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カテゴリー: 人間

萩尾望都がいる

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 長山 靖生 、 出版 光文社新書
 萩尾望都は、先日、秋の叙勲を受けました。日弁連副会長をつとめた人と同じランクでした。私は国が勝手にランクづけするのはおかしいし、トップに位置づけられている日本の超大企業の社長連中がどれだけ日本社会に貢献したのか、大いに疑問なのです。でも、萩尾望都に関しては、マンガを通じて、大勢の子どもたちをふくめて大人まで、夢と希望と思索を与えてくれた功績は大だと考えています。
 本人だけでなく、父親も大牟田生まれだというのは初めて知りました。三池炭鉱の事務職員だったそうです。バイオリンを学んでいて、プロを目指したこともあるということも知りませんでした。
 母親との葛藤を描いた「イグアナの娘」は、何とも壮絶な母と娘の緊張関係をよくぞあらわしています。実は、私の母は萩尾望都の母親と女学校(福岡女専)の友だちだったので、母親は我が家によく来ていましたので、私は面識があります。なので、写真で見る萩尾望都の顔が母親そっくりなのを実感します。
 萩尾望都は天才だと私は考えていますが、この本によると、2歳のころから幼児離れした絵を描いていたとのこと。なるほど、そうだったのかと思いました。小学3年生からは絵画教室に通って、油絵も学んだとのこと。そして、福岡の服飾デザイン学校にも通っています。天才といっても、それなりに修練したのですね。
 「11人いる!」は、1975年の作品なので、SFブームの前、その先駆けだったのとこと。すごいですよね、この作品は…。
 萩尾望都は、物語の枠組みを、かなり緻密に構築してから描き始めるというタイプ。そうでないとありえないような伏線が冒頭近くから巧みに仕組まれていることが多い。うむむ、これまたすごいことです…。なかなかできることではありません。
 書き始めると、登場人物がひとりでに動き出していくのです。それをどうやってつじつまを合わせるのかに苦労するというのが、私のような凡人モノカキの課題というか、実情です。伏線どころではありません。ましてや冒頭近くに伏線をひそませておくなんて…。
 萩尾マンガにはムダがない。すべての絵、すべてのコトバがテーマにそっていて、意味をもち、ドラマは論理的に構成されている。読んで飽きることがない。繰り返し引き寄せられる。絵に込められた情報が圧倒的に多いからだ。なーるほど、そういうことなんですか…。
 竹宮恵子との確執は両者の本を読みましたが、やはりなんといっても萩尾望都のマンガのほうが上を行っていて、それに気がついた先達(せんだち)の竹宮恵子が嫉妬したということなんでしょうね。芸術家同士の火花が散ってしまったということなんだと思います。でもまあ、こんな裏話はともかく、出来あがって読者に提供された作品を素直に読んで面白いと感じたいと私は考えています。萩尾望都のマンガをまた読んでみたくなりました。
(2022年7月刊。税込1078円)
 日曜日の朝、フランス語検定試験(準1級)を受けました。昨年は自己採点では合格点をとっていたのに、不合格だったのです。とても残念でした。
 今年は雪辱しようと、1ヶ月以上前から朝晩、フランス語を勉強しました。朝はNHKフランス語のラジオ講座の書き取り、夜は30年間の過去問に繰り返し挑戦します。ともかく年齢(とし)とともに単語の忘却度が昴進しています。いつも新鮮なのに困ってしまいます。
 さて、結果は…。120点満点で71点でした。6割が合格ラインなので、ひょっとしたら合格しているかもしれません。
 ペーパーテストの次は口頭試問です。ぜひ受けたいのですが…。
 

