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カテゴリー: アメリカ

アメリカを売ったFBI捜査官

カテゴリー:アメリカ

著者:デイヴィッド・A・ヴァイス、出版社:早川書房
 最近、映画『アメリカを売った男』をみましたので、その原作本として読みました。ところが、書店にはなく(絶版のようです)、古本屋にもありませんでした。それで、やむなく近くの図書館で取り寄せてもらった本です。さすがに、映画より詳しい事情が分かりました。まさに、事実は小説より奇なり、です。
 2001年2月18日、FBI特別捜査官のボブ・ハンセンは公園を出たところで武装したFBI捜査官の一団に取り囲まれて逮捕された。スパイ容疑である。
 そのとき、ハンセンが発した言葉は、「なんで、こんなに時間がかかったんだ?」
 ボブ・ハンセンは、警察官の息子として育った。父親は息子のボブを精神的に虐待した。父親は、息子に対して大学にすすみ、高級学位をとって医師になってほしいと願っていた。ところが、息子をほめて育てるのではなく、あらを捜し、くりかえし息子を叱った。男になれと諭(さと)しつつ、息子が自信をもてないようにいじめ続けた。だから、息子は父親を内心、大いに憎みながら大きくなった。
 息子が結婚するとき、父親は、妻となろうとする女性に対して、「なにがよくて、こんな男と結婚するんだ?」と問いかけた。ええーっ、うそでしょ。信じられないほどのバカげた父親の言動です。
 ボブ・ハンセンは1970年代はじめにシカゴ警察に入った。そこでは、警察官の非行を摘発する仕事についた。そして、1976年、FBIに移った。
 やる気にみちたボブ・ハンセンだったが、周囲のFBI捜査官にやる気のなさを感じ、幻滅した。しょせんFBIはソ連との戦いには勝てないというあきらめを感じた。そして、自分より劣る捜査官からのけものにされていると感じて、父親を恨みに思ったのと同じようにFBIを恨みはじめた。その恨みはだんだん強くなっていった。だから、FBIには本当に親密な友人はできなかった。
 ボブ・ハンセンはカトリック教徒として洗礼を受け、オプス・デイというカトリック団体に入った。
 ボブ・ハンセンはFBIでソ連の情報関連の仕事をしていたため、KGBに秘密情報を売る行為は、大きな危険を冒すときの高揚感に飢えていたハンセンを満足させた。
 ワシントンのKGBのナンバーツーのチェルカシンにボブ・ハンセンは秘密の手紙を送った。ひゃあ、すごいですね。自らスパイに志願したというのです。それも、個人的な動機から・・・。
 ハンセンは、いつもと何かが違うと疑われないように、家族の面倒やFBIの毎日の仕事に手抜かりがないように気をつけた。
 ハンセンに満足感と活力を与えたのはスパイ行為だった。FBIを翻弄し、ソ連が自分の正体を何も知らないと考えるのは楽しかった。秘密を愛し、自分の担当者との関係で感じられる優位性や支配力がとても気に入っていた。
 KGBのスパイを演じるとき、ハンセンは影響力をもち、自分が支配する立場にたった。ようやく主導権を握る男となったのだ。
 子どものときに父親から受けた虐待の傷は消えなかった。思考を細分化し、隠匿する方法を学んでいた。
 ハンセンは、FBIがいかにして二重スパイをつきとめるかを正確に知っていたので、いくら用心してもしすぎることはないと分かっていた。
 ハンセンは、史上最大のスパイになりたいという冷酷で非情な欲望に駆り立てられていたのだと考えられている。
 FBI捜査官、子ども6人をかかえる一家の長、そしてKGBのスパイという三役をこなすハンセンは忙しかったが、スパイ活動においても日々の生活においても自重して発覚しないようにした。人目につく散財などはしなかった。
 しかし、ハンセンの妻の兄(FBI捜査官をしていた)が、ハンセンが自宅に隠していた数千ドルの現金を家族に見られたとき、スパイ行為をしているのではないかと疑い、FBIの上司に報告した。それは1990年のこと。ところが、FBIは、この報告を取り上げなかった。
 では、ハンセンはスパイ活動で得たお金を何につかったのか。
 1回に2万ドルとか、多いときには5万ドルをハンセンはソ連(KGB)から現金で受けとった。また、モスクワの銀行に80万ドルもの預金があった(ただし、ハンセンが逮捕されて刑務所に入ったため、結局、引き出さないままに終わった)。
 ハンセンは親友と2人で、ワシントン市内のストリップ店でショーを見ながら昼食をとるのが楽しみだった。そして、そこのストリッパーに貢いだ。彼女が歯の治療費が2000ドルいるといえば、すぐに差し出した。そして宝石も贈った。香港旅行に行ったり、ベンツを贈ったり。ところが、彼女がクレジット・カードを勝手につかったことから、ハンセンは直ちに切り捨てた。
 やっぱり、妻以外の女性につかったわけなんですね。そして、ハンセンにはもう一つの趣味がありました。映画にも出てきますが、何も知らない妻をポルノ・スターに仕立てあげたのです。自分たち夫婦の性交渉をビデオで隠しどりして親友に見せたり、のぞき穴を提供していたというのです。インターネットの掲示板に、妻とのセックスを空想して投稿するのを楽しんでいました。敬けんなカトリック教徒でありながら、一方ではハードポルノを楽しむという二面性があったわけです。
 1991年にソ連が崩壊したあと、スパイとして摘発される危険がハンセンに迫った。
 ハンセンをスパイと疑ったFBIは特別な捜査本部を極秘のうちにたちあげて、ハンセンを24時間体制で追跡した。映画にもその様子が出てきます。ハンセンの自宅のすぐ近くの家も借りて監視したというのです。
 ハンセンは、アメリカのスパイとして働いたソ連の将軍やKGB士官の正体を明かした。彼らは直ちに処刑された。このようにハンセンのソ連に対する貢献度は画期的に大きいものがあった。ハンセンは、スパイとして逮捕されたが、終身刑の囚人として、今もアメリカの刑務所に暮らしている。
 この本を読むと、父親の息子への「しつけ」の度が過ぎると、とんでもないことが起きることがよく分かります。でも、本当にそれだけだったのだろうか・・・、という気もするのです。いずれにしろ、実話ですので、興味は尽きません。
(2003年4月刊。2200円+税)

