法律相談センター検索 弁護士検索
カテゴリー: アメリカ

ある反戦ベトナム帰還兵の回想

カテゴリー:アメリカ

(霧山昴)
著者 W.D.エアハート   出版 刀水書房
 
私と同世代(団塊世代)のアメリカ人の相当部分はベトナムの戦場へ送られ、死んだり負傷したり、また心に深い傷を負って帰国しました。
著者もその一人です。なんとか生きて帰り、大学に入ったのですが、あまりに過酷な戦場体験がときとして暴発してしまい、恋人から逃げられるのです。
詩人でもある著者による、小説のような体験記です。
電車の行き帰りと裁判の待ち時間をつかって、一日で一気に読了しました。ずしんと重たい読後感のある本です。
アメリカ兵が長くいればいるほど、ベトコン(ベトナム人のアカ)が増える。年々、ベトコンは強くなる。アメリカ軍のおかげだ。アメリカ人は、戦車やジェット機、ヘリやらを、その傲慢さと一緒に持ち込んでくる。そのおかげでベトコンは、まるで田んぼに新しく米が育つように成長していく。
オハイオ州兵がケント州立大学の学生6人に発砲した。それで4人が死んだ。
地球の反対側にアメリカの青年を送り込んで死なせるだけでは終わらなかった。アジア人と戦わせるだけではすまなかった。今度はアメリカの兵隊たちを、アメリカの子どもたちにまで向けてきたのだ。そのとき、オレは悟った。今こそ、長くかかったが、言い訳やプライド、むなしい幻想を捨て去るべきときだ。
3年近くものあいだ避けてきた、厳しい、冷酷な、このうえない苦い真実を直視すべきときだ。この戦争(ベトナム戦争)は、恐ろしいほどに間違っている。オレの愛する国は、そのために死にかけているのだ。オレは自分の国に死んでほしくはなかった。
オレは何かをしなければならなかった。戦争を今こそ止めるべきだ。そして、オレがそれをすべきなのだ。
ダニエル・エルズバーグによって「国防総省白書」(ペンタゴン・ペーパーズ)が暴露され、著者もそれを読んだ。
間違い?ベトナムが間違いだって?冗談じゃない。調子のいい二枚舌の権力者たちが、力ずくでこの世界を造り替えるための、計算ずくの企みだったのだ。アメリカの支配者層は邪魔なものは何であろうと破壊してもいいとする道徳心をもった偽善的犯罪者集団なのだ。三つ揃いと、いくつもの星のついた軍服の冷血な殺人者の嘘つきどもだ。彼らは、毎年毎年、善良な家庭の子どもたちを、コメづくり農家と漁師の国(ベトナム)を相手として戦わせるために送り込んだ。 
その間、自分たち自身は、上等な真白い陶器の皿で、うまいものを食っていたんだ。農民も漁民も、外国人(アメリカ人)から自分たちの国を解放しようとしていただけだった。生きるために穀物を育て、魚を獲ることだけを願っていたのだ。ベトナムに行く前に、そのことを知ってさえいたら、、、。
オレはバカだった。無知で、お人好しだった。ペテン師、そんな奴らのために、オレは殺人者になってしまった。そんな奴らのために、おのれの名誉、自尊心、人間性まで失ってしまった。
そんな奴らのために、オレは自分の生命まで投げ出そうとしていたのだ。
奴らにとって、オレはほんの借り物の銃、殺し屋、手下、使い捨ての道具、数のうちにも入らない屑でしかなかった。真実がこれほど醜悪だとは想像さえできなかった。
ベトナムなんて氷山の一角でしかなかった。アメリカは、自由、正義、民主主義と言ってはきたものの、誰にも何もしてこなかった。アメリカが望んだのは、こちらの望みどおりの条件でビジネスを展開する自由だった。つかみとれるだけの大きなパイの分け前だった。それは、共産主義も社会主義も、それ以外のどんな主義とも関係ない。
戦友たちが次々に死に、傷ついていくなかで、生きて帰ったものの、深く心に傷ついていた著者がベトナム反戦運動に参加するに至る過程は、実に痛々しいものがあります。
いま、日本はアメリカの言いなりになって自衛隊を海外の戦場に送り出そうとしています。それこそ、日本の政財界のためです。金もうけのためです。日本を守るためという名の下で、汚い金もうけを企んでいるのです。
アベ首相のすすめている戦争法の危険な本質をよく理解できる本でもあります。
(2015年5月刊。3500円+税)
 

ステーキ!

