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カテゴリー: 人間

顔の進化

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 馬場 悠男 、 出版 講談社ブルーバックス新書
人間の顔を研究する「日本顔学会」なるものがあるそうです。1995年の設立です。それほど人間の顔には特別なものがあるわけです。
残念ながら、今のコロナ禍の下では、マスクに顔の大半が覆われていますので、顔の全体がよく分かりません。でも、眼が見えると、それだけでも、人柄はあらわれます。街頭ですれ違うと、あれれ、今の人、誰だっけ…、ということはよく起こりますが…。
人間でも、家族の匂いをかぎ分けられる人は多い、そうです。信じられません…。そして、クラス全員の匂いを個体識別できる小学生が沖縄にいるとのこと。これまた、ウッソー…でしょう。といっても、香水をつくる人は鼻がすごいと言いますから、きっと本当なんでしょうね。
ゾウの臼歯は、5回も生え替わる。一生のうちに、ゾウの歯は1メートルもすり減る。
犬は匂いをかがないと、食べる行為が誘発されない。
オオカミは獲物の匂いをたどって長距離を追いかける。そこで、鼻面を地面に近づけながら走る必要がある。なので、オオカミの顔は長い。
ヒトの顔の構造は「4階建て」。口、鼻、眼、額。鼻は2階から3階へ続いているので、「吹き抜け」。
眉毛(まゆげ)は汗よけ、睫毛(まつげ)は埃(ホコリ)よけ。
アラブ諸国では、髭(ヒゲ)を生やすことが成人男子の証(あかし)。ヒゲを生やさないと女性と見なされることもある。ヒゲはものすごく濃く、カミソリの刃を一人ひとり交換する必要があるほど…。
ヒトは「白眼」(しろめ)を露出させることによって視線を明らかにすることによって相手に注目していることを示し、それで個体どうしの社会的な関係を維持している。
鼻があるのは、メガネをかけるためではなく、その奥の鼻腔の粘膜が、吸気を暖め、水分を与え、異物を取り除き、さらに呼気から熱と水分を吸収するため。
鼻毛はヒトに特有のもの(らしい)。
ヒトの額が目立つのは、脳が大きくなっただけでなく、丸くなったため。
アジア人の顔は四角柱で、ヨーロッパ人は三角柱。アフリカ人の髪の毛が縮れているのは、髪の毛に汗を溜めて、ゆっくり蒸発させることによって頭の温度を下げる効果があることによる。
ヒトの顔の成り立ちを知ることのできる面白い新書です。
(2021年1月刊。税込1100円)

