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カテゴリー: アメリカ

戦争サービス業

カテゴリー:アメリカ

著者:ロルフ・ユッセラー、 発行:日本経済評論社
新しいタイプの傭兵(民間兵士)は、イラクに3万人いる。これはアメリカ軍に次ぐ第二の規模の軍隊であり、アメリカ以外のどの同盟国軍よりも多い。そして、この民間兵士は、この数年間で数千人が殺され、数万人が負傷した。しかし、メディアで報道されることはない。
イラクには、公式の契約により業務の委託を受けている民間軍事会社が68社ある(非公式の推計によると100社を超える)。たとえば、エアースキャン社は、パイプラインと石油関連基盤を特殊カメラで夜間監視する業務に就いている。エリニュス社は、イラク全土のパイプラインと石油採掘基地を地上で警備する任務にあたっている。ブラックウォーター社は要人の身辺警護を担当している。ISIは、グリーンゾーンでの身辺警護と政府建物の警備にあたっている。
民間軍事会社は、イラクだけでなく、アラビア半島のほとんど全ての国で活動している。たとえばサウジアラビアでは、本来なら軍隊や警察が担うはずの任務の大半をアメリカの民間会社が引き受けている。民間軍事会社と民間警備会社との境界は近年ますます流動的になりつつある。いや、むしろ、この両者を明確に区別することは、もはや不可能だ。
軍事分野で補給関連の最大手となったのがハリバートン社で、その社長だったのは今のチェイニー副大統領だ。
アブグレイブ刑務所での拷問事件の予備兵士たちに資金をあたえていたのは、アメリカの民間軍事会社CACIであり、彼らは尋問の専門家であった。この刑務所では尋問官30人のうちの半数は民間軍事会社の職員だった。
かつての傭兵が民間軍事会社に組み込まれると何が変わるかというと、まずは身分だ。会社職員になリ、固定給がもらえる。国際的に承認された政府と契約しているのだから、法の番人に追われる心配もない。このようにして、国連などが定めた傭兵禁止のための条約や法律は完全なザル法となった。民間軍事会社は賃金コストを下げるため、人員の大部分を現地調達でまかなっている。
チェイニー副大統領が社長だったKBR社は、決算報告の粉飾、不透明な契約の数々、ペンタゴンへの水増し請求、仕事なしで代金だけはちゃっかり受け取るなどのスキャンダルで相次いでマスコミをにぎわした。
民間軍事会社の職員が射殺したイラク市民の数は明確に記録されていないが、イラク内務省は少なくとも200件以上としている。この数字は氷山の一角だろう。殺害された民間人に対して補償金が支払われることは滅多になく、あっても、その額は5000ドルから1万5000ドル程度でしかない。
ブラックウォーター社の要員が明らかな過剰防衛をしたときにもアメリカ国務省は何の制裁措置をとらずに放置した。そして、任務遂行上正当な武力行使であると認定した。
治安の基本的条件が不安定につながり、安全を求める声が高くなる。国家にこれ以上期待しても無駄ということになれば、結局は民間のチャンネルを通じて警備会社に話をもっていくほかなくなる。
アメリカでは、1997年から2005年までの7年間に、民間軍事会社への発注高は2倍になった。
民間軍事会社は、彼らが結んだ契約と、その時々の営業法以外にその行動を制約されることがない。国家機関と違って、彼らは、一国の、あるいは国際的な同盟義務による安全保障機構に縛られることもなければ、法律によって公的に課せられた義務に従う必要もない。民間軍事会社は、ひたすら市場原理、つまり需要と供給の法則に従って動く。
民間軍事会社に契約履行を強制することは誰にもできない。敵対的な状況の下では契約が守られる保証はまるでないのだ。企業や団体が民間軍事会社の保護を頼るしかない。その結果。国家機関は次第に管理権限を失うことになった。安全は公共財から、お金さえあれば誰でも我が物にすることのできる私的な商品に変わる。こうして保護のために投入される武力はますます管理不可能になってしまう。
民間軍事会社は、目下のところ、規制のない、法によって制限されることのない空間で活動している。その結果、やりたい放題に近いのが現状だ。民営の方が安上がりという人は多いが、果たしてそうだろうか?
どれだけ調査・研究を重ねても、この主張の正しさを裏付けする証拠は見つからなかった。むしろ、軍隊業務を民間経済に委託すると納税者の負担は増える。そして、アフリカなどで、民間軍事会社は一国の政治に介入した。
紛争解決と平和確保は事柄があまりにも重要すぎるから、これを民間軍事会社の戦争と経済の倫理にまかせるわけにはいかない。軍人の倫理だけでも好ましくない結果が生まれかねないのに、これに金儲けの欲望が加わったら、どんなに恐ろしい結末が待っていることだろうか。
民間軍事会社が存在できるのは、ひとえに戦争のおかげ。その儲け口は武力紛争と不安定にある。民間軍事会社は、人々、そして諸国民が民主的な共同生活を営む上うえで余計で、しかも危険な存在なのだ。民間軍事会社を使うホンネは、政治的な妥協、政治的なご都合主義の問題でしかない。つまり、民間軍事会社は、国際法も含め、あらゆる法の枠外にあって、民主主義国に暮らす市民一人一人の身に及びかねない政治的な問題を投げかけている。
民間軍事会社の危険な本質をズバリえぐり出した本です。著者はイタリアに住むドイツ人ジャーナリストのようです。
(2008年10月刊。2800円+税)

