員として過ごしたというのです。大変なその勇気にただただ感服しました。
(2019年1月刊。1400円+税)

生き残った人の7つの習慣

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 小西 浩文 、 出版  山と渓谷社
56歳の著者は、8000メートル峰の無酸素登頂に挑み続けてきたプロの登山家です。
これまで山でケガしたことはなく、五体満足。凍傷のため手や脚の指が1本、2本なくなっているところもありません。これって、実に素晴らしいことです。奇跡的です。
標高8000メートルの高さは、「デス・ゾーン」(死の地帯)と呼ばれている。酸素が平地の3分の1しかないので、息苦しいどころではない。すぐに視力は減退し、脳機能障害が引き起こされ、正常な思考ができなくなる。
ジャンボジェット機が飛ぶ高さが標高8000メートル。普通は酸素ボンベを背負って、マスクで酸素吸入しながら登頂していく。酸素ボンベがなければ、普通の人は30秒で失神し、急性脳浮腫や肺水腫になり、死に至る。
それなのに、著者は酸素ボンベを使わず、8848メートルのエベレストをふくめて、8000メートルの山が14座あるうちの6座を制覇したといいます。信じられません。
デス・ゾーンでは、ほんのわずかな迷い、ためらい、そしてわずかなミスが致命的な危機を招いてしまう。危機の90%以上は何かしらの予兆がある。
気の緩みが危機につながる。あともう少しで安全地帯だと思う気の緩みは危ない。ゴールや目標が間近に迫ったとき、人は緊張が緩む。すると、身体はまだゴールしていないのに、頭のほうはゴールしたかのような錯覚に陥る。これが危ない。
「危機」というものの多くは、その組織や人物の心が引き起こしているケースがほとんど。つまり、「危機」の90%以上が「心」に起因している。
山の事故のほとんどは下山中に起きている。それは「気の緩み」と「焦り」から来る。「心」の乱れが道迷いや事故を引き起こす。
「おごり」(過信)は、目の前にある「危機」から目を背けさせて、自分たちに都合のいいように物事を解釈してしまう。人間は、どうしても自分に都合のいいように「危機」を考えようとする。そうではなくて、常に「最悪」を想定しなければいけない。
「いつもと同じ」というのが、きわめて重要。いつものように冷静に判断できる。いつものように高い技術を発揮する。いつもと同じことを苛酷な状況下で行えるかどうかが生死を分ける。そして、そのためにも事前準備に9割の力を注ぐ。
なるほど、とんでもない高山で大変な危機に何度も直面してきた著者の体験にもとづく提言なので、一つ一つの提言がしごく素直に受け入れられます。
(2018年12月刊。1200円+税)

経済学者の勉強術

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者  根井 雅弘 、 出版  人文書院
たくさん本を読み、たくさん書評を書いている人のようですが、申し訳ないことに、私はまったく知らない人でした。私もたくさんの本を読み(この30年間、年間500冊を下回ったことはありません)、たくさんの書評(この20年近く、1日1冊の書評も欠かしていません)を書いていますので、大いに共感するところがある本でした。
読書は、自分の好きな本を読めばよい。
時間は、30分でも1時間でもよいから、無理してでも作ったほうがよい。30分でも、毎日、継続的に読書に励めば、1年、5年、10年とたつうちに大きな力となるだろう。
30分でも、長年実践していると、新書1冊ぐらいは読めるようになる。私も電車のなかで、たいていの新書は30分で1冊読んでしまいます。専門書でも、30分で1章ほどは読めるようになる。継続が大事である。
私が著者に絶対かなわないのは、専門書のなかに英文も含まれているということです。私は法律書(もちろん日本文)なら、それなりに早く読めますが、英語もフランス語も、まるでダメです。
本は買って読む。自分の所有物なら、どこに線を引こうと書き込みをしようと自由である。
文章は理路の通ったものであるだけでなく、魅力ある生きた文章を書きたいもの。あまり平板な文章が続くと、読者がついていけない。
いやはや、本当にそのとおりなのです。その点も、私の永年の課題です。分かりやすく書けるようにはなったつもりなのですが、味わい深さがまだまだです。
書評は読んだ本の悪口は書かない。欠陥の多い本なら取りあげなければいいだけのこと。本当にそのとおりです。私は読んだ本の7割を書評として紹介するようにしています。それも、なるべく本の内容を紹介するのを主体としています。忙しい読者に、ほら、こんな内容なんですよ。もっと読みたくなったでしょ。ぜひ、手にとって、あなたも読んでごらんなさい。そう呼びかけています。
「私が」とか「我々は」、「彼らは」といった主語は、日本語の文章では省略されるもの。ただし、学術雑誌は違う。英文では、必ず主語が必要だ。
自分の稼いだお金で本を買い続けることが大切だ。自分の蔵書が少しずつ確実に増えていくことは「知的生活」のために必須だ。
私もこれを永らく実践してきましたが、70歳になって、一大決心し、蔵書の2割を捨てて、本箱は背表紙が見える状態に整えることにしました。この10連休に、かなり達成しました。すると、今までの読書遍歴をたどることも出来て、なんとなく豊かな気分に浸ることができました。
(2019年1月刊。1800円+税)