ディズニーとチャップリン

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 大野 裕之 、 出版 光文社新書
チャップリンとヒトラーは同じ年の同じ月に生まれた。チョビヒゲをはやしはじめたのも偶然に同じころのことで、一方が他方を真似たのではない。
ディズニーはチャップリンに憧れて役者になった。つまり、チャップリンよりもぐんと若い。
二人はある時期までは仲が良く、チャップリンはディズニーに大切なことを教えた。
「自分の作品の著作権は他人の手に渡したらいけない」
ディズニーのミッキーマウスは今も生きている。そして、チャップリンだって、何度も何度もリバイバル上映され、その浮浪者姿は今でもアイドルのように人気がある。
著者は日本のチャップリン協会の会長をつとめるだけあって、いくつかのチャップリンの伝記は、格段の深さがあります。
チャップリンは貧しい芸人夫婦の下で育ち、5歳のときから舞台に出ている。庶民向けの劇場で幕間の芝居を演じる。短い上演時間、ほとんど一人芝居で客の心をつかむ演技術を身につけた。5歳から24歳までの20年間に、さまざまなジャンルの舞台に立ったことが、のちに映画において監督、脚本、プロデューサー、作曲を一人でこなす多面的な才能と、喜劇と悲劇とを融合させた、独自の作風を生みだす礎(いしずえ)になった。チャップリンは、早くから海外講演を経験し、地域によって笑いの嗜好に大きな差があることを知っていた。
チャップリンが映画にデビューした当時、1914年の週給は150ドルから1250ドルになった。そして、1916年には、週給1万ドル、ボーナスもあわせると年間67万ドル(今の年収11億円)の映画俳優になった。
チャップリンは、動いている姿が世界中に知られた初めての人物。
チャップリンとディズニーには、家族関係で、とても重要な共通点がある。チャップリンは4歳上の異父兄シドニーを、ディズニーは8歳上のロイを、それぞれ心から慕っていた。二人の兄は、有能なビジネスマンとして弟をよく支えた。
チャップリンの映画『サーカス』(1928年)のなかのライオンの檻に閉じ込められるシーンから、高所での綱渡りシーンまで、命がけのギャグはすべてスタントなし、チャップリン本人が演じた。すごいですね。香港の映画スターのジャッキー・チェンも本人が演じていますよね。
チャップリンは想像力の躍動と、観念の脱構築で笑いを生み出した。チャップリンは、ただのモノも、想像力によって生きている身体に変えてしまったのだ。
ディズニーは、どんな苦境に陥っても、それを物語の一シーンのように捉えて力に変える前向きな気持ちと、独立心だけは失わなかった。これこそが、ディズニーをディズニーたらしめる才能だった。ディズニーは信頼していた人たちの裏切に直面し、「もう絶対に他人(ひと)には使われない。生きている限り他人のためには働かない。自分は自分のボスなんだ」と決意した。
 猫のフィリックス、うさぎのオズワルドときて、次は、キュートで小さな動物ならネズミ(マウス)だ。ミッキーのアイデアは、チャップリンに借りがあるとディズニー自身が認めた。ミッキーは、ディズニー本人そっくり。冒険心や正義感にあふれているが、知的教養とはあまり縁がないという存在。ミッキーマウスは、ディズニー自身であると同時に、ディズニーが憧れてやまなかったチャップリンそのものだった。
トーキー(音声付き)映画になって、ミッキーの声は、ディズニー本人が担当した。これまた恐るべきことですね。
チャップリンの放浪紳士は、報われなくても愛する人のために献身的に尽くし、ときに権力の象徴たる警官のお尻もけりあげる。そして、きれいごとだけでは生きていけないことを知っているので、生活のためには、少しの悪事も働く。なので、決して聖者ではないが、厳しい現実とたたかう武器はユーモアしかないことを教えてくれる、心優しい放浪紳士だ。
チャップリンとディズニーに共通するのは、子どもの視点だ。二人とも子どもと同じ視点で、遊び、考えることができた。
チャップリンはユダヤ人ではない。祖母の家系にジプシーがいて、チャップリンは、それを誇りに思っていた。ところが、ヒトラー・ナチスはチャップリンをユダヤ人評論家が絶賛したことから、チャップリンもユダヤ人に違いないと決めつけ、徹底的に攻撃した。
信じられないことに、このころ、アメリカの世論の大部分がヒトラーを支持していた。恐慌を切り抜けたリーダーとして、ヒトラーはアメリカでも英雄視されていた。
これに対して、チャップリンは映画『独裁者』をつくって、ヒトラーを笑い者にした。
ヒトラーをはじめ、ナチスの幹部はディズニー作品のファンだった。
ディズニーの父親は社会主義を信奉していた。ディズニーは、その反発もあって、労働組合を憎んだ。労働者の権利を叫ぶ労働組合は、アメリカの理想に敵対するソヴィエトの共産主義が送り込んだ毒と思い込んでいた。
最後まで大変深い分析が続き、290頁あまりの新書を3日間で読みあげました。一読をおすすめしたいと思います。でも、今の若い人って、『街の灯』とか『キッド』って、いったいどれだけみているのでしょうか…、ぜひみてほしい映画です。
(2021年6月刊。税込990円)