猿蟹合戦の源流、桃太郎の真実

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 斧原 孝守 、 出版 三弥井書店
 東アジアから読み解く五大昔話、というサブタイトルのついた、とてもとても面白い本です。まるで期待もせずに読み始めたのですが、なんとなんと、あまりに面白くて、電車の乗り過ごしに気をつけたほどでした(実際には終点まで行くので、心配無用なのですが…)。
 サルカニ合戦、桃太郎、舌切り雀(スズメ)、かちかち山、花咲か爺という、日本人なら誰でも知っている(はずの)昔話について、そこに登場するキャラクターや物語の構成、話の背景を東アジアの諸民族に伝わる類話と比較し、異同を明らかにして誕生の源を検討していきます。うひゃあ、こんなに似た話が世界各地にあるんですね。たまげました。
 サルカニ合戦に登場するカニは、実はハサミの毛が深いモクズガニ。モクズガニが水中にいるとき、そのふさふさした毛は、まるでサルの毛のようだという。その類似性から話が出来ている。そう言われて、彼らの写真を見ると、まさしくそうなんです…。
 舌切り雀は、もともと継母に舌を切られて殺され、鳥と化した継娘が異界に飛び去り、実父たる爺が異界に娘を訪ねていく話だったのではないか…。ふむふむ、そうなんですか。
 サルカニ合戦で、助っ人の面々の果たす機能は、かみつく、刺す、破裂する、滑らせる、圧迫するなど。これは海外でも同じパターンが認められる。中国には、助っ人の敵討ちが、待ち受け型もあれば、旅立ち型もある。
 中国西南部に住む人口20万人ほどの少数民増であるムーラオ族には、こんな昔話がある。
 ウサギが桃を食べ、その種を埋めると芽が出て桃の木になる。やがて、桃の実がなったので、ウサギはサルに桃の実をとってほしいと頼む。ところが、サルは自分ばかりが桃の実を食べる。それを聞いた亀がサルをやっつけてやろうという。また、ミツバチ、そしてリスとセンザンコウも同じようにサルをやっつけてやると言う。ウサギは信じられない。ところが、サルがやって来ると、亀の背中を踏んで、よろめき、リスとセンザンコウの掘った穴にはまる。サルが穴から出ようとすると、センザンコウがかみつき、樹の上のリスは松ぼっくりをサルに投げつける。そして、ミツバチがサルの尻を刺し、センザンコウがサルの長い尾をかみきってしまう。ついにサルは逃げ出してしまう。
 なるほど、これはサルカニ合戦とまったく同じようなストーリー展開ですよね。
 桃太郎のキビ団子の話については、助っ人に何らかの食物を与えることが、今の私たちの想像する以上に重要な意味をもっていたようだ。
 桃太郎の話には、役に立つ助っ人だけでなく、実は役に立たない「お供」がいることもある。なぜ、役に立たない「お供」をわざわざ登場させたのか…。
 舌切り雀(スズメ)に似たようなものとして腰折れ雀の話がある。雀が善良な者には富を与え、危害を加えた欲張りな者には罰を与えるという点で、この二者は共通している。東アジアから中央アジアにかけて広く伝わっている。なぜ、スズメなのか。中国やミャンマーでは、同じような話がスズメではなく、カラスになっている。ロシアのアムール河ぞいに住むツングース系の漁撈民ナーナイにも同じような話が伝わっている。そして、アイヌにも…。
 カチカチ山では、タヌキが爺に婆汁を食べさせる。アメリカ大陸中央部に住む平原インディアンに属するアラパホ族の伝承するストーリーがまったくよく似ている。それは、子どもを調理して母親に食べさせるところだ。中国南部の山中で牧畜をしている人口2万人ほどの少数民族であるユーグ族にも、子どもの肉を母親に食べさせるという「婆汁」の発想がある。
 桃太郎の話は、結局、サルカニ合戦の一種にすぎない。うむむ、なーるほど、そうかもしれないと思えるようになりました。少数民族の昔話を採集して、それらを比較し検討するというのは大変に苦労の多い作業だと思います。それをしっかりやっていただいているおかげで、本書のような深い意義のある本に出会えました。ありがとうございます。
 日中間に不穏な空気まで漂うなかではあり、平和的共存が大切なことも実感させてくれました。ご一読を強くおすすめします。
 
