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カテゴリー: アフリカ

ナイル自転車大旅行記

カテゴリー:アフリカ

(霧山昴)
著者 ベッティナ・セルビー 、 出版 新宿書房
 52歳のイギリス人女性がナイル川の源流まで一人で自転車旅行した体験記です。
ときは1986年のこと。カイロに着いたのは11月初め。7200キロに及ぶナイル川源流への旅を思い立ったのは、前年冬に大英博物館にいたとき。といっても、著者は、その前にヒマラヤ、中近東そしてトルコを自転車旅行しています。また、フリーランスのカメラマンとして活動していたこともあります。
夫と成人している3人の子どもをイギリスにおいて、エジプトから自転車で南下していきます。
 自転車はロンドンで特注したもの。著者自らデザインし、車体を鮮やかな赤に塗り、ギアは18段。現地を走ると、この赤い自転車は目立つこともあって「アーアガラ」と呼ばれた。「アガラ」はアラビア語で自転車。「アー」は感嘆のコトバ。
最少の荷物にしても、結局は30キロの重さ。今どきの電動自転車なら、スイスイでしょうが、いくら18段とはいえ、自分の足でこぐのですから大変です。
 10リットル入りのプラスチック容器に水を入れ、それとあわせて、固形セラミックコアを使うスイス製浄化ポンプを携行し、これで助かったのでした。
 本は持っていかない。驚くべきことに、私は絶対まねできませんが、著者は本がなくても読書を楽しむことができるというのです。ええっ、ど、どうやって・・・。
 著者は学校で時代遅れの教育を受けたので、散文や詩をたくさん暗記させられた。それで、頭の中にしまってある本から、一説ひねり出すというわけ。これは、すごいことですね。
 ウォークマンもスマホもありませんので、音楽を聴きながらの自転車旅行でもありません。もっとも、耳にイヤホンをつけていたら、周囲の状況を察知するのが遅れて危ない目にあったことでしょう。
 猛獣に襲われるということはありませんでしたが、学校帰りのガキ連中には何度もひどい目にあったとのこと。「宿敵」とまで表現しています。いたずら小僧というのは、どこにでもいるのですね。
 コース周辺の貧しい村人からは歓待されることが多かったようです。そして、英語を話せる若者がところどころにいて、助けられもしました。
 イザベラ・バードというイギリス人女性が明治の初めに東北から北海道を日本人の若者を従者として一人旅しています。この女性も勇気がありましたが、この本の著者もすごいものです。エジプト奥地のきちんと舗装されているわけでもない道路を1日最高200キロも赤い自転車で走行したというのです。信じられません。
エジプトからスーダンに入り、ウガンダに入国します。どこも軍隊が反乱したり、治安の良くないところです。著者は少年兵が銃をもち、手りゅう弾を持っているのを見て怖いと思いました。ガキに鉄砲なんか持たせたら、面白半分に何をやるか分かりませんよね。少年兵はどこの国でも怖い存在です。
野外トイレは、砂と灼熱の太陽が、すべてを乾燥させるから、衛生的と解釈したというのも、さすがアフリカならではのことです。そこはイギリスや日本とはまったく異なります。
大体は1日に30キロから40キロを走るのがやっとだったと書かれています。見知らぬエジプトの地を走るのですから、それはそうでしょうね。
この当時、アフリカの女性は、6歳のころ割礼された。なかでもスーダンは徹底していた。少女の外陰部は切除され、小さな穴だけを残して、切り口はきつく縫い合わされる。なので、自然分娩(出産)するときは、陰部を切開して広げなければならないので、自宅で出産するのは難しい。いやはや、とんでもない習慣です。アフリカでは、少なくなったようですが、まだ根絶はしていないと聞いています。
このころ、アフリカの悪路を走るのは、トヨタ、三菱、いすゞなどの四輪駆動車。その優れた性能に、著者も感嘆しています。今は、どうなんでしょうか・・・。
日本の女性もタフですが、イギリス人女性も負けず劣らずタフのようです。
(1996年1月刊。2400円)