ハリウッドの密告者

カテゴリー:アメリカ

著者:ヴィクター・S・ナヴァスキー、 発行:論創社
 670頁もある大部の本です。マッカーシー旋風の吹き荒れる1950年代のハリウッドが舞台です。1950年代アメリカの異端審問の実情について、著者は多くの人に取材して多面的な角度から掘り下げています。
 ときは1951年3月。アメリカ下院の非米活動委員会(HUAC)は、俳優ラリー・パークスを喚問した。同じ日、連邦裁判所はソ連のための原爆スパイとしてローゼンバーグ夫妻に有罪を宣告した。夫妻は後に死刑に処せられた。
 アメリカ議会は既に1947年に公聴会を始めており、有名な脚本家ドルトン・トランボなど10人が証言を拒否したために議会侮辱罪に問われ、最高1年の懲役刑に服していた。世にいうハリウッド・テンである。
 1951年から53年にかけてHUACに喚問された証人90人のうち30人が名前を提供した。別の数字は証人110人のうち58人が名前を提供したという。決断を迫られた者の3分の1が名前を提供した。あまりにも有名な映画監督エリア・カザンもそのひとりだ。
 資料提供者(インフォーマント)と、情報提供者(インフォーマー)は違う。インフォーマーは他人について不利な情報を提供するもので、蔑みの言葉として使われることが多い。インフォーマー(情報提供者)とは、同志を当局に売り渡す者である。
 FBIのフーバー長官は、1947年5月、アメリカ共産党員が7万4000人いるとした。
1950年には、党員5万4000人、しかし、その背後に48万6000人の同調者(シンパ)がいて、その一人ひとりが潜在的スパイだとした。実際には、アメリカ共産党は1950年代までに悲惨な状態になっていた。赤いドラゴン(竜)でもなく、張り子の虎ですらなかった。実のところ、第二次大戦中の最盛期に7万5000人いた党員は1950年に3万1608人、1957年には、FBIから潜入したスパイをふくめて1万人にまで減っていた。
 たとえば、ロサンゼルス警察の警官が党員となって党員リストを管理しており、それはすべて警察に渡されていた。彼が入党したときのロサンゼルスの党員は100人で、1939年9月に離党したときには2,880人となっていた。つまり、警察は誰が党員であるか、よく掌握していた。そのうえで、公開の場で同志の名前を告白させる儀式を延々と展開していったわけである。ううむ、そうなんですね。いわゆる見せしめにして、国民に恐怖心を与えて、共産党を特別な存在として国民から切り離そうとしたわけです。「あいつは、アカ(レッズ)だ」と叫べば、問題はすべて解決したかのように国民を錯覚させたのでした。
 国家は、アカ狩りに威信を与えたことで何十万人もの現役共産党員、元共産党員、共産党同調者、そして不運なリベラルたちの人生を悲惨なものにした。それだけではなく、アメリカ文化を弱体化させ、そのことによってアメリカという国家自体の弱体化を招いた。このように著者は総括しています。なるほど、そういうことなんですね。「アカ狩り」は単に個人の思想信条の自由が踏みにじられたというだけでなく、国の文化そして国そのものを弱めてしまったというわけです。
 アメリカの大学では、反体制運動には係わらないという忠誠宣誓を強制するところが多くなり、大いなる知的損失をもたらした。不安、落ち込み、疲労、恐怖感、不服従、飲酒、頭痛、消化不良、内臓障害、同僚との関係悪化、疑心暗鬼、不信感、自尊心の喪失など……。
 1970年、ドルトン・トランボは受賞したときのスピーチで、次のように述べた。
 被害者しかいなかった。最終的には、私たちはみな被害者だった。例外なしにほとんどの人は言いたくないことを言わされ、やりたくないことをやらされ、お互いに求めてもいないのに傷つけあった。右であれ、左であれ、中道であれ、誰一人として罪の意識なしには長い悪夢から立ち上がれるものはいない。むひょう、そうなんですね。厳しい指摘です。
 後に大統領となったロナルド・レーガンは、映画俳優ギルドの会長をしていたが、1947年4月という早い時期からギルド内の共産党員と疑わしき者の名前をひそかにFBIに渡していた。情報提供者として、レーガンはT-10という暗証番号を与えられていた。
 うへーっ、やっぱりレーガンって、最低の男ですよね。単なるマッチョな好戦派というだけでなく、恥ずべきたれこみ屋だったというのですね。
 1999年にエリア・カザンが映画アカデミー名誉賞を受賞したとき、多くの人々がカザンを情報提供者として非難した。うーん、ここは私にとって難しいところです。しかし、アメリカの良心にとって、ことは単なる過去のこととすまされる問題ではないという指摘ももっともです。実に重たい問題提起がなされており、手に取ると、名実ともにずっしり重たい本でした。
(2008年9月刊。933円+税)

