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北の森に舞うモモンガ

カテゴリー:生物

(霧山昴)
著者 柳川 久 、 出版 東京大学出版会
 この本は、エゾモモンガ(モモンガ)に関する、日本で初めてのモノグラフだそうです。驚きました。モモンガって、なんとなくなじみのある生き物なのに、これまで、まとまった研究の本がなかったというのです。
 著者がモモンガの研究を始めたのは今から37年も前の1988(昭和63)年のこと。まだ20歳台でした。
 冒頭にモモンガの団子三兄弟の写真があります。血のつながっていないモモンガが3頭、背中の上に乗って、じっと動かなかったそうです。
 モモンガは夜行性ですから、昼間はじっとしていて、夜、遅くなってから活動しはじめます。モモンガを追跡するために使った発信機の重さは2グラム。1円硬貨2枚分です。
 モモンガは滑空する。といってもコウモリのように飛翔するのではなく、高いところから斜めに落ちることで、距離を稼いで離れた場所にたどり着く。とてもエコ(経済的・省エネ的)な移動方法。
 モモンガはやせっぽちで筋肉量が少ない。これは翼面荷重を少しでも減らすためのもの。
 モモンガは若葉や花序(花穂)を好んで食べる。セミなどの昆虫を食べる個体もいるが、地域差もあるらしい。
モモンガにも右利きと左利きがいる。人間と同じく右利きが多い。
 モモンガは利用する樹洞の条件にあまりうるさくなく、あるものを選り好みしないで使う。
 モモンガにとって林がなくなるのは生存の危機につながる。
モモンガの子は、出生時は赤裸で、体重は3~4グラム。巣から顔を出して出始めるのは40日ころ、50日ころから滑空を始め、60日ころに巣立ちする。
 モモンガの母親は、自分のこと他者の子を区別できない。自分が何匹の子を育てているのかの認識は出来ていない。それで、巣のひっこしをするときには、「子の数プラス1回」、古い巣と新しい巣を往復し、古巣に赤ちゃんが残っていないか確認する。日本での観察では「プラス1回」以上となっている。
 モモンガの天敵はフクロウとクロテン。
 モモンガは、おもに音声によって天敵のフクロウを認識している。
北海道のモモンガは、アイヌからは好意的に見られていた。
食性の違いからか、北海道のモモンガは植物食中心でのんびりしていて積極的。これに対して、アメリカのモモンガは肉食性が強く、活発で積極的。
 可愛らしい写真とスケッチもたくさんある、貴重なモモンガ研究書です。
(2025年6月刊。2800円+税)

暦のしずく

カテゴリー:日本史(江戸)

