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カテゴリー: ヨーロッパ

帝国の落日(上巻)

カテゴリー:ヨーロッパ

著者 ジャン・モリス、  講談社 出版 
 
大英帝国の繁栄から衰退までを描いた帝国史です。
1897年6月、ヴィクトリア女王は即位60周年記念式典を心豊かに祝うことができた。
19世紀末の時点で、英国民は帝国民としてふるまうのが習い性になっていた。世界の4分の1を統治する技量からいっても他国に負けない力を持っていた。
この時期、ヨーロッパ各国の野望が集中したのはアフリカである。そこではアフリカ争奪戦と呼ばれる取りあいと自己弁護の醜い争いが繰り広げられていた。やりたい放題だった。当時のヨーロッパ人にとって、アフリカ先住の黒人は、ほとんど人の数にも入らない存在で、アフリカの土地をヨーロッパ人が占領し、思うままに支配し、改善し、搾取するのは当然とみなされていた。
南アフリカにおいて、英国人とボーア人は長年の仇敵同士だった。ボーア人は容易に融和しなかった。ボーア人は生まれながらの非正規兵で、世界でもっとも優れたゲリラ兵といってもよかった。武器はヨーロッパの国々から入手した最新のものであり、生まれ育った土地を知り尽くしていた。
1902年5月、ボーア人はついに降伏した。しかし、英国兵の戦死者は2万2,000.その3分の2がコレラと腸チフスの犠牲者だった。ボーア人の死者2万4,000人、そのうち2万人が婦女子だった。すぐに戦闘は終わると思ってイギリスと出た派遣軍は8万5,000人。しかし、戦争終結時には、45万人となっていた。英国の首相は、戦費がかさみすぎて英国は三等国に成り下がったと公言した。
ヴィクトリア女王が亡くなり、あとを継いだエドワード7世は大英帝国にあまり関心がなかった。第一次大戦が始まった。
英国にとって、トルコ軍とのガリポリの戦いは、アメリカ独立戦争以来、最大の敗北となった。帝国特有の虚勢が再燃するなかで作戦が開始され、最終的には帝国の伝統に押しつぶされるようにして敗北した。英国軍の将軍たちは、兵と距離を置くことが多すぎた。
英国は大戦によって決定的に変化した。70万人もの若者が死んだのだから、当然といえば当然だった。
英国は第一次大戦への参戦諸国のなかで、もっとも強大なまま終戦を迎えたように見えた。工業はまったく被害を受けず、財政も大打撃を受けたというのにはほど遠かった。軍事力も、世界最強の空軍、最強の海軍と、世界有数の強力な陸軍を有していた。しかし、多くの悲哀を経験するなかで、成功に伴うはずの生気を失って、革命に揺れるロシアが発する共産主義の狼煙(のろし)や米国が提案するウィルソン流のリベラリズムに対抗する壮大な理念も、希望や変化を思わせるメッセージも提示することはできなかった。ドイツとの講和条約が調印され、戦後世界の運命が決定されるヴェルサイユ会議にあって、英国は決定的役割が果たせなかった。
英国にとって、アジアやアフリカでも悩みは尽きなかったが、何にも増して悩ませたのは、帝国領土のなかで、もっとも地理的に近く、もっとも古く、もっとも不満の大きい場所、アイルランドだった。たしかに、アイルランド紛争はごく最近まで続いていましたね。このあと、インドの独立に至るガンジーの活躍が記述されています。パックス・ブリタニカの実情を知ることのできる本格的な歴史概説書です。
                   (2010年9月刊。2400円+税)

大祖国戦争のソ連戦車

カテゴリー:ヨーロッパ

著者 古是 三春 、   カマド 出版 
 
 1941年、ナチス・ドイツ軍がソ連に電撃的に侵攻していったとき、モスクワ攻防戦で大活躍したソ連赤軍のT-34戦車というのはどんなものなのか前から関心がありました。この本は、このT-34戦車の生いたちと活躍の状況を紹介しています。
 スターリンの重大な誤りによって大損害を蒙っていたソ連ですが、T―34戦車の必死の大増産によってなんとか挽回することが出来たのでした。
 ドイツ軍のグデーリアン将軍はT-34戦車の威力に脅威を感じたといいます。
ソ連は、ドイツ軍の侵攻を受けて、レニングラードやハリコフなどの西欧地区の工業都市にあった軍需企業をウラル山脈以東へ疎開させた。1500以上の工場を解体して東部へ移動させたが、その規模は鉄道貨車に換算して150万輌にもなる。T-34戦車の大増産が始まり、1942年には1万2千両を戦場へ送り出した。
 T-34戦車の製造工場では、全設備の70%が流れ作業方式でつくられた。スターリングラードも後に1942年9月には戦場になったが、同年8月まではT-34戦車の生産を続けていた。しかし、1943年7月のクルスク大戦車戦では、T-34戦車を主力とするソ連軍はドイツ軍のティーガー重戦車などの前に大損害を蒙ってしまった。このとき、T-34戦車の8割以上が喪われてしまった。
 それでも、T-34戦車はドイツ側からすると、「洪水のようにあふれる戦車の波」がソ連側の戦場に出現したわけです。
T-34戦車の優れた点は、量産を考えて信頼性を重視し、極力単純に設計されていること。ロシアのぬかるみの大地や豪雪地帯でも行動できた。ディーゼルエンジンは燃費に優れ、耐久性に富む。最大速度は時速51.5キロ。ドイツ軍の対戦車砲もはね返す車体となっていた。
ソ連の大祖国戦争の実際を知るうえでは、前に紹介しました『戦争は女の顔をしていない』(群像社)をぜひ読んでみてくださいね。
(2010年2月刊。1600円+税)

