法律相談センター検索 弁護士検索
カテゴリー: アメリカ

100年の残響

カテゴリー:アメリカ

著者    栗原  達男  、 出版   彩流社
 西部の写真家、松浦栄。こんなサブタイトルのついた写真集です。
 松浦栄は、明治6年(1873年)に東京は向島で生まれ、27歳のとき単身アメリカに渡った。シアトルに上陸し、西部にあるオカノガン峡谷で町の写真家となった。1913年、惜しくも39歳の若さで独身のまま病死した。
 松浦はインディアンと親しくつきあうためにチヌーク語(フランス語、英語、インディアン語の混合語)までマスターした。
 100年前、すでにアメリカの人々は野球場でプレーしていた。インディアンの居住するティピが近くに林立する中で、人々が野球に打ち興じている写真があります。
 今はさびれ果てた小さな町ですが、当時は銀山景気にわいていたようです。
 当時、すでに絵ハガキが売られていたのには驚きました。そして、フランク松浦のとった写真が、今、町のあちこちで建物の壁を大きく飾っています。町の人々にとっても100年前の風景はなつかしいものなのです。なんと100年前の建物がそのまま残っています。
 メインストリートで人々が大勢あつまって競馬を楽しんでいる写真があります。屋根の上にまで見物する人々が鈴なりです。インディアン一家が8人の子どもと一緒におめかしして馬車に乗って出かけている、そんなのどかな光景も撮られています。
 ビリヤード店の外側に男たちが18人もずらりと並んで腰かけている様子は壮観です。
インディアンの住むティピ(テント)が円形にずらりと囲むキャンプ地の遠景写真は一見の価値があります。それだけインディアンの人々と仲良くなっていたのでしょうね。
 100年前のアメリカ西部の様子を伝える貴重な写真集です。
(2011年7月刊。3800円+税)

ゲーリー家の人々

カテゴリー:アメリカ

著者   フランク・J・ウェブ   、 出版  彩流社  
 アメリカ奴隷制下の自由黒人というサブタイトルがついています。1857年にイギリスは、ロンドンで出版されていた本です。著者はアメリカ・フィラデルフィア生まれの自由黒人。
 自由黒人とは、奴隷ではないが、アメリカ市民でもなかった。自由黒人は、アフリカから奴隷として連れてこられた人々やその子孫のうち、主人からの解放によったり、自らを買い上げたり、または法律の施行などにより、奴隷の身から開放されたアフリカ系の人々をさす。1790年に実施された初の国税調査によると、黒人の総人口は76万人ほど、うち自由黒人は6万人だった。70年後の1860年には49万人になっていた。
 自由黒人の多くは、白人と黒人との婚外婚による混血だった。白人たちは一滴主義を説き、かなりの量の白人の血が流れていても、一滴でもアフリカ系の血が流れていれば、黒人扱いをし、自分たちの同胞とは認めなかった。また。また母が奴隷である場合は、その子どもは父の人種にかかわらず奴隷とし、黒人と呼んだ。一滴でもアフリカ系の血が混じった兄弟は、白人社会の市民として受け入れられなかった。
 だから、見かけはまったく白人であり、話していても白人そのものであっても、黒人という人たちがいたわけです。この本は、そのことにともなう悲劇も描かれています。
 自由黒人に対する憎悪は、やがて彼らを擁護する奴隷制度廃止論者である白人への迫害としてもあらわれた。1834年8月、白人暴徒たちがフィラデルフィアの黒人地区に行進し、さまざまな暴力をはたらいた。この本は、この暴動事件を背景にして展開していきます。
1852年、ストウ夫人が『アンクルトムの小屋』を出版し、大ベストセラーになった。
この『ゲーリー家の人びと』は、アメリカ社会が見て見ぬふりをしてきた自由黒人の日常を初めて描いている。この本はアメリカではなくイギリスで出版され、イギリス国内ではなかなかの評判をとったが、アメリカでは何の反響もなかった。
人間を奴隷として使って何ら恥と思わないアメリカ市民がついこのあいだまでいたのですよね。そして、不当な差別がまかり通ってきました。その意味では、オバマ大統領の誕生は画期的です。しかし、オバマさんも次期再選へ向けては苦戦しているようですね。イラク、アフガニスタンへの侵略戦争は許し難いものですが、国内経済の立て直しに四苦八苦しているようです。
『リンカン』伝を読んだばかりなので、アメリカにおける黒人差別歴史の深刻さを再認識させられました。
(2011年1月刊。3500円+税)

