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カテゴリー: アメリカ

世界を変えるデザイン

カテゴリー:アメリカ

著者 シンシア・スミス、 出版 英治出版
 こんな取り組みななされているのですね。とてもいいことだとひたすら感心しました。
 世界の人口のほぼ半分にあたる28億人は、基本的ニーズをかろうじて満たせるだけの生活をしている。そして、世界の6人に1人、11億人は、1日1ドル以下で生きている。
 1日の稼ぎが2ドル以下の世界の27億人にとって、手に入る価格かどうかが決め手だ。
 手頃な値段がすべてなのではない。手頃な値段しかないのだ。
 初年度から採算がとれ、その利益をつかって後から大幅に拡張していけるように、システム全体を開発するのだ。なるほど、なるほど、言われてみればそのとおりです。
 1日1ドル以下の収入で農村地方に住む8億人のほとんどは、住む家を持っている。でも、売ろうとしてもお金にならず、担保として銀行からお金を借りようとしても話にならない。
 1歳から5歳までの子どもの死因の第1位は、栄養失調でも下痢でもマラリアでもなく、ほとんどが家庭内で調理する時の煙を吸ったことによって引き起こされる呼吸器疾患である。
 そこで、どうするか。サトウキビの不要部分、トウモロコシの穂軸などをドラム缶いっぱいに入れ、火にかける。数分たってふたをぴっちり閉めて炭化させる。そして、キャッサバで作ったつなぎを入れて、手動プレス機で練炭型に成型する。この練炭を太陽で乾燥させる。こうやって炭を作って燃料にすると、煙が少なく、子どもへの悪影響が減らせるのである。うへー、すごいですよね。安上がりの材料で、子どもたちの健康を守れるわけなんですね。
 Qドラムという水運搬用のドーナツ型の75リットル入りポリタンクが考案されました。水運びが子どもでもできるようになったのです。水を転がして運ぶのです。なるほど、デザイン力の成果です。
 ポットインポット・クーラーというのもあります。二つの壺があり、その隙間に湿った砂を入れておく。すると、ふつうなら2、3日しかもたないトマトが、3週間持つ。
 ライフストローという大きな笛のような容器があります。個人携帯用浄水器なのです。子どもたちが、これを口にくわえて川の水を飲んでいる写真があります。これによって、チフス・コレラ・赤痢や下痢などが予防できるのです。
 お金をそんなにかけることなく、効果が目に見えて上がるようにして少しずつ大きな成果を上げていく。そんなデザインが工夫されているのです。初めて知りました。
 関係者の熱意に心から声援を送ります。
 3が日は好天に恵まれましたので、庭仕事に精を出しました。お天道さまの下での土いじりこそ最高の悦楽です。エンゼルストランペットと芙蓉はノコギリを使って根元から切ってしまいました。こうしたほうがいいのです。庭のあちこちで群生している球根を掘り起こしてやり、分球しているのはきちんと切り離して植えかえました。あまりに増えすぎたものはコンポストに放り込みます。
 刈り取った枝や枯れ葉は穴を掘って投げ込み、肥料にします。
 正月3日間で、我が家の庭がすっきりして、私の気持ちまですっかり解放感に満ちました。
 
(2009年10月刊。2000円+税)