カテゴリー:アメリカ

(霧山昴)
著者 マーク・シャッカー   出版 中公文庫
 
私は、マックは食べません。昔、食べたことがありますが、牛肉を食べているのか、添加物を食べているのか分からないようなものは今では食べる気がしません。恐ろしいからです。
牛肉だったら何でもいい。安ければいいというのは、私の信条にあわないのです。
そして、久しくアメリカには行っていませんが、アメリカに行きたくもありません。ステーキといったら、とてつもないボリュームです。しかも、塩とコショウの味つけのみ。繊細な牛肉の味わいを楽しむことができません。もちろん、高級な店では違うのでしょうが、、、。
1850年ころまで、牛は地元で解体されるものだった。生きた牛をカウボーイが都市部まで連れていって、肉屋がステーキやロースト用に切り分けていた。一切の品質管理は、カウボーイにゆだねられていた。
今や、牛肉は、とうもろこし、砂物、ゴム、大豆、ウラン、原油、銅、パーム油と同じ、量産品である。大量に生産され、画一的で、生産の予測ができる。
霜降り牛肉を手に入れるには、蒸したとうもろこしフレークを牛に大量に与える。
餌にまぜこまれた抗生剤のおかげで、肝臓や他の臓器の働きが保たれるため、98%の牛が精肉工場からのトラックで迎えに来るまで生きている。牛を大きくして肉を安くするために投与するホルモン剤は、味に影響しない。
牛はストレスに弱い。牛も鶏も豚も、なんでもかんでも早く成長させようとしすぎだ。それでは、風味は生まれない。
おいしい牛を育てるには草を食べさせること。自然な状態にある牛は草を食べたがる。草を食べていると肝膿瘍にならないし、第一胃も酸性化しない。穀物肥育の牛の体脂肪は、飽和状態で、脂分過剰で動脈を詰まらせかねない。これに対して、草肥育の牛の脂肪は、天然の鮭の脂肪に似て、より健康的。草肥育牛は、牛肉らしい味がする。
日本の名産牛も、もちろん登場します。ここでは、九州の佐賀牛と鹿児島牛についての記述を紹介します。
どっちも、サイコロ型の肉を上下の奥歯でつぶすとジェル状の中味がプシュッと飛び出す食感が面白い。牛肉のおいしさがあふれ出す様子は強烈。完熟バナナみたいにやわらかくて、かといってベチャベチャでもドロドロでもないし、組織はちゃんとあるのに、嚙んでも抵抗がない。
日本の牛は30ヶ月かけて完成する。アメリカの肥育場の5ヶ月と比べて、ずい分長い。松坂では、35ヶ月かけて仕上げた牛には、検査官が5よりもさらに高いランクを付ける。特産松阪牛と呼ばれるその肉の霜降りとやわらかさは、他の追随を許さない。
現代のステーキの風味は、牛肉の風味とは違う。大量生産されるものと、甘酸っぱいソースの風味。そんなものは混じり気のないおいしさとは言えない。本物のステーキを一度でも味わったら、とてもおいしいとは思えなくなる。
福岡の西中州にある「和田門」で、私も本当の牛肉の美味しさに開眼しました。また、地元の肉屋さんから、とび切り美味しい牛肉を何回か分けていただきました。いずれも素材の違いを実感しました。食べる餌と飼育方法がまったく異なるのですね。 
アメリカ式の大量生産方式の牛肉は、マックのように化学調味料で味付けして、ごまかすわけです。
美味しい牛肉を食べたら、あとは、もうベジタリアンになるしかないですよね、、、。
(2015年1月刊。1100円+税)
 

