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カテゴリー: アフリカ

世界の辺境とハードボイルド室町時代

カテゴリー:アフリカ

(霧山昴)
著者 高野秀行・清水克行 、 出版  集英社インターナショナル
 現代ソマリランドと日本の室町時代に共通点が多いだなんて、とんでもないことを言いあう二人のかけあい「漫才」がすばらしい本です。
 アフリカはソマリランドです。あの精強なアメリカ軍だって敬遠している利権の乏しいソマリランドに6回も通っているという著者の一人の話は奇想天外極まりありません。
 そして、それを受けて日本の室町時代も似たようなところがあると学者が応じます。
 何がそんなに似ているというのか・・・。 表向きは西洋式の近代的な法律があるけれど、実際には伝統的、土着的な法や掟が生きている。たとえば、盗みの現行犯は殺してもいい。日本の中世はそうだった。ソマリアでも同じ。なぜ、人を殺してはいけないのか・・・。中世の日本人なら人を殺したら、自分や家族も同じ目に遭うからだとはっきり答えるだろう。
 ソマリ社会は三重構造になっている。ソマリの掟があり、イスラムの法廷があり、国の裁判所がある。
 大都会は危険がいっぱいだけど、辺境の村は安全。ソマリ社会では、自分が招いたわけではない客人であっても徹底して守る。ゲストが家に来たら、その家のルールを曲げてでもゲストに合わせる。
 外国人が狙われるのは、外国人は政府側の客で、客がやられたら政府にとって最大の屈辱になるから狙うのだ。
 ソマリの掟では、女性を襲ってはいけない。女性を意図的に殺すのはよくない。神罰が下るし、男として恥だから。
 ピストルは、どこの軍隊でも将校以上しか持てない。兵隊と下士官は自動小銃をもって戦うか、将校は基本的に戦わない。ピストルと自動小銃では、ピストルは役に立たない。しかし、価値としてはピストルのほうが断然上。
 イスラム教徒は、自分たちはヨーロッパ人より上だって意識がある。欧米人は大便したとき、紙で尻を拭くような野蛮人だと呼んでいる。
 ソマリ人は独裁権力みたいなものをもっていない。権威があまり通用しない平等社会だ。氏族の長だからといって無条件に尊敬されているわけではない。
 タイやミャンマーやインドでは、新米よりも古米のほうが値段が高い。新米は水っぽいとして敬遠される。古米は水を吸って3割増しになるので喜ばれる。
 ソマリランドを走っている自動車の99%は日本の中古車。それも、日本でつくった日本車の中古だけ。クルマの持ち主がかわった瞬間に価格が6割に下落するなんていう国は日本しかない。2、3回転売されたクルマは、ほぼゼロになる。日本人は丁寧にクルマに乗るから質のいい中古車がタダ同然で手に入る。だから中古車を輸出するビジネスも日本でしか成り立たない。
 アフリカを知ることによって日本という国を歴史的にも認識できるというわけです。面白いです。
(2015年9月刊。1600円+税)

