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カテゴリー: 人間

まちがえる脳

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 櫻井 芳雄 、 出版 岩波新書
 ヒトの脳には、1000億ものニューロンがあり、そのうち800億以上は小脳にある。脳の大部分を占めている大脳には100~200億のニューロンがあり、そのほとんどは大脳皮質に集まっている。大脳皮質のニューロンの特徴はシナプスの多さであり、一つのニューロンが数千以上のシナプスをもっている。そこでは、多数のニューロンが複雑につながることで、緻密な神経回路を形成している。大脳皮質の1ミリメートル四方には10万個以上のニューロンがあり、ニューロン同士をつないでいる樹状空起と軸索の長さの合計は10キロメートルにも及び、接続部位であるシナプスは10億ヶ所以上になる。
ニューロン間の信号伝達は30回に1回ほどしか成功しない。
 脳の活動がまるでコンピュータの動作のように定常的で安定していると考えるのは誤解。同じ運動が常に同じニューロンの活動から生じるわけではない。同じニューロンが活動しても、常に同じ運動が生じるわけでもない。一つの運動には、毎回、少しずつ異なるニューロンの集団が関わっている。ニューロンの発火は不安定であり、ニューロン間の信号は確率的にしか伝わらない。ニューロンは刺激がないときでも発火を繰り返している。脳全体で、常に自発的でリズミカルな同期発火が生じている。
 脳の信号伝達は確率的であり、しかも、その確率はニューロン集団の同期発火がゆらぐことで刻一刻と変動している。ときに信号の伝達がうまくいかず、まちがいが起きてしまうのは当然のこと。このまちがいの中から、斬新なアイデア、つまり創造が生まれる。
 つまり、進化とは偶然の結果にすぎないが、その偶然が起こるためには、生存できず消えてしまう多くの突然変異が必要なのだ。
 ヒトの脳は、単純な神経回路の単なる集合ではない。言語と左脳の関係も決して固定されておらず、絶対ではない。男女で差があるというより、個人差のほうが圧倒的に大きい。
 脳は5%とか10%しか動いていないというのは根拠のない迷信であって、脳は常に全体が活動している。脳は寝ているときも、起きているときも、常に全体が休みなく活動している。
 脳は、生きて働いている脳については、まだ十分に解明されてはいない。脳は依然として、手強く未知な研究対象である。
 脳の解明は、心の解明でもある。脳はいいかげんな信号伝達をして間違えるからこそ柔軟であり、それが人の高次機能を実現し、一人ひとりの成長を生み、脳損傷からの回復を促し、個性をつくっている。
 なーるほど、そうなのか…と、何度も思い至りました。心とは何か、人間とは何かを改めて考えさせてくれる、大変刺激にみちみちた新書です。ご一読をおすすめします。
(2023年4月刊。940円+税)

