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カテゴリー: ヨーロッパ

地下道の少女

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)
著者 アンデシュ・ルースルンドほか 、 出版  ハヤカワ文庫
スウェーデンの首都、ストックホルムに起きた話です。
寒々とした光景が展開します。町の中心部にある広場の地下トンネルに住みついている人間が50人ほどもいるという状況を前提として進行していきます。それはホームレスの人々です。そのなかには未成年の少女もいました。
さまざまな年齢の女性たち11人が広場下の地下トンネルで共同生活していた。
ルーマニア人の子どもが43人もストックホルムの中心部でバスを降ろされたこと、本人たちはスコットランドに来たと思っていたこと、それらは本当の出来事。それを小説にしたのが本書。
そして、生きのびるために、自分の体を売るスウェーデン人の少女や女性が増えていることも真実だと著者は強調しています。
2018年のストックホルム市の調査によると、ホームレスが2500人近くいて、その3分の1は女性。女性の割合は増加傾向にある。ホームレスの55%が薬物依存症で、45%の人には精神障害がある。
ストックホルムにストリート・チルドレンがいるなんていうのも驚きでしたし、東欧からの移民流入のもたらす問題にも目を開かされました。
異色のミステリー小説として読みふけったので、紹介します。
(2019年2月刊。1160円+税)

沈黙する教室

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)
著者 ディートリッヒ・ガルスカ 、 出版  アルファベータブックス
冷戦下の東ドイツの高校で起きた「事件」です。その高校の進学クラス全員が反革命分子とみなされて退学処分になってしまいます。
高校生たちは何をしたというのか、なぜクラス全員が退学処分になったのか、そして、高校に行けなくなった若者たちはどうしたのか、彼らは40年後の同窓会で何を語りあったのか・・・。先日、天神の映画館でみた映画『僕たちは希望という名の列車に乗った』の原作本です。
ときは1956年(昭和31年)11月1日に起きました。ハンガリー「動乱」が起きたことをラジオ放送(RIAS。アメリカ占領地区放送)で知った高校生たちが、連帯の意思表示として授業中に5分間の黙祷を捧げたのです。「事件」は、たったそれだけのことでした。ところが、それが反革命の行動として国民教育省大臣が高校に乗り込んでくるほどの「大事件」になったのです。
高校生たちがしたことは、歴史の授業の時間に、午前10時から10時5分までの5分間だけ、何も言わない、何も答えない、何も聞かない、それを黙祷として実行した。ただ、それだけのこと。黙祷はもう1回やられたが、それは、授業中ではなかった。
映画では、西側のラジオは、森(沼)のはずれにあるいかにも変人のおじさん宅に集まってこっそり聞いていたことになっていますが、この本によると実際には、各家庭で日常的に西側のラジオ放送が聴かれていたようです。
東ドイツの国家権力は、ハンガリー動乱について高校生たちが連帯の意思表示として黙祷したことを許すわけにはいきませんでした。ところが、高校の校長ほか、高校生たちを追いつめるのはよくないという考えの人たちも少なくなかったようです。それでも結局、この高校生たちは全員が大学受験資格を喪うことになり、その大半は西ベルリンへ逃亡するのです。
1956年当時はまだベルリンの壁も出来ていなくて、年に15万人も西側へ逃亡する人がいました。高校生たちも、その大半が西側へ逃亡した(できた)のです。
事件の前は、誰も権力に立ち向かう力や勇気をもちあわせていなかった。しかし、黙祷がこれを変えた。突然、強くなった。あの永遠に続くようにも思われた黙祷を捧げているあいだ、クラスの全員が堪え切って行動が成功しますように・・・とずっと祈っていた。
このクラス20人のうち15人が西側へ脱出した。そして、東ドイツは、5年か10年しかもたないと思われていたが、なんと、その後33年も続いた。
映画で心を揺さぶられるシーンは、誰が主導したのか、首謀者なのか、クラス全員が最後までがんばって黙秘し続けているところです。仲間を裏切らない、裏切りたくないという高校生たちの揺れ動く心境が、当局の圧力との対比でよく描かれていました。
映画をみて、この本を読んで、当時の人々の置かれた苦しい状況をよくよく理解することができました。
(2019年6月刊。2500円+税)
6月に受けたフランス語検定試験(1級)の結果を知らせるハガキを受けとりました。もちろん不合格だったのですが、なんと得点は55点(150点満点)しかなく、4割に届いていませんでした(合格点は93点)。実は自己採点では63点だったのです。仏作文が予想以上にひどかったということになります。それでもめげず、くじけず毎朝のNHK、車中のCD、毎週の日仏会館通いを続けています。ボケ防止に語学は何よりです。