サハラてくてく記

カテゴリー:アフリカ

(霧山昴)
著者 永瀬 忠志 、 出版 山と渓谷社
 アフリカのサハラ砂漠を日本人青年がリヤカーをひっぱりながら1人で横断した体験記です。信じられません。
古い本です。1994年10月に出版されていて、アフリカをリヤカーで横断(縦断か)する旅を出発したのは1989年6月のこと。そして、最終目的地のフランスのパリに着いたのは翌年の6月でした。このとき著者は33歳。高校での教員生活4年を経て、貯金300万円をはたいて旅に出たのです。
サハラ砂漠をリヤカーで旅をすると、どうなるか…。砂嵐に見舞われる、何もかもが砂だらけ。リヤカーの中から、耳の穴、髪の毛まで砂だらけ、目を細くして砂が入らないようにする。ターバンを頭に巻いて歩く。
 顔中がヒゲ面の青年が砂漠でリヤカーをひっぱっている写真が本の表紙になっています。柔らかいフワフワの砂地がある。リヤカーがぐっと重くなる。力いっぱい引っぱる、汗ダクダクだ。腕は汗をかいて塩で白くなる。シャツも塩分で白くなる。リヤカーの車輪が砂にはまり込んで、どうにも動かない。板を敷くことにする。2枚の板を1列に置き、片方の車輪を乗せて前へ引く。2枚目の板まで引くと、後ろの板を前へ持ってきて置く。また、前へ引く。また、後ろの板を前へ置く。もう片方の車輪は砂にめり込んだままだ。
 1回で1m80cmだけ前進する。10回くり返して18メートルの前進。100回くり返して180メートルの前進。200メートル進むのに40分から50分かかる。夕方5時半まで歩く。そこでテントを張る。ハードな1日だった。
朝食のあと、また歩き出す。周囲の地平線を見渡し、ふと我に返る。周囲は砂漠のみ。誰もいない。一人ぼっちだ。朝、起きたときの気温は13度。日によっては5度まで下がって、冷え込む。
何を求めてサハラ砂漠に来たのだろう…。目の前にあるサハラは、ただ砂と太陽の地獄のような姿しか見せてくれない。
歩いている時間だけで6から8リットルの水を飲んでいる。朝食と夕食で使う水も入れると、1日に10リットルの水を使っている。
こうやって、砂漠のなかを1週間も歩いたのです。とてもとても信じられません。たまに砂漠を車で走る旅行者から水や冷えたビールをもらったこともあったようですが、このたくましさ、精神力には、圧倒されすぎて声も出ません。
ケニアを出発して西の方へ行って北上しています。リヤカーを引きながら1日に40キロも歩いたというのです。これまたそのタフさに息を呑みます。タフとはいうものの、何回も下痢をして1時間おきに便所にかけ込んだこともあります。そして、途中でマラリヤにもかかりました。また、リヤカーもパンクして、その修理をしたり、タイヤを交換したり、大変です。
靴は5足を、それこそ履きつぶしました。傑作なのは、この5足を途中で捨てないで、5足全部を写真にとっています。また、ボロボロになったシャツ5枚を並べた写真もあります。見事にボロボロのシャツです。
33歳の日本人青年ですが、パリに着いたときの写真では、まるでライオン丸のように濃いヒゲの中に顔があるという感じです。
このヒゲがなければもっと若く見られて、危い目に遭ったのでしょうね。ともかく、1年後、無事に日本に戻れたというので、ホッとする旅行記でした。
(1994年10月刊。1700円)