尼寺のおてつだいさん

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 まっちゃん 、 出版 アルソス
 私は美味しいものを食べるのが大好きです。でも、若いころと違って、肉料理もいいけれど、素材を大切にした料理にどんどん心が惹かれるようになりました。今では、毎日の料理は野菜中心で何の不満もないどころか、感謝感激です。
 そんなわけですから、精進料理、それも、自然のままの素材を生かし、そのうえ人の手をたっぷりかけた精進料理となると、思わずごっくん、ツバを飲み込んでしまいます。
 NHKの『やまと尼寺精進日記』は私の大好きな番組でした。日曜日の夜、録画しておいた(正しくは録画してもらっていた)番組を90分間だけ、寝る前にみるのです。その常連が『ダーウィンが来た』と、この『精進日記』でした。
 この『精進日記』に、尼寺の「おてつだいさん」として登場してくる「まっちゃん」が絵を描けるというのは、番組のなかで時に紹介されていましたので知っていました。その「まっちゃん」が描いたマンガも載っている本だというので、早速、手にとって読んでみました。
おてつだいの「まっちゃん」はなんとなんと、バックパッカーとして世界40ヶ国を放浪していた行動派だったのです。これには驚きました。
 高校では漫研、そしてデザイン専門学校にも通っています。なので、マンガを描くのは子どものころから大好き。よく分かります。ところが、そんな「まっちゃん」が人間関係に悩んでひきこもりだった時期があるとか、食いしん坊なのに料理は全然できなかったとか、意外づくしです。
 「尼寺のお手伝いさん」として7年間暮らした様子が四コマ漫画と文章で雰囲気がよく伝わってきます。そして、犬のオサムや猫のトラたちまでが…。
 住職の密榮さんは本当に料理が上手のようです。テレビで、その美味しさがひしひしと伝わってきました。1万円出しても決して惜しくないお膳を見て、私は何度もため息をつきました。超高級ホテルの4万円コースの料理(もちろん食べたことありません)に匹敵すると確信します。精進料理は、とても奥深い。野菜や豆腐などの限られた食材で、こんなにも美味しく、美しくなるなんて…。
 まったく同感です。1回でいいから、味わってみたいものです。テレビ番組をみていた人には、おすすめの本です。でも、1年ちょっとで8刷ですから、やはり売れているのですね。これまた、うらやましいです。
(2022年11月刊。1980円)

くもをさがす

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 西 加奈子 、 出版 河出書房新社
カナダで乳ガンが判明し、手術を受けた著者の体験記です。
がんはゴジラと同じ。彼らの存在それ自体が、私たち人間と相容れないだけ。どちらかが生きようとするとき、どちらかが傷つくことになっている。
 がんにかかった人は、原因を考えてしまう。暴飲暴食のせい、睡眠不足、仕事のストレス、いや水子の供養をしていなかたから、先祖の墓参りをしていなかったから…、いろいろとありうる。でも、がんは誰だってかかるもの。もし、がんになったら、それはそういうことだったのだ。誰にも起こることが、たまたま自分に起こったと考えるしかない。
 がんは怖い。できることなら、がんにかかりたくなかった。でも、出来てしまったがんを恨むことは、最後までできなかった。自分の体の中で、自分がつくったがんだから。なので、闘病というコトバは使わない。あくまでも治療であって、闘いではない。
 うむむ、なんだか分かるようで、まだピンとは来ません。でも、実感としては伝わってくるコトバです。
遺伝子検査の結果が出た。乳がんは右側にあるが、左の乳房へ転移する可能性は80%で、再発の可能性も高い。予防のため、両乳房の全摘が望ましく、卵巣も、いずれ取るほうがいいだろう…。いやあ、この確率というのは、どれほど正確なものなんでしょうか…。
 カナダでは、日本と同じような感覚でいたらダメ。とにかく自分でどんどん訊いて、どんどん意見を言わないといけない。自分のがんのことは、自分で調べて、医師まかせにしないのが肝心。少しでも治療に疑問があったら、遠慮なんかせず、どんどん尋ねること。うむむ、日本では、これが案外、むずかしいのですよね…。自分の身は自分で守る。そう言われても…、ですよね。
カナダで、乳がんの切除手術を受けると、その日は泊まりではなく、日帰り。ドレーンケアも自分でやらないといけない。手術したら、当日から、とにかく動くこと。術後の回復には、それが一番。痛み止め薬を飲んでまで運動したほうがいいということ。うひゃあ、す、すごいことですよね…。
著者は両方の乳房を切除した。乳首もとった。
 でもでも、平坦な胸をしていても、もちろん乳首がなくても、依然として女性であることには変わりない。坊主頭だけど、それでも女性なんだ…。自分がそう思うから、私は女性なのだ。私は私だ。私は女性で、そして最高だ。
 「見え」は関係ない。自分が、自分自身がどう思うかが大切なのだ。
 日本人には情があり、カナダ人には愛がある。この「情」と「愛」には、どれほどの違いがあるのでしょうか…。
発刊して2週間もたたずに8刷というのもすごいですが、それだけの読みごたえのある本です。カナダと日本の医療体制、そして社会の違いも論じつつ、がんにかかって乳房摘除の手術を受けて、人生、家族、友人との関わりなどを深く掘り下げて考察しているところに大いに共感することのできる本です。
(2023年5月刊。1540円)