メモリアル病院の5日間

カテゴリー:アメリカ

(霧山昴)
著者 シェリ・フィンク    出版 カドカワ
 
今から10年前の2005年8月、アメリカは、ルイジアナ州のニューオーリンズを襲った強大なハリケーン「カトリーナ」によって、メモリアル病院が孤立したとき、入院患者がどうなったのか。患者の死亡を早めたとして逮捕・起訴された事件の顚末を追った本です。
 ハリケーンが上陸して以来、ニューオーリンズは理性をなくした野蛮な環境に変わっていた。
 ニューオーリンズ市が避難命令を出しても、貧しい黒人の多くは車をもっていなかった。もっていたとしても、早々に交通渋滞にはまってしまった。郡刑務所の職員も、囚人を避難させる予定はないので、例外に指定された。囚人も職員も避難が許されなかったということですね、、、。
 ついにハリケーンが襲来し、メモリアル病院の周囲は水に浸ってしまいます。
 沿岸警備隊のヘリコプターで患者を搬送するのですが、メモリアル病院の患者は187人から130人に減っただけ。スタッフ460人、家族447人、ライフケアの患者とスタッフ52人が残されている。
 病院のトイレは不快な場所と化していた。電気が止まり、非常用発電もうまく作動しない。うだるような暑さのなかにおかれた。
 デマが横行した。近隣の強盗団が病院を制圧し、薬局から薬を強奪しているという連絡を受けて警察官がやってきた。来たのは警察のSWATチーム。もちろん、真っ赤な嘘。早々に退散していった。
 患者はやせ細り、裸に近い姿で横になっている。病院の温度は38度をこえていた。服を着ていないのは少しは身体を涼しく保てるのと、排泄物を手早く処理できるから。
 医師と看護師が、9人の生きている蘇生禁止患者に静脈注射しているのを見た。
 電源が喪失し、吸引装置が動かなくなると、医療スタッフは、気道から効果的に分泌物を吸引することができない。患者を楽にするため、鎮静剤のアチバンとモルヒネが投与された。
  2階にいる患者が死んでいき、何が起きているのか噂が広まるにつれ、安楽死は間違っていると考える看護師が増えてきた。 
 結局、ニューオーリンズでは、カトリーナ襲来後、すぐに入院患者、貧困層、高齢者を中心に1000人以上が死に、その後も、ストレスや医療手当を受けられずに死んだ人は少なくなかった。
 しかし、公立チャリティ病院では、わずか3人しか死者は出なかった。スタッフが逃げ出さず、患者のケアを続けたから。チャリティー病院は、病気の悪い患者から優先して助けた。チャリティー病院は、低所得層の多い地域にあり、スタッフは混乱や危険に慣れていて、たくましかった。スタッフは、非常時でもルーティンを守り、シフトを維持し、ケアを忘れず、パニックを抑えた。あらぬ噂の拡散も防いだ。なーるほど、やはり、日頃が大切なのですね、、、。
 結局、メモリアル病院で安楽死をもたらしたとした医師は、大陪審で不起訴とすることになった。
アメリカの医療制度の欠陥(問題点)が、事態を深刻にしたのではないかと私は疑いました。アメリカは日本のような国民皆保険制度ではありません。お金さえもっていれば、十分な医療を受けられる国ですが、お金がないと、アメリカでは悲惨です。そこにも「自己責任」という間違った原理が働くのです。
日本をアメリカのような、金持ちのみ栄える、軍事大国にしてはいけません。
      (2015年5月刊。2500円+税)