ソマリランドからアメリカを超える

カテゴリー:アフリカ

(霧山昴)
著者 ジョナサン・スター  角川書店
 アフリカは、あのソマリランドにアメリカ人が学校をつくり、運営し、そこの生徒がアメリカの大学に留学していくという実話を、当のアメリカ人が紹介した本です。
 しかも、アメリカの大学というのがハーバードであり、MITだというのですから驚きです。
 少し前まで英語もろくに話せなかったソマリの少年少女が学校に入って才能を爆発的に開花させるのですから、素晴らしいです。アメリカも、こんな援助こそ、もっと大々的にすべきですよ。軍事的な侵略ばっかりしているので、嫌われるばかりなんです。
 私は、アフガニスタン中村哲ドクターをついつい思い出しました。
 アメリカ人である著者が見ず知らずのソマリランドで50万ドルを投入して学校をつくり、運営する苦労の日々が刻銘に紹介されています。
 ソマリの部族社会とのあつれきもありましたし、信頼していた人との仲違いによって深刻な状況に再三おいこまれたのですが、そんななかで多くの留学生を送りだしたといのですから、立派なものです。
 ソマリランドに何度も行ったことのある日本人・高野秀行氏は、この学校の前を通ったことがあるとのこと。クレイジーなアメリカ人として解説を書いています。
 この解説を読んで、なるほどと思ったのは、ソマリア人の若者が「飢え」ているという指摘です。それは、知的な「飢え」です。もっと勉強したいけれど、する環境がない。そんな飢えている若者に適切な食事を与えると驚くほどの勢いで摂取し、爆発的に成長する。それで、わずか数年でハーバードやイエール大学に合格してしまうのだ・・・。
 著者のアメリカ人は27歳のときには、アメリカで投資会社を経営していて、もうかっていたのです。ところが、もうけ仕事を続けるより、何か他に意義ある仕事をしたいと思い、ソマリ人の叔父さんのいたソマリランドに学校をつくるのを思い立ったというわけです。
 学校の試験はカンニングがあたりまえ、入試だって替え玉受験があるようなところで、基礎からの勉強を積み重ねていくような涙ぐましい努力をしていくのです。生徒たちは、やがて教師にこたえてくれます。ところが、妨害者があらわれ、あの手この手で妨害します。デマをまき散らし、著者を国外へ追い出そうとするのです。
 ソマリランドはモガディシオを首都とするソマリ国からは独立した別の国で平和な国なのです。ソマリ国は今もなお内乱状態が続いて危険な国のようでうが・・・。
 アメリカ人だって軍事優生ばかりではないことを知って、少しはほっとする思いもしました。
 中村ドクターのように用水路をつくって農村を復興したり、この著者のように学校をつくって子どもたちにちゃんとした教育を受けさせる。これこそが必要なことだと痛感させられました。ぜひとも、学校を存続させてほしいものです。
(2017年9月刊。1600円+税)

ぼくの村がゾウに襲われるわけ

カテゴリー:アフリカ

(霧山昴)
著者 岩井 雪乃 、 出版  合同出版
アフリカのセレンゲティ国立公園というと、私が毎週欠かさず楽しみにみているNHK番組「ダーウィンが来た」に舞台としてよく登場して、なじみの場所です。アフリカのタンザニアにあります。ケニアの隣国です。
この近くの村では、野生のゾウに人間が殺され、作物を荒らされているというのです。ところが、ゾウを殺してはいけない。ゾウから殺されても国が補償することはない。
では、なぜ、ゾウが村人を襲うのか・・・。
著者は20年来、このタンザニアの村に出かけ、定点観測を続けています。
今では、早稲田大学の学生も同行しています。私も大学生だったら、連れていってほしいと思いました。
野生のゾウは、「やさしい動物」ではない。村にトウモロコシ畑があれば、巨大なからだで木の柵を押しつぶして入ってきて、根こそぎ食べてしまう。それも、1頭や2頭ではなく、ときには200頭もの大群で村を襲う。畑に入るのを邪魔する村人を踏みつぶし、あの大きくて長い鼻で、ふっ飛ばしてしまう。
ゾウが村に押し寄せてきても、村には銃も車もない。犬が吠えかかると、鼻をブルンと振りおろして、犬をたたき殺してしまう。ここでは犬は単なるペットではなく、野生動物たちからの危険を知らせる重要な役目を果たしている。
ゾウの走る速さは、時速40キロ。ヒトは、平均して時速24キロ(100メートルを15秒)。だから、ゾウから追いかけられると、ヒトは逃げ切れない。
タンザニアの人口は5000万人。日本の半分以下。ところが、年に3%ずつ増えている。ここが日本とは異なる。タンザニアには、130もの民族がいて、スワヒリ語を国語としている。このため国民全員が一体感をもっている。これが民族紛争を防いでいる。
小学校ではスワヒリ語で授業があるが、中学校以上の授業は英語。
小学校の就学率は94%。中学校になると3%に下がる。大学へはわずか3.6%。タンザニアでは、大学生は超エリート。
セレンゲティ国立公園に世界中からやって来る観光客は年間35万人。入園料は大人1日で7800円。タンザニア人だと大人500円。ところが、車のレンタル代やガソリン代が高いので、タンザニア人がセレンゲティ公園に入って観光することはほとんどない。
タンザニアでは、ゾウは200万円、ライオンは80万円でハンティングできる。
タンザニアは、お金は信用されていない。政治が不安定になったりすると、お金の価値が下がってしまう。家畜が食料であるとともに、大切な財産である。
ゾウは、食料を奪うだけでなく、人間の命も奪う。1年間に6人が殺された。ゾウは、怒ると人間を鼻ではたいて投げ飛ばし、とどめに足で踏みつける。ゾウを殺すことは許されていないので、村人はバケツをたたいて大きな音を出す、懐中電灯の光をあてるという、ささやかな抵抗しかない。
いまアフリカゾウは50万頭ほど。その半数がタンザニア、ボツワナ、ジンバブエの3ヶ国にいる。
1980年代の日本こそがゾウ減少の犯人だった。象牙の印鑑が大量につくられた。1984年に象牙が470トンも輸入された。これは、ゾウ1万頭分だった。
野生動物と人間の共存の難しさを考えさせる本でした。それにしても、著者はスワヒリ語が自由に話せるようです。これって、すばらしいことですよね。
(2017年7月刊。1400円+税)

