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カテゴリー: 人間

マンガ万歳

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 矢口 高雄 、 出版 秋田魁新報社
「釣りキチ三平」で有名なマンガ家が自分の生い立ちからマンガ家として成功するまでの人生を語っています。手塚治虫と同じく、私の大好きなマンガ家です。この本の初めにカラー図版で紹介された原画にも圧倒されます。ともかく繊細ですし、大自然のなかの人物(生物)が生き生き輝いています。
生まれたのは奥羽山脈の貧しい農家の長男。小作人のせがれですから、本当は高校にもいけないほどの家庭に育ちました。
カジカの夜突きというのを母親と一緒に行ったというのにも驚きました。お母さんがカジカの夜突きが大好きだったというのです。このお母さんは長生きして96歳で亡くなりましたが、教育熱心で、勉強するなら農作業は手伝わなくていいと言ってくれたのだそうです。偉い母親です。
そして、中学校では優等生だった著者は、高校に行かずに就職するつもりでいたところ、中学校の担任教師が自宅を訪問して、両親に「高校に行かせてほしい」と頼み込んだというのです。父親が「学問が何の足しになるのか。うちにそんなお金はない」と拒絶し、夜まで話し合いが続いたところで、母親がこう言ったのです。
「父さん、おらたちが死に物狂いで働けば、何とかなるべ」
いっや、すごい、すごいです。母親も担任教師も、どちらもです。
高校に入ったら、夏は自転車で25キロの道を通学。さすがに冬は下宿。下宿代はクズの葉を売ったお金で支払う。集落から高校に行ったのは第1号で、村の大人から「高校に行って天皇陛下になるつもりか」とひやかされたとのこと。
そして、高校を卒業して地元の銀行に入ります。この12年間の銀行員生活もあとで「9で割れ」というマンガになっています。
支店長が著者にこう言った。
「きみのマンガがうまいのは認める。でも、そんなものにうつつを抜かすようでは、ろくなもんにならない」
面と向かって言われ、著者は心底から怒った。
「そんなもの?それならプロになってマンガで勝負してみようじゃないか」
銀行を依願退職したとき、著者は31歳。
妻は、「やってみなさいよ。ただし、子どもたちや私を路頭に迷わすことは絶対しないでね」と、あっさり同意した。これにも驚きますね。ただ、著者はずっとマンガを描いていました。その姿を見ていたからでしょうね。
「釣りキチ三平」の連載が「少年マガジン」で始まったのは1973年(昭和48年)のこと。私は司法修習生でした。もうマンガは卒業した気分ですから、たまにしか読んでいません。
毎日15時間以上、机にかじりついてマンガを描いていたとのこと。10年間、連載は続いた。これまた、すごいですね。
中学1年生の国語の教科書にエッセー「カジカの夜突き」が載り、カラーのイラストもついているとのこと。マンガはすっかり教育的なものとして定着しているわけですよね…。
10年間も続いた「釣りキチ三平」は累計で5千万部も売れたというから、すごいものです。
漫画家生活50年。72歳になって病気もし、筋力をなくして2012年に創作活動は廃業。
「横手市増田まんが美術館」には著者の原画4万2千枚があるそうです。これはぜひぜひ見学に行きたいものです。そのためには、コロナ禍が収束してくれなければいけません。
81歳で2020年11月に亡くなった著者をしのぶ絶好の本です。
(2020年12月刊。税込1430円)