獣医師、アフリカの水をのむ

カテゴリー:アフリカ

(霧山昴)
著者 竹田津 実 、 出版 集英社文庫
 大分県に生まれ、北海道で獣医師として活動してきた著者がアフリカに出かけて出会った動物たちの話を生き生きと語っています。
サファリとは、「旅」を意味するスワヒリ語だそうです。
 小倉寛太郎(ひろたろう)ともアフリカで出会っています。かの『沈まぬ太陽』(山崎豊子)の主人公のモデルです。
 マサイ族の男性を写真に撮ってはいけないと禁じられたのに、こっそり撮った旅人がいた。それを60キロ先からやってきて「自分を返せ」と叫んだ。マサイの人の視力は、なんと6.0。いやはや…。
 福岡の女性がマサイ族の男性と結婚して、ガイドしていましたよね。今も元気にガイドしておられるのでしょうか…。きっと、コロナ禍で大変だったことでしょうね。
 フラミンゴは、赤くないともてないとのこと。つまり、たっぷり食物を食べた健康体であることが必要十分条件。羽毛の赤は、藻類の中に含まれるカロチノイド系色素によるもの。ミリオン(百万)単位の群れのなかで、集団お見合いの儀式が終日、少し儀式を変えて、パレードよろしく演じられる。
アフリカには、ツェツェバエがいるところがある。ところが、乳牛が放牧されているところは、ツェツェバエのいないところなので、安心できる。
 シロアリが雨季が始まると、アリ塚から飛び立っていく。そのハネアリは捕まえて食用としてマーケットで売られている。酒のつまみに最高。
 サバンナ・モンキーが木にのぼって両手を広げて飛んでいるハネアリをはたき落とし、口の中へ入れてモグモグ、クチャクチャと食べる。シロアリの脂肪は牛肉の2倍、タンパク質は同じくらい。「肉よりうまい」とのこと。本当でしょうか…。
人間の乗れるゾウはアジアゾウで、アフリカゾウには乗れない。これまた、本当でしょうか…。そんなに気性が荒いのですか、人間は飼い慣らせないのですか。
アフリカにもバナナはあるが、バナナの原産地は東南アジアで、アフリカには2千年前に導入された。
 アフリカに50年前はライオンが45万頭いたのが、今では3万頭にまで激減した。今はどうなっているんでしょうか…。ライオンとか虎って、見るからに怖いですよね。でも、ゾウもカバも本当はライオンより怖いんだそうですね…。
アフリカに行く勇気も元気もありませんので、「アフリカの水をのむ」人の話を読むだけにしておきます。といっても、近所の知人の娘さん一家は今もナイロビ在住なんです。案外、アフリカも身近な存在でもあるのが世の中ですよね。
(2022年12月刊。840円+税)

生命の旅、シエラレオネ

カテゴリー:アフリカ

(霧山昴)
著者 加藤 寛幸 、 出版 集英社
 国境なき医師団日本会長をつとめ、昨年はウクライナ現地での医療活動にも参加した小児科医による、2014年に西アフリカのシエラレオネに派遣され、エボラ患者に対する医療活動の体験記です。
シエラレオネは、アフリカ西部の、日本の5分の1ほどの国土に814万人が住む国。クーデターが繰り返され、内戦もあっていた。ダイヤモンドなどの鉱物資源に恵まれている。平均寿命は55歳(2020年)。2000年は39歳だった。シエラレオネでは、5歳の誕生日を迎えられない子どもは1000人のうち109人(日本は2人)。同じく妊産婦の死亡数(10万人あたり)は1120人(日本は5人)。
エボラ患者に接するときは、宇宙飛行士のような完全防備の黄色い防護服を着用する。上下つなぎの作業服のような構造で、防水性の高い素材。一度着用したら焼却するので、高価なゴアテックスは使えないから透湿性・通気性が悪い。そのため、防護服の中はとても蒸し暑く、蒸し風呂のような状況。
 そのうえ、さらに安全を図るため、目以外の頭が全部覆われるフードを被り、特殊なマスクで鼻と口を覆い、その上にスキーのゴーグルをかける。また、二重の手術用手袋をつけて長靴をはき、最後にゴムでできた腹から膝下までの分厚いエプロンを巻いている。この暑さは、想像を絶する。いやあ、聞きにまさる重装備ですね…。
防護服を脱衣するとき、エボラに感染してしまう危険がある。なるほど、コロナでも、たしかそうでしたよね…。また、ハイリスクエリアでの針刺し事故に感染も避けなければいけない。
エボラ患者のいるハイリスクエリアは三つに区画されている。まずはサスペクト(疑い)エリア。エボラ患者との接触歴はあるが症状がなかったり軽かったり、血液検査による確定診断の出ていない人のいるエリア。次は、プロバブル(かなり可能性の高い)エリア。重い症状があるが、まだ確定診断が出ていない人のいるエリア。最後のエリアは、コンファームド(確認された)エリア。
エボラウイルス病は非常に致死率が高い。60~90%と言われている。エボラウイルスの自然宿主はアフリカの熱帯雨林に住むフルーツコウモリと考えられている。ひとたびエボラウイルスに感染すると、最短で2日、最長で21日間の潜伏期間(平均4~10日間)を経て発症する。病気の進行は急激で、発症して5日以内に亡くなることが珍しくない。
医療従事者がハイリスクエリアで活動するのは60分以内という厳格なルールがある。著者は、このルールにわずかに違反したとして、結局、国外退去となったのでした。
「熱心に診察していることは誰もが認めるところだけど、針を捨てる容器を準備せずに点滴確保した今回の過ちは重大であり、見逃すことはできない。任期を短縮して帰国してもらうことが決まった」
いやあ、厳しいルールですね。毎日を精一杯やっていても、そういうことが世の中にはありうるわけなんです…。
欧米がアフリカのエボラウイルス病にあまり関心をもたず、対策をとらなかった(とらない)のは、欧米のエボラ患者が減少したから。つまり、アフリカにエボラ患者がとどまっている限り、自分に危険が及ばないのなら、無関心であり続けるということ。
国境なき医師団の活動の実際を知ることのできる貴重なレポートです。
(2023年2月刊。1800円+税)

