法律相談センター検索 弁護士検索
カテゴリー: アメリカ

アマゾン文明の研究

カテゴリー:アメリカ

 著者 実松 克義、現代書館 出版 
 南アフリカのアマゾンに実は高度な文明社会があったという驚くべきレポートです。2段組350ページの大部な本ですが、信じられないような事実が満載でした。
 アマゾンには世界最大の熱帯雨林がある。アマゾンは世界最大の河川である。そこに存在する水量を世界中の淡水の20%に達する。川が作り出す流域面積はアメリカ合衆国に匹敵する。
 アマゾン川の特徴の一つは、水源の多さである。無数といってようほど、多くの水源があるので、最奥の源流を特定するのは困難である。
 アマゾン川の河口は350キロを越える。河口に九州ほどの島、マラジョ島が存在する。世界中の生命種の3分の1以上がアマゾン熱帯雨林にいると言われるほど、生命種の多様性が存在する。
 このまま行けば、アマゾンの熱帯雨林は数十年のうちに消失すると予想される。この破壊は肉牛のための牧草地の確保と大豆などの農業地の確保による。
このアマゾンは、人間とは無縁の未開の処女地と思われてきた。しかし、最近になって、実は、この地域にかつて大規模な人間の営みがあったことが分かりつつある。アマゾンの各地で古代人が建設した大規模な居住地、道路網、運河網、堤防システム、農耕地あるいは養魚場が発見されている。
アマゾン上流には、紀元前2000年ころからモホス文明が存在した。ただし、規模が大きくなるのはキリスト誕生ころから500年までのこと。
 その過酷な自然環境を人間が居住しやすいように造りかえるという大土木工事を実施した。運河網をつくり、農業システム、魚の養殖システムを構築した。そのためにはリーダーを頂点とする強力な政治組織、統治形態が存在した。ここには、大量の土器類が存在した。アマゾン各地に非常に大規模な古代文明が存在した。これらの社会は規模の大きさからして、巨大な人口を擁していたと考えられる。
 当時のアマゾンの人口密度は非常に高かった可能性がある。各地で大規模な居住地が建設され、また食料生産のための農業技術、あるいは農耕地の開発が行われた。
 その結果、現在550万平方キロもある熱帯雨林の大半は開墾された農耕地であった可能性がある。しかし、アマゾン全域を統一するような超国家的社会は存在しなかったと考えられる。
 アマゾン地域には、コロンブス到来時には1000万人もの人口があったと言われるが、実はこれは控え目ではないか・・・・。
 うへーっ、し、しんじられませんよね。こんなことって、本当なんでしょうか・・・・。
 まあ、事実は小説より奇なり、と言いますからね、どうなんでしょう。
(2010年3月刊。3800円+税)