最高処刑責任者

カテゴリー:アメリカ

著者:ジョセフ・フィンダー、 発行:新潮文庫
アメリカにある日系家電メーカーの営業マンが苦闘する日々が描かれています。ソニーやパナソニックと肩を並べる世界有数の家電メーカーに勤めているのですが、そこには敏腕営業マンの引き抜き合戦があり、リストラありの厳しい世界なのです。
そして、日本は東京から送られてきたお目付役の日本人が職場を巡回して仕事ぶりを点検します。その日本人は、ごたぶんにもれず、パイロット御用達の分厚いめがねをかけ、およそ個性に欠けるが意見の持ち主だ。公式の肩書きはビジネス・プランニング担当マネージャー。その実態は、夜遅くまでオフィスに居残り、電話やメールで探題の仕事をする。ただし、英語は苦手なので、スパイ活動には困難がともなっている。
主人公の営業マンを助けるのは、もとアメリカ陸軍の特殊部隊にいたスポーツ万能選手です。イラクやアフガニスタンにおける戦場での体験を生かして会社での主人公の立身出世を助けるという展開なので、それはないだろ、と、つい叫び声をあげてしまいそうになりました・・・。
お荷物を雇っておく余裕が、うちの会社にはもうないのだ。これからは、ダーウィン流の生存競争でいく。もっともタフな者だけが生き残れるというわけだ。東京に対して、うちの数字が短期間に大幅に改善するところを示す必要があるのだ。
いやあ、これって目下、日本で進行中の事態ですよね。あんまり似たセリフなのでおかしくて笑いながら悲しくなって涙が出てきました。
株主配当という短期的な業績確保のため、社員をモノ扱いする。この風潮はアメリカ崇拝から導入されました。アメリカの経営者のように年収数百億円もらいたい。労働組合なんて踏みつぶせ。労働者はいくらでも替わりがいる捨てゴマに過ぎない。経営者と労働者は、そこでは持ちつ持たれつの関係ではありません。残念です。
そこには企業の社会的責任なんてカケラもありません。それを率先しているのが日本経団連の前会長のトヨタ、現会長のキャノン、それから、イスズ、ソニー、そしてIBMですよね。ひどいものです。こんな企業経営者たちに、日本人は愛国心が足りないなんて言ってほしくありませんよ。このところ同じようなことを何回も書いていますが、書かずにおれない気分なのです。ゴメンナサイ。
(2008年11月刊。667円+税)