アメリカの法曹倫理

カテゴリー:アメリカ

                               (霧山昴)
著者  ロナルド・D・ロタンダ 、 出版  彩流社
 Eメールなどのインターネット社会において弁護士の守るべき法曹倫理が新しく追加された第4版が翻訳・出版されました。
 アメリカの弁護士にとって守るべき倫理のほとんどは日本の弁護士にとっても同じく共通するものです。最新の社会環境に照応する法曹倫理として、日本人弁護士にとっても大いに参考にすべきものだと思います。
 依頼者が弁護士の職務怠慢を訴えるとき、真に意味するのは、弁護士が依頼者と十分にコミュニケーションをとっていなかったというところにある。もしも弁護士が依頼者に常時情報を伝えていたならば、依頼者は無為な遅延ではなかったことを知ったであろう。にもかかわらず、弁護士が正当な理由もなく依頼者に情報提供しないまま放置するとき、それは弁護士に対して依頼者とのコミュニケーションを要請する倫理規則に反することになる。
 ここで指摘されているように、弁護士は依頼者へきめこまかな情報伝達(連絡)を欠かすことは許されません。
弁護士は、「弁護士と依頼者との間のコミュニケーションを、それが王冠ではないにせよ、宝石のように扱わなければならない」。
 FAXやEメールの誤送信についても論じられています。
 Eメールは、考えようによっては、封書のような安全性はない。専門知識のある人なら、Eメールをのぞくことができる。それでも、弁護士が依頼者とのやりとりについて、暗号化されていないEメールを使うことは許されているというのが、多くの倫理的見解である。
 「やかましい辞任」という概念があることを認識しました。悪事をたくらむ依頼者に対して弁護士がいかに対処すべきという問題です。
 弁護士は、その通知が依頼者の不正行為への渓谷になる可能性があろうとも、やかましい(Noisy)「辞任通知」を送付することができる。
 依頼者は、弁護士がやかましい辞任することに先立ち、弁護士を解任することによって、それを防げることは許されない。
 「ホットポテト法則」という面白い名前のついたドクトリンがあります。
 もし、ある法律事務所が、同時に敵対する二人の依頼者を別々の訴訟で代理していることに気がついたとき、「ホットポテト」から手を離すように、一方の当事者を軽んじて厄介払いをしたり、新規の依頼者を旧来の依頼者と入れ替えようとしてはならない。
 法律事務所は、依頼者を熱いジャガイモを放り投げるがごとく扱ってはならない。ましてや金銭的に大幅な利益増になる理由をもって依頼者を選択するなど、論外である。
弁護士は、さまざまな業務を秘書、事務員、弁護士補助職員(パラリーガル)にまかせることができる。そして、その弁護士が、かれらの仕事を監督し、最終的な責任をとる限りにおいて、それは無資格法律事務とはならない。
弁護士は、事務所を訪れる依頼者が、いかなる依頼者であれ、受け入れることを要求されるものではない。しかし、不当な理由によって事件の依頼を拒絶するのは適切でない。法律サービスが完全にいきわたるという目標を達成するためには、弁護士は与えられた任務を軽々しく断ってはならない。たとえ、その仕事が弁護士にとって魅力のないものであっても、同じである。
昨今の法律事務所への入所は、現代の結婚に似ている。つまり、終生の契りといえるものは、ほとんどなくなってしまっている。元の法律事務所から、ビジネスを手に入れて成功すると、事務所を去る弁護士がいるという事実は、この新たな現実を反映している。
 依頼者のほうでも、担当していた弁護士についていきたいと思う場合がある。依頼者は商品ではない、だから依頼者は、弁護士が法律事務所を替えれば、その弁護士についていく権利がある。そこには、無視できない言論の自由の問題が横たわっている。
 アメリカでは、弁護士について、直接の電話または対面式勧誘に加えて「リアルタイムの電子的接触」も禁じている。チャットルームに弁護士が参加するのは完全に自由ということはない。
 アメリカの弁護士(法曹)倫理は、一歩遅れてインターネット社会になっている日本人弁護士にとっても大いに参考になることを実感させられる本です。
 沖縄で、今も元気に大活躍している、敬愛する当山尚幸弁護士から贈呈を受けました。当山弁護士自身も前の第3版から翻訳に関わっていますが、本当に頭が下がります。ありがとうございました。ひき続きのご健闘を心より祈念します。
(2015年4月刊。3500円+税)