ヤノマミ

カテゴリー:アメリカ

 著者 国分 拓、 NHK 出版 
 
 アマゾン奥地で1万年来の生活習慣を守って住み続けるヤノマミの人々と150日間にも及ぶ同居生活を過ごした日本人による、驚きのルポルタージュです。まずもって、その勇気に敬服します。そして、大病もせず、なんとか無事に帰国できたことにさらに敬意を表します。ヤノマミとは、彼らの言葉で「人間」を意味する。ヤノマミは、「文明」による厄災から免れている奇跡的な部族である。
 アマゾンの奥深く、ブラジルとベネズエラにまたがる広大な森に生きる先住民であり、推定3万人ほどが200以上の集落に分散して生活している。
 ヤノマミはシャボノというドーナッツ型の巨大な家に住む。家の直径は60メートル、中央部分は空地になっている。家族ごとの囲炉裏があり、柱にハンモックが吊られている。囲炉裏と囲炉裏の間に間仕切りはない。だから、食べているときも、寝ているときも、そして性行為の最中でさえ、他人から丸見えとなる。シャボノには「プライバシー」がまったくない。うひょお、こんなところに日本人が入り込んで3ヶ月間も生活していたんですか・・・・。もちろん、初めのうちは現地のコトバもまったく通じません。そんななかで、よくぞ生きのびたものです。
祝祭のための狩りを除いて、腹が空かない限り、狩りにはいかない。好きなときに眠り、腹が減ったり狩りに行く。起きて、食べて、出して、食糧がなければ森に入り、十分に足りていれば眠り続ける。「富」を貯めこまず、誇りもしない。
 女たちは集団で畑仕事をする。そのときには、いつも笑い声が絶えない。ヤノマミの人々は性に大らかだ。いわゆる「不倫」は日常茶飯事で、身体だけの関係や遊びにしか思えない性交渉も多い。
 ヤノマミの話は、反覆が非常に多い。文字を持たないヤノマミにとって、必要な情報は言葉で伝えるしかない。だから大切なことは、すべて記憶しなければいけない。それで、情報は何度も何度も繰り返して伝えられる。
 ヤノマミの男は、1歳にならないうちから玩具の弓矢を親からもたされ、使い方を身に着ける。10歳になったら親や兄弟の狩りについていって、狩りの仕方を覚えていく。
 ヤノマミの社会では、一人で獲物をとれないうちは男として認められない。
 ヤノマミは、動物の胎児を決して食べない。そのまま森に置かれ、土に還される。
 ヤノマミのしきたりでは、死者に縁のあるものは、死者とともに燃やさなければならない。そして、死者にまつわるすべてを燃やしたのち、死者に関するすべてを忘れる。名前も、顔も、そんな人間がいたことも忘れる。ヤノマミは、死者の名前を決して口にしない。
 死者の名前を口にしないのは、思い出すと泣いてしまうからだ。その人がいなくなった淋しさに胸が壊れてしまうからだ。ヤノマミは言葉にせず、心の奥底で想い、悲しみに暮れ、涙を流す。死者の名前を忘れても、ヤノマミは泣くことを忘れない。年に一度、死者を掘り起こして、その骨をバナナと一緒に煮込んで食べる祭りがある。死者の祭りと呼ばれている。だから、ヤノマミには墓がない。遺骸は焼いて、埋めて、掘り起こして食べてしまう。ヤノマミにとって死とは、いたずらに悲しみ、悼み、神格化し、儀式化するものではない。われわれには見えない大きな空間の中で、生とともに、ただそこに有るものなのだ。
ヤノマミの長老にも、長老会議にも、国家権力や法律のような、暴力や報復装置をともなう強制力はない。ここでは、残ることも出ることも、結局のところ、個人の自由である。
 妻の不倫が発覚したとき、三つのルールがある。一つは、制裁を受けるとき、間男は抵抗してはならない。二つは、間男を殺してはならない。三つは、妻は制裁を受けない、ということ。すごいルールですよね、これって・・・・。
 ヤノマミの男にとって理想の女とは、身体つきが豊満で、よく働き、よく笑う女である。そして、ヤノマミの女は、おしなべて気が強い。
 ヤノマミの女は必ず森で出産する。あるときは一人で、あるときには大勢で、しかし必ず森で出産する。ヤノマミにとって、生まれたばかりの子どもは人間ではなく、精霊なのである。ヤノマミの子どもは、4歳から5歳になるまで、名前がない。
 ここには、「年子」はいない。なぜか?精霊か人間か、ここでは母親が決める。どんな結論が下されても、周りはそれを理由も聞かずに受け入れる。そして人間として迎え入れた子どもを両親は生涯をかけて育てる。男も、何も言わず狩りの回数を増やす。ヤノマミの男は、出産には一切関わらない。関心をもたず、立会いもしない。人間の血を大量に見ると、男がもっとも大切にしている勇気が失われると思っている。
 2007年11月から、2008年9月まで、3回にわけて、合計150日間もヤノマミの人々のなかで生活した体験記です。すごい本だと感嘆してしまいました。人間とは何かを考えさせてくれる本です。それにしてもヤノマミに不倫が多いなんて、現代日本とよく似ているので、つい笑ってしまいました。
(2010年3月刊。1700円+税)

