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カテゴリー: ヨーロッパ

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カテゴリー:ヨーロッパ

著者  ローラン・ビネ 、 出版  東京創元社
チェコのプラハでナチスの最高級指導者の一人が暗殺された事件を扱った小説です。
 暗殺されたハイドリヒの生い立ちが語られています。
 ハイドリヒは、ナチスのエリート部隊である親衛隊(SS)の指導者になります。
 ハイドリヒは、陸軍中将に相当する親衛隊の集団的指導者に任命されたとき、まだ30歳だった。ハイドリヒが創設した組織のうち、もっとも悪魔的な「特別行動隊」は、特攻隊やゲシュタポのメンバーからなる親衛隊の特別部隊で、「敵性分子」を始末する任務をになう。共産主義者は言うに及ばず、あらゆる改草の有力者、反体制分子・・・。そして、すべてのユダヤ人。
 そして、このハイドリヒを暗殺するため、ロンドンから二人のパラシュート部隊員が送り込まれた。そして、それを支援する人々。さらに、仲間を裏切る人間もいた。
 この暗殺作戦に賛同しないレジスタンス指導者もいた。成功しても、その報酬が恐ろしいことになるからだ。
ハイドリヒの乗る車が市内にやって来た。暗殺犯が銃を撃つ。しかし、不発だ。別の男が爆弾を車に投げつけ、爆発する。しかし、ハイドリヒはケガをしただけ。
 やがて病院に運び込まれ、見かけ以上に傷は深刻だということが判明する。そして、容態が急激に悪化して、死に至った。
 その報復としてヒトラーは、リディツェ村を地国から消し去ることを命令し、大虐殺が始まった。
 しかし、このリディツェの虐殺によって、ヒトラーはもっとも得意とする分野で、惨憺たる敗北を喫した。国際レベルの宣伝戦争において、とり返しのつかない失敗を犯した。1942年6月のこと。
 緊張感あふれる小説です。少し、変わった構成で話は進行していきます。
(2013年8月刊。2600円+税)

ガガーリン

カテゴリー:ヨーロッパ

著者  ジェイミー・ドーラン、ピアーズ・ビゾニー 、 出版  河出書房新社
1961年3月12日、ソ連の宇宙飛行士ガガーリン少佐は初めて地球の大気圏を離れ、無事に地球に帰還しました。
 私は小学生だったでしょうか・・・。ともかく、ガガーリン少佐の名前は、はっきり記憶しています。なにしろ、アメリカより早かったのです。ケネディ大統領はソ連に先をこされた悔しさで、この日は眠れなかったとのことです。
この本は、ガガーリンの生い立ち、そして宇宙飛行に成功し、その後、34歳の若さで飛行機事故で亡くなるまでを明らかにしています。とても読みごたえのある本でした。
 ガガーリンは、戦前の1934年3月生まれ。ドイツ軍のバルバロッサ作戦でソ連が攻めこまれたとき、ガガーリンの住む村もドイツ軍に占領されたのでした。スターリンの致命的な誤りによる悲劇です。
 農民の子、ガガーリンは、戦争が終わったあと、技術学校に入り、飛行訓練学校に入った。そして、秘密のうちに面接試験を受け、1960年1月に設立された宇宙飛行士訓練センターに入ったのです。
 大変な試練のときでした。たとえば、隔離部屋に入れられて監視者のほか会話ができず、本も雑誌もない生活を過ごすのです。目的を告げられずに、そんな生活を10日もしたら、頭が変になってしまうでしょう。
 この実験(テスト)の目的は、宇宙船での退屈で寂しい生活にどれだけ耐えられるかというのを見るものでした。ええーっ・・・、ひどい実験(テスト)ですね。
 宇宙船は、常に地球上空の同じ場所を飛ぶわけではない。だから、地球に帰還したとき、カプセルが船に落ちたり、外国領内に落下する恐れが十分にある。
このころの宇宙飛行士は、脱出シートのサイズの都合上、身長の低いほうが有利だった。
 宇宙服を明るい色にしたのは、雪原に降りたったときにも、見つけられやすいようにしたため。
ケネディ大統領は、ソ連が宇宙飛行士を打ち上げるのを知らないふりをしていたが、実はよく知っていた。しかし、宇宙への打ち上げが成功したあとのアメリカ政府スポークスマンは、次のように叫んだ。
 「いま、みんな寝てるんだよ。まったく、いったいなんだ!」
 ケネディ大統領は、宇宙分野を重視していなかったが、世界の反応をみて、考え直した。
 この3日後、ケネディは、キューバのピッグス湾への侵攻作戦の失敗も聞かされた。
 ソ連の宇宙ロケットの誕生いきさつとガガーリン少佐の個人的体験記の双方がミックスされて、大変読みやすくなっていると思いました。
(2013年7月刊。2400円+税)

