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カテゴリー: アフリカ

国家救援医

カテゴリー:アフリカ

著者   國井 修 、 出版   角川書店
 世界中の無医地区に出向いた日本人医師のすさまじい体験記です。こうしてみると、日本人の男子も、なかなか捨てたものではありません。これまで日本人女性の海外での活躍ばかり目立っていましたが(なでしこジャパンも)、日本人男性もやりますね。著者の大活躍に、心から拍手と声援を送ります。
 1962年生まれということですから、ちょうど50歳。まさに働き盛りの医師です。
 ユニセフ(国連児童基金)の医師として世界中を駆けめぐり、これまで110ヶ国で医療活動に従事してきたそうです。いやはや、超人的な経歴です。
私がこの本を読んでもっとも驚いたことの一つは、人道援助のつもりで送られた粉ミルクが現地の子どもたちの生命を奪っているということです。
飢餓で栄養不足の子どもがいることを知って、粉ミルクを送りたいと思うのは人々の善意からです。ところが、粉ミルクを溶かす水に問題があります。殺菌のために水を湧かせばいいのですが、災害現場には煮沸する手段・道具がありません。乾燥した粉ミルクでさえ細菌は繁殖できるのです。まして、汚染された水を粉ミルクに混ぜたらどうなるか。汚い水に混ぜて作ったミルクを子どもたちに与え、そこで残ったミルクを暑い環境に放置して、数時間後、また翌日飲ませたらどうなるか。さらに哺乳瓶や乳首を消毒もせずに使い続けると、どうなるか。うひょう、こ、こわいです・・・。
 その結果として、粉ミルクを使用した子どもは母乳保育児に比べて、死亡率がとても高い。そこで、ユニセフは、援助物資として粉ミルクを供与しないようにした。うへーっ、そうなんですか、ちっとも知りませんでした。善意が仇(あだ)になるという典型ですよね、これって・・・。
 著者は若い人たちについてきて欲しいと訴えています。日本の若者たちに、福島そして世界各地の病める人々のいるところに次々に飛び込んでいってほしいなと私も思いました。
(2012年1月刊。1400円+税)

中東民衆革命の真実

カテゴリー:アフリカ

著者   田原 牧 、 出版   集英社新書
 2011年2月、アラブの大国エジプトで革命が成功した。30年間にわたってこの国を統治してきたムバラク政権が民衆のデモによって倒された。
 エジプトの人口は国連統計で8400万人。実際はもっと多い。24歳以下の人口が半数をこえる。これって暑い国では人は長生きできないっていうことかしらん・・・?
 15歳から24歳までの85%は字が読めるものの、国民全体の非識字率は3割を超える。その人々にとってはフェイスブックは無用の長物だ。
 エジプト人は物知り顔で、見栄張りだ。一般にエジプト人は「口から生まれる」と言われるほどよくしゃべる。
 エジプトの失業率は9%。しかし15歳から24歳までをみると33%にもなる。1日2ドル以下で暮らす人が人口の2割いる。
エジプトはイスラエルと平和条約を結んでいるが、大半のエジプト人はイスラエル人を嫌っている。和平の現実は「冷たい平和」である。
 再びイスラエルと戦争したいというエジプト人は、まずいない。軍事的にも勝てる見込みは薄い。だから、エジプトの平和は屈辱によって支えられている。ところが、エジプトはイスラエルの電力施設が必要とする天然ガスの45%を供給している。矛盾ですね。
 エジプトには、複数の治安機関に100万人をこす職員がいると言われてきた。不当逮捕、拷問、こうした機関に支えられた政権は西欧の基準からいうと、独裁体制以外の何者でもない。
 ムバラク大統領は30年間の統治の間に、自らの腹心たちを軍から次第に内務官僚、政権与党に移していた。この変節が生んだ両者の隙間が、軍により自由な選択を許したといえる。
 エジプト軍は、単なる武力集団ではない。エジプトの反体制運動の主役だったイスラーム主義者たち、とりわけ急進主義者たちは革命前夜どうしていたか。結論をいえば、昔日の影響力を失い、社会の片隅で沈黙していた。
 これまでアメリカに追随してきたチュニジア、エジプトの独裁政権が倒れてしまった。アメリカの存在感は著しく凋落している。アメリカの対テロ特殊機関が捕まえたイスラム過激派をこっそりエジプトの移送し、ムバラク傘下の治安機関で拷問にかけるような秘密工作が横行していた。しかし、これからはそんな無茶は通らなくなるだろう。
 1979年のイラン革命以来、30年間のアメリカの中東戦略は、戦略と呼ぶには、あまりに場当たり的で、お粗末である。
 エジプト革命の実現について、現場からのレポートの一つとして興味深く読みました。中東も大きく変わりつつあります。日本も早く変えたいものです。
(2011年7月刊。760円+税)