じゃがいも父さん

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 日色 ともゑ 、 出版  文芸春秋
宇野重吉一座、最後の旅日記というサブタイトルがついています。劇団民芸とは別に、宇野重吉が地方巡行したときの模様が熱く語られていて、読んでいる私の胸まで熱くなりました。1986年(昭和61年)9月の第一次巡業はじめから、翌1987年10月までの第五次巡業まで、全国をまわりました。福岡にも八女や福岡に来ています。そして沖縄にも・・・。
行く先々で大変な歓迎を受け、舞台は大いに受けて、大笑いと大拍手、そしておひねりが舞台に飛んできました。おひねりは、すぐに受け取らなければいけないものだそうです。米倉斉加年は、セリフを話しながら、上手に拾っていったとのこと。
宇野重吉は肺ガンが発見され、体重は40キロ台にまで落ち、点滴を受けながら舞台に立ったといいます。すごいですね、まさしく神業(かみわざ)です。
演ずる劇は「おんにょろ盛衰記」と「三年寝太郎」の二つ。宇野重吉は三年寝太郎役です。舞台の本番の前、著者は1時間かけてたっぷりストレッチ体操をし、楽屋入りしたら1時間は発声練習。開演1時間前にメーキャップにとりかかる。この手順をきちんと守る。まだ40歳台の著者が老婆役を演じるのです。
福井出身の宇野重吉は、なんでも福井のものが「日本一」なんだそうです。酒・魚・越前ガニ・ソバそして青くび大根・米・・・。イカ大根を宇野重吉が料理し、好んでいたというのも初めて知りました。
宇野重吉は演出家でもある。
大学の応援団のように、台詞(セリフ)をがなっていてはダメなんだ。
舞台の様子を録音しておいて、テープを聴きながら、勉強会をする。どういう声で、どういうしゃべり方をしているか、自覚すること・・・。
「台詞が一面的で、自分の演じる人物のキャラクターの個性がない。台詞の音の高低、強弱、遅い、速い、ということがはっきりせず、前の日との台詞にひっぱられてしまっている」
「同じことばかり言われているのに、台詞の調子が変わらないのは、どういうことか。台本をよく読んで、どこがどう足りないのか、注意深く読みとること。人間のうらのうら、一人ひとりの意識、そのたぐいとりが足りない。今からでも遅くはないから勉強しなさい。そうすれば、ましな役者になるでしょう。貧乏しても役者をやっていようと思うでしょう」
「芝居というのは、90%が台詞術で、あとの10%が動き。一にも二にも台詞、そして声」
福岡では嘉穂劇場でも演じています。福岡の昼食は「多め勢」のおそば。そして、夕食は「まめ丹」。今もある店なのでしょうか・・・。
若い著者がおばあさんになるには、メイク、かつら、着付けと40分はかかる。開演の15分前には舞台袖にスタンバイして気持ちを整えておきたい・・・。
宇野重吉は、毎日毎日、台本を読んで、毎日毎日、工夫している。台詞の言い方、間のとり方、緩急が毎日ちがう。幕開きにしても、寝ころんでいたり、障子によりかかっていたり、いろいろな工夫がされている。
宇野重吉が亡くなって30年がたちました。私は、残念ながら舞台でみたことはありません。テレビと映画だけです。滝沢修とあわせて、とても存在感のある役者でした。
宇野重吉の息子が寺尾聡です。
昭和63年5月刊行のこの本を五月の連休中に読んだのは、不要本を一掃する大片付けをしているとき、たまたま発見して、宇野重吉一座の地方巡業ってどんな様子だったのかなと気になったからです。いい本でした。今では、日色ともゑも本物のお婆さんになりましたね・・・。
(1988年5月刊。1200円)