アマゾン

カテゴリー:アメリカ

著者    ジョン・ヘミング  、 出版   東洋書林
 アマゾンのジャングル(密林)は地球上の酸素濃度の維持に多大な貢献をしているのですよね。ところが、そのジャングルに次々に開発道路が出来て、どんどん切り開かれています。人間が地球上にすめるのかどうか危ぶまれているのです。そして、その原因づくりに日本も一役買っています。いわば、私たち日本人も大自然破壊に手を貸しているのです。決して他人事(ひとごと)ではありません。
20世紀末までにアマゾン流域で破壊された森林全体の4分の3は大規模と中規模の牧場が引き起こした。ブラジルは、いまや世界最大数の牛を飼う、世界有数の牛肉輸出国である。そして、大豆をブラジルに輸入したのは100年前の日本人移住者だ。現在、ブラジルは、アメリカに次ぐ世界第二の大豆輸出国となっている。木材の切り出し、牛の放牧、そして大豆栽培がいっしょになり、雨林の破壊を加速させた。アマゾン流域中で、国土の14%にあたる64万平方キロメートルの雨林がチェーンソーとブルドーザーによって簡単に破壊され始めて、40年間のうちに消滅した。これはテキサス州の広さにあたり、フランスの国土より大きい。この密林が永久になくなってしまった。うっそーと叫びたくなるほどの事態です。
 アマゾンの森林は1年間に5億6000トンの窒素を吸収する。もし伐採されたら、この吸収機能が止まるだけでなく、そのかわりに温室ガスを大量に発生することになる。
 アマゾン川流域は、世界最高の生物多様性を有している。昆虫学者は、虫の多さに敬服する。アマゾン川流域の2000種の蝶は、世界の蝶の4分の1にあたる。3000種のハチは、地球全体のハチの10%にあたる。
 アマゾン川流域には、かつては相当の人口があり、文明があったようです。ところがヨーロッパ人が入ってくると、劇的に人口は減少した。その主たる原因は病気だった。その次に、逃亡だった。ヨーロッパ人は現地の人々を捕まえて奴隷労働を強いて酷使した。
 当初のヨーロッパ人たちは残虐行為を平気でしていたようです。でも、彼らは大自然には手をつけませんでした。大自然に手をつけたのは現代の我々なのです。アマゾンの過酷な実情、そして文明人たちがこれほど慈悲のない仕打ちを現地の人々に対して加えていたことに戦慄せざるをえません。アマゾン流域の保全に国際社会はもっと目を向けるべきだとつくづく思いました。
(2010年5月刊。6500円+税)

刑務所図書館の人びと

カテゴリー:アメリカ

著者    アヴィ・スタインバーグ  、 出版   柏書房
 アメリカは世界史上最大の犯罪者収容施設を有している。アメリカの人口は世界人口の5%だが、受刑者数は全世界の刑務所人口の25%を占めている。アメリカの都市のひとつ分の人口が服役中で、投票権を持っていない。
そんなアメリカの刑務所に図書室があり、そこにハーバード大学を出たユダヤ人青年が働くようになって体験した出来事が書きつづられています。面白く哀しく、そして日本はアメリカみたいになってはいけない、つくづくそう思わせる本です。
 刑務所の図書室は混みあっている。そこは禁酒法時代のもぐり酒場みたいな雰囲気になり、読書のための静かな空間とは言いがたい。しんと静まり返っていることはほとんどない。刑務所の図書室は、交差点みたいなもので、大勢の受刑者が差し迫った問題に対処するためにやってくる。
 正統派ユダヤ教徒のコミュニティでは、法律家か実業家か医者になる見込みがなければ、つまり大学を卒業したあと大学院に進むか銀行に職を得る見込みがなければ、異教神(バアル)を崇拝するよりも重大な罪を犯したことになる。
 刑務所の図書室で働く職員のなかには、図書室は受刑者たちを目覚めさせる場であって、現実を忘れさせる場ではないと考える人たちもいる。図書室とは、受刑者が人生を変えたり、教養を深めたり、何か生産的なことができるようになるための場所なのだ。たとえば、マルコムXは、刑務所の図書館で大変貌を遂げた。
 図書係は、受刑者の作業のなかで一番楽だ。ここは「エリートの職場」で、職員に推薦された受刑者がよくやっていた。
 刑務所の規則により、受刑者が所内に所持していい本は6冊までとされている。
 受刑者の多くにとって、子ども時代の思い出はつらいものか、まったく存在しないものかのどちらかだ。なーるほど、そうなんですね・・・。重い指摘です。
刑務官に離婚経験者が多いのは、笑えない現実だ。
 自殺は刑務所では重要な問題である。
 自由な世界のラジオ局は、受刑者が大半を占めるリスナーに娯楽を提供している。
 密告は深刻な問題だ。密告のしかたによって受刑者にもなり、警察官にもなる。第三の選択肢はない。中立という立場はないのだ。
 刑務所では、時間は独特の意味をもつ。「時間はいくらでもある」というのが、受刑者たちのよく口にする言葉だ。これが刑務所で日常的に使われるときの意味は、「刑務所にいるんだから、忙しいわけがない」ということだが、同時に皮肉な意味もこめられている。自分にあるのは時間だけで、他には何もないということだ。受刑者には常に膨大な時間があるが、時間に付随する意味とは縁がない。大多数の受刑者は、「どちらを見ても水ばかりなのに一滴も飲めはしない」と海上でこぼす潜水夫みたいなものだ。時間は限りなくあるが、それは心に栄養を与えてくれる類の時間ではない。季節も休日も、周期もない。少なくとも、他者と共有できるものは何もない。
刑務所人口をただ増やす方向での取り組みは意味がありません。やはり、その人口を減らしていくためにはどうしたらよいかという視点で社会全体が考えるべきではないでしょうか。
 刑務所内の人間模様がリアルに描けている秀作だと思いました。530頁もある大作です。
(2011年5月刊。2500円+税)