ムラブリ

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 伊藤 悠馬 、 出版 集英社
 ムラブリとは、タイやラオスの山岳地帯に住む少数民族のこと。山間の傾斜地で、焼畑農耕をしている、裸足(はだし)で森と共に生きる狩猟採集民。畑仕事はしないし、定住もしない。
 ムラは人、ブリは森。だから、ムラブリとは、森の人。
 ムラブリは、今や500人ほど。ムラブリ語は文字がなく、いずれ今世紀中には消滅するだろう。著者は世界で唯一のムラブリ語研究者。
 ムラブリは文字をもたず、暦もない。スケジュールとか時間割にしばられず、日々を森の中で過ごす。明日のことは明日の自分が決める。言い争いもしない。お互いに意見を言い合うこともない。
 ムラブリ語研究者の著者は、リュックにおさまるだけの日用品しか持たない。爪切りと歯ブラシと手拭いがあれば生活できる。
ムラブリの調査をするにはタイの公用語であるタイ語が話せることが必須、森へ猟に出かけ、サル、リス、モグラ、ネズミそして竹の中にいる竹虫をとって炒めて食べる。芋やタケノコも食べるが、キノコにはあまり興味がない。
ムラブリ語には、「おはよう」「こんにちは」などの挨拶コトバがない。その代わりに、「ごはん食べた?」「どこ行くの?」などの質問が挨拶の代わりになる。挨拶に意味を求めてはいけない。意味のないことが挨拶にとっては何より大切なこと。
 言語の消滅は、ひとつの宇宙が消えるのに等しい。
 「心が下がる」は、うれしいとか楽しいとの意味。「心が上がる」は、悲しいとか怒りを表す。ムラブリは、自分の感情をあらわすことがほとんどない。ムラブリ語には、感情も興奮もない。
 ムラブリは他の民族との接触をできるだけ避け、森の中に息をひそめて生きてきた。
 ムラブリは歴がないし、曜日もない。月はあるが、1ヶ月が何日かは人によって異なる。つまり、気にしていない。年もあるけど、自分が何歳か知らない。
 ムラブリ語には数字が1から10までしかない。「4」はたくさん。なので、大人は、みんな「4歳」。
 ムラブリの男性は時計を身につけるのが好きだが、まともに動いている時計は少ない。
 ムラブリは暴力を嫌う。人間関係でトラブルがあったら、争うよりも距離を置くことを好む。
ムラブリは年歳(とし)をとって夫や妻を亡くすと一人で暮らすようになる。息子や孫が高齢の身内の老人を介護することもしない。まずは自分で生きていくのが前提の社会だ。
 狩猟採集民は獲物をシェアすることで、富が集中することを避け、権力が発生しないような仕組みをもっているからこそ、森の中で生き残り、今日に至ったのだろう。
 ムラブリには、いかなる専門家もいない。分業はしない。
 ムラブリは製鉄技術をもっている。地面に穴を掘り、竹によってふいごを用意し、玉鋼(たまはがね)をつくる。
 著者は、ムラブリについて、農耕民の生活になじめなかった人々の集まりだと考えています。農耕の定住生活が嫌で、森に住むことを選んだ人々だろう。
 ムラブリは結婚するのに儀式もなければ、婚姻届けもない(だって文字がないのだから…)。別れたいと思えば別れる。ただそれだけ。
 ムラブリは遊動民であり、森の中を10~20人単位で移動しながら暮らしている。
 ムラブリは、10代になればほとんど寝床を自分の手でつくれるし、資源がある限りは、食料や薪を森から調達する術を身につけている。ムラブリは体調が悪くても、病院には行きたがらない。
ムラブリの物質文化は乏しい。民族衣装もなく、ふんどし一丁。
ムラブリは自由が好き。強制されることが嫌いだ。いやあ、なんとなんと、こんな人たちがいるのですね…。そして、日本の若者がそこに飛び込んで、ついにムラブリ語を自由に話せるようになったなんて、すごいことですよね。あまりに面白くて、車中で一気読みしてしまいました。ご一読をおすすめします。
(2023年4月刊。1800円+税)