アメリカン・スナイパー

カテゴリー:アメリカ

                               (霧山昴)
著者  クリス・カイル 、 出版  ハヤカワ文庫
 映画をみましたので、その原作を読みたいと思いました。
 映画も原作も、アメリカのやっていることは、まったくの間違いだと言わざるをえません。
 「敵」の有力者を一人ずつスナイパーを殺していったとしても、その国を全体として支配できるわけがないのです。一人の狙撃手が敵軍の戦闘員160人の殺害に成功した。これは、局所(ミクロ)に見たら、すごい人数です。しかし、大局的にみると、なんという数字でもありません。何万、何十、いえ何百万人もの大衆を一人のスナイパーが支配できるはずもありませんから・・・。
 そして、そんなにたくさんの「敵」を殺した兵士の多くは、精神的におかしくなってしまうのです。160人を殺した伝説の英雄は、なんと「狂った」味方の兵士からアメリカで射殺されてしまうのです。
 シール(SEAL)の兵士の離婚率は、異常に高い。
 スナイパーとして、照準器を除いているときには、両方の目を開けておく。右目は照準器腰にみていて、左目は全体を見ている。これで、状況把握がしやすくなる。
 スナイパーは、市街地では、180メートルから360メートル内を狙う。郊外だと730メートルから1100メートルを狙う。そして、頭ではなく、体の中心を狙って討つ。はずしにくい。どこにあたっても、相手は必ず倒れる。
 民主主義をイラクにもたらすために命を危険にさらしたわけではない。命を危険にさらしたのは、友人のためであり、友人や同じ国の仲間を助けるため。戦争に行ったのは祖国アメリカのためであり、イラクのためではない。祖国が自分をイラクに送り込んだのは、あのくそったれどもがアメリカに来ないようにするためだ。つまり、イラク人のために戦ったことなど、一度もない。
 3日間、戦闘に出かけ基地に帰って一日休む。まず眠り、それからテレビゲームをやったり、家に電話をかけたり。基地から発信される通話は、すべて録音されている。
 イラク(ラマディ)で殺されたいのなら、警察官になるのが手っとり早い。また、警察組織には汚職がはびこっている。
 バグダッドのなかにあるサドル・シティでは、市民は普通に仕事に出かけ、市場で買い物をしていた。その一方で、銃を手にして脇道から忍び寄り、壁をつくっているアメリカ人兵士を狙う連中もいる。
 ファルージャは、ひどかった。ラマディは、さらに辛かった。サドル・シティは最悪だった。
 今の自分は、初めて戦争に行ったときの自分ではない。誰もが変わってしまう。戦場に行くまでは純真な心を持っているが、とつぜん世の中の裏側を目にする。
 戦争は、まちがいなく人を変える。死を受け入れるようになる。
 2013年2月、カイルは、テキサスの射撃場で射殺された。
 カイルは、このとき、除隊したあとで民間軍事訓練会社を経営する一方で、心身に障害を負った元兵士を支援する活動に従事していた。カイルを撃ったのは、PTSDを患う元海兵隊員だった。
 武力・戦争に頼るだけでは何も解決しないことに、一刻も早くアメリカ国民は気がついてほしいと思います。そして、日本にはアメリカの過ちを繰り返してほしくはありません。
 安倍首相の強引にすすめる戦争法案の成立を阻止するため、引き続きがんばります。
(2014年10月刊。860円+税)

福岡県弁護士会 〒810-0044 福岡市中央区六本松4丁目2番5号 TEL:092-741-6416

Copyright©2011-2025 FukuokakenBengoshikai. All rights reserved.