天、共に在り

カテゴリー:ヨーロッパ

著者  中村 哲 、 出版  NHK出版
アフガニスタンで30年がんばっている著者の話を読むと、心が震える思いがします。
 日本の自衛隊をアフガニスタンへ派遣するなんて有害無益だ。
 著者が国会でこのように述べたとき、自民党の議員たちは野次を飛ばし、著者に対して発言の撤回を求めたそうです。とんでもない議員たちです。なんでも軍事力で解決できると思い込んでいるのですから怖いです。
 中村哲氏は医師としてアフガニスタンへ渡り、医療を施しているうちに、まずは清潔な水が必要。それさえあれば病気の子どもたちの多くは助かると気づいたのでした。そして、大人たちが村を出ていくのは、農業が出来ないから。それでは、井戸を掘り、また用水路をひっぱってこよう。すごいですね。発想しただけでなく、行動に移したのです。写真がありますので、井戸そして用水路のある前と現在の比較が出来ます。
 荒涼たる砂漠が、緑したたる平野に変わっているのを見ると、つい涙が出てしまいます。もらい涙というか、うれし涙です・・・。
 アフガニスタンの人口は2000万人とも2400万人とも言われるが、正確な数字は不明。農民が8割以上、遊牧民が1割。
 幼児が餓死していく。空腹で死ぬのではない。食べ物不足で栄養失調となり、抵抗力が落ちる。そこに汚水を口にして下痢症などの腸感染症にかかり、簡単に落命する。病気のほとんどが十分な食糧と清潔な飲料水さえあれば防げるものだった。
 マルワリード用水路の総工費14億円は、すべてペルシャワール会に寄せられた会費と募金によってまかなわれた。すごいですね。日本人の善意がアフガニスタンの荒野を緑したたる平野にして、農業そして生活と健康をもたらしているのです。
 なにしろ長さ5キロメートルに砂防林だけで20万本の木を植林したといいます。
 写真が壮観です。
ドクター・サブ(お医者様)として、著者の安全は地元住民が最大限の保護をしています。それでも、アメリカ軍の「誤爆」など、危ない目にもあわれたことでしょう。本当に応援したい活動です。著者の自宅は大牟田市にあります。筑後川の堰づくりが活かされているのを知って、うれしくなります。
(2013年11月刊。1600円+税)
 今年は激動の年でした。日本国憲法が本当に危うい状況です。なりふりかまわず戦争する国へ変えようとする安倍政権の執念は恐ろしいばかりです。でも、それに抗する力も大きくなっているように思います。
 日弁連でも憲法問題対策本部をたちあげて本腰を入れて取り組む体制がつくられようとしています。私も及ばずながら全力を挙げるつもりです。
 この1年のご愛読に感謝しつつ、新年も引き続きお読みいただくようお願いします。
 新年がよい年であることを願っています。

ブルゴーニュ公国の大公たち

カテゴリー:ヨーロッパ

著者  ジョセフ・カルメット 、 出版  国書刊行会
ボルトーと並んで有名なワインの名産地、ブルゴーニュ地方には中世に大きな公国があったのでした。その首都デイジヨンには大きな館があり、今では市庁舎と立派な美術館になっています。昔の栄華をしのばせる偉容には圧倒されます。
そして、デイジョンもボーヌも、まさしく美食の町です。星があろうとなかろうと、心ゆくまで美味しい食事を堪能することができます。ボーヌには2度行きましたが、ぜひまた行きたいところです。
初代ブルゴーニュ公のフィリップ・ル・アルディは、1342年生まれ。背が高く、頑健で、よい体付きをし、丸々と太っていて。色の黒い醜男だった。明敏な洞察力こそは、機を見るのに敏な感覚、決心とあいまって、公の主な長所とも言えた。
 二代目ブルゴーニュ公のジャン・サン・プールは、勇敢で大胆で、ひねくれ者で、際限のない野心家だった。1407年11月、ルイ・ドルレアンがジャンによって暗殺された。ジャン・サン・プールは、野望をみたすためには、目的のためには手段を選ばず、緊迫した情勢を解決できるなら、犯罪であってもやってのける政治家だった。逆にオルレアン公の方がブルゴーニュ公の暗殺を図っていた。だから、正当防衛しただけのことだと喧伝された。
 英国軍がヘンリー5世の下にアザンクールでフランス軍を大敗させた。ジャン・サン・プールはヘンリー5世と結んだ。そして、1419年9月、ルイ・ドルレアン公殺しの張本人が、モントロー橋の上で暗殺された。
 三代目のブルゴーニュ公は、フィリップ・ル・ボンである。背は高く、風采は立派、人並みすぐれ、見栄えする容姿の持主だった。その私生活は庶外れの自由奔放さで、30人の愛人がいて、公認の私生子は17人いた。
 このフィリップ・ル・ボンの時代に、あのオルレアンの少女、ジャンヌ・ダルクが登場する。ジャンヌ・ダルクは、金貨1万エキュという巨額でもって英国人に売られた。裁判長のピエール・コションは、残忍な対英協力派、何でもやってのける聖職者だった。フィリップ・ル・ボンはジャンヌ・ダルクの裁判をちゃんと知らされていた。
 四代目で最後のブルゴーニュ大公は、シャルル・ル・テメレール(突進公)である。
 自分にも、他人にもきびしく我慢を知らず、粗暴で執念深く、すぐに逆上した。
 ブルゴーニュ公国では、民衆的な劇が非常に好まれ、数多くの俳優がいた。まばゆいばかりのロマネスク芸術の一派が花を咲かせた。
ブルゴーニュ宮廷は、15世紀に、稀にみる輝きを発した。祝宴は、公家のお得意芸の一つだった。パントマイム、人体を組みあげてくるお城、軽業の見世物などが宴会にはつきものだった。たえず工夫をこらしていることが決まりだった。
 ブルゴーニュ公国には、制度上の一体性はまったくなかった。
ブルゴーニュ公国は、現在のフランス、ベルギー、オランダ(の一部)、ルクセンブルクなどにまたがった広大な版土を有していた。
そんな中世のフランス公国を知ることのできる本格的な歴史書です。
(2000年5月刊。6500円+税)