戦争

カテゴリー:アメリカ

著者:Q.サカマキ、出版社:小学館
 パレスチナ、ハイチ、スリランカ、コソボ、アフガニスタン、リベリア、イラクの戦場を生々しく伝える写真集です。よくぞ、こんな写真がとれたものだと感心します。目をそむけてしまいたい写真ばかりです。でも、現実から目をそらすわけにはいきません。そして、その大多数にアメリカが関わっています。まさに「世界の憲兵」としてのアメリカです。いえ、むしろ、アメリカ帝国主義の世界制覇の野望の実証的写真と言ったほうがいいのでしょう。アメリカは、イラクのように、自国に有利な利権があると思えばいち早く石油省だけはなんとしても確保します。自国にとって当面の利権がなければ、現地でどんな虐殺が起きようとも、「そんなのカンケーねえ」と無視してしまいます。
 パレスチナのガザでは、ユダヤ人入植者の子どもたちは、イスラエル政府が提供した装甲車で通勤通学していた。ひゃあ、毎日の生活の始まりが、装甲車だなんて、とんでもないことですよね。
 ハイチでは、クーデターが33回もあったというのです。すごいことです。これでは、国民は、ずっと政争の犠牲になってきた、というのは、まさにそのとおりですよね。
 2004年2月29日、アリスティード大統領が2度目の亡命を余儀なくされた。どうして、こんなに小さく、貧しい国で、何度も何度も凄惨な殺しあいが起きるのでしょうか。アメリカは、イラクとは違って、小国ハイチに利権が乏しいことからでしょうか、まったく無策のままです。
 スリランカもコソボも、アメリカの注目をひかないためか、戦争が続いたままです。
 アフリカのリベリアでは、ドラッグとアルコールでハイとなった少年兵が、耳元を弾丸がつんざいているにもかかわらず、激しい戦闘を楽しんでいるかのようにゆっくり闊歩し、マシンガンを撃ち続ける。「今まで何人殺したかなんて覚えていないし、気にもかけていない」とうそぶく。こんな狂気が、14年間に25万人の生命を奪い、わずか300万人のリベリアの人口の3分の2を難民にしてしまった。
 リベリアには、アメリカを招き入れるほどの利益がないから、アメリカは介入しない。
 最後はイラク。2003年4月のバグダッドの病院の写真があります。フセイン政変崩壊による混乱のなかで、我が身と患者を守るために医師たちが銃をもつ状況です。
 戦争が日常生活のレベルにきたときの悲惨さがよくとらえられている写真集です。こんな写真を見て今夜はよく眠れるかどうか、つい心配してしまいました。といっても、お互い現実から逃げ出すわけにはいきません。
 われらは、全世界の国民がひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
 いい言葉です。日本国憲法の前文にあります。自民党は、これを削除しようとしています。先日の名古屋高裁判決は平和的生存権は具体的権利として、その侵害をやめさせることができるものだ。このように高らかにうたいあげました。世界に戦火の絶えない今こそ、憲法9条2項を世界中に広げたいものです。
(2007年10月刊。3000円+税)