こうして生まれた日本の歌Ⅱ

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 伊藤 千尋 、 出版 新日本出版社
9.11事件のとき、著者は朝日新聞のロサンゼルス支局長として赴任したばかりだった。ロサンゼルスにも高層ビルに飛行機が突っ込むというデマが流れ、中心街はゴーストタウンになり、誰も出勤してこなかった。このとき、テレビでは、何回も「カミカゼ」という言葉が流れた。テロリストは神風特攻隊と同じだというのだ。こんな日本語は世界で流行ってほしくありませんよね。カラオケはともかくとして…。
ロサンゼルスには、私も若いときに行ったことがあります。リトル東京というブロックがあり、ホテル・ニューオータニがありました。著者は、そこで、映画「青い山脈」に出演した杉葉子に出会ったというのです。この「青い山脈」は私もみましたが、つくられたのは私の生まれた翌年の1949年です。軽やかな歌の流れる青春映画です。自転車で通学する高校生は成城学園高校の女生徒たちがモデル。「若く明るい歌声に…」というフレーズが耳の奥に残っています。
美輪明宏の「ヨイトマケの唄」がつくられた経緯も心を打ちます。長崎の小学校の同級生に貧しい家のヨシオがいた。その母親は授業参観の日に、ハンテンにモンペという作業服でやってきた。著者は土方作業員の母親が働いている現場をみたが、母親は、地らなしの重しの網を引っぱるとき、「ヨシオのためなら、エンヤコーラー」と叫んでいた。
美輪明宏がシャンソン喫茶でこの歌をうたうと、客は最初、力仕事をする労働者への軽蔑、優越感から卑しい顔をして笑っていた。それが、最後になると涙に変わった。テレビで歌うと、開局以来のかつてない反響があり、2万通もの投書が届いた。私も、たまの日曜日、この歌を聞いて、心の中で涙を流します。
この本には、大牟田市で講演したときの話も登場します。森田ヤエ子作詞、荒木栄作曲の「がんばろう」に歌はあまりにも有名だ。といっても、今の大学生には知られていないかも…。
「花を贈ろう」という歌が紹介されていないのが私には残念でした。東京へ去っていく仲間にオレンジの花を贈るという、とても感動的な歌です。ぜひ、ネットで探して聴いてみてください。
荒木栄の碑は今も米の山(こめのやま)病院の玄関前にあります。
最後に横井久美子。惜しいことに2021年1月に病死してしまいました。私は横井久美子の澄んだ声、そして歌詞が大好きで、たくさんのCDをもっています。
この本では、ベトナム戦争反対を歌う「戦車は動けない」、「自転車に乗って」、「なみちゃん」そして「私の愛した街」が紹介されています。「自転車に乗って」の歌詞は横井家の現実とは逆だったというのは笑わせました。歌詞では、母親が夫と子どもをたたき起こすとなっているが、本当は、しっかり者の長男が寝不足の母親を起こし、グズグズしないようにせかしていたのでした。
いやあ、いい本でした。ぜひ、あなたも読んでみてください。心の中に軽やかなメロディーが流れて来て、心が洗われますよ。
(2021年5月刊。税込1760円)

こう見えて元タカラジェンヌです

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 天真 みちる 、 出版 左右社
タカラヅカの経営術の秘密を暴いた本を先に紹介しましたが、この本は、タカラジェンヌとして活躍した女性による宝塚ライフです。
2006年に宝塚歌劇団に入り、花組では主として「おじさん」役を演じました。また、余興でタンバリン芸ができるそうです。格好いいですね。トップスターにこそなれませんでしたが、舞台で大活躍して、2018年10月に退団し、現在ではフリーとして活躍中とのこと。
抱腹絶倒間違いなし、とオビにありましたが、たしかに笑いながら一気に読みすすめました。ただし、「関わらず」(正しくは、関ではなく拘)とか、適切な編集者がすべきミスが散見されたのは残念でした(私も編集者のハシクレなのです…)。
舞台の上でセリフをド忘れしてしまったことがあるという「告白」には驚きましたが、やっぱりそんなことって、あるんですね…。私が舞台に出て役者を演じたくないのは、まさにそれを心配するからです。大勢の前でマイクをもって話す機会は多いのですが、そして一瞬、頭が真っ白になったことが何度もありましたが、あらかじめ決められたセリフを言うのではありませんので、そのとき頭のなかで天から降っておりてきた言葉を口に出して、しのぎました。ですから、今では話の流れのメモは一応つくりますが、メモを見ながら話すことは、まずありません。そして、時計を見ながら、あと何分というのを計算しながら話すだけの余裕があります。要するに、それだけ場慣れして、度胸がついたということです。35歳のとき、NHKの朝の「おはよう広場」で生放送に出たときは最高に緊張しました。それでも、なんとか乗り切ったことも一つの自信になりました。前日、渋谷のホテルに泊まって、朝早くNHKに行ったときは、足がガチガチ震えていましたが…。
著者は、宝塚音楽学校の受験に1回目は失敗。それでも25時間ぶっ通しで寝続けて失地回復。2回目で運よく合格。ここって、受験は4回できるんだそうです…。
この宝塚音楽学校では、1年に3回も試験がある。
「おはよう。今日もいい天気だね。朝ごはんは何がいい?」
これを正しいセリフで演じることをあきらめ、気持ちを優先に演じる。すると、なんと、50人のうちで3番という成績。ヤッター、やりましたね。
宝塚歌劇団に入る前に、各人は芸名を提出しなければならない。生徒はみな、家族や師匠とともに、丁寧に芸名を考える。著者は、天満バレエ教室の発表会をみに行き、「鉄腕アトム」の天馬博士を思い出して、「テンマみちる」を考えついた。みちるは本名。テンマは天真爛漫の天真。
夢見る受験生時代は、もちろんトップスターを目指していた。しかし、自分がほれぼれしていた格好良さを自分で表現するのはたやすいことではないことを自覚せざるをえなかった…。そして、著者に与えられたのは、「脇役のトップスター」。いやあ、すごいじゃないですか、これって…。
著者は、自分の人柄なんか知らない、初めて見た人を爆笑させることを課題にさせられ、それを心がけたといいます。そして、見事にやりきったのでした。
タカラジェンヌの苦労話を、これほど笑いながら読める本にしたのは、これまたタンバリン芸と同じ、これも芸ですね。読みはじめたら途中で止まらなくなって、バスの中で読了してしまいました。今後ますますの活躍を楽しみにしています。
(2021年5月刊。税込1870円)