心の歌よ

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 伊藤 千尋 、 出版 新日本出版社
世界中を取材して歩いているジャーナリストの著者は、日本ほど歌の種類が豊富な国は珍しいと断言しています。そして、全国民がなべて歌う文化を持つのは、日本のほかにはヨーロッパのバルト三国くらいだとも言います。
歌は人生と時代の産物。どの歌にも、生み出した人の人生や思考が反映されるし、歌が生まれた時代や社会などの背景を投影する。歌を追求すると、日本と日本人が見えてくる。
なるほど、この本に取り上げられている歌は日本人の「ふるさと」そのものだという気がしてきます。著者は、その点をジャーナリストらしく足で運んで調べあげ、言葉として表現してくれました。読んでいると、いつのまにか耳の奥に歌が流れてくるのです。その心地良さに浸りながら平日の昼に、昼食をはさんで長い昼休みをとって一気に読み上げました。
「赤とんぼ」を作詩した三木露風は、実際に5歳のときに母親と生き別れてしまったのでした。それで、毎日、母が今にも帰ってくるかと山道を駆けのぼって待ち続けたというのです。この歌は、その心境を言葉にしたものでした。
著者は、「童謡赤とんぼのふる里」まで出かけていき、三木露風に宛てた実母の巻紙(手紙)の実物をみています。5歳で母と生き別れになったあと、母に代わって露風の世話をした子守の娘(姐(ねえ)や)が実際にいたのですね。この姐やは、15歳になってお嫁に行き、実母からの便りもなくなったという実話を元にしているというのです。5歳の孫が身近にいる身なので、涙が止まりませんでした。ともかく、そのころは、何をさておいても母が一番なのですから…。
そして、この「赤とんぼ」の歌は立川にあったアメリカ軍基地の拡張に反対して起きた砂川闘争のとき、警察機動隊の前で学生50人が歌って武力衝突を防いだという伝説の歌だというのです。なるほど、この歌をしみじみ聞いていたら、猛々(たけだけ)しい心も沈静化してしまいますよね。
灯台守(とうだいもり)の夫婦をテーマとする映画「喜びも悲しみも幾歳月」の主題歌の話も心にしみるものがありました。福島県の塩屋崎灯台で夫婦して仕事・生活をしていた人の手記が映画化されたのです。初めは佐田啓二と高峰秀子、そしてリメーク版は加藤剛と大原麗子の主演です。
なにしろ、水道も井戸もなく、雨水を貯めての生活。お産は、夫が赤ん坊のへその緒を切った。ところが、それでも子どもは10人うまれ、娘3人は灯台と関係した人生を歩んだというのです。著者は娘さんたちにも会って取材しています。さすがです。
千昌夫が歌った「北国の春」。作詞は「いではく」。作曲は遠藤実。歌詩をうけとると5分で作曲した。「北国の春」の作詞家、作曲家、歌手の3人に共通するのは、少年時代が「冬の時代」だったこと。貧しい家庭に育ち、母の手で育てられ、「しばれる冬」を体験した。でも、北国の人特有の粘りと努力で、春を求めてはい上がった。
こんな歌の背景を知れば、歌うときの姿勢も変わってきますよね。聞くほうも、心のもちように違いがあります。
綺羅(きら)星のような歌の成り立ちを知れば、涙のあとに生きる勇気が湧いてくる。このオビのフレーズは、まさしくそのとおりです。
週刊「うたごえ新聞」に月1度のコラムを連載中の著者が一冊の本にまとめました。ちょっとコロナ禍で疲れたなという気分の人には特に一読をおすすめします。
(2021年2月刊。税込1760円)

