法律相談センター検索 弁護士検索
カテゴリー: ヨーロッパ

シリア難民

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)
著者 パトリック・キングズレー 、 出版  ダイヤモンド社
地中海を今、史上最大の難民がオンボロ船に乗って、ヨーロッパへ渡っている。
2014年から2015年にかけて地中海をこえた人は120万人。シリア、アフガニスタン、イラクからヨーロッパをめざす人々は、2016年から2018年にかけて300万人をこえた。
2014年にイタリアに到着した難民は17万人。前年の3倍だった。
イタリアに代わって、ギリシャがヨーロッパ最大の「難民の玄関口」になった。
2015年、85万人もの人々がトルコ沿岸を出発し、その大部分がバルカン半島を北上して、北ヨーロッパの国々を目ざした。
レバノンは人口450万人という小国なのに、2015年には120万人ものシリア難民を受け入れている。レバノンに住む人の5人に1人はシリア難民となっている。
密航業者は、難民にヨーロッパ移住をすすめる極悪人とみられているが、その実態は、ヨーロッパに行きたいという人々の強い希望につけこんでボロもうけをする悪徳業者にすぎない。難民のほとんどは、自分の意思で船に乗っている。
ゾディアックというゴムボート1隻に150人ほどがすし詰めされる。定員30人ほどのボートだ。ゾディアックも木造船も大差はなく、どちらも「浮かぶ棺桶」だ。
料金を1人1000ドルとして、1隻のゾディアックに100人を乗せたら、1回の旅で10万ドルの売上となる。いろいろの経費を差し引いても、密航業者は4万ドルを手にできる。
シリア内戦が長引いて、多くの人が友人から借金し、また給料をためて資金を確保している。トルコからエーゲ海をこえてギリシャに渡る費用は1000ドル。リビアから渡る費用の半分以下だ。
シリアの人々が、なぜヨーロッパを目ざし、中東にとどまらないのか。それは、現実的ではないから。中東諸国に避難したシリア人は既に400万人。そのうち200万人はトルコ、120万人がレバノンにいる。ヨルダンに60万人。エジプトに14万人。帰る国がない人間には、失うものなんて何もない。そうなんですね・・・。
難民と移民とに区別はあるのか・・・。
難民には保護を受ける権利があるが、移民にはない。難民には故郷を逃げなければならない十分な理由があるが、移民にはない。しかし、この分類は正しくない。そして、難民と移民を見分けるのなんて簡単だというのは誤解だ。実際には、どんどん難しくなっている。両者には多くの共通点があり、人々の多くは両方にあてはまる。
イスラム教徒であろうと、キリスト教徒であろうと、ユダヤ人であろうと、そんなのは重要ではない。みんな人間なんだから・・・。
難民を門前払いすることはできない。この現実を認めることが、危機を管理するカギだ。道理にかなった長期的な対策は、莫大な数の難民を安全にヨーロッパに到達できる法的メカニズムを整備することだ。
ヨーロッパは100万人の難民を受け入れなければならない。人口450万人の小国レバノンが難民を受け入れているのに、世界でもっとも豊かな大陸(人口5億人)に出来ないはずはない。
シリア難民をつくり出したシリア内戦は、アメリカとロシア、そしてイギリスやフランスなどの軍事大国の政策的な誤りが、そのあと押しをしているのだと思います。日本だって、その一人でしょう。そうすると、欧米諸国そして日本は、そのツケを自分たちも払うしかないと私も思います。
日本は米英などの軍事行動を金銭的に支えているのですから、難民を受け入れるしかない。それがいやなら、軍事行動をやめさせるよう全力を尽くすべきだと思います。
(2016年11月刊。2000円+税)