ヒエログリフを解け

カテゴリー:アフリカ

(霧山昴)
著者 エドワード・ドルニック 、 出版 東京創元社
 エジプトでロゼッタストーンが発見されたのは1799年。ナポレオンのエジプト遠征のとき。
 そこには、3種類の文字が彫られていた。最下段にギリシャ文字、最上段はヒエログリフで、真ん中部は何か不明。学者はギリシャ文字は解読できたが、上の2種類の文字は、まったく分からなかった。
 この謎は、フランス人とイギリス人という2人の天才によって解明された。どちらも幼いときから神童として呼ばれていた。
 イギリス人のトマス・ヤングは世にまれな多芸多才の天才。フランス人のシャンポリオンは、エジプトを偏愛する一点集中型の天才。クールで洗練されたヤングと、熱血漢で激しやすいシャンポリオン。
 エジプトの文化は驚くほど「死」に執着している。ピラミッド、ミイラ、墓、神々、死者の書など、これらすべては、死を追い払い、ねじ伏せ、死後の世界で迷うことなく生きていくためのもの。祈祷文や呪文は、どれも死は終わりではないと訴えている。
 ファラオは、「あなたは、まだ若返って再び生きていく、また若返って永遠に生きていく」という呪文とともに死後の世界へ送られていった。だから、エジプトでは輪廻転生(りんねてんしょう)は信じられていなかった。もし信じていたら、魂が新しい肉体に宿るわけだから、わざわざ古い肉体をミイラ化して保存する必要はない。人間のミイラをはるかに上まわる数の動物のミイラがつくられた。ネコ、イヌ、ガゼル、ヘビ、サル、トキ、トガリネズミ、ハツカネズミ、はてはフンコロガシまで…。
 麻布でくるまれたネコのミイラが無数に出土している。
 ロゼッタストーンのギリシャ文字はやがて解読された。それによると、次のとおり。
 「この宣言は、神々の文字(ヒエログリフ)、記録用の文字(真ん中の段の文字)、ギリシャの文字をつかって堅牢な石版に刻み、永遠に生き続けるファラオの像とともに、最高位の神殿、二位の神殿、三位の神殿に置くものとする」
 楕円形のカルトゥーシュは、支持標識。この楕円形の中に入っているヒエログリフは、王の 名前をつづったもの。そして、クレオパトラが判明した。
 ガチョウと卵と思われていたのは、アヒルと太陽だった。この二つを合わせると「太陽の息子」。アヒルは息子を意味する。
 ヤングとシャンポリオンはライバル関係にあった。だが、天才の二人が競いあったことで、ヒエログリフは解明されたのだと、この本の著者はまとめています。そうなんでしょうね…。
(2023年1月刊。税込2970円)

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