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カテゴリー: 人間

薬草ハンター、世界をゆく

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 カサンドラ・リア・クウィヴ 、 出版 原書房
義足の女性民族植物学者、新たな薬を求めて、というのがサブタイトルです。
父親はベトナム戦争に従軍し、そのとき浴びた薬剤の影響で、右脚を切断しなくてはならなくなった少女が医学を志し、アマゾンで薬草に魅せられ、世界各地に薬草を求めて歩く半生が語られています。
学者として一人前になるまでの苦労がすさまじいのですが、若くして学者になったあとも、陰険教授とか威張りちらす教授、セクハラ教授などとも戦わねばならなかったという女性学者としての苦闘も明らかにされています。
アマゾンで子どもたちがおやつとして食べるアリ。大きくふくれたアリを指でぎゅっとしぼると、とろりとした半固形状の液を吸う。著者も真似して食べてみた。すると、しばらくして嘔吐に苦しむ破目になった。それはそうでしょうね…。
アマゾンの生物多様性の根源である森の破壊がどんどん進んでいる。そして、それは、現地の人々から、長年にわたって蓄積されてきた植物に関する知識の喪失も意味している。いやあ、本当に残念です。目先の利益だけで多くの人々が動いているのです。
野生植物は、飢饉や戦争を生きのびるための日常的な食材であると同時に、その植物が健康に良いという信念と結びついていた。おもに女性が、栽培種や野生の植物を用いての日々の健康に対処する知恵をもっている。
著者は、伝統両方に深い敬意と関心を寄せている。それが、西洋医学の欠点や短所の批判に終わっていないのは、著者自身がなんども感染症の治療を受けた経験があるから。抗生物質耐性菌に効く新薬を植物から発見することが著者のライフワーク。そして、MRSAとあわせてコロナ・ウィルスへも対処しようとしているのです。
この本を読むと、アマゾンの乱開発は人類の未来を狭め、危くしていることを改めて考えさせられます。目先の牛肉、そしてゴールド(金)のために、人類の先の長い未来を放棄するのは許されない選択だと思います。
それは、電気不足になりそうだから原発(原子力発電)を最大(再)稼働させようというのと同じ、短絡的な、間違った考えです。一刻も早く、一人でも多くの人が、このことに気がつき、声をあげることを願っています。大自然は奥深いものがあると実感させられる本でもありました。
(2022年3月刊。税込2530円)

君は「七人の侍」を見たか?

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 西村 雄一郎 、 出版 ヒカルランド
コロナウィルスで厭世(えんせい)観漂う時期…、こんなときにこそ見たい映画が「七人の侍」(1954年)だ。
まったく異論がありません。私は、中洲の映画館でリバイバル上映されたときに早起きして見に行きました。圧倒的な大画面のド迫力に息を詰めて、ときのたつのを忘れてしまいました。「七人の侍」をみたことのない人は、それだけで世の中の幸せをまだもう一つ味わっていないことになります。私は、このように自信をもって断言します。
「七人の侍」をご馳走(ちそう)にたとえると…。うなぎ丼の上にカツレツ乗っけて、その上にハンバーガーなんか乗っけて、さらにカレーをぶっかける、みたいなご馳走。いやはや、なんと貪欲(どんよく)な料理でしょうか…。
黒澤明監督は、シナリオ構成を音楽にたとえる。「七人の侍」は、それぞれ個性豊かな俳優の顔を見る映画。いやあ、ホントなんですよね、これって…。みんな、それぞれに、いい顔をしています。三船敏郎ももちろんいいのですが、志村喬(たかし)の勘兵衛は、まさにリーダーとして、はまり役です。侍大将ほどの器量をもつ男。でも、負け戦(いくさ)ばかりが続いた不運な男。そのため、どこか諦観を全身に秘めた風情(ふぜい)もあわせもつ。
「七人の侍」のオリジナル完成版は、なんと3時間27分とのこと。私はぜひみてみたいです。海外版は2時間49分。私が中洲の映画館で見たのは、きっと、この海外版なんでしょうね。残念です。
「七人の侍」は、1954年のゴールデンウィークに上映され、11万人近くの観客を集め、2億9000万円を稼ぎ出した。それを上回ったのが松竹の「君の名は、第三部」だった。
「七人の侍」の製作費は2億1000万円。これは、フツーの作品が7本もつくれるという金額。いやあ、すごい、すごい、すごすぎますよね、これって…。
ジョージ・ルーカスもフランシス・コッポラというアメリカの大監督たちも、この「七人の侍」を何度もみたというのです。「スター・ウォーズ」だって、「七人の侍」の影響を受けているというのです。
そして、この本が面白いのは、著者が佐賀大学で映画論を教えていて、学生たちに授業として見せたときの感想が紹介されているところです。
学生たちは録音が悪いこともあって、昔の難しい語句の意味が理解できない。しかも、3時間30分は、いくらなんでも長すぎる。ユーチューブの10分の映像だって早送りしてみているのに…。早送りなんて、「七人の侍」にかぎって、とんでもありませんよ。
学生たちの人気ベストワンは、なんといっても三船敏郎の「菊千代」。その菊千代が途中で死ぬことに驚いた学生が少なくない。
実は、この本は、「七人の侍」だけでなく、世界のクロサワ監督の映画を次々に紹介していくのです。
「生きる」の主人公は胃がんで余命いくばくもない市役所の課長(志村喬)の話。中国でもっとも人気のあるクロサワ作品だとのこと。アメリカでも玄人向けしている。
主役の志村喬は、自分が「がんだ、がんだ」と思って演じていたら、本当に胃が悪くなって胃炎にかかったという。いやはや、それだけ真に迫った演技でしたよ…。
「椿三十郎」の殺陣シーンの衝撃度も忘れられません。なにしろ、決闘シーンでは斬られたサムライの胸から水道管が破裂したように血が噴き出してくるのですから。そのうえ、殺陣に音が入るのです。その効果音がリアルすぎるのです。鶏を買ってきて、羽をむしった丸々のやつを、柳刃包丁で、斬ったり突いたりした。鶏のなかに割りばしを何本か入れておくと、包丁が固いものに当たって、人を斬った音のように聞こえる。雑巾みたいなものをたたいて作ったザブッ!パシャッ!という音を合成してつくる。すると、水っぽくなく、血の出るような音になる。
いやはや、開拓者というのは、とんでもない苦労をしたのですね…。
私のような映画好きには、たまらない本です。
(2022年3月刊。税込2200円)