フランスの地方都市にはなぜシャッター通りがないのか

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)
著者 ヴァンソン藤井由美、宇部宮浄人 、 出版  学芸出版社
日本全国、どこに行っても中心街のさびれ方はすさまじいものがあります。どこもかしこもシャッター通り商店街になっています。残念です。ところが、フランスでは地方都市の中心部には人が集まっていて、シャッター通りにはなっていません。その理由を探った本です。写真もたくさんあって、納得できる理由が示されています。まずは、日本の現状です。
日本の商店数は半減し、年間販売額も3分の2以下となった。人口10万人未満の小都市だと、商店数で3分の1、年間販売額は半分以下。人口10万人から100万人未満の都市や100万人以上の大都市も、商店数は半減し、年間販売額は7割以下ないし6割まで低下している。
フランスの地方都市の中心市街地は、「歩いて楽しいまちづくり」が出来ているので、土曜日など、身動きできないほど混雑する。
フランス人は、日本人が定年してから故郷へUターンを考えるというのではなく、大学と最初の就職を終えて、30代半ばから地方都市での生活を考える。これは日本と違いますね・・・。
フランスの小都市でも、郊外には大型店舗がある。フランスでも、クルマは生活必需品だ。しかし、中心市街地にはクルマを乗り入れないように計画されている。市内電車だ。低床でカラフルな市内電車が市街地を走り、そこにはクルマの乗り入れを禁止している。
歩行者優先のまちづくりをすすめている。
自転車が大いに奨励されている。電動自動車の普及率も37%。自転車レンタルシステムもあるが、1年間、自転車を無料貸し出しする都市もある。
久留米市でも自転車のレンタルシステムが出来ていますが、実際の利用率はどうなのでしょうか・・・。
フランスでシャッター通りにさせない工夫の一つとして、「空き店舗税」があります。1年以上も空き家にしておくと、所有者には「空き家税」が課税されるのです。これによって、所有者の貸し渋りがなくなります。
にぎわう中心市街地に店をかまえている人々に、古くから住人でいるオーナー店主は少なくて、ほとんどがテナント店主。
そういうことなんですね。人々が集まることが先決なので、古くから、そこにいる人々のために何かがされているのではないようです。発想の転換が必要です。
フランス人は、食料品買い出しの72%を大型スーパーでし、残りをまちのパン屋、肉屋、惣菜屋で購入する。そして衣料品は、スーパーより個人店舗で購入している。DVDや本はインターネット購入する。
日本人も、こんな買い分け方をして、個人商店の利用をもっと考えたら、中心地の商店も生きていけるのですね・・・。
わずか200頁のブックレットですが、今後の日本の中小都市にとって役に立つ本だと思いました。
(2016年12月刊。2300円+税)