マッカーサー

カテゴリー:アメリカ

著者 増田 弘、 出版 中公新書
 マッカーサーの率いるアメリカ軍は1941年末、フィリピンのマニラからコレヒドールへ拠点を移して籠城したが、日本軍の猛攻を受けると、マッカーサー自身はごく一部の側近を連れてフィリピンから逃亡した。同胞を見殺しにしたわけである。有名なアイ・シャル・リターンは、このときの言葉だが、それはIであってWeではない。つまり、我々ではなく、あくまで私、なのであった。そして、このあと、日本軍による「バターン死の行進」と呼ばれるものが起きる。マッカーサーの脱出劇は、本人たちが助かったものの、屈辱と汚点を残したことは間違いない。
 しかし、マッカーサーはフィリピンに再上陸した。そして、フィリピンで占領改革を実験することができた。つまり、日本占領の前にマニラである程度の予行練習をしたのである。
マッカーサーのフィリピン脱出を支えた陸軍将兵15人は、バターンボーイズと呼ばれた。
 歴代の数ある司令官の中でも、マッカーサーほど部下との間に強い関係を築き上げ、他者に排他的で大きな派閥をつくりあげた人物は類例がない。
マッカーサーは、アメリカ陸軍史上最年少の44歳で少将となった。1930年、第八代目の陸軍参謀総長に就任した。50歳の陸軍大将は最年少記録だった。
保守主義者のマッカーサーは、社会主義的なニューディール政策を掲げる民主党のルーズヴェルトとは合わなかった。
 マッカーサーは決して自己の非を認めず、絶えず責任を他者に転嫁する。そのためには強弁や虚言も辞さない。うへーっ、嫌ですね、こんな人物には近づきたくありません。
 アメリカで弁護士であったホイットニーが、マッカーサーの心証を良くしたのは、法律業務に精通していたから。ホイットニーは、たたき上げの経歴や山師的な性格、目的のためには手段を選ばず、直感鋭くマッカーサーへ接近する露骨な姿勢を示した。
 マッカーサーが戦後、厚木基地に飛来してくる直前、その先遣隊に対して日本側の対応役を務めた有末精三中将は、「芸者は何人いるか?」と尋ねた。マッカーサーが芸者など決して許さないことを知っていたアメリカの大佐は、「芸者はいらない」と返事した。
 9月2日、東京湾上のミズーリ号の甲板上で、日本降伏調印式が挙行された。この情景をハルガー大将は、「ちっぽけな国の形容しがたいほどちっぽけな代表団11人が、まるでチンパンジーが人間の服を着た格好で調印した」と書いた。
 アメリカ映画の『猿の惑星』で登場する『猿』のモデルは日本人だそうです。いやはや、なんということでしょう……。ちなみに、この原作はフランス人作家が書いたものと聞いています。
 ホイットニー率いるGSは、占領行政の心臓部である第一生命ビルで、マッカーサーやサザーランドと同じ6階に居を定める栄誉を与えられた。
 1945年9月27日、昭和天皇はアメリカ大使館にマッカーサーを訪問した。決してマッカーサー側から天皇を招いたのではなく、天皇側から自発的に会見を望んだ結果であった。マッカーサーは誰も会見に参列させず、天皇と天皇の連れてきた通訳を挟んで2人きりで話し合った。しかし、カーテンのうしろに隠れて盗み聞きしたものが二人いた。ジーン夫人と副官エグバーグだった。
 マッカーサーは、天皇が戦争犯罪人として起訴されないように単眼するのではないかとの不安を持っていた。しかし、天皇は命乞いするどころか、戦争遂行の全責任を負おうとする潔さを示したため、マッカーサーは感動する。マッカーサーは、日本の歴史に通じ、天皇制に好意を寄せ、天皇の権威を利用して円滑な占領行政を企図した。
 GSのホイットニーに激しい敵愾心を燃やしたのがG2(参謀第二部)部長のウィロビー少将である。ウィロビーは、バターンボーイズの威光を背景として、参謀部の生粋の軍人グループを統率し、GSの実施する非軍事化・民主化政策を徹底的に批判した。
 ウィロビーは、ソ連との対決に備えることを最優先するよう主張し、この観点から、日本の旧軍人や政治家・財界人らの保守勢力を根こそぎするようなパージ政策に強く抵抗した。ウィロビーは、日本の旧軍要人と緊密な関係を結ぶ一方、日本の警察に対しても影響力を行使した。片山・芦田の二代にわたる中道政権を支えるGSに打撃を与えるため、情報と公安警察を握るウィロビーG2が水面下で動いたことは間違いない。
 マッカーサーは1949年7月4日のアメリカ独立記念日に際して、「日本は共産主義進出の防壁である」と声明し、翌1950年1月の年頭の辞において、「日本国憲法は自己防衛の権利を否定しない」と声明した。日本は再軍備してはならない、日本は太平洋の中立国となるべきであると強弁していた一連の発言とは、明らかに矛盾する。
 いずれの場合にも備えて、わが身に保険をかけるのがマッカーサーの本性なのである。
 マッカーサーは、朝鮮戦争の緒戦で、情勢判断を誤った。そして、海・空軍を持って中国全土を攻撃する権利をアメリカ政府に要求し、さらには蒋介石総統が申し出た3万3000人の台湾軍を朝鮮で使いたいと要請した。トルーマンは、いずれも拒否した。
 マッカーサーは、国際的な司令官という立場を過信しており、誰からの忠言ももはや耳に入らなかった。
 マッカーサーがトルーマン大統領によって司令官を解任されて日本を離れるとき、日本人が20万人以上も道を埋めて見送ったそうです。そして、サンフランシスコでは50万人ものアメリカ人が出迎えました。ところが、やがてマッカーサー熱は急速に冷めていったのです。結局、マッカーサーはアメリカ大統領にはなれませんでした。
 490頁ほどの新書版ながら、マッカーサーという尊大かつ矛盾した「偉大な」司令官について、とても勉強になりました。
 