(2022年6月刊。税込3080円)

香君

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 上橋 菜穂子 、 出版 文芸春秋
 私は、まったく自慢にもなりませんが、あまり鼻が利(き)きません。香(こう)あわせに万一出されたら、ビリ争いをしてしまうのが必至です。庭に夏になると夜、匂いを漂わせる夜香木(やこうぼく)があります。家人が、「ほら、匂ってきた…」と言っても、ちっとも分かりません。さすがにキンモクセイの香りは分かります。でも、今では可哀想にトイレの消臭剤として、すっかり定着しているため、トイレの匂いというレッテルをべったり貼られて気の毒です。
 この本の主人公は、そんな私とまるで正反対、香りで万象を知る女性です。その名も「香君(こうくん)」。すごいんです。心の底まで見透かすように匂いで物事の本質を知ることができます。
 それにしても著者の小説は、いつだってスケールが巨大です。
 そして、地球の自然環境をめぐる深刻な諸問題が必ず取り込まれていて、他人事(ひとごと)のストーリー展開ではありません。
 今回は、アメリカのモンサントなどの巨大穀物メジャーが、全世界の農民を自分たちに依存するしかないように仕向けて画策しているという現実を踏まえたストーリー展開です。
 実際、モンサントから種子(たね)を購入すると、1年目はこれまでにない豊作が現出する。ところが、できあがった実を勝手に播くことは許されない。それを合法化する契約書があった。
 自分が収穫した農作物の種子(タネ)を自分の土地に播くことは許されていない。モンサントから買うしかない。もちろん、お金が必要。こうやってモンサントたち食糧メジャーの農・漁民の囲い込みは実現するのです。種子(タネ)は買うしかありません。
 いやはや、とんだ仕掛けなのです。
 北海道に向かう飛行機のなかで、一心不乱に読みふけり、読書の喜びに浸りました。
(2022年3月刊。税込1700円)

文化人類学入門

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 奥野 克己 、 出版 辰巳出版
 1962年生まれで、立教大学教授による文化人類学入門書です。
 実のところ、まったく期待せずに読みはじめたのです。文化人類学って何…、なんて言われても、さっぱり見当もつきません。
 冒頭あたりで、目について面白いと思ったのは…。女性は他集団に送り出さなくてはいけないので、自集団内の女性とは性交渉してはならない。自集団の女性たちとは、自分の姉や妹などの、近親の女性たちのこと。近親相姦の禁止、つまりインセスト・タブーによって、女性を自集団の外へと送り出し、女性の交換が行われるように仕向けている。インセンスト・タブーの原理こそが、人類社会を成立させている。
 この本で面白いのは、地球上、各地で、SEXをめぐる考え方が、こんなにも違うのかと、あきれてしまうほどです。でも、その内容は、ここでは紹介しません。本書を読んでください。
 著者はマレーシア領のボルネオ島(サラワク州)に住む狩猟・採集民7千人のプナンとともに生活(フィールドワーク)して一冊の本にまとめている。2006年から2019年まで、夏と春の毎年2回、プナンの地へ出向いた。もちろん、通訳なしで、本人がプナン語を勉強して話せるようになっています。すごいですよね。通算して600日以上も滞在したというのです。
 プナンの人々は、もらった贈り物をひとり占めすることがない。しかし、それは生来のものではなく、親が子に教えた結果。プナンの人々は、贈り物をもらっても「ありがとう」とは、決して言わない。そもそも、そんなコトバがない。では、何と言うか…。それは、「よい心がけ」の一言。狩猟民であるプナンの人々は、狩猟に参加したメンバー間の平等・均等な分配に執拗なまでにこだわる。プナンの社会では、与えられたものを、すぐに他人に分け与えることを一番頻繁に実践する人が、もっとも尊敬される。なので、その人は誰よりも質素で、みずぼらしい格好をしている。だからこそ、周囲の人から尊敬を集める。
 したがって、プナンの投票原理は、明らか。一番たくさんの現金をくれた候補者に投票する。果たして、そんなことで、いいのでしょうか…。
 プナンの人々は、時間間隔が非常にうすい。相対的な時間の感覚しかなく、絶対的な時間の感覚があまりない。
 バリ島では、人がなくなると、まず土葬する。次に白骨化した遺体を洗骨する。そして、人間の形に並べ直して、白骨化した遺体を今度は火葬する。バリ島の現地の人々は海で泳げない。海は死者とつながっていると考えるからです。
 著者は大学生のとき、メキシコに1ヶ月も滞在、バングラデシュの僧院では、頭を丸め、得度式をして、黄色い袈裟(けさ)をもらい、仏教名を授けられ、仏教の修業をしました。朝、托鉢に出て、昼から経典を読む生活を1ヶ月も続けたというのです。なんとも、すごーい。すごすぎます。
 『地球の歩き方』は、ひところの私の愛読書でもありました。
 この本で一番面白いのは、著者の若かりし頃の世界放浪記です。若さと語学力があったのですね…。うらやましい限りです。
(2022年6月刊。税込1760円)