不倫の惑星

カテゴリー:アメリカ

著者:パメラ・ドラッカーマン、出版社:早川書房
 社会人経験のない私が弁護士になって早々に経験したのが夫婦間の離婚事件でした。いやはや大変でした。つくづく司法修習生のときに結婚していて良かったと思いました。離婚事件の多くは一方の不倫が原因となっています。そして、そのかなりのケースで、不倫を無理に否定する配偶者がいます。私は、今も、そんなケースをかかえて苦労します。だいたい、男のほうが攻め落としやすいものです。女性の多くは開き直って、したたかな対応をしてきます。
 この本を読むと、世界各国、どこでも不倫はありふれています。ところが、ビル・クリントンの国(アメリカ)では、不倫が罪悪視されているというのです。私にとって、これほどイメージとかけ離れていることはありませんでした。キリスト教の原理主義者が多いため、今でもダーウィン流の進化論を学校で教えることができないという国だからの変な現象です。
 現在、ほとんどのアメリカ人は17歳までに初体験をするが、26歳にならないと結婚しない。活発な性生活を送りながらも、独身のままでいる時期が、9年間つづく。
 アメリカ人は、2006年の調査でも、道徳的な観点からみて、不倫は、一夫多妻制やヒトクローン以上に許しがたいと答えている。
 不倫が大目に見られたり、勧めたりする特殊な環境もアメリカにはある。シーズン中のスポーツチームや法律事務所である。スポーツ選手のほうは例示があって私も分かりましたが、その一つが法律事務所とは、私にとって理解しがたい驚きです。
 クリントン大統領への弾劾をアメリカ下院が可決した直後にCNNとギャラップが行った世論調査によると、クリントンの支持率が10ポイント上昇して過去最高の73%となった。一方、共和党の支持率は12ポイント下がって31%だった。ほとんどのアメリカ人は、情事は私的な罪でしかないと考えていた。
 アメリカでは、浮気をした人が信頼を回復するには、浮気相手の名前、密会や性交渉の詳細など、伴侶が知りたがることは、どんな細かいことでも隠しだてせずに洗いざらい話す必要があるとすすめられていた。クリントンは、このアドバイスどおりの行動をとった。まず否認するのをやめ、情事を認めた。
 著者(女性)が、アルゼンチンに出張したとき、夫ある身と知りながら男性が口説いたセリフに私はじびれてしまいました。
 「ぼくの妻が、どうして出てくるのか分からない。これは、ぼくときみだけの問題だろう。君に、すばらしい喜びを味あわせてあげようと思っているんだ」
 いやあ、私も一度は、こんなセリフで女性を口説いてみたいと思いました。アルゼンチンの男性には負けてしまいます。
 配偶者の浮気について、ポーランドでは、伴侶のいないところで風船をふくらますと言い、中国では、妻に裏切られた男性は緑色の帽子をかぶると言う。
 ゲイが集まるバーやナイトクラブでは、行きずりのセックス相手を見つけるのに格好の場所だ。一方、ストレートの男性が女性と知り合う場所は学校や職場だから、交際は長く続く。ゲイの男性の43%が、これまで60人以上と関係をもったと答えた。同じ地域に住むストレートの男性では、4%にすぎない。
 ウソをつくのが問題になっているので、真実を話すことがアメリカ人にとっての不倫の解決法になっている。しかし、それを聞いた外国人は、口をそろえて信じられないと言う。裏切られた側としては、不倫の詳細を知ったら心の傷が広がるばかりだろうと考えるわけだ。私も、この考えに同調します。夫婦といえども、やはりお互いに知らないことはあってもいいし、その方がかえって夫婦仲は円満にいくと考えています。
 アメリカ人の夫が嫌うタイプの妻は1950年代の「不感症の女性」から、1990年代には「退屈な女性」に変わった。夫はセクシーな若い秘書と不倫せず、妻より年上で容姿は劣るが一緒にいて楽しい女性を浮気相手に選んでいた。
 ふむふむ、なるほど、ですね。やはり話のあう女性がいいですよね。
 フランス人の不倫は、秘め事はあくまでも秘め事としておく姿勢で貫かれている。嘘をつかないで不倫をすることはできない。
 1991年にソビエト連邦が崩壊すると、セックスが勢いよく表舞台に登場した。ロシアは国民がめったにセックスの話をしない国から、セックスが商品となる国へと変貌した。
 ロシアに不倫が多い理由の一つに、男性が極端に少ないことがあげられる。1980年以降、ロシア人男性の平均寿命は、65歳から58歳に下がった。死因はアルコール、タバコ、業務中のけが、交通事故など。65歳のロシア人は、女性100人に対して男性はわずか46人。ちなみに、アメリカでは女性100人に対して男性は72人。
 ロシアの人口比での男女のアンバランスが、男女のロマンスに影響を与えている。
 40代の独身女性にとって、既婚男性とつきあわなかったら、デートの相手がほぼ皆無。30代、40代そしてそれ以上のロシア人女性にとって、未婚の男性やアル中でない男性は、ロマノフ王朝の豪華な宝石と同じくらい、めったに手に入らない存在となっている。
 ロシア人はアメリカ人に負けずおとらずロマンチストである。そして、ロシア人男性のほとんどは、熟年期を迎える前に死亡してしまう。
 ひゃあ、そうだったのですか。辛いロシアの現実があるのですね・・・。
 イスラム教徒とユダヤ教には、アメリカの税法が簡単に思えてしまうくらいに複雑な戒律があるが、ともに婚外セックスを正当化する抜け穴もある。
 世界は同じようでもあり、違うようでもあるのですね。
(2008年1月刊。1600円+税)