(2009年3月刊。1100円+税)

ゲバラの夢、熱き中南米

カテゴリー:アメリカ

著者 伊藤 千尋、 出版 シネ・フロント社
 『君の夢は輝いているか』のパート2です。著者は私と同じ団塊世代です。朝日新聞の記者でしたが、ついに定年退職したようです。こればかりは、どうしようもありませんよね。
 学生時代にキューバに行き、記者として中南米で特派員として活躍しました。
 中南米の変わりようは、驚くべきものがあります。かつてのアメリカ言いなりの軍部独裁政権が次々に倒れ、庶民が大統領にのぼりつめました。ブラジルのルラ大統領がその典型です。今どき、真面目に社会主義を目ざすと言っているベネズエラのチャベス大統領もいます。今や南米大陸は「反米大陸」となったのです。それほど、民衆のなかにアメリカの反発は強いわけです。やはり、武力で抑えつけるだけの政治は長続きしないのですよね。
 チェ・ゲバラがアルゼンチンに生まれたのは、1928年6月14日。ということは、私より20歳だけ年長です。日本にも来たことがあるそうです。が、そのときには、こっそり広島に来たということです。1959年7月でした。
 ゲバラはボリビアの山中でつかまり、1967年10月9日に銃殺されました。これは、私が大学1年生の秋のことです。そのころ、私はセツルメント活動に励んでいる、18歳でした。ゲバラは享年39歳です。
 ゲバラはボリビアの山中でゲリラ戦を展開しようとしたが、ボリビアの農民はゲリラを支持しなかった。農地改革で農地を得ていたからだ。そして、ラテン系のキューバ人と違って、アジア系の先住民が主体のボリビア人は性格が暗い。
 ええっ、そう言われると……困ってしまいますよね。
 ゲバラの人気は、今や世界的なものがある。アメリカでも、ゲバラはファッションにさえなっている。
 ゲバラは理想を抱き、理想に生き、理想に死んだ。次の言葉は、ゲバラの言葉です。
 もし我々が空想家のようだと言われるなら、救い難い理想主義者だと言われるなら、できもしないことを考えているといわれるなら、何千回でも答えよう。そのとおりだ、と。
 いやあ、こんなことはなかなか言えませんよね。すごい言葉です。初心忘れるべからずといいますが、まさしくそのことを文字どおり実践したのですね。
 最近、ゲバラを描いた映画2本が上映されましたが、本当にいい映画でした。見ていない人はDVDを探し出してぜひ見てください。ゲバラの生きざまを通して、我が身を振り返ることができます。
 革命後、キューバは中南米一の教育・福祉先進国になった。革命前は国民の3分の2が文盲だったのに、今や字が読めない人は1.5%しかいない。授業料は幼稚園から大学まで完全に無料。病院で治療費を支払う必要もない。
 平均寿命は革命前の50歳から74歳にまでなった。
 キューバは平等で、スラムがない。治安の良さと清潔さは中南米一。アメリカの映画『シッコ』を見ると、いかにアメリカの医療制度が貧乏人に冷たく、キューバが優れているか、一目瞭然です。
 アメリカという国は、国民を切り捨てて、ひらすら「自己責任」を押し付ける国である。
 まったく同感ですね。機会の平等を奪っておいて、その結果に甘んじろというのが「自己責任論」です。そして、機会を奪われたという自覚のない大勢の人が「自己責任」論に共鳴しているという悲しい現実が今の日本にあります。
 北九州で全国クレサラ交流集会があり、参加してきました。参加費5000円(懇親会つき。弁護士・司法書士だと1万円)と高いのに、全国から1500人も集まり、大盛況でした。
 このとき二宮厚美教授の話を聞きました。東京には裕福な階層が140万人もいて、彼らは1杯1万円のコーヒーを飲み、一泊150万円のホテルに泊まったりするそうです。
 ワーキングプアが増えている一方で、スーパーリッチも増えているのですね。格差の増大は健全な日本社会を壊してしまいます。セーフティネットを構築し、福祉と人間にもっとお金をつぎこみ、大切にしようとの呼びかけがありました。まったく同感です。
 