罪と罰の彼岸

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)
著者 ジャン・アメリー 、 出版  みすず書房
1933年3月21日。ポツダムの日に、直前の選挙結果をかなぐり捨てて、ナチスに全権をゆずり渡したとき、ドイツ国民は喝采した。
ナチズムという妖怪は、未開の後進国で徘徊したわけではない。
言葉が肉体をとり、いかにひとり歩きして、やがてはどのような死体の山を築いたか。その一部始終をみてきたのだから・・・。人間焼却炉からの煙があれほど多くの墓を空に描いたというのに、またしても火遊びがはじまりかけている。私は火災警報を出そう。
著者はユダヤ人であり、ベルギーにおけるレジスタンス運動の一員として、ブーヘンヴァルト、ベルゲン、ベルゼン、そして、アウシュヴィッツで過ごした。
アウシュヴィッツ、モノヴィッツでは、手に職をもった者はそれまでの職業に応じて配属が決められた。ところが、知的な職業の者には事情がまったく別だった。ここでは、一介の肉体労働者にすぎず、労働条件においてきわめて不利だった。大学教授たちは、小声で教師と答えた。大学教授と答えて怒りを買いたくなかったから。弁護士は、しがない簿記係に変身した。
ジャーナリストは作家と言った。大学教授や弁護士たちは、鉄管や木材を背中で運んだが、いたって不器用だったし、体力がなかったから、やがて焼却施設へ送られていった。
強制収容所では、身体の敏捷さ、野蛮さと紙一重の関係の頑丈さがものをいった。
ともに、精神生活を何よりの糧としてきた人が、あまりそなえていない特性である。
そして、知識人の多くは、友人を見つけることができなかった。収容所スラング(方言)を口にしようとすると、全身が抵抗して、口が利けなくなるのだった。
アウシュヴィッツでは知識人は孤立していた。
これに対して、ダッハウでは、政治犯が収容者の多数を占めていたし、管理が政治犯にかなりの程度までまかされていた。ダッハウには図書室すらあった。
精神の社会的機能あるいは無能さという点で、ドイツで教養をうけたユダヤ知識人にとって、事態はさらに深刻だった。自分がよって立とうとする当の基準が、ことごとく敵のものだったからである。
ある男は職業を問われ、愚かにも馬鹿正直に「ドイツ文学者」と答えたばかりにSSの猛烈な怒りを買い、半殺しに殴られた。
ドイツ系ユダヤ人はドイツ文化を自分のものと主張できない。その主張を認めてくれる社会性を欠いていたからである。
戦場での兵士の死は名誉の戦死、収容所での死は家畜の死だった。収容所では死が義務づけられた。兵士にとって死は外から運命としてやってきた。収容所では、死は、前もって数学的に定められた解決策だった。
収容所のなかの人々は、死の不安をもっていなかった。ガス室送りの選別が予期された当日にも、人々はそれをさっぱり意に介さなかった。むしろ、その日のスープの濃度について、一喜一憂しながら語りあった。このように、やすやすと収容所の現実が死を打ち負かしていた。収容所では、死が恐怖の境界をこえていた。
強制収容所においては、精神はさっぱり役立たなかった。ただし、精神は、自己放棄のためには役立った。
ゲシュタポと強制収容所のなかでの2年あまりの生活において、サディストには一人も出くわさなかった。
拷問された者は、二度と再び、この世にはなじめない。屈辱の消えることはない。最初の一撃で既に傷つき、拷問されるなかで崩れ去った世界への信頼というものを、もう二度と取戻せない。
ドイツ人の多くは、ユダヤ人をめぐって起きていることを正確に知っていた。臭いをかいでいたのだから。
つい昨日、ユダヤ人の選別場で手に入れたばかりの衣服を着ていた。労働者も小市民も学者もヒトラーに票を投じた。
ユダヤ人であることは、初めから執行猶予中の死者だった。殺される人間であって、偶然しかるべき執行を受けていないだけ。さまざまな猶予の形があり、程度の違いがあるにすぎなかった。
ユダヤ人に対する侮辱の過程は、ニュルンベルク法の公布とともに始まり、当然の結果として強制収容所へと導いた。
1984年に刊行された本の新版です。ドイツ映画(2014年)『顔のないヒトラーたち』は、強制収容所にいたナチスの高官たちが戦後、何くわぬ顔で社会的地位について平然と働いていたことを暴き出す内容でした。
今の日本だって、黙っていたらアベ政治が危険な方向に流れていく気がしてなりません。
すごく読みすすめるのに骨の折れる重たい本でしたが、なんとか読み終えました。
多くの人に一読をおすすめします。
(2016年10月刊。3700円+税)