米軍再編

カテゴリー:アメリカ

著者:梅林宏道、出版社:岩波ブックレット676
 米軍再編とは、ペンタゴン(アメリカ国防総省)の世界的国防態勢の見直しによる再編のこと。その目的は、機敏で柔軟な世界的展開を可能にするための能力を高めることにある。
 ペンタゴンは、西ヨーロッパと東北アジアにアメリカ軍が過剰に配置されているという現状認識を強調した。
 米軍再編前の2002年、アメリカは海外に19万7000人の軍隊を配備し、70万エーカーの基地をもっていた。海外配備アメリカ軍の95%、海外の基地面積の51%が西ヨーロッパと東北アジアに集中している。つまり、ドイツと日本と韓国の3ヶ国だけで、海外配備アメリカ軍の81%を占めていた。このような現状をペンタゴンは適切でないとした。それは冷戦後の世界情勢を考えたら当然と言える。
 再配置されたアメリカ軍は、同じアメリカ軍であっても、これまでとは一変した存在である。アメリカ軍は、同盟国の承認のもとに、世界のどこにでも跳躍できる部隊として世界各地に配置されることになる。アメリカ軍は、どの地域にいても、いわば「地球軍」なのである。
 ペンタゴンのとっている「蓮の葉戦略」とは、地球上のさまざまな場所に大小さまざまのアメリカ軍基地が配置されるということ。カエルが蓮の葉を跳びながら移動するように、それらの基地を跳躍台として、世界中のどこにでも短期間に兵を送り、そこで持久力のある戦争を行えるようなシステムの構築をめざすのである。
 ペンタゴンは、基地機能に、従来にないメリハリをつけ、大型で費用のかかる「主要作戦基地」の数を減らし、機動性のある基地ネットワークを再構築しようとしている。
 基地(ベース)と名の付くものは主要作戦基地だけで、あとは、場所(サイト)や地点(ロケーション)と呼ばれる。
 グアムは、本格的な海兵隊の基地となる。アメリカ海兵隊は、「蓮の葉戦略」上、沖縄にいるよりも、好位置につくことができる。そして、アメリカは、それを日本人の払う税金で実現しようとしている。
 うむむ、こんなことって、絶対に許せませんよ。怒りが噴き出します。
 アメリカのイージス艦の日本海配備は、あくまでもアメリカ本土の防衛用である。
 そうなんですよ。アメリカは日本人を守るなんて考えたこともないでしょう。黄色いサルなんか原爆でみな死ねばよかった、今でもそう考えているアメリカ軍人は多いのではありませんか。
 イラク国内に、アメリカは4ヶ所の巨大基地を建設中だ。ここは、1万人をこえるアメリカ兵の住む町の様相を呈している。うへーっ、ちっとも知りませんでした。知らないって、恐ろしいことですね。先日、日弁連会館で著者の話を聞いたときに買って読んだ本です。
(2006年5月刊。480円+税)