アメリカから「自由」が消える

カテゴリー:アメリカ

著者:堤 未果、出版社:扶桑社新書
 私は久しくアメリカに行っていませんが、この本を読むと、ますますアメリカに行く気が薄れてしまいます。
 だって、空港で「ミリ波レントゲンによる全身スキャナー」(ミリ波スキャナー)で全身画像をとられてしまうのですよ。素っ裸にされるようなものです。
 この「ミリ波スキャナー」は、現在アメリカ国内19の空港に40台も設置されている。アメリカ政府は、「ミリ波スキャナー」150台を2500万ドル(25億円)で購入し、2010年初め、さらに300台を追加注文した。値段は1台につき15万ドル(1500万円)。
 このミリ波スキャナーに乳ガン手術で左胸に埋め込んだシリコンが引っかかった。人工肛門の人が引っかかり、その場で下着をまくって職員に見せなければいけなかった。
 このようにして身体内に埋め込んだインプラントの存在を空港でさらけ出さなくてはいけなくなる。
 さらに、私なんかが載っているとは思っていませんが、空港で警備・搭乗拒否リストが際限なく増えているというのです。
 搭乗拒否人物4万千人、搭乗の前に追加でセキュリティ・チェックを要する人物7万5千人。9.11前にリストにあったのは、わずか16人だったのが、今や11万9千人に増えている。そのなかには、緑の党のメンバーやキリスト教系平和活動家、市民派弁護士もふくまれている。
 さらに、アメリカ政府は、人々の頭の中を読みとれる装置を企業に開発させているという。たとえば、テロ関連画像を見せられ、反応する瞳孔の開き方や心拍数の変化、体温の上昇などを、最新式の「読心センサー」に読みとらせる。また、対象者の掌を通して、「敵対的な思想」を感知する技術が開発されていて、既に空港で試験中である。うへーっ、や、やめてくださいな。それはないでしょう・・・。
 今や、この警備業界は大変な成長産業になっている。2003年の時点で登録した企業は569社。利益は15兆円をこえた。それからさらに増えて、2010年には1800億ドル(18兆円)という大規模な巨大市場に成長している。
 うへーぇ、テロ対策がアメリカでは、早速にも、お金もうけの舞台になっているのですね。いやですよ、そんなこと・・・。
 9.11以降、ニューヨーク市内にある監視カメラは激増し、地下鉄だけで2000台、市営住宅には33000台をこえる監視カメラが設置されている。ニューヨーク警察が2008年に導入したヘリコプターは、3キロの上空から人の顔が識別できるハイテク仕様だ。
 日本がアメリカのようになってはいけないことを改めて痛感させらる本です。読みたい本ではありませんが、知っておかなければいけない現実です。
(2010年4月刊。700円+税)

グリーン・ゾーン

カテゴリー:アメリカ

著者 ラジブ・チャンドラセカラン、 出版 集英社インターナショナル
 グリーン・ゾーン内では、食べ物のすべて、ホットドック用のソーセージを茹でる水まで、イラク国外の指定業者から調達するべしというアメリカ政府の規則がある。
 そこでの料理は、みんなが故郷にいるような気持ちになれる者でないといけない。その故郷とは、アメリカ南部を指す。
 共和国宮殿の中ではワシントンの連邦政府庁舎と同じ規則が適用されている。誰もが身分証明書用のバッジをつけ、天井の高い大広間では行儀よくすることが求められている。
 グリーンゾーンの外に出るには、最低でも自動車を2台連ねなくてはならず、しかも、それぞれM16ライフルか、それ以上に強力な武器を携行することになっている。
 ブレマー総督がグリーンゾーンを出るときには、2台の多目的装甲車が先導する。片方の屋根には50口径の機関銃が据え付けられ、もう片方は手榴弾発射装置を載せている。それと同じ武装の装甲車のペアが後方を固めている。4台の装甲車のすべてに、M16ライフルと9ミリ拳銃で武装した兵士が4人ずつ乗っている。4台の装甲車に前後を挟まれて縦隊走行する3台のGMCサバーバンが厳重な警護という分厚い甲羅の、いわば「中身」だ。
 イヤホンを耳に挿し、M4自働ライフルを抱え、胴体を覆うケヴラー社製の防弾チョッキは、カラシニコフの銃弾も跳ね返すセラミック補強板入りである。彼らは全員、階軍特殊部隊SEALのOBで、民間警備会社ブラックウォーター社の職員だ。
 ブレマー総督の乗るサバーバンは、窓は2センチ近い暑さの防弾ガラスで、ドアはRPG弾の攻撃を受けても大丈夫のように鋼鉄の板で補強してある。CPA職員を集めるときには、ブッシュ大統領と共和党に対する忠誠心が重視された。
ブレマー総督を護衛する傭兵は、1日1000ドルの報酬を受け取る。
 バクダッド市内では何百台ものパトカーが盗まれ、個人タクシーに転用されていた。
 戦争終結直後、当時のバクダッドの恐怖と無秩序は、宝の山だった。
 イラクにおける医療サービスは、長いこと、すべて無料だった。
 イラクの原油埋蔵量は世界2位か3位だが、イラクの製油所の精製能力では、突然倍以上に増えた自動車すべてのガソリンタンクを満たすことはできなかった。
 CPAがイラクへの輸入車の関税をゼロにしたおかげで、ヨーロッパじゅうから安い中古車に流入した。渋滞が慢性化するのは当然だった。
 イラクで選挙を実施するうえで最大の障害は、長いこと国勢調査が実施されていないということ。国勢調査なしでは、各県の人口も把握できず、したがって、議席数の配分も決められないことになる。
 サドル師が指揮する暴動に直面して、イラク全土の警察や政府系の民兵組織があっけなく崩壊したことに、CPAは驚愕した。その数日後、ファルージャでの市街戦で、アメリカ海兵隊を支援するよう命じられた新生イラク軍の大隊が命令に従うどころか反乱を起こしたことに、CPAはまたしても驚いた。
 この2つの事件から、ブレマーによる1日イラク軍の解体命令のあと、新しい警察と軍隊をゼロから作り直すというCPAの戦略の根本的な欠陥が明らかになった。ちなみに大暴動が起きた時点で勤務していた警官9000人のうち、6500人が訓練を受けていなかった。また、警察にも民兵4万人の市民防衛隊にも十分な装備を支給していなかった。
 「ファルージャ旅団」と名付けられた旧イラク軍人部隊の投入は大失敗に終わった。彼らは、アメリカ海兵隊の配った砂漠戦用の迷彩服ではなく、旧イラク陸軍の戦闘服を着用した。そして、反乱軍と対決するどころか、元軍人たちは、ファルージャに向かう道の検問所に陣取るだけだった。いや、やがてそれもやめた。結局、海兵隊が「ファルージャ旅団」に渡したカラシニコフ機関銃800挺、ピックアップトラック27台、無線機50台は、いつのまにか反乱軍の手に渡っていた。
 アメリカによるイラク占領の実に寒々とした実体がこれでもか、これでもかと明らかにされています。侵略者アメリカはイラクからすごすごと退散していくしかなかったのです。
 といっても、2009年10月までにイラク駐留外国軍兵士の死者は4667人。そしてイラク人の死者は10万人から60万人にのぼるというのです。これは、9.11の死者3000人をはるかに上回る大変な数字です。事実を直視しなければいけません。
 私は、アメリカ映画『グリーン・ゾーン』も見ましたが、イラクに大量破壊兵器がないことを知りながらイラクへ侵攻させたアメリカ政府の責任はきわめて重大です。おかげで世界平和がまたまた遠のいたように思います。
(2010年2月刊。2000円+税)