「男はつらいよ」全作品ガイド

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 町 あかり 、 出版 青土社
1991年うまれのシンガーソングライターの著者は映画館で『男はつらいよ』をみたことはないようですが、全作品を繰り返しみたとのこと。寅さんの映画のすばらしさと感動を素直な文章で紹介しています。
『男はつらいよ』を大学生時代、そして苦しい司法試験の受験勉強の息抜きとして深夜に東京は新宿の映画館でみていた私、さらに弁護士になり、結婚して子どもができてからは、お正月映画として子どもたちを引きつれて映画館で大笑いして楽しんでいました。
私の人生と映画『男はつらいよ』を切り離すことは絶対にできません。
「男だけが辛いとでも思ってるのかい?笑わせないでよ!」
いやあー、す、すんません。
「いくら心の中で思っていても、それが相手に伝わらなかったら、それを愛情って言えるのかしら?」
「幸せにしてある?大きなお世話だ。女が幸せになるには男の力を借りなければいけないと思っているのかい?笑わせないでよ」
他者に左右されない幸せ…。
寅さんは、こう言ってなぐさめる。
「月日がたちゃ、どんどん忘れていくもんなんだよ。忘れるってのは、本当に良いことだなあ」
ホント、そうですよね。忘れられなかったら、すぐにも病気になってしまいますよ。
「人間っているもんはな、ここぞというときには、全身のエネルギーをこめて、命をかけてぶつかっていかなきゃいけない。それが出来ないようでは、あんた幸せになられへんわ!」
失敗を恐れず、思いきり自由に生きたいものです。
著者は、映画館で声を出しながらみる昭和時代のスタイルに憧れているといいます。私は、子どものころから、それを体験しています。子どものころ、映画館にいて、嵐寛寿郎の「くらま天狗」が馬を疾走させて杉作(すぎさく)少年を悪漢から救出させる場面になると、館内の大人はみんな総立ち、手に汗にぎる思いで、みんなで声をからして声援するのです。まさしくスクリーンと館内とが一体化していました。そして、『男はつらいよ』を有楽町の映画館と大井町の映画館でみたとき、こんなに観客のリアクションが違うのか、と驚きました。
やっぱり「寅さん」映画は下町・場末(ばすえ)の映画館で、掛け声や心おきない笑い声とともにみて楽しむものなのです。子どもたちと一緒にみるときも、声を出して大笑いして楽しみました。こんなガイドブックを読んだら、次はぜひ全作品をDVDでみてほしいものです。手引書です。
(2022年4月刊。税込1760円)