世界一空が美しい大陸・南極の図鑑

カテゴリー:ヨーロッパ

著者 武田 康男、    出版 草思社
 楽しい、不思議な気持ちにさせる写真集です。南極大陸なんて、行こうと思っても簡単に行けるところではありませんが、そこで撮られた美しい写真を眺めていると、なんだか心が落ち着いてきます。なぜでしょうか・・・?
 オーロラは本当は昼間にも起きているが、人間は暗い夜しか見られない。南極の夏は白夜なので、オーロラは見られない。オーロラは太陽活動が激しいときに多く見られる。オーロラの緑色も赤色も、空気中の酸素原子が出す色である。
 オーロラは、太陽圏のプラズマ粒子(空気を帯びた粒子)が地球磁気圏のなかに入り込むことで起きる現象だ。高さ100キロメートルの空気分子にぶつかって発光している。
さまざまな色と形のオーロラが紹介されています。
 オーロラは空気が光っているので透き通り、オーロラのうしろにも星が見える。
 南極の夕焼け、そして朝焼けも素晴らしい。絶景です。
 南極の夜にダイヤモンドダストが漂う。ダイヤモンドダストの正体は、六角形の柱状の形をした雪の結晶である。表面で光を反射したり、内部で屈折したりして、さまざまな光の現象をつくる。
一度はぜひ見てみたい、夢幻的な現象です。
南極の夜空には、たくさんの人工衛星が見える。衛星の集合場所のようになっているからだ。しかも、南極では高い空に太陽光が当たりやすいために、よく見える。
 南極には、地球上の淡水の7割、氷の9割が存在している。南極大陸の氷が全部溶けて海に流れ出したら、世界の海水面は60メートルも上昇する。
うひょーっ、そうなれば、東京なんて、ほとんどが海面下ですね。まさに「日本沈没」です。といっても、すぐのことでありません。
 南極大陸に生活する人々の大変さはともかくとして、そこで撮られた写真の美しさ、不思議さに驚嘆してしまいました。ありがとうございます。著者に心よりお礼を申し上げます。
 
(2010年8月刊。1600円+税)

中世ヨーロッパ、武器・防具・戦術百科

カテゴリー:ヨーロッパ

 著者 マーティン・J・ドアティ、 原書房 出版 
 
 南フランスのカルカッソンヌにいった事があります。二重になった城壁がそっくり残っています。真夏でしたが、ちょうど雨が降り出し、膚寒さを感じるほどでした。やがて雨がやんで青空も見えてきて、いい写真が撮れました。場内のレストランで温かいカスレ(豆入りのシチューみたいなもの)を食べて身体を暖めました。もちろんワインも飲んで・・・・。この古城も、中世には騎士たちの攻防戦の舞台になったわけです。
シェイクスピアのヘンリー5世で有名なアジャンクールの戦いなど、ヨーロッパ中世の有名な戦場が図解されていて、大変分かりやすく、楽しめます。
 フランスは、勝てた戦闘を騎士たちの性急さで戦いをダメにした。一国一城の主から成る騎士たちを統率するのは王国といえども大変だった。
 その点、12世紀のイングランド王リチャード獅子心王は中世の指揮官としてはかなり異色の存在で、規律を重んじ、兵士たちに徹底させた。騎士たちは、近隣の領主より勇敢さに欠けると世間に思われるのは社会的破滅を意味していたから、彼らはみな恐ろしく向こう見ずだった。
 なーるほど、騎士が規律を守らなかったのには理由があるのですね。世間の目って、今も恐ろしいものです。
 馬はラクダの臭いや奇妙な姿におびえ、なかなか慣れることが出来なかった。ラクダに乗った兵士がいるのを見ただけで、騎兵部隊は逃げ出し、その戦闘力は落ちた。ラクダを馬が怖がったというのを初めて知りました。
戦場での戦いの推移が図示され、その当時の武器や武装が写真とともに図解されていますので、大変イメージが湧いてきます。
 騎士の多くは、自分たちが守るべきは貴族階級だけだと考えていたので、貴婦人に対しては親切で態度も丁寧だったが、農民に対しては、殴ったり、一般の女性を強姦しても、それが不適切だったという認識はなかった。
負けた敵に慈悲をかけるか。 その対象は貴族のみであり、それも思いやりというより、むしろ生け捕りして身代金目当てというのが多かった。
 モンゴルの弓騎兵は、中世を通してもっとも強力な戦闘部隊だった。替えのポニーを引き連れ、効率的に移動することができたので、かなりの距離を短時間でカバーすることができた。この戦略的な機動力のために神出鬼没の攻撃が可能だった。
真に有能な弓兵を養成するのは非常に難しく、その能力は高く評価された。弓兵は、ずっと希少価値のある存在だった。したがって報酬も良く、周囲から尊敬され、戦場でも指揮官から大切に扱われた。イングランドの弓兵は、だいたいヨーマン、つまり小規模な農場を所有する自由人だった。
 アジャンクールの戦いで、ヘンリー5世の弓兵隊は、持ち場の前に鋭い杭を打ち立てた。その杭を前へ移動させながら、軍をゆっくり進め、フランス軍に向かって攻撃を開始した。フランス軍の騎兵部隊は、イングランド投射兵部隊の前に、敗れ去った。フランス軍は100人の大貴族と諸候、1500人をこえるマン・アット・アームを失い、200人が捕虜にとられた。これに対して、イングランド側の死者は400人にすぎなかった。
 ヨーロッパ中世の戦闘の実情を知ることのできる便利な百科事典です。
(2010年7月刊。4200円+税)