カデナ

カテゴリー:アメリカ

著者:池澤夏樹、出版社:新潮社
 私が物心ついたころ、既にベトナム戦争は始まっていました。大学生のころは、その絶頂期でした。あとで知ったのですが、私とまったく同世代のアメリカ人青年がベトナムのジャングルに送られ、「ベトコン」と戦い、殺し、殺されていたのです。50万人ものアメリカ兵がベトナムに送られていたなんて、とても信じられません。いま、イラクにも50万人ものアメリカ兵はいないでしょう。そして、ベトナムに送られたアメリカ人の1割にあたる5万5千人の青年が戦死しました。もちろん、ベトナム人の死者は桁が2つも違います。
 今も当時も、私には、アメリカのベトナム戦争に大義があったなんて考えられません。まさに大義なき侵略戦争でした。アメリカ帝国主義の威信をかけた侵略戦争です。超大国アメリカが最新兵器を続々と送り続けて、ついにベトナムの人々から惨めに叩き出されてしまったのです。サイゴンのアメリカ大使館からヘリコプターにぶら下がって逃げ出していくアメリカ人の醜い姿を見て、みんなで手を叩いて喜んだものでした。侵略者の哀れな末路です。
 この本は、まだアメリカがベトナムに北爆していたころ、沖縄でのささやかな反戦運動をテーマとしています。
 アメリカ空軍のB52がベトナムの上空に入りこんで、大々的に爆弾を落としていきます。ひどいものです。許されることではありません。そのルート、目的地、日時を探り出し、ベトナムに伝達する。それを使命とした人が沖縄にいたのでしょう。沖縄から飛び立つB52の操縦士たちに近づいて情報を得て、ベトナムに知らせるのです。それをフツーの市民がやっていたのでした。そして、アメリカの脱走兵を逃がす仕事もありました。
 B52機が沖縄の基地で、大爆発するという事故も起きました。
 ベトナム人を虐殺するのに関わって罪の意識にさいなまれ、悩むアメリカ兵も登場します。そうでしょうね。人間として当然の反応です。
 日常生活の淡々とした情景描写のように見せて、沖縄におけるベトナム反戦の取り組みの一コマを垣間見せてくれる貴重な本だと思いました。
 私にとっても、この小説の舞台となった1968年は忘れられない年です。大学2年生のとき、東大闘争が始まったのでした。
(2009年10月刊。1900円+税)

福岡県弁護士会 〒810-0044 福岡市中央区六本松4丁目2番5号 TEL:092-741-6416

Copyright©2011-2025 FukuokakenBengoshikai. All rights reserved.