アフリカ四半世紀の物語を撮る

カテゴリー:アフリカ

著者   中野智明   、 出版  つげ書房新社 
 かつて希望の国であり、一転して悲劇の国となって、今ようやく復興へ歩き出している。そんなイメージのあるアフリカの四半世紀が写真で紹介されています。
子どもたちの生き生きとした表情と笑顔は救いです。片腕を切り落とされた幼女を見ると切なくなってしまいました。
奴隷労働を幼いときから強いられる子どもたち、そして人殺しを仕事とする少年兵たち、本当にむごいことです。子どもたちの豊かな可能性をすべて奪い去るのですから・・・・。森のゴリラたちを殺し、それを食べるパワーが得られると信じて密猟者に注文する政府高官が少なくないという。ゴリラが絶滅したら大変だなんて思う余裕がないのでしょう・・・・。
黒人奴隷の積み出し港がセネガルのゴレ島にある。そこにある「奴隷の館」では、アメリカからの黒人旅行団が入ると入り口が閉ざされる。旅行客がガイドの説明を聞いて涙を流しているときに、その場にいた白人観光客が笑い声をあげ、けんかになったことがあってからの措置だという。黒人奴隷の積み出し港で笑い声をあげるなんて白人の無神経さには呆れ、怒りすら覚えます。
しかし、その次の話はもっと衝撃的でした。アフリカの黒人を奴隷として白人に売り飛ばしたのは、実は黒人有力者だったのです。敵対部族が捕虜を売り飛ばしたこともあったようです。ですから、アメリカからアフリカにやって来た黒人たちは、祖先を白人に売り渡したアフリカ人を許していないのかもしれない、というのです。アメリカの黒人たちはセネガルの現地の人々と距離を置き、警戒しているようだというのです。
アフリカが変われば地球が変わると思いますが、そうなるにはまだなかなか時間がかかりそうで大変だと思いました。
(2011年3月刊。2000円+税)

ソコトラ島

カテゴリー:アフリカ

著者 新開 正、新開 美津子  、 出版 彩図社
 
 ええっ、こんな島があったの・・・・。そう思ってしまいました。世にも不思議な島というのは、まったくもってそのとおりです。インド洋のガラパゴスといわれているそうですが、なるほどと納得できる写真集です。
 イエメンの南東の海上にある小さな島です。ユネスコの世界自然遺産にも登録されています。年間降水量250ミリという極端に乾燥した大地ですから、そこに自生する生き物はみんな乾燥に強いものばかりです。
 バオバブの木に似て、幹に水を貯められる、ぷっくらお腹の木もあります。和傘を逆さにした木は竜血樹です。薬や着色剤として珍重されてきたということです。傘のような形の樹冠になっているのは、空中の水分を効率的に補足できるからだといいます。それほど、雨が少ないということなのです。そして、竜血樹には年輪がなく、繊維が詰まっているのです。不思議な木です。
 ボトルツリーとかキュウリの木とかいうのは、バオバブそっくりです。とっくり形の幹に水を貯めているのですね。そして、その太った幹から葉が出て、花が咲くのです。みんな面白い形をしています。
 アロエも変わった形です。アレキサンダー大王が、アリストテレスの助言を受けて、ここのアロエを入手するため、ソコトラ島を占領したというのです。本当なのでしょうか・・・・。
 こんな変わった島にも人々が住み、生活しています。ラクダもいます。ソ連の軍事基地が置かれていたこともあって、F34戦車の残骸まであるのです。これにも驚きました。
大きな洞窟があります。4万人あまりが生活するソコトラ島にリピーターで渡った日本人夫妻の写真集です。知らない世界は多いものですね。
(2010年12月刊。1600円+税)