すごい言い訳!

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 中川 越 、 出版 新潮文庫
 人生最大のピンチを、文豪たちは筆一本で乗り切った。オビのこんなキャッチフレーズにひかれて読んでみました。
 この本によると、樋口一葉は22歳のころ、名うての詐欺師(相場師)に取り入って、お金をせびろうとしたそうです。そのときの一葉の文章は…。
 「貧者、余裕なくして閑雅(かんが)の天地に自然の趣(おもむ)きをさぐるによしなく…」
 一葉は、名うての詐欺師も舌を巻くほどの、非常にしたたかな一面も持ち合わせていたようだ。本当でしょうか…。そうだとすると、ずいぶんイメージが変わってきますよね。
 石川啄木(たくぼく)について、北原白秋は「啄木くらい嘘をつく人もいなかった」と評したそうです。ええっ、そ、そうなんですか…。
 借金してまで遊興を重ねたくせに、あるときは、「はたらけど、はたらけど、なお、わが生活(くらし)楽にならざり。ぢっと手を見る」と、啄木はうたった。
 啄木はウソの言い訳を連発した。人は、こんなに見えすいたウソを続けて並べるはずがないという相手の深層心理につけいった。いやはや、なんということでしょうか…。
 「前略」も「草々」も言い訳。「前略」は、全文を省く失礼をお詫びします、という意味。「草々」は、まとまらずに、ふつつかな手紙となり、すみませんという意味。
 夏目漱石は、明治40年、40歳のとき、それまでの安定した東京大学の教師の地位を捨て、朝日新聞社の社員へ、果敢に鞍替えした。不惑で転職する人は、勇敢だ。
 私の父は46歳のとき、小さなスーパー(生協の店舗)の専務を辞めて、小売酒屋の親父(おやじ)になりました。5人の子どもたちに立派な教育を受けさせるためです。サラリーマンでは無理なことだと正しく判断したのです。
 漱石は、朝日新聞社では主筆よりも高い棒給をもらいました。月給200円(今の200万円以上)、賞与は年2回で、1回200円。朝日新聞は、日露戦争が終結すると、購読数が伸び悩んでいたので、漱石を社員として囲い込んだのでした。
 漱石は40歳で死亡しました。
若死にですよね。これに対して画家は長生きしています。北斎は88歳、大観は89歳、ピカソは91歳まで生きた。絵を描くのは精神衛生によいからだろう。
言い訳にも、その人となりがよくあらわれるものですね…。
(2022年5月刊。税込693円)

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