「緋い空の下で」(下)

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)
著者 マーク・サリヴァン 、 出版  扶桑社文庫
上巻に引き続いて、下巻も圧倒的な面白さです。アメリカで150万部突破の大ベストセラーになったというのも当然ですし、映画化されるというのもよく分かります。まさしく最後の最後まで絵になるハラハラドキドキの場面展開が続くのですから・・・。
主人公のピノは17歳。イタリア軍に徴兵され、ロシア戦線に派遣されたら、5割の確率で生命を失ってしまう。そこで、身内はピノをドイツ軍のトート機関へ志願することをすすめる。トート機関は国防軍の前線部隊で異質な存在だった。ピノは、そこに入り、持ち前の軽さで、いつのまにかドイツ国防軍のイタリアにおけるナンバー2である少将の専属運転手として働き始める。
要するに、スパイとして活動していったのです。ところが、2歳下の弟は事情を知らないので、兄のピノを「裏切り者」として拒絶してしまいます。それでもピノは、少将の愛人宅のメイドと仲良くなり、幸せなひとときを過ごせるようになりました。
ドイツ軍はイタリア戦線で敗退に敗退を重ねますが、イタリア北部のミラノ地方は、ドイツ軍が最後に守るべき砦だったのです。
そして、アメリカ軍によるイタリア解放のときが、ついにやって到来します。すると、それまで無言で耐えていたイタリアの人々が残虐な報復・殺傷行為に走ります。ドイツ軍将校の愛人とそのメイド(ピノが愛した女性です)までが、即決の人民裁判のようにパルチザンたちによって処刑されてしまうのです。
ああ、いったい自分は何を頼りに生きていったらいいのだろう。ピノはガックリ肩の力を落とします・・・。
どこまでが実話なのか、どこからが想像のストーリーなのか、ぜひ知りたいところです。
このところ久しくワクワク感を体験していないという人に超おすすめの本です・・・。
(2019年5月刊。980円+税)

電撃戦という幻(上)