(2009年10月刊。1500円+税)

冬の兵士

カテゴリー:アメリカ

著者 反戦イラク帰還兵の会、 出版 岩波書店
 イラク・アフガン帰還米兵が語る戦場の真実というのがサブ・タイトルになっています。ここで語られる内容は実におぞましく、寒々としています。まさしく寒風吹きすさぶ中で立ち尽くす冬の兵士を思わせます。そして、イラクへの侵攻、アフガニスタンへの派兵の増強をアメリカがしようとしているのは、根本的な間違いだと痛感させられます。
 アメリカのように他国の権利をいとも簡単にふみにじる国は、実は自分の国民、アメリカ人も冷たく扱い、切り捨てるものだと痛切に感じました。
 捨て置き武器という言葉を初めて知りました。
 アメリカ兵たちはAK47ライフルを一丁携行している。自分たちが撃ってしまった人物が武器を持っていなかったとき、そのAK47を死体のところに置いておく。それから部隊は、その銃を基地に持ち帰り、先ほど射殺した男が敵性戦闘員だった証拠として提出する。うへーっ、アメリカ軍って、こんなに手の込んだごまかしまでやっているのですか……。信じられません。2003年3月から2006年7月までのあいだに、18万6000人のイラク国民がアメリカ軍とその連合軍によって殺害された。これはイギリスの調査報告書に載っている数字だ。
 アメリカ軍に同行する記者がいるときには、極端に行動が変わる。決して普段と同じふるまいはしない。常に規則正しく行動し、すべて教科書どおりに動く。
 キューバのグアンタナモ基地で働いた兵士の体験談もあります。
 尋問室で、被収容者は手と足に枷をはめられ、それで床につながれ、腰掛けられるものは何もなく、耳をつんざくような大音量の音響が鳴っていて、室温は零下5度とか10度とかいうように震えるほど寒い。ここに12時間とか14時間入れられ、取り調べを受ける。これが拷問でないはずがない。うひょう、これってまさしく拷問そのものです。
 アメリカはイラクで2万4000人以上を収容していた。彼らは逮捕状もなく起訴されることもなく、法廷で自己を弁護する機会も与えられないまま、無期限に抑留されている。
 ベトナム戦争では、7500人のアメリカ女性が従軍した。湾岸戦争のときは、4万1000人だった。しかし、イラクとアフガニスタンには、これまで16万人を超える女性兵士が配置された。現在、アメリカ軍の現役兵士のうち15%と、前線に配置される兵士の11%を女性が占める。
 退役した女性兵士の3分の1が、軍隊にいたあいだにセクハラや強姦の被害にあい、71%~90%が任務をともにした男性からセクハラを受けたという。
 国防総省は、誘拐犯や殺人犯の入隊は許すのに、自ら公言しているゲイとレズビアンは入隊させない。なぜか。2003年から2006年までのあいだに、軍隊は経歴に問題のある10万6000人を入隊させた。これには、麻薬犯6万人近くが含まれている。
 イラク・アフガニスタン帰還兵のうち29万人近くが、軍人省に障がい者手当を申請した。
 ホームレス人口の3分の1は帰還兵である。
 退役軍人医療制度が実効あるものとして機能していないことへの不満が多く語られています。戦場で心身に故障をもつようになったアメリカの青年が、冷たく放置されているのです。アメリカの民主主義は、お金と力のあるもののみを対象としていることが、ここでもよく分かります。
 毎週、平均120人の帰還兵が自殺しているというデータがあるそうです。
 イラクとアフガニスタンに展開中の戦闘部隊の兵士のうち、22%ないし17%が日々を乗り切るために医師の処方箋を必要とする抗うつ剤や睡眠薬を併用して服用していた。
 過酷な戦場のなかで、多くのアメリカの青年が心身ともに壊れていっているのですね。戦争にならないような知恵と工夫がいよいよ求められていると思います。
 アフガニスタンへ日本が自衛隊を派遣するなんて、もってのほかです。
 