フランスはどう少子化を克服したか

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)
著者 髙崎 順子 、 出版  新潮新書
保育園落ちた。日本、死ね
昨年のちょうど今ごろの叫びでした。今年も4月からの保育園入園をめぐって、多くの父母がてんやわんやです。ところが、この本を読むと、フランスでは3歳児からの保育園学校に全入制が実現しているというのです。しかも、保育料がタダ。これだったら、安心して子どもを産み、育てることが出来ますよね。それが出来ない日本なんて、まさしく日本、死ね、です。国を愛するどころではありませんよ。
フランスでは、毎年9月、その年に満3歳を迎える子どもが一斉に保育学校に入る。
義務教育ではないものの、教育費は無料、入学率はほぼ100%(2015年)。
3歳児以上の「待機児童」なるものはフランスには存在しない。
なんと、うらやまいしことでしょう。安倍首相も少子化対策を口にするなら、すぐやるべきです。
フランスでは、子育ては大変なことだと社会全体が認めている。
フランスでは、父親が育児に参加するのはあたりまえ。
父親にも3日間の出産有給休暇が認められているうえに、11日連続の「子どもの受け入れと父親休暇」がとれる。これは7割の父親がとっている。つまり、14日間の「男の産休」が認められている。この14日間のうちに男たちは父親になっていく。
いま雇用現場で、子どもの出産で父親が休むことは、絶対不可侵の神聖な休暇と考えられている。これはこれは、日本でも早くそんな考え方を普及したいものです。
それでも、フランスでも父親の育児参加が本格化したのは2000年代になってから。
フランスで出生率が回復した原因の一つに、無痛分娩の普及があげられる。
フランスの出産は無料。
フランスの保育学校では、おむつやエプロンは園から支給される。親は持参することも、持ち帰ることもない。
フランスでは、3歳児からは、「保育」ではなく、「公教育」の対象と考える。
母と子に優しいフランスに日本は大いに学ぶべきです。
みなさん、ぜひ読んで、目を大きく見開きましょう。
(2016年10月刊。740円+税)

哲学する子どもたち

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)
著者 中島 さおり 、 出版  河出書房新社
フランスで子育て中の日本人女性によるフランス教育事情の体験レポートです。大変面白く、かつ、日本人として大いに考えさせられました。
フランスでは小学校から大学まで公立教育費は無料、そして、子ども代表は学校の成績査定会議に出席して意見を述べる。そして、高校生のデモはあたりまえ。
フランスでは子どもと教育が本当に大切にされている国だと思います。
今の日本は受験戦争、そして何でも自己責任、自己負担。国立大学の授業料は私のときは月1000円。そして、月8000円の奨学金(うち3000円は貸与制)がありました。今では年間の授業料が私立大学と変わらなくなり、奨学金は利子までついて、まさにローン地獄化しています。ハコものや軍事予算に使うお金はあっても、人材育成につかうお金がないなんて、日本の政治は根本から間違っています。
フランスでは、3歳での保育学校(日本の幼稚園)から高校まで、公立校だと授業料はタダ。国立大学(フランスに私立大学はほとんどない)は年に数万円の登録料だけで、授業料なし。
3歳児からの保育学校全入は、フランス女性の社会進出を大きく支えている。
フランスの教育の三大原則は、義務性、無償性そして非宗教性である。
フランスの高校生が卒業するときに受ける国家試験(バカロレア)のトップは「哲学」の試験。そのテーマは、たとえば「自由とは、何の障碍もないということか?」、「不可能を望むのは不条理か?」
こんな問題が出題されます。いったい、どう答えたらいいのでしょうか・・・。
これは論理的な文章を書く練習にもなっている。
高校で勉強するのは哲学ではない。哲学することなのだ。哲学を通じて自由に考える市民を養成すること。これが目的だ。
学校の成績会議には、保護者代表と生徒代表も参加する。これは1975年の改革以来、すっかり定着している。
中学から高校まで、留年制度があり、1割くらい留年しても、あまり強い抵抗はない。そして、飛び級も許されている。
生徒代表を選ぶのは生徒による選挙。かなり派手な選挙運動が学校内で展開する。
フランスには高校入試がない。中学の成績で決まる。決めるのは中学の教師たち。
これでは、日本よりも伸びのびとフランスの子どもが育つのも当然ですね。
(2016年11月刊。1600円+税)

福岡県弁護士会 〒810-0044 福岡市中央区六本松4丁目2番5号 TEL:092-741-6416

Copyright©2011-2025 FukuokakenBengoshikai. All rights reserved.