潜入工作員

カテゴリー:アメリカ

著者:アーロン・コーエン、 発行:原書房
カナダ生まれ、ビバリーヒルズ育ちのユダヤ人青年がイスラエルに渡って猛特訓を経て対テロ特殊部隊員になる展開です。その訓練のすさまじさがひしひしと伝わってきます。
 両親が離婚し、母親はハリウッドで脚本家、プロデューサーとしての仕事をしはじめた。そのためアーロンは、子どものころ、幾度となく引っ越し、学校もしばしば変わった。
 こんな生活が幼い精神にどれほど混乱を与えたか。ためらいや不安を押し隠し、思考的な壁をめぐらせて、何事にも動じないふりをする術を身につけた。なーるほど、そういうことなんですね。ふり、でしかないのですか・・。
 若い世代のイスラエル人は、もはや分かち合いの犠牲的精神に魅力を感じなくなっている。そのため、キブツでは、手作業や工場での労働に、パレスチナアラブ人やアフリカやアジアからの移民を雇わざるをえなくなっている。そして、キブツの青年たちの中に、麻薬中毒患者の割合が非常に高くなっている。キブツも変わりつつあるようです。
 訓練が始まった。運が良ければ疲労困憊のすえに4時間ほど居眠りできた。将校たちは、1日20時間、ノンストップランニングや腕立て伏せや腹筋運動を課した。そのうえ、24時間内、ずっと眠らせてくれない日もあった。まるで悪夢だ。絶叫、ストレス、苦悩、落胆、そして涙。
 体力的にも精神的にも強さが試されると同時に、あらゆる人格的側面も評価された。誠実さ、スタミナ、正直さとチームワーク、プレッシャーの中での思考力に、状況判断力。教官は、訓練生をバラバラに分解し、ひっくり返し、心の深部に潜む真の姿に迫ろうとする。そして1週間、毎日24時間、ヘブライ語で怒鳴り続けられた。
 毎日の訓練は、適者生存の法則に支配されていた。少しでも弱みを見せると、たちまち攻撃され、食いものにされ、容赦なく罰せられる。100人の内99人までが送り返される。ここで生き残るためには、思情のないロボットに、戦うための機械になりきらねばならなかった。
 基礎訓練のあいだ中、共感は嵐のように訓練生を容赦なく苦しめる。教官は何度もこう言った。
「お前らは役立たずだ。お前らなど必要ない。」
肉体的苦痛だけでも十分きつかったが、精神的加圧はさらに耐え難かった。絶え間なくからかわれ、ののしられる経験は、それまで味わったことのない経験だった。
 長い年月のあいだに、訓練中の若者が命を落としている。基礎訓練のあいだに、体力的にも精神的にも限界ぎりぎりまで追い詰められた。
 基礎訓練で唯一良かったといえることは、睡眠のありがたさが身にしみて分かったこと。ごくわずかな時間でも、最大限の眠りを得られるような身体に鍛え直された。床につく時間が5時間あれば、きっかり300分のあいだ目を閉じていた。夢さえも見ることはなかった。消灯とともに目を閉じたかと思うと、次の瞬間には、起床ラッパとともに目が覚めた。
 睡眠を奪われることは、軍隊生活のもっともつらい面の一つだった。ドゥヴデヴァンは、イスラエル軍で唯一、対テロ作戦を専門とする部隊である。占領地で、隠密に対テロ作戦を遂行することが唯一の目標なのだ。
 そこの訓練は、たとえば、こういうもの。攻撃性トレーニング訓練は、長い一日の野外訓練のあと、バスに乗り込んだとたん、教官が叫ぶ。
「20番の席に座った者は、3番の席に移動しろ。残りの者は全力でそれを阻止せよ」
 バスに乗っている者全員が車内で全力を尽くして戦わなければならない。殴られることへの本能的な恐れを克服するのが、この訓練の狙いだ。無差別暴力、全員参加の乱闘騒ぎだ。基地に着くまでのバス内の2時間、攻撃性トレーニングはノンストップで展開される。2ヶ月のあいだ、毎日30人から40人の相手と戦っていると、人間の精神に重大な変化が起こる。本来備わっていた攻撃性が強められ、常にスイッチが入った状態になる。攻撃性トレーニングは人間の精神に深く浸透し、永遠に人を変えてしまう。