(2009年9月刊。1900円+税)

目覚めよ!借金世代の若者たち

カテゴリー:アメリカ

著者 アーニャ・カメネッツ、 出版 清流出版 
 日本の学費は、本当に高いですよね。高くなりすぎました。40年も前のことになりますが私が大学生のころは、月1000円でしたから、年にしても、1万2000円の授業料でした(国立大学)。そして、寮費も同額でした。奨学金のほうは給付5000円、貸与3000円です。寮に住んでいると、最低月1万3000円で生活できました。家庭教授のアルバイト月8000円(週2回)をして、机運びの臨時アルバイトをしたら、親の仕送りがなくても(私は、もらっていましたが…)どうにか生活できていました。
 いま、日本の大学生にも授業料をタダにすることを求める動きが出てきていますが、圧倒的少数派ですし、目立つほどの運動にはなっていません。でも、北欧もフランス・ドイツも、大学の授業料はタダです。それどころか、生活費を国が支給してくれるところだってあります。要するに、子どもに投資して人材を育成したら、そのリターンは大きいということから、国の政策になっているのです。ところが、日本が何かにつけて手本にしているアメリカはまるで違います。ともかく大変高額の授業料をとります。そして、学費ローンを発達させ、学生を卒業してまでローン返済でしばりつけているのです。アメリカって、本当に人間を大切にしない国ですよね。そして、貧乏人は大学へいけないようにしたうえで、軍隊へ勧誘するのです。イラクとアフガニスタンで亡くなった5000人以上のアメリカ兵のかなりの部分が、そんな人たちだったのではないでしょうか。
ここ30年間、アメリカの大学授業料は、インフレよりも、さらにここ15年では、家庭の収入よりも速いスピードで上昇している。4年制大学の学生の3分の2は、学資ローンによる借金を抱えて卒業する。その借金は、平均192万円で、これは毎年増大している。
 教育のあらゆる段階で公的な投資が減少しており、その直接的な結果が、実際に、今日の若者は、親の世代よりも教育を受けていないという現象になって表れている。
 高校の卒業率は、全国平均67%である。アメリカの大学生は、半数が24歳以上で、56%が女性である。20代のアメリカ人の若者の3人に1人近くが大学の中退学者である。
 クレジットカードは、学資ローンというサメのうしろを泳ぐピラニアだ。サメより小さいけれど、もっと貪欲である。学資ローンを扱うのは民間企業であり、数千億円という利益をあげている。学資ローンは、いまのアメリカで数千億円の利益をもたらしながら、補助金や保証によって、リスクからしっかり守られている。
 大学を卒業した時点で、月9万円ものローン返済をしなければならないとしたら、大変なこと。そこで、学生返済のため必死になっているので、法律扶助教会や公的な目的のために活動している団体は、優秀な学生を集めるのに苦労している。
 アメリカが徴兵制度を廃止してからの30年間に、軍隊は、労働者層の野心的な若者たちが職業訓練や大学援助金を得るための数少ない選択肢となった。アメリカ軍は毎年36万5000人を入れる必要があるが、空軍以外はずっと募集目標を達成しできていない。そこで、軍の新兵募集係は、毎週1回は高校にやってくる。
 アメリカの財政赤字のおもな原因は、ブッシュ大統領が数回にわたって大幅な減税をしたため。ブッシュの減税のほとんどは、企業や最高富裕層を対象としたもの。若者の賃金のうわ前をはねて、今日の大金持ちへの懐を太らせている。このことがアメリカの財政赤字を生みだしている。いやはや、格差拡大はアメリカの政権の政策の結果なのです。
 全国的に労働組合運動はひどい状況にある。このような現状を打開するため、若者は政治行動に立ち上がることを呼びかけている。
 この本は、現状に絶望せず、変革のために立ち上がることを呼びかけています。
 日曜日に庭仕事をしていると、えもいわれぬいい香りが漂ってきました。見上げると、キンモクセイの花が木を前面に覆わんばかりです。黄色というより橙色です。そのそばに、紫式部の小粒の花も咲いています。いよいよ稲刈りが始まりました。秋本番です。
 
(2009年7月刊。1900円+税)

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