脳は世界をどう見ているのか

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 ジェフ・ホーキンス 、 出版 早川書房
どうやって脳が知能をつくり出すのか…。脳についての最新のレポートです。
新皮質は知能の器官である。知能として思いつく能力、視覚・言語・数学・科学・工学のほとんどが新皮質で生みだされている。何かを考えるとき、その考えているのも新皮質だ。
新皮質は、脳容積の4分の3近くを占めていて、多種多様な認知機能に関与している。
新皮質は、生まれながらに世界について何らかの想定をしているが、具体的には何も知らない。経験をとおして、世界に豊かで複雑なモデルと学習する。
脳は、入力が時間とともにどう変わるかを観察することによって、世界のモデルを学習する。脳が何かを学習する唯一の方法は、入力の変化だ。学習のほとんどは、以前はつながっていなかったニューロン間に新しい結合を形成することによって起こる。
脳は複雑である。どうやって場所細胞と格子細胞が座標系をつくり、環境のモデルを学習し、行動を計画するかという詳細は、まだ部分的にしか分かっていない。
私たちの行動を導く感情は、古い脳によって決まる。
そもそも宇宙が存在することを知っているのは、宇宙の中で私たちの脳だけ…、という発想にも驚かされますし、万が一、ヒト以外に宇宙に生命体がいたとしても、それが私たちヒトと同時的に交信できる確率はきわめて低いだろうという指摘にも圧倒されました。
天の川銀河は誕生して130億年。知的生命体が100億年だとして、人類が1万年のあいだ生存していたとすると、6時間のパーティーのなかにヒトは50分の1秒しかいなかったことになる。ということは、たとえば、何万という知的生命体が来ていたとしても、私たちヒトとは誰とも会わなかったということになってしまう。
天の川銀河に生命体が生息できる惑星は400億個ある。地球上の生命は、数十億年前、惑星ができて、すぐに出現した。地球が典型なら、生命はこの銀河系では、ありふれていることになる。でもでも、たとえ、ありふれているとしても、ヒトがいた(いる)のは、わずか50分の1でしかないというのですから、地球外生命との出会いはすごーく、まれなことなんでしょうね…。
ヒトの脳の話は広大無辺の宇宙の話と直結しているという典型の本でもあります。
(2022年5月刊。税込2680円)

旅は終わらない

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 芦原 伸 、 出版 毎日新聞出版
旅は「学び」である。まことにそのとおりです。とはいっても、私はコロナ禍のせいで、2年間も福岡県外に出ることがありませんでした。画期的なことです。もちろん、いい意味で言っているのではありません。本当なら、長野の「無言館」、「ちひろ美術館」に行くはずでしたし、北海道の利尻・礼文島にも行きたいと思っていました。
私の自慢は、日本全国、行っていない県はありませんし、各県どこにも知人の弁護士がいます。日弁連で長く活動してきたことによります。でも、まだ、屋久島には行っていませんし、八丈島にも行っていません。
この本には、日本航空(JAL)で不当な扱いをされた小倉寛太郎さんが登場します。私も一度だけ、大阪の石川元也弁護士の大学時代の友人だということで紹介され、日弁連会館で挨拶したことがあります。
小倉さんは、山崎豊子の『沈まぬ太陽』の主人公、恩地元のモデルになった人で、JALのナイロビ支店長もつとめました。要するに、左遷されたのです。ところが、小倉さんのすごいのは、左遷された先のケニアで大活躍し、またたくまに超有名人になったのでした。初めは、象やライオンをハンティングし、次はカメラをかまえて野生動物保護派に転身したのです。私も小倉さんのすばらしい写真集を何冊かもっています。中曽根政権のとき、JALの会長室部長に復帰しますが、退職後は、またケニアに戻って野生動物研究家になったとのこと。すごい人生です。
この本には、ブルートレイン「みずほ」も登場します。熊本までの17時間もかかる寝台特急です。私は何度も利用しました。食堂車は都ホテルの経営。コック3人、ウエイトレス4人の7人のクルーズ。大変な混雑ぶりだったとのこと。貧乏学生の私は食堂車も利用したとは思いますが、残念ながらあまり記憶がありません。私の大学生のころは、まだ、缶ビールなんて便利なものはなかったように思います。
博多までの特急「あさかぜ」があったことは知っていますが、私は利用したことはないと思います。全盛期、「あさかぜ」は1日3往復したとのこと。信じられません。速さは新幹線、旅情は「あさかぜ」と言われた。松本清張の『点と線』にも「あさかぜ」が登場する。
今、福岡には「あさかぜ」法律事務所があります。
国鉄(JR)の時刻表は、月刊100万部もの発行だったが、今や激減し、4万から5万部ほど。みんなネットですませている。そうなんですよね。アナログ派の私は大いに困っています。
旅情を語る原稿で禁句は、「感動した」、「美しい」、「おいしかった」。どう感動したのか、何が美しいのか、どのようにおいしかったのか、その詳細(ディテール)を言葉にしてあらわすのが紀行文。そこに、独自の視点をもつ、作者の個性と感性、そして教養が求められる。
文章力で読者に感動を体験させないと、プロの書いた原稿とは言えない。干田夏光は、「モノ書きは、読者を泣かさなければいけないよ」と言った。
モノカキを自称する私ですが、まだまだそこまで至っていません。ところが、私の書いた「アイちゃんと前川喜平さん」という文章を読んで、泣けてきたという人がいて、いや、もう少しがんばれば、そこまでいけるかも…、と思うようになりました。人生、何ごとも精進するしかありませんからね…。
(2022年2月刊。税込2090円)

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