 射撃訓練は、一人につき、1週間に5000発を打つ。反応速度が向上するにつれ、1秒間に3発を続けざまに打ち、いずれの弾も狙った場所を正確に撃ち抜けるようになった。さまざまな距離から正確にターゲットを選んでの狙撃術や、走りながら、あるいはバリケードや壁をまわりこみながら銃を撃つ技術を磨くには、繰り返し何千発も実弾を撃つしか方法はない。
 基礎訓練が始まるときに40人いた訓練生は、2週間も過ぎたときには14人に減っていた。特殊部隊の兵士を育成するには、1人50万ドルから100万ドルの経費がかかる。
 実戦では、あらかじめ決められていた手順にこだわらず、臨機応変に作戦を変更する心構えが必要だ。ロボットにはなるな。第一の作戦がダメなら、第二の作戦、それがダメなら第三の作戦で行く。
 特殊部隊には、対テロ攻撃によって愛する身内を失った経験のある人は入れない。復讐心で正しい判断を失っている者は排除される。作戦遂行中は、感情は厄介者でしかない。判断力を鈍らせ、自分やチームの仲間を死に追いやる。この種の仕事には、客観的で冷たい無関心が必要とされる。
 イスラエル軍がハマスの幹部を次々に殺しているようですが、この本にも幹部を拉致した時の状況が描かれています。周到な準備をして、完璧な欺騙工作によって瞬時のうちにからめ取るのです。
 でも、力で抑えようとしても、結局のところ、反発を生んで暴力の連鎖が深く広がるだけではないでしょうか。
 イスラエルの対テロ特殊部隊の実像の一端が語られている本です。著屋は志願して猛特訓を経て特殊部隊に入ったわけですが、3年間そこにいて、これ以上はもたないと思って退役しました。人を殺すことが人間として耐えられなかったのです。いくら猛特訓をしても人が人を殺すことに慣れてしまうことはできないようです。そうですよね、やっぱり。
 大晦日は、いつも近くのお寺に除夜の鐘をつきに出かけます。山の中腹にある古いお寺です。歩いて20分ほどのところにありますので、完全防寒スタイルを整えて12月31日の夜10時40分ころ出発します。フトコロには生命の水(オードヴィ。つまりブランデーと、アイポッドを市のまえます。どんなに寒い冬でも、坂道を上がっていくと、汗ばむほどになります。お寺の境内には、ちゃんとたき火が用意されています。丸太を組み合わせた本格派のたき火ですので、何時間かは持ちます。
 このところ、到着するのは先頭から3組目ほどです。毎年、一番手の顔ぶれは変わります。私が、年越しの除夜の鐘つきに来るようになったのは、もうかれこれ30年前になりますので、最古参であることは間違いありません。
 今年は鐘つきに並ぶのは少ないのかなと心配しながら待っていると、11時半過ぎになって急に参列する人が増えました。なかには小さい子どもや犬連れもいます。私は列に並ぶと、アイポッドを操作してシャンソンを聞きます。しばらく好きな歌を聴いたあとは、NHKのフランス語講座も聴いて、しっかりフランス語を復習します。なにしろ、語学はリピートが大切なのです。耳慣らしを怠ると、たちまち上の空になってしまいます。
 やがて12時が近づいてきました。先ほどはポツポツと小雨が降る気配すらあったのに、いつのまにか星も見えています。大きな北斗七星がくっきりと頭上高く見えだしました。
 鐘つきを始める前に、若いお坊さんが高齢の簡単な挨拶をします。今年は非正規雇用の人たちが解雇されるなど、厳しい状況でもありますが……、という話でした。短い言葉の中にも、今の世相を反映しているなと思いました。除夜の鐘をついたあと、紅白の小さなお鏡もちをいただいて帰ります。
 その前、0時になったとたん、遠くにあるレジャーランドから続けざまに花火が打ち上がるのがきれいに見えました。いつもは音だけだったのですが、邪魔になっていた林が霧払われて見通しが良くなったおかげです。
(2008年11月刊。1800円+税)