よみかき心得帖

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 平井 久義 、 出版 (有)知可舎
モノカキを自称する私ですが、日本語の文章は主語のないのを特徴とすると教えられたのは、今から30年ほど前のことでした。弁護士になって十数年たっていましたし、準備書面をはじめとして文章を書くことは多かったわけですが、文章というのは主語があって述語があって論理的に書くものだと思い込んでいました。なので文章を書くときには真っ先に主語を明らかにするのは当然のことでした。ところが、古来より、日本の文章は主語がなく、その主語を忖度(そんたく)しながら読み解いていくことに面白みと深みがあるというのです。
なので、私は、裁判官に向けた準備書面では必ず主語を明記しますが、その他のレポートや紀行文などでは極力、主語を省略するようになりました(省略しています)。では、本書です。
行きつけの飲食店の看板に「定休日は月曜日です」と書いてあると、むむむ、なんか変だと思う。ところが、店内に入ってお品書きの脇に「定休日は月曜日です」と書いてあったら、違和感がない。この違いは何か、どこから来るものなのか…。この店に入ったこともない、通りがかりの人にとって、「は」というのは抵抗がある。そうでなくて、すでに店内に足を踏み込んだ客にとっては、また来ようかなという気があれば、休みはいつなのか知りたくなる。そんなときは「定休日は…」と書かれていると、気持ちにぴったりくる。ふむふむ、なるほど、ですね。
文章はつないで読むものである。文章は、すべてを言い尽くすことはできない。書き手が省(はぶ)いているところがある。このときは、書き手の意識にそいながら読み手は想像力を働かせて補(おぎな)いながら読まなければいけない。これを「潜在判断を補う」という。
題述関係とは何か…。
「オレは女だ」
「ワタシは男よ」
この二つの文章は、一見すると奇妙だが、「キミの子どもは男か女か」と問われたときの答えだったら、文法的にも正しく、まちがってはいない。つまり、「オレは」、「ワタシは」は、主語ではなく、題目。さきほどの短文は、「オレ」と「ワタシ」に限って、主語のようであって、いわゆる述語ではないので、題目と答えの関係で題述関係と名づけている。
「雪が溶けたら、何になる?」
このなぞなぞの答えは、「春になる」。これも「雪が溶けたら」までは題目。
2017年10月、同じ中学校(岡大付属中)の卒業生(1977年卒29期)が、国語科の恩師・平井久義先生による特別授業を受けました。参加者13人で、3時間の授業。この授業での教師と生徒(卒表性)の問答のさわりが再現されています。このとき平井先生は81歳で、生徒たちは55歳前後。生徒の一人に則武透弁護士(現在の岡山弁護士会長で、中学校時代には生徒会長をつとめた)がいます。
平井先生は、重層構造図なるものを編み出し、授業で展開した。
重層構造図とは何か…。時間的、線条的に進行する一次元的表現を空間的、絵画的に展開する二次元的表現に移しかえた構造体であり、その構成要素は、段落ごとにまとめらえた「問いと答え」からなる要旨である。
「問いは何ですか」、「答えは何ですか」、「答えの中のどの言葉から次の問いが生まれますか」と言葉で表す。言葉で表さなくては文脈はとらえられない。
重層構造図のメリットは、正しく読んでいるかどうかが検証できる点にある。
生徒の一人は、こう喝破した。「重層構造図とは、文章の設計図なんだ」。平井先生は、文章は、有機的重層的構造をなすものであって、重層構造図化することができるという。
中学教師が生徒たちに情熱をもって国語教育をすると、それは大人になった生徒たちの心と頭、そして文章を紡ぎ出す手を豊かなものにしてくれるということを実証した本だと思いました。
文章を分かりやすく書くための二つの心得。その一は、言葉の順序を意識する。その二は、長い文は分割する。
このような素晴らしい本にめぐりあうことができたことをモノカキの一人として大変うれしく思いました。則武先生、ありがとうございました。
(2019年7月刊。非売品)

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