アルカイダから古文書を守った図書館員

カテゴリー:アフリカ

(霧山昴)
著者 ジョシュア・ハマー 、 出版  紀伊國屋書店
西アフリカのマリ共和国の都市トンブクトゥは、古くからコーラン学校やモスクが存在する学術都市だ。そこに保存されてきた古文書がアルカイダによって廃棄される危険が迫ったとき、図書館員たちが身を挺して守り抜いたという実話も紹介した本です。なにより、アフリカの古都に大量の古文書が保存されていたというのが驚きです。
本に使われる紙は、ぼろ布を原料としていた。インクと染料は、砂漠の植物や鉱物から抽出された。本の表紙は、山羊や羊などの革からつくられた。当時は製本術が伝わっていなかったので、リボンや紐できつくしばっていた。
先日、太宰府の国立博物館でラスコー展をみてきましたが、2万年も前に、今も鮮やかに残る顔料で色彩豊かに牛などが描かれているのに圧倒されました。やはり、古いものは、きちんと保存すべきですよね・・・。
トンブクトゥの書物のなかには、男女の性の喜びを最大限に高めるための秘訣を伝えているものがあるそうです。驚くほかありません。
トンブクトゥは、からからに乾ききっているから、古文書が残った。ナイジェリアのような蒸し暑い地域だったら、とっくの昔に台無しになっていた。
トンブクトゥは、アラビア語の古文書保存の世界的な中心地のひとつとして復興している。町全体で38万冊もの古文書が収蔵・保存されている。
アルカイダの武装勢力は、貴重な古文書をバーミヤンの仏像と同じく敵視していますから、見つかったらすぐにも破壊されてしまいます。そこで、大量の古文書を避難させる作戦が始まったのでした。
貴重な古文書を後世に伝えるのは、今を生きる私たちの当然の責務だと思います。アフリカの地で大変な苦労があったようですが、とりあえず、めでたしめでたしの結果だったようで、ほっとしています。それにしても、文字の解読には苦労しなかったのでしょうか。
(2017年6月刊。2100円+税)