カントリー・オブ・マイ・スカル

カテゴリー:アフリカ

 著者 アンキー・クロッホ、 現代企画室 出版 
 
 タイトルからは何の本やらさっぱり分かりません。南アフリカで続いていたアパルトヘイトの被害者と加害者のあいだで「和解」を成立させようという大変地道な努力がなされているのです。血には血を、ではいつまでたっても社会に平和は来ない。平和と秩序を回復するためにはどうしたらよいのか、真摯な努力がえいえいと続けられてきました。その困難な状況が明らかにされています。
今の日本では、死刑制度賛成が85%、圧倒的です。複数の人を殺したら、即、死刑にせよというムードにあふれています。本当にそれでよいのでしょうか。死刑制度は決して犯罪を抑止する効果をもたないし、「犯人」を死刑にしたからといって被害者が生きかえるわけではありません。遺族の「報復感情」に国は易々と応じるだけで、本当に責任を果たしたことになるのか、みんなで真剣に議論すべきだと思います。裁判員裁判で相次いで死刑判決が出た今こそ、もっともっと根本的な議論をして、深めるべきではないでしょうか・・・・。
スカルとは頭蓋骨のこと。南アフリカ内外に人骨が無数に埋められている現実がある。
1994年4月、南アフリカで1人1票の全人種参加の総選挙が実施された。そして、ネルソン・マンデラが初の黒人大統領に就任した。そして、1995年、国民統合和解促進法によって真実和解委員会(TRC)が設置された。1996年4月から活動を本格化させたが、その中心が公聴会であり、南アフリカ全土に実況中継された。
 このとき、加害者は、自らの罪を詳しく述べたてることと引き替えに、責任を問われないことになった。嘘をつけば、刑事訴追の対象となる。だから、虐殺に加担した警官は、誰の命令によって、誰を、どのように拉致し、どのように拷問し、どのように殺害し、どのように遺体を処分したか、正直にすべてを語ることになる。そして、被害者(遺族)には、真実と若干の保証金と引きかえに加害者を許すことが期待される。
 南アフリカの白人といっても、アフリカーナとイギリス系白人(ユダヤ系をふくむ)に分かれ、両者には、心理的な距離があり、インテリをのぞくと通婚もない。黒人を弾圧する警察機構の担い手はアフリカーナであり、黒人労働者を殴打する工場長も農場主も、その多くはアフリカーナであった。イギリス系白人は、汚れ仕事をアフリカーナに押しつけつつ、白人としての特権は手放さず、「私はアパルトヘイトにはずっと反対だったんです」と語る。きわめて偽善者である。
 そして事態は単純ではない。加害者が白人だとは限らない。警察に協力し、同胞に対して歯止めのない残虐行為を働く黒人がいた。
 さらに、犠牲者は活動家だけではない。「密告者」のレッテルを貼られ、活動家に焼き殺された無実の人々がいた。解放運動の爆弾闘争によって生命を失った白人市民がいた。白人警察官に殺される白人の共産主義者もいた。拷問による自白情報によって同志が居場所を知られ、無慈悲に虐殺されることもあった。
公聴会では、拷問したものと拷問された者が対面する場面が何回もあった。 
 アパルトヘイト犯罪のなかで地位の高い政治家たちが責任をとらず、現場の警察官の逸脱のせいにしようとした。自己の罪に向きあって人格が破綻していく殺人者の方にこそ、人間としての誠実さが感じられることがあった。
 正常な社会では、子どもがいるべき時刻に家にいなければ友達の家にまだいるかもしれないと考えられる。しかし、アパルトヘイトの下では、警察署に行って捜し、次に刑務所、それから病院、そして最後には死体保管所へ出向く。なんという残酷な現実でしょうか。 真実和解委員会が調査していた期間に2500人、年に100人もの囚人が絞首刑に処せられた。その95%が黒人であり、判事は全員が白人だった。うむむ考えさせられますね。
上下2段組で400頁をこす大著です。内容もぎっしりと重味があります。思わず目をそむけたくなる真実が語られています。でも、目をそらすわけにはいかないのですよね。
(2009年2月刊。1600円+税)

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