ふたつの戦争を生きて

カテゴリー:ヨーロッパ

 著者 ヌート・レヴェッリ、 岩波書店 出版 
 
 この本は、イタリアにおける第二次大戦での二つの戦争、ファシズムの戦争とパルチザンの戦争についての体験記です。歴史は風化させてはいけない。そう思わせる重味のある証言になっています。
軍の側の歴史書では、人間は常に単なる員数でしかなく、兵士は人的資源とされるだけ。しかし、それは魂のない歴史、価値の低いというより、まったく無価値の歴史、もっと言えば偽りの、誤った歴史でしかない。
 私は、あるとき、軍隊では動員された兵士の人数を数えるとき、決して○○人とか、○○○名とは言わない。あくまでも、○○とか○○○といった数字のみであらわす。そこには、「人」も「名」もない。このことに気がついて愕然としたことがあります。
 この本は、そうではなく、あくまで軍人も一個の人格ある人間としての動きが如実に描かれています。著者は、そのころ20歳だったのでした。私の20歳のころと言えば、東大闘争の真最中であり、無期限ストライキのなかで授業はなく、毎日毎日、集会とデモに明け暮れていました。全共闘の暴力と対峙してヘルメットをかぶり、スクラムを組んでいました。生命の危険を感じたことはありませんでしたが、同じクラスの友人(内山田明くんと言って純朴な好青年でした)が過労から急性白血病で病死することがありました。このほかにも精神的におかしくなって入院した学友もいました。
イタリアの田舎で生まれ育った著者にとってファシズムとスポーツは同じものだった。ファシズムは枠組みと組織と競技に勝つ機会を提供してくれた。お祭気分に浸っていた。イタリア中が制服だらけだった。リボン、メダル、バッジをつけた制服があふれていた。
農村社会にファシズムは容易に浸透しなかった。山の民はファシズムになじみが薄く、政治に無関心だった。戦争になってはじめて、目を開いた。
戦争に入って、企業は大儲けした。収賄罪が横行し、腐敗が目にあまった。
 イタリアの軍部はファシズムとは距離をおいていたようです。ドイツ国防軍にナチスと距離を置く高級軍人がいたのと似ています。
 将軍は、軍の準備不足はファシズムに責任があるのであって、軍にはないと将兵に告げた。イタリア軍に入った著者は、ソ連に侵入したドイツ軍の友邦軍としてソ連に侵入していったのでした。しかし、そこは零下20度から40度という酷寒の地でした。
イタリア軍は8万5000人がそこから帰国できなかった。ソ連の捕虜となった1万人は還ってきた。戦死したと確認されたのは1万1000人。6万4000人は行方不明者となった。退却中の死か捕囚のなかで死んだのかは不明。これに対して、ドイツ軍は300万人のソ連軍捕虜を飢えと苦役で死なせた。ソ連はドイツとの戦争で2000万人の死者を出した。
 イタリアのファシスト党幹部はロシア戦線に身を投じることもなく、戦後まで多くが生きのびた。
イタリアに帰還してから、著者はナチスドイツ軍と戦うパルチザンとなったのでした。
 パルチザンの多くは、軍隊経験がなく、銃を撃ったこともなかった。その手ほどきから始めた。ナチスとの戦いもすさまじいものがあったようです。
イタリアにおいても戦争の記憶の風化は深刻であり、レジスタンスの精神は忘れ去られ、反ファシズムの危機が叫ばれて久しい。そうなんですね・・・・。大切なことは後世にきちんと語り伝えられていく必要がありますよね。
(2010年7月刊。2800円+税)

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