無実

カテゴリー:アメリカ

著者:ジョン・グリシャム、出版社:ゴマ文庫
 上下2冊の文庫本です。いやあ、こんなことって、本当にあったのかと憤りを覚えながら重たい気分で読みすすめました。冬、寒いので厚着をしているところに、首筋から氷のカケラを投げ入れられた。そんなゾクゾクする、いやな思いをさせられてしまいます。でも、アメリカ・オクラホマで実際に起きた冤罪事件だというのですから、途中でやめるわけにはいきません。最後まで辛抱して読み通しました。いえ、面白くないというのではありません。面白いのですが、ノンフィクションだというので、どうしても、この世にこんなことがあっていいはずはないという思いが先に立ってしまい、頁をめくって次の展開を知りたい衝動にかられる反面、ああ、いやだいやだ、人間って、こんなにも無責任かつ鉄面皮になれるものかという底知れぬ不信感を抱いてしまうのでした。このときの人間というのは、無実の人間を寄ってたかって有罪(しかも、死刑執行寸前にまでなりました)に仕立てあげた警察官、検察官そして裁判官です。おっと、無能な弁護人も、それを助けたのでした。
 これはオクラホマだけの問題ではない。その正反対だ。不当な有罪判決は、この国のあらゆる国で、毎月のようにくだされている。原因はさまざまでありながら、常に同じでもある。警察の杜撰な捜査、エセ科学、目撃証人が誤って別人を犯人だと断定すること、無能な弁護人、怠惰な裁判官、そして傲慢な警察官。大都市では科学捜査の専門家の仕事量が膨大になり、結果として、プロらしからぬ仕事の手順や方法をとってしまう。
 アメリカの中南部のオクラホマ州にある人口1万6千人の町エイダで、1982年12月の夜、21歳の独身女性(白人)が殺害された。警察から犯人と目されたのは白人青年のロン。ロンは、社交性に欠け、社交の場では強い不安を感じる。怒りや敵意から攻撃的になる可能性がある。周囲の世界を危険きわまる恐ろしい場所と考え、敵対的な姿勢をとるか、内面に引きこもることで自分を防御する。ロンはかなり未成熟で、物事に無頓着な人間の典型だった。
 小さなエイダの町では、数十年のあいだ、私刑(リンチ)を誇りとする伝統があった。いやあ、まるで、西部劇の世界ですね。裁判によらずに、町の人々が「犯人」を吊し首にするわけです。
 「犯人」を逮捕したら、拘置所では密告競争が始まる。警察も大いに奨励する。重要事件の被疑者が犯行の一部始終なり一部なりを告白する言葉を耳にいれるか、あるいは耳にしたと主張し、それを材料として検察と旨味のある司法取引をするのが、自由への、あるいは刑期短縮への最短の近道だった。
 ただ、普通の拘置所では、密告者がほかの囚人からの仕返しを恐れるので、それほど多くはない。しかし、エイダでは、この作戦の成功の多さから、さかんに密告があっていた。
 場当たり的な貧困者弁護制度は問題だらけだった。あまりにも手当が少額のため、大半の弁護士は、そういう避けたがった。そこで裁判は、刑事裁判の経験が浅かったり皆無の弁護士を任命することがあった。そんなとき、弁護人は専門家を証人に呼ぶことや、お金のかかることは何もできなかった。
 死刑の可能性のある殺人事件となれば、小さな街の弁護士たちの逃げ足は一段と速まった。多くの時間が費やされるという負担が重くのしかかり、小さな法律事務所なら実質的にほかの仕事はできなくなる。それだけの労力に対して、報酬はあまりにも少ない。そのうえ、死刑事件では上訴手続がだらだらと永遠に続く。