バッタを倒しにアフリカへ

カテゴリー:アフリカ

(霧山昴)
著者 前野 ウルド浩太郎 、 出版  光文社新書
いやあ、面白いです。文句なしに面白い本です。なにしろ、アフリカの地でときに大量発生して猛威をふるい大災害をひき起こすサバクトビバタの生態を解明し、その対策に貢献している日本の若手学者がいるというのです。その苦労話ですから面白くないはずがありません。私は1時間の車中、身じろぎもせず集中して、全身全霊を傾けて没入してしまいました。幸い、私の降りる駅は終点でしたから、乗り過ごすこともなく、無事に降りることが出来ました。車内放送も何もかも耳に入らず、ひたすらアフリカの大地を著者とともにサバクトビバッタを求めてさすらっている心境でした。
実は、著者の本を読んだのは2冊目です。前に、このコーナーで紹介しました『孤独なバッタが群れるとき』(東海大学出版部)も面白かったのですが、この本は、さらに面白い。というのも、科学者の論文づくりの裏話というか、苦労話が満載なのです。
ブログで人気を集めていいたらしいのですが、著者の本が面白いのは、プロによる文章指導があることも知り、なるほど、なるほどと納得しました。
私も、モノカキを自称していますから、文章を書くのは一向に苦になりませんし、そこそこの文章は書けます。ところが、人を泣かせる文章にまでは、はるか道遠しです。そして、後進の、とりわけ弁護士の文章は、見るも無惨なのです。少しは読み手のことも考えて読みやすい文章を書いてくださいな・・・。そんな気持ちから、せっせと赤ペンを入れています。
アフリカのモータリニアには、驚くほど親日家が多い。モータリニアでとれるタコは、日本のマダコと食感、そして味が似ていて、日本人好みだ。だから、「築地銀だこ」は誇りをもってモーリタニア産のタコを使っている。
砂漠にあるオアシスは、現実にはドス黒く濁った水を茶色の泥が囲み、そのほとりには、水を飲みに来た動物たちの足跡だらけの糞だらけで、とにかくクサい。オアシスの正体は、不愉快な水たまりでしかないというのが悲しい現実だ。
バッタは、漢字で飛蝗と書き、虫の皇帝。バッタとイナゴの違いは、相変異を示すか示さないか。相変異を示すものがバッタで、示さないものがイナゴ。
バッタの英語名は、ラテン語の焼野原から来ている。バッタが過ぎ去ったあとは、緑という緑がすべて消え去ることからきている。
サバクトビバッタは、混みあうと変身するという特殊な能力をもっている。まばらに生息している低密度下で発育した個体は孤独相と呼ばれ、一般的な緑色をしたおとなしいバッタ。お互いを避けあう。ところが、まわりにたくさんの仲間がいる高密度下で発育したものは、群れをなして活発に動きまわり、幼虫は黄色や黒の目立つバッタになる。これらは群生相と呼ばれ、黒い悪魔として恐れられる。
ふだんは孤独相のバッタが混みあうと群生相に変身するが、この現象を「相変異」と名づける。ひとたび大発生すると、数百億匹が群れて、天地を覆いつくし、東京都くらいの広さの土地がすっぽりバッタに覆い尽くされる。
そして、成虫は風に乗って、一日100キロ以上も移動するので、被害は一気に拡大する。地球上の陸地面積の20%がバッタの被害にあい、年間被害総額は西アフリカだけで400億円にもなり、アフリカの貧困に拍車をかけている。
著者は生粋の秋田っ子なのに、虫好き人間として、ついにはアフリカにバッタの大量発生を喰いとめる研究者の一員にももぐり込んだのでした・・・。いやあ、その涙ぐましい努力には身につまされるところがあります。
そのうえ、アフリカの地で日本人がサバクトビバッタの研究に日夜、全身で没入して少しずつ成果をあげていく様子に、読んでいて拍手を送りたくなりますし、こちらが励まされます。
また、表紙の写真がいいのです。緑色のアフリカ衣装を着て、バッタを今にも捕まえようと著者が身構えています。
バッタが大量発生するとしても、それがいつなのか、どこが始まりなのか、まだまだ十分に解明されていないということばかりだそうです。
380頁もある新書版ですが、少しでもアドベンチャー精神がある人には一読を強くおすすめします。ちなみに、私にはもはや冒険心は残念ながら乏しいです。身体の若さはなくしてしまいました。だから、こういう冒険小説のような本には心が惹かれるのです。
(2017年7月刊。920円+税)

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