チリ33人、生存と救出、知られざる記録

カテゴリー:アメリカ

著者    ジョナサン・フランクリン  、 出版   共同通信社
 坑道の内部は、気温が32度より下がることはほとんどない。男たちは1日に3リットルの水をがぶ飲みしても脱水症状ぎりぎりの境目におかれる。仕事は7日勤務の7日休みというシフトだ。
 この日、8月5日、鉱山の奥深くでは、男たちが押し寄せる粉じんの嵐に直面し、それは6時間にわたって続いた。落ちてきた岩の塊は当初考えられたよりもはるかに大きく、長さ90メートル、幅30メートル、高さ120メートルもあって、まるで大型船のようだった。
若い経験不足の鉱山労働者の何人かは、パニックになりはじめた。もっとも若い19歳のサンチェスは幻想を起こした。他の男たちは感情的な衝撃の試練に対応できず。ただ凍りついていた。一日中ベッドにいて、起き上がらなかった。時間は耐えがたいほど、ゆっくり過ぎていった。深い沈黙がその隙間を満たした。
 食糧貯蔵庫には、水10リットル、モモ缶詰1個、エンドウマメ缶詰2個、トマト缶詰1個、牛乳16リットル(バナナ味8リットルとイチゴ味8リットル)、ジュース18リットル、ツナ缶詰20個、クラッカー96袋、マメ缶詰4個。これは正常な環境なら、作業員10人の48時間分の食欲を満たすだけの量だ。
シェルターの食料は、厳重な監視下にあった。あらゆることについて投票で決した。男たちは1日に1回、ほんの少しを食べることで合意した。カートン入りの牛乳の半分は、とっくに期限切れだった。中身が熱で凝固し、バナナ味の塊に変質していた。
水は大量に保管されていて、限られてはいたものの空気も十分だったので、労働者の主な心配は食料だった。一日の最低割りあてのカロリー量はツナ缶が25キロカロリー、ミルクが75キロカロリーだった。これは継続不能なほどのダイエットを意味した。それでも、水の供給に制限がないため、4~6週間は生き延びられるはずだった。
 鉱山の安全シェルターは裏庭のプールのほどの大きさだ。だから、技術者たちが掘削の狙いをわずか5センチ外すと、地下700メートルのレベルでは数百メートルの誤差になってしまう。
 男たちは体毛が異常に伸び、胸や足の皮膚にシミが浮いてくるようになった。カビが体に取りつき、広がっていった。口内炎ができた。
 閉じ込められて5日目に、かすかな音が男たちに振動を伝えてきた。この振動は、どれだけ励ましたことでしょう。
 9日目になると、食料の割りあては、さらに減った。食事は24時間おきだったのが、36時間おきになった。
 15日目に、食料が底をついた。地底の男たちは死ぬことを覚悟した。
 16日目。ツナ缶が残り2個となったので、2日ごとに一口食べるのを3日ごとに延長した。疲労困憊したから、斜面の30メートル上にあるトイレに行くのも大仕事になった。
 17日目、ドリルが突き抜けてきた。地上でも地下の音がかすかに聞こえてきた。
そのドリルにこんなメッセージを結びつけたのです。
「われわれは元気で避難所にいる。33人」
 なんというメッセージでしょう。泥のなかから紙切れを見つけて読むと鳥肌が立った。そうでしょうね。すごい一瞬です。直ちにチリの大統領が現地にやってきました。そこには、アジェンデ元大統領の娘イザベル上院議員の姿もありました。さあ、いよいよ救出作戦の開始です。
最初の48時間、食べ物を期待していたのに、固形の食べ物は与えられなかった。薬を飲み、ブドウ糖とボトルの水をゆっくり摂取した。急に食事を与えると、体内である種の化学連鎖反応を引き起こし、心臓から必須のミネラルを流出させ、心停止を起こして即死させてしまう危険があった。
 そして地底の男たちが欲しかったのは、一本の歯ブラシだった。なーるほど、そうなんですね・・・。
 発見後の救出がいかに大変だったのか、いろんな角度から紹介されています。その一つが、仲間割れでした。閉じ込められた男たちは、終盤にますます不安で怒りっぽくなる。人々は縄張り根性をもつ。
 救出費用は2000万ドルかかったそうです。日本も、宇宙日本食、消臭肌着・Tシャツ、ストレス解消のためのオモチャ「プッチンスカット」など送って、かなり役立ったとのことです。
 極限状態に置かれた人間の行動をも知ることのできる貴重な本です。
(2011年3月刊。2600円+税)

福岡県弁護士会 〒810-0044 福岡市中央区六本松4丁目2番5号 TEL:092-741-6416

Copyright©2011-2025 FukuokakenBengoshikai. All rights reserved.