助監督は見た!実録「山田組」の人びと

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(霧山昴)
著者 鈴木 敏夫 、 出版  言視舎
今秋に公開予定の『男はつらいよ』を私は今から楽しみにしています。
映画『男はつらいよ』は私が東京で大学3年生のときに始まり、年に2回、はじめは一人で、やがて家族とともに正月の楽しみとしてみていました。ですから、山田洋次監督は私のもっとも敬愛する映画監督です。その「山田組」の実態が実況中継のように描かれた興味深い本です。
山田監督って、他人(ひと)を笑わせることには長(た)けているわけですが、自身は人前ではあまり笑わない人のようです。そして、あからさまにほめることもしないとのこと。意外でした。ですから、助監督は撮影現場の雰囲気をなごませるのも大きな仕事の一つなのです。
撮影現場で、俳優たちの表情が硬く、緊張している、その要因は山田監督の仏頂面。
愛想良くしなくてもいいけど、せめて不機嫌そうな顔をやめてほしい・・・。
山田監督はテレビドラマは見ない。映画はよくみているようですが・・・。
「はい」「はい」と返事をしすぎる俳優は、まずダメ。言われたことを理解していない。その場を逃れようとしているだけのこと。
山田監督は、「東京家族」の撮影のとき、林家正蔵さんに「顔で芝居しようとしないで!」と、よく叱責した。
ええっ、落語家って顔で芝居するものではないのか・・・。
子役に対する演技指導のポイントは三つ。その一は、相手に分かる言葉で話すこと。その二は、ほめること。「さっきより良いよ」、「すごいね、できちゃうんだね」。その三は、空いている時間は、寄り添って相手をする。山田監督は、この三つとも苦手だ。山田監督は、子役の俳優にこういう芝居をしろと命じるだけで、具体的に指導しているのは助監督たち。子どもはほめるに限る。ほめれば、やる気が出てくる。
山田監督は、「面と向かってほめるなんて、照れ臭いじゃないの」という。
山田監督は、緊張をときほぐす技をもちあわせていない。むしろ、どんどん追い込んでいく。山田監督は、俳優への注文が多い。
山田ジョークは相手に伝わらないことがある。
俳優は、一般の人が経験しないことも対処しなくてはいけない。それが嫌なら、できないのなら、俳優なんかにならないことだ。
山田組の撮影現場は、いつもピリピリした緊張感に包まれている。俳優への要求も多く、ときには激怒し、容赦なく罵声を浴びせることも・・・。うひゃあ、そ、そうだったんですか・・・。そんなフンイキのなかでつくられた映画なので、腹の底から、何のわだかまりもなく笑えるのでしょうか・・・。
山田監督はあきらめが悪い。カット割りが決まるまで、悩みに悩みぬく。芝居のテストを何度も何度も繰り返す。ロケ撮影になると怒鳴りまくる。残業が多くなる。
そんな山田監督のつくった映画の出来はよい。
助監督として著者が復帰して、山田監督が怒鳴る回数が減ったそうです。
早く『男はつらいよ』で、渥美清を久しぶりにアップで見たいです。
(2019年3月刊。1600円+税)

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