ヒトはどこからきたのか

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 伊谷 原一 ・ 三砂 ちづる 、 出版 亜紀書房
 ヒト(人間)がアフリカで生まれたこと自体は今や確定した真実です。「人類みな兄弟」という人類は、それこそアフリカ起源なのです。なので、白人優位とか黒人は劣等人種なんて全くの間違い。黄色人種も同じこと。そんなレベルで優劣を論じること自体がナンセンスです。
 では、ヒトは森の中で誕生したのか、草原(サバンナ)で生まれたのか…。著者は従来の通説を「おとぎ話のような説」として、徹底して否定しています。
その通説は何と言っているか…。ヒトと類人猿の共通祖先は森の中で誕生し、乾燥帯に出た祖先がヒトになったというもの。ではでは、著者の主張はどういうものか…。
 類人猿やヒトの共通祖先は乾燥帯、あるいは森と乾燥帯の境界あたりに生息していて、ヒトの祖先はそのまま乾燥帯に残り、類人猿は森に入りこんだのではないか。ヒトが乾燥帯にいられたのは、肉食が始まったから…。なーるほど、ですね。
 ボノボは、ものすごく上手に二足歩行する。
 アフリカの類人猿はチンパンジー、ゴリラ、ボノボのすべてがナックルウォーキングする。類人猿とヒトの違いは、四足歩行か二足歩行か。足と骨盤を見ると歩行様式が分かる。
 この本を読んで、衝撃的だったのは、文字どおりショックを受けたのは、アフリカに学生を連れていって、ある場所で放り出して、そのあと何ヶ月間も誰もいない無人地帯で生きのびるようなことをしていた(している)ということです。著者自身も、自転車に80キロもの荷物を積んで5カ月も一人で「放浪の旅」をした(させられた)とのこと。いやいや、これは大変、ありえないのでは…。だって、現地のコトバはまったく話せないのですよ…。猛獣から身を守るのに、まさか鉄砲は持っていないでしょうし、夜、どこに、どうやって安全を確保しながら眠るのでしょうか…。「万一、自分が死んで発見されても絶対に文句は言いません」なんて念書をとっておくのでしょうか…(もちろん、そんな念書は意味ありません)。安全が確保できたとして、コトバのほうはどうなりますか…。
ところが著者は、現地を自転車に乗って一人で旅しているうちに、自然と喋れるようになったというのです。現地のリンガラ語です。すごいですね、勇気がありますね。
勇気があるといえば、著者は有名な伊谷純一郎の息子ですが、自称「不良少年」(グレ)で、高校2年生のとき、家を出て一人暮らしを始めたというのです。すごいですね、本人も親も…。といっても、父親のほうはアフリカに長期滞在していて、家(自宅)にはあまりいなかったようですが…。
 著者は小学生のころから放浪癖があり、北海道に行ったり、沖縄で漁師をしたり…。
 日本人学者は、サルもチンパンジーもゴリラも、みな個体識別して名前をつけて観察しています。欧米人は、それができなかった、できるとは思わなかったようです。でも、今では、日本人学者は金華山のシカまで個体識別しているというのです。すごいことですよね、これって…。そして、そのためにエサを与えていたのが、今では近づく人に慣らすだけ(「人付け」)だというのです。
著者はチンパンジーの子どもを引きとって大きくなるまで一緒に育てたこともあるそうです。すると、大きくなっても、同じ部屋にいることができるようになるそうです。単なる飼育員だと、危険すぎて、それは禁止されているとのこと。
ヒトと類人猿との違いと共通点、そして、学者のフィールドワークの実際など、対話形式の本なので、とても面白く、すらすらと読みすすめることができました。
(2023年4月刊。1800円+税)

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