スマホ脳

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 アンデシュ・ハンセン 、 出版 新潮新書
私は依然としてスマホを持たず、ガラケーのみ。それも、常時カバン在中で、1日1回も使えばいいほうです。なので、スマホの使いすぎなんて、自分のことではありません。
孫たちの脳が、スマ時代でおかしくなってしまわないか、それが心配なので、読んでみました。なるほど、それは心配だと思わせる記述のオンパレードです。かといって、孫たちからスマホを取りあげるわけにはいかないでしょう。では、いったいどうしたらよいのでしょうか…。
スティーブ・ジョブズを筆頭に、IT業界のトップは、我が子にスマホを与えていないとのこと。その危険性を熟知しているからですよね。著者はスウェーデン生まれの精神科医です。
人間の脳はデジタル社会に適応していない。
現在、大人は1日に4時間スマホに費やしている。
コロナ禍によって実際に集まる会議が減って、ズーム形式の会議がほとんどになりました。先週、昼から2時間、午後3時からと夕方の5時から各1時間、合計4時間も画面を見ていましたら、帰宅したころには首と肩が異常にコチコチと固まっていて、頭までボーっとしてきました。たまに発言しようと身を乗りだした格好を4時間もしていたのですから、そのひずみ(反動)がないわけはありません。
精神的不調で受診する大人がますます増えている。
決断を下すとき、最後に人間を支配するのは感情。
やはり、好きか嫌いかは、司法の世界でも大きいです。
ストレスのシステムは、私たちが正常に機能するためにも大切だ。うつを引き起こす原因としていちばん多いのは長期のストレスだ。
私たちは1日に2600回以上もスマホを触り、平均して10分に1度、スマホを手にとっている。
スマホが及ぼす最大の影響は、「時間を奪うこと」にある。睡眠を十分にとる時間がなくなることだ。ところが、この睡眠時に、昼間こわれたタンパク質が老廃物として脳から除去される。老廃物は1日に何グラムにもなり、1年間にすると、脳と同じ重さの、「ゴミ」が捨てられることになる。夜、眠っているうちに、短期記憶から長期記憶へ移動してしまう。
つまり、睡眠は記憶の保存に重要な役割を果たしている。ところが、スマホが若者の睡眠不足を招いている。
電子書籍を読んだ人たちは、電子書籍を読むと、メラトニン合成がひどくなる。
ヒトの祖先は、毎日、1万8000歩、あるいていた。今の私たちは、1日5000歩にも満たない。
教室でスマホは禁止。でないと、学習能力が低下する。
記憶力や集中力といった知能がスマホのせいで低下している。毎日、スクリーンの前で4時間も過ごしていると、子どもや若者は遊んだり、「本当の」社会的接触をもったりする暇がなくなる。
スマホを使いすぎると、気が散り、よく眠れなくなり、ストレスを感じる。毎日2時間はスマホをオフにしよう。
スマホの表示はモノクロにすること。色のない画面のほうが、ドーパミンの放出量は少ない。
集中力が必要な作業をするときには、スマホを手元に置かず、隣の部屋に置いておく。
スマホを寝室には置かない。寝る直前に仕事のメールは開かない。
スマホに関する、とても実践的なアドバイスもたくさんある新書です。気をつけましょう、暗い夜道と便利なスマホ。
(2021年3月刊。税込1078円)

花粉症と人類

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(霧山昴)
著者 小塩 海平 、 出版 岩波新書
10年ほど前から花粉症に悩まされています。まず、クシャミと鼻づまりです。夜、鼻が詰まっているため鼻で呼吸できず、口で息をしていると、ノドがやられます。クシャミと鼻水のため、ティッシュが欠かせません。ポケットティッシュなんて、1袋がすぐなくなってしまいます。そして、目です。痛痒(いたがゆ)いのです。目薬をさしたら、なんとかおさまってくれます。5年以上も前から、花粉症予防のためにはヨーグルト(BB536)がいいというので、毎朝のんでいますが、どれだけ効き目があるのか、自分でもよく分かりません。それでも続けています。信じるものは救われるの精神です。
ただ、コロナ禍で右往左往している今年は、それでも軽いのです。夜中に鼻づまりで苦しくなって目が覚めることがありません。これは助かります。朝までぐっすり眠れるのはいい感じです。とりあえず、ヨーグルトのおかげにして自分を慰めています。
スギ花粉は、大きさは直径30マイクロメートル(0.03ミリメートル)ほど。落下速度は、無風だったら1秒あたり2センチメートルほど。これは1メートル落下するのに1分近くかかることを意味している。ところが、その間に、少しでも風が吹けば、すぐに飛行物体と化してしまう。
昔の人たちは、今とちがって花粉について驚嘆と敬意をもって接していた。
花粉や胞子の外壁は、炭素数90の高分子であるスポロポレニンという化学的にとても強固な物質でできている。そのため、塩酸や水酸化ナトリウムなどの強酸や強アルカリで処理しても溶解しない。泥炭のなかに、古い時代の花粉や胞子を顕微鏡で見ることができるのは、そのため。
花粉症は1819年にイギリスで生まれた。そのころは「夏カタル」と呼ばれていた。
イングランドの牧草花粉症、アメリカのブタクサ花粉症、そして日本のスギ花粉症が、現代世界の花粉症。
ブタクサは、1個体から3万2000もの精子をつけているところが目撃されたことがある。
日本の花粉症患者の発見は、1961年にブタクサ花粉症、1964年にスギ花粉症だった。そして、1980年代後半に患者が爆発的に増加した。
日本では、英米とは異なり、エリート階級のみが花粉症になる現象は起きていない。
1987年、ニホンザルまで花粉症を患うことが確認された。
日本全国にスギ林は450万ヘクタール、つまり九州の面積ほど存在する。林業に従事する人は、1980年に15万人いて、2015年には、その3分の1以下に4万5千人しかいない。
スギ花粉症は、日本という国が、私たち庶民やその周囲の環境を置き去りにして経済成長を追い求めてきたことへの警告ではないか、著者は、そのように指摘してます。なーるほど、ですね…。
花粉症に悩む人々への慰めや励ましを与えることができたら…、と著者は強調しています。これまた同感ですが、やっぱり早くなんとかしてほしいです。
(2021年2月刊。税込880円)