アメリカ・不服従の伝統

カテゴリー:アメリカ

著者:池上 日出夫、 発行:新日本出版社
 イギリスからアメリカに渡ってきたピューリタンは「天命」の正しさを信じ、おのれの行為の神聖さを疑うことがなかった。だから、インディアンがピューリタンたちの持ち込んだ伝染病で死に、また、病気を恐れて逃亡していくことを見て、「神」がピューリタンにくだされた恵みであると信じた。
 ピューリタンのインディアン討伐の戦術は巧妙で、インディアンのある部族を懐柔して他の部族と戦わせ、そのあとで、その戦いで活躍した勝者の部族を壊滅させるということをした。また、別のところでは、インディアンの戦士を攻撃する代わりに非戦闘員である女や子どもを襲って虐殺した。戦士に恐怖心を起こさせ、戦闘意欲を喪失させることを狙ったのである。
 ピューリタンにおいては、人間的な良識や思想は異端視されることが普通だった。ピューリタンは宗教的・政治的に偏狭で非人間的な世界に生きていた。
 したがって、インディアンの生存権や人格の正当性を認めようとする意志や感情を持たず、ひたすら邪教・異端の野蛮人ばかりの大陸を「約束の地」に変えなければいけない、という「明白な天命」に従う意思だけで生きていた。
 そのなかにあって、ロジャー・ウィリアムズはインディアンがヨーロッパの文明人よりも仲間に対して、また、よそ者に対しても礼儀正しく、人間愛や慈悲の心において優れていることを具体的に明らかにした。
 アメリカの独立宣言(1776年)には、「すべての人間の平等の権利」が明文化されているが、インディアンは「すべての人間」のなかには入っていなかった。インディアンは「無慈悲な野蛮人で、無差別な人殺し」であると規定されていた。
 この規定にもとづき、アメリカ政府は、インディアンの生活圏を一方的な条約や武力をつかって強奪していった。その後は、白人所有の大農園と黒人奴隷制がついていった。
 1831年8月、黒人奴隷ナット・ターナーの反乱が起きた。7人の奴隷が決起し、70人もの参加者を得て60人の白人を殺害したが、すぐに鎮圧された。
 ナット・ターナーを尋問した白人は、黒人に対する偏見の持ち主でありながら、ナット・ターナーについて「生まれながらの聡明さと鋭敏な理解力の持ち主であり、彼よりすぐれた人間にはこれまで会ったことがない」とまで書いたほどだった。
 1832年、ブラックホークはすべてのインディアンに団結を呼びかけ、4ヶ月の間アメリカ軍と戦った。最後に旗を掲げて降伏したのに、アメリカ軍は降伏して無抵抗のインディアン戦士だけでなく、女性も子どもも皆殺しにした。
 ブラック・ホークはアメリカ軍に降伏したとき、次のように述べた。
 「土地を取り上げる白人たちと戦ってきた。白人たちはインディアンを見下し、悪意ある目つきで見る。しかし、インディアンは嘘をつかないし、盗みもしない。インディアンでありながら白人と同じように悪いことをする者は、インディアンの社会では生きていけない」
 アメリカ軍がメキシコに攻めていってテキサスを併合するとき、メキシコの住民はインディアンと大差のない劣等な人種であり、我々がインディアンを根絶させているように、メキシコの住民もまた、より優秀な住民の餌食となって絶滅するだろうと公然と語られていた。それは聖職者も口にしていた言葉であった。
 このメキシコ戦争について、教会の牧師であったパーカーは次のように強い口調で述べている。
「兵隊というのは、人間の飼育することのできる動物のなかで、もっとも無益な動物である。兵隊は鉄道を敷設しない。開墾しない。穀物を作らない。自分の食べるパンをつくることも、自分の靴を直すこともしない。役立たずなのに、費用の多くかかる動物である。
 侵略戦争では、略奪と殺人が規範になり、兵士の栄誉になる。兵士は町を焼き払い、父や息子たちを殺すことを組織的に教え込まれる。そうすることが栄誉であると考えるように教えられる。しかし、これらの『栄誉』に加担した兵士たちは、生まれ育った故郷に帰って来ても市民としての生活に不向きになってしまっている」
 一見して白人ではないオバマ氏がアメリカの大統領に就任することになりましたから、かなりの変化が加速していくことでしょう。しかし、それにしてもアメリカの白人(ピューリタンを含む)の差別意識の強さと、その言動のひどさには、日本人にとって想像を絶するものがあります。 
(2008年5月刊。2200円+税)

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