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)
著者 カール・ハインツ・フリーザー 、 出版  中央公論新社
世の中には、たくさんの思い込みというものがありますが、この本を読んで、その一つから自らを解き放つことができました。読書の楽しみがここにあります。
電撃戦というのは、ヒトラー・ドイツ軍が好んで用いた戦法とばかり思っていました。ところが、1941年11月、ヒトラー自身は次のように言ったそうです。
「私は、いまだかつて『電撃戦』などと言ったことはない。まったく愚にもつかない言葉だ」
ええっ、一体どういうことなんでしょう・・・。
電撃戦という言葉に明確な定義はなく、曖昧模糊としている。
1940年5月、「セダンの奇跡」がおこって、すべてがひっくりかえった。ドイツ国防軍の首脳は、その前は電撃戦のような軍事的冒険については懐疑的だった。この「セダンの奇跡」のあと、ドイツ国防軍の将軍たちは、恥も外聞もなく、180度の方向転換を行った。
ヒトラーが1939年9月1日に始めたポーランド侵攻のとき、ヒトラーは西側諸大国との戦いを想定した戦争計画、総合戦略について、何の用意もできていなかった。これは致命的な手抜かりだった。対ポーランド戦は、本格的な電撃戦ではなかった。
ポーランド軍はドイツ軍の敵ではなかった。装備・訓練が旧式だったし、用兵も時代遅れだった。ドイツ軍の戦車に対してポーランドの騎兵たちは白刀をふるって突撃していった。
ところが、ポーランド戦で弾薬をほとんど撃ち尽くしてしまったため、ドイツの陸海空三軍はその後しばらくは戦争を継続できる状態にはなかった。弾薬の在庫を確保しているのは全師団の3分の1にすぎず、しかもそれは2週間の戦闘で消費されてしまう。ドイツでは、このころ毎月60万トンの鉄鋼が不足していた。火薬については1941年になるまで急激な増産は見込めなかった。
当時、ドイツの自動車化部隊では車両の損失が50%に達していた。そして、軍を急激に大きくしたことから、指導的な立場の将校クラスの能力が全般的に低下していた。
「一枚岩」に見える第三帝国(ヒトラー・ドイツ)は実は外面(そとづら)だけで、戦争の最初の局面で国力を一点に集中させるだけの力強い指導性が欠けていた。
ドイツ陸軍は1940年の時点では、40歳代の兵士が全体の4分の1を占め、また、数週間の訓練しか受けていない兵士が半分を占めていた。そして、将校の絶対数の不足は深刻だった。正味3050人の将校が数百万の規模にふくれあがったドイツ陸軍の大世帯を切り回さなければならなかった。
軍需物資の面でのドイツ軍の最大の悩みは鉄鋼とゴムの慢性的欠乏だった。
ドイツ軍の90%は荷馬と徒歩で行軍した。つまり、ドイツ電撃戦のイメージは戦車と自動車だが、それは、単なるプロパガンダにすぎない。ドイツ陸軍の装備はみすぼらしいとはでは言えなくても、非常に質素だった。すぐに戦える部隊は全体の半分でしかなかった。
1940年のドイツ軍は戦車兵器の開発で、まだスタートラインに立ったばかりだった。ドイツ軍は軽戦車が全体の3分の2近くを占めていた。そして、技術的に未成熟だったことから、戦場で次々に故障によって頓挫した。さらに、ドイツ軍の軽戦車は、連合軍の軽戦車の甲板すら貫徹できなかった。
ドイツ軍のパイロットは、連合軍パイロットに比べて、良質で十分な訓練を受ける機会に恵まれていなかった。
ドイツ国防軍の将軍たちはヒトラーを、「底辺からはいあがってきた難民官ごとき」と見下していた。そして、ヒトラーのプロレタリアート的体質を激しく毛嫌いした。それに対して、ヒトラーもドイツ国防軍のエリートたちに敵愾心をむき出しにした。
1940年のドイツ軍によるアルデンヌ攻勢は、電撃戦の模範的な戦術例とされているが、実際には、ドイツ軍の追撃は、確固たるシステムによって行われたものではない。ありあわせのものですすめたところ勝利したので、あとから整理されたというものにすぎない。
いやはや、なんということでしょうか・・・。知らないことの恐ろしさすら私は感じてしまいました。
(2012年2月刊。3800円+税)

緋い空の下で(上)

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)
著者 マーク・サリヴァン 、 出版  扶桑社文庫
ナチス・ドイツに抵抗したフランスのレジスタンス運動についてはいくつも本があり、読みましたが、この本はイタリア北部のレジスタンスの話です。実話をもとにしているようですが、大変スリリングな展開で、350頁の文庫本を2日間で読み通しました。下巻が待ち遠しい思いです。
上巻の前半は、ユダヤ人のアルプス越えを先導する話です。その行く先はスイスです。『サウンド・オブ・ミュージック』と同じく、ナチスの追及を逃れてスイスに駆け込むユダヤ人たちの案内人をイタリアの少年がつとめるのです。冬山を少年が先導し、慣れない山道、しかも絶壁の冬山を勇気を出させて乗り越えていくところは、まさしく手に汗を握ります。
後半は、そんな青年がイタリア軍に徴兵されてロシア戦線に送られて死ぬよりは、ドイツ軍に入って内地勤務を両親にすすめられてドイツ軍に志願入隊することになり、それからの意外な展開です。
事情を知らない知人からは裏切り者と呼ばれます。
そして、イタリアにいるドイツ軍の高級幹部の運転手となり、ドイツ軍の機密情報をもらすスパイになるのです。まさしく手に汗握るシーンの連続です。
イタリア北部は、ドイツ軍がムッソリーニを利用しながらも上陸してきたアメリカ軍などに必死に抵抗していて、そこでイタリアのパルチザンたちが活動していたのです。
アメリカで2017年のベストセラーとなり、映画化もされるそうです。ぜひ、映画もみてみましょう。
(2019年5月刊。980円+税)

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