 ロンが拘置所に勾留されていたとき、看守はソラジンの量を微調整した。ロンが独房にいて、看守がゆっくりしたいときには、薬を大量に投与した。これでみんな大満足だった。出廷予定のときは薬の量が減らされ、ロンがより大きな声を出し、より荒々しく好戦的になるよう仕組まれた。
 ロンについた弁護人はベテランではあった盲目のうえ、一人だけだった。しかも、その盲目の弁護人は、ロンを怖がっていた。弁護人は、この裁判に大きな時間をとられ、ほかの、きちんとした弁護料を支払ってくれる依頼人にまわせる時間が削られていった。その弁護人は、被告人から突然おそわれないように、屈強な若者となっていた息子を机の横に待機させたほど。
 毛髪分析では同一という言葉はありえないのに、「同一」という言葉が鑑定でつかわれた。毛髪鑑定はあまりあてにならないようです。
 オクラホマの死刑執行は、致死薬注入による。まず、静脈を拡張させるために食塩水を注入し、最初はチオペンタルナトリウムを注入する。これで死刑囚は意識を失う。もう一度、食塩水を注入したあと、二つ目の薬品である臭化ベクロニウムを続いて注入する。これで呼吸が停止する。食塩水があと一回流しこまれて、3つ目の薬品である塩化カリウムが注入され、これによって心臓が停止する。
 この方法による死刑が、最近、アメリカで相次いでいるという記事を読んだばかりです。
 別の冤罪を受けたフリッツは刑務所内にある法律図書室で毎日午後、4時間ほども勉強した。そして獄中弁護士を自任している囚人に専門書や判例の読み方を教えてもらった。指導料はタダではない。フリッツは、タバコで、その料金を支払った。
 生死のかかった裁判にかけられたら、街で最高の弁護士か、最低の弁護士を雇うべきだ。最低の弁護士の手抜き弁護によって、あまりの弁護のひどさによって再審が認められるこというわけです。
 刑務所の看守たちの一部は、ロンをからかって多いに楽しんだ。
 「ロン、わたしは神だ。おまえはなぜデビー・カーター(被害者)を殺した?」
 「ロン、わたしはチャーリー・カーターだ。なぜ、わたしの娘を殺したのかね?」
 ロンが叫びをあげて抗議するので、ほかの囚人にとっては苛立ちのもとだったが、看守にとっては格好の気晴らしだった。こんな面白いことがやめられるわけがない。
 たまたま、裁判官が記録の洗い直しを命じ、矛盾点を発見してロンは助かりました。ただし、11年もたってからのことです。そのとき、DNA鑑定が役に立ちました。しかし、起訴した検察官と警察官たちは、最後で自分たちの非を認めませんでした。DNA鑑定にしても、それを隠したのは自分たちではないかのように知らぬ顔をしてしまいました。
 ようやく無罪放免になったロンですが、エイダの町はあたたかく迎え入れるどころではなく、いぜんとして「殺人犯人」扱いでした。
 ロンは、この長い絶望状態のなかで、心身ともに病みきっていました。冤罪事件の罪深さは、人ひとりの人生を大きく狂わせてしまうところにあります。
(2008年3月刊。762円+税)

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