目撃者

カテゴリー:ヨーロッパ

著者  エルンスト・ヴァイス 、 出版  草思社
麻生元首相が、ナチスがワイマール憲法を静かにナチス憲法に変えていった教訓に日本も学べと講話したことが大きく報道されました。
 ヨーロッパをはじめ世界からはなんて非常識な発言だと糾弾されましたが、安倍内閣は本人がすぐ撤回したので問題なしとし、日本のマスコミもあまり騒ぐことはありませんでした。こうやって改憲への足慣らしがされていくのか思うと、寒気すら炎暑のなかで覚えてしまいます。この本は、まさしくヒトラーが政権を握るまでに起きたことがテーマとなっています。
 この小説のすごいところは、ヒトラーが第一次世界大戦で負傷し、失明した兵士となり、精神科医による治療によって再び目が見えるようになったという実話をもとにしているところです。
 1918年10月、ベルギー戦線でイギリス軍のガス攻撃を受けて負傷したヒトラー上等兵は、北ドイツの野戦病院に運び込まれた。患者をみたフォルスター医師は「ヒステリー症状を伴う精神病質者(いわゆる性格異常者)」と診断した。フォルスターは、ヒトラーに睡眠治療を施して、眼が見えるようにしたばかりか、「君は救世主キリストだ。ドイツを救うのは君しかない」と強烈な暗示かけて娑婆に戻した。そのあと、ヒトラーは、それまでとはまったく別人のようになって強烈なカリスマ性を発揮し、誰もが知るような独裁者への階段を駆け上がっていく。そして、ヒトラーの過去の秘密を知るフォルスターは1933年にナチスが政権をにぎると、ゲシュタポに狙われ、同年9月、追いつめられて自殺した。ところが、フォルスターは、自殺する前、パリに逃れ、そこでユダヤ系亡命作家サークルにヒトラーの診断書を託した。
 この小説は、このときのヒトラー・カルテをもとにしているのです。
彼にとって、この戦争は大歓迎だった。彼自身を救うばかりか、世界を救うことでもあった。彼は、ウィーンで貧しい画家志望の学生だった。食い詰めたときには、建築現場でペンキ屋の仕事をした。彼は、路上生活者となり、ときどき「気のいいヤクザのあんちゃん」や、住む家のないさすらい人から、わずかばかりの小銭やパイのかけらを恵んでもらっていた。
 ヒステリー性の失明に見舞われた人間の運命は、常に過酷きわまるものである。ひとに認められたいと望む、この男の自己顕示欲、自分は上だと思い込む自己陶酔、そして過激なエネルギー、こうした要素とこの男がかかえる苦しみをつなぎ合わせて、一筋の道を見つけ出し、それによってこの男を病気から救い出してやろう。運命をあやつり、神を演じ、そうして一人の眠れない失明者に再び視力と眠りを取り戻してやった。
 悲しいかな、このころワイマール政府の頼みの綱は将校団しかなかった。というのも、本来、共和制を支えるべき労働者たちが、かたや保守・自由・ブルジョア派に、かたや革命・プロレタリアアート・インターナショナル派に分裂してしまい、一致団結して政府を支えようとしなかった。
 この将校団のうながしにより、軍隊に所属する者たちには選挙権が与えられず、共和制党および革命政党の党員になることも禁じられた。あの偉大なる11月の無血革命は、将校団のあいだでは、ただの屈辱、敵前逃亡、敗れざるドイツの背筋に突き刺された亡者でしかなかった。
 ひとは、容易にだまされてしまうものだ。
 1923年11月の一揆が勃発した。国防軍は、Hの組織するこの反乱は、自分たちに有利に展開するだろうと信じていた。また、保守的なブルジョア層やフォン・カールのような高級官吏たちは、Hに資金援助してこれを影で支えていたが、彼らは能天気にも、この反乱が反革命を呼びおこし、古きなつかしき王家が復活するだろうくらいに思っていた。だが、Hの思惑は、まったく自分本位のものだった。だれもHは、そこまでやるとは思っていなかったし、恐らくH本人もそこまでやれるとは思っていなかっただろう。二度までも軌跡を起こすことになろうとは・・・。
ヒトラーの権力掌握の愚を日本でくり返しては絶対にいけません。その意味で、麻生元首相の講話は反面教師とすべきものと考えます。
(2013年5月刊。2800円+税)

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