舞台上の青春

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(霧山昴)
著者 相田 冬二 、 出版 辰巳出版
高校演劇の世界を紹介した面白い本です。
北海道の富良野高校から四国の徳島市立高校まで、6校の舞台が紹介されています。
福岡にも八女市の西日本短大付属高校に演劇部があります。本があり、このコーナーでも紹介しました。残念ながら私はみていませんが映画にまでなっています。
北海道の富良野には倉本聰の率いる「富良野塾」があり、公設民営の劇場「富良野演劇工場」もあります。市民劇団「へそ家族」があって、「ふらの演劇祭」まであるそうです。
この富良野高校には実は演劇部はなく、演劇同好会ができたばかり。それなのに全国大会に出場し、見事に最優秀賞に選ばれたというのです。実にすばらしいことです。
演劇大会は上演時間が60分以内と決まっている。主役は高校生。高校生が高校生役をする。おじいちゃんやおばあちゃん役ならプロに負ける。でも、高校生が高校生の役をやるのだから、負けない。高校演劇というたった2年間しか使えない時間の中で、高校生が高校生を演じる。すばらしいですね。
富良野高校の劇のタイトルは「へその町から」。女子高校生3人が、さびれたホームで汽車を待っている。この3人のディスカッションだが、後ろのほうで、別の3人が劇中劇を演じる。誇りをもてる環境にあるのに誇りをもちづらいシチュエーション。親と分かりあいたいのに、親と分かりあえない劇中劇。「高校生の現在」がダイレクトに伝わってくる…。
いやあ、こんな紹介をされたら、ぜひ本物の舞台をみてみたいものです。
高専ロボコンに、このところはまっていますが、高校生演劇もなんだか面白そうですね…。
上演時間1時間について、濃厚、いや特濃。練乳のような濃さがあると著者は評価しています。役者を演じる高校生の言葉がいいですよ…。
感情が、喜怒哀楽がちゃんとあるから、面白いところでは面白いって笑って、怒るところは怒る。頭の中でも感情をつくるので、ちゃんと集中してやらないとできない。ひとつひとつの行動に対して、ちゃんと考えて、セリフを言う。
演劇やってると、周りの目が恥ずかしいとか、そういうことを思わなくなっちゃう。いい意味で、自分もバカになれる。
指導する教師の話もまたすばらしいです。
胃が口から出るくらい緊張して、人前に立っても、良い芝居をすれば終演後に、ちゃんと拍手がもらえる。それが素晴らしいし、このことでずいぶん、高校生は救われているんじゃないかと思う。
演劇は、役に立つ。すぐに役に立つ。もう、ありえないくらい、高校生が別人になる。演劇を体験することで、目の前の若者が、めきめきとうまくなり、変化していく。
コロナ禍のなか、集まっての全国大会が中止となり、代わってオンラインの大会になった。ところが、無観客なのに舞台で演劇できないという会場も出ているそうです。でもでも、ぜひ演劇部は続けていってほしい、存続してほしいと思いました。
弁護士も、とりわけ裁判員裁判では役者を演じるように裁判員の市民に語りかけることが大切だと強調されていますので、決して他人事(ひとごと)ではありません。
(2020年11月刊。税込1760円)

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