(霧山昴)
著者 沢木 耕太郎 、 出版 朝日新聞出版
 江戸時代の中期に活躍した講釈師・馬場文耕が講談のなかで、時の幕府中枢を批判したら、なんと斬首・獄門となったという史実が物語になっています。江戸時代に深く関心のある身として、これは読まずばなるまい、そう思って読みはじめたのです。朝日新聞に連載されていたそうで、堂々550頁を超す大作となっています。
 講釈師とは、今の講談師のこと。今日の日本でも人間国宝に指定される講談師がいます。一龍斎貞水、神田松鯉など。残念ながら話を聴いたことはありませんが、女性講談師がいま何人も活躍していますよね。
講談のなかで、時の政府をチクリチクリと批判するのは当然のことです。時の政府を持ち上げるばかりの講談だと、歯が根元から浮いてしまって、最後まで聴こうとも思わないでしょう。でも、聴衆が聞きたいのは政治演説ではありませんので、適当な批判にとどめます。そこらあたりのサジ加減がとても難しいとは私も思います。
 馬場文耕を死刑(獄門)にする判決文が残っている。
 「かねてより古い軍記物などを講釈して生活していたが、貧しさのあまり衣服の手当てもままならず、聴衆に援助してもらうべく、極秘の物語を講釈すると喧伝(けんでん)し、現在、公儀で吟味中の事件を文章にし、実際にそれを講釈した」
 当時の出版物(書物)には、版木を掘って印刷したものを束ねる刊本と、筆で書き写したものをまとめて本にする写本の二つがあった。刊本は、幕府の許可が必要のため、あまり過激な内容のものは出すことができなかったが、原稿を書き写すだけの写真は、簡単に世の中に出すことが出来たため、政治的に過激なものが出されていた。馬場文耕の作品は、すべて写本であった。
 江戸時代の読者には、写本は、書かれているのは事実に違いないという思いがあった。
 えっ、待って…。もしかして、これって、現代SNSのフェイクニュースを真実と思い込む人と似ていませんかね…。うむむ、難しいところですよね。とんでもないインチキ政党(参政党)の言っていること(外国人は犯罪が多い…)を真実だと思い込んだ日本人が何百万人いたという事実に、私は身の凍る思いがしています。
 美濃(みの)郡上(ぐじょう)の金森家の苛政を馬場文耕は取りあげました。まさしく、公儀が内密に問題として取りあげたテーマです。ここの百姓一揆は、結局のところ、劇的な勝利を遂げるのです(首謀者は獄死したとしも…)。
 ときは徳川九代将軍家重、そして田沼意次(おきつぐ)の時代です。
 田沼家は、将軍吉宗のときに紀州から江戸入りしたのですね…。江戸時代も中期になると、公事宿(くじやど)が反映していました。江戸の人々は不正そして権力の横暴に対して黙っていなかったのです。それは自分の生命を賭けての抗議でもありました。
 金森騒動については、五手掛の裁判となった。寺社奉行、北町奉行、勘定奉行そして大目付と目付の五人が裁判体を組んだ。この評定所で吟味中の金森騒動を講釈師が取り上げて、あれこれあげつらうなど、幕府にとって許せるものではなかった。その結果は、老中や若年寄、勘定奉行が改易やら重追放、「永預け」「逼塞」など、いかにも厳しい処断がなされた。江戸時代の処分としては空前絶後の厳しさだった。そして、百姓一揆の側も、牢内で次々に死んでいった。そして判決は獄門が4人、死罪10人だった。
 文耕に対しては、「不届き至極(しごく)につき、見凝(みこ)らしのため、町中引き廻し、浅草において獄門を申し付ける」となった。
 いやあ、すごく重たい内容の本でした。それにしても、同時にその心意気を大いに買いたい気持ちで一杯になりました。いい本です。
(2025年6月刊。2420円)

岩波書店取材日記

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 中野 慶 、 出版 かもがわ出版
 リアルすぎる、ユーモア小説だと本のオビにありますが、読んでいて、これはフィクションなのかノンフィクションなのか、よく分からない気分になっていきました。とてもユーモア小説だとは思えません。岩波書店内部のことなので、まったく知らない身からすると、「リアルすぎる」というのは、恐らくそうなんだろうな、という気はしています。とくに、岩波書店の労働組合の実際は、内情を知らない、外部にいた人しか書けないものだと思います。そして、日本で一番有名な岩波書店の編集部の内幕話は、それこそ全部がノンフィクションではないかと思わせます。
本書は小さなコンサルタント会社になんとか入社できた女性が岩波書店を取材するというストーリー展開です。今やコンサルタント会社が大学生の人気ナンバーワンだというのですが、私は、実社会経験の乏しいコンサルタントから、現実の実践ではなく本によって得られた「理論」にもとづく指導なんて、危くて仕方がありません。そして、コンサルタント・フィー(費用)は、成功か失敗かにかかわらず、馬鹿げたほど高額なのです(私は、いずれ今よりは低額化するとみています)。
 岩波書店は、1980年代に、派遣社員ゼロ、アルバイトも少数で、ほぼ正社員のみ。出産・育児のための条件が整備されていて、両性とも定年まで勤務するのが当然という労働条件だった。労働組合が健在だった。今は、どうなんでしょうか…。
 吉野源三郎は岩波書店の労働組合の初代委員長として活躍した。
 編集者になるためには、多くのテーマにアンテナを張り巡らして勉強を続けること、勉強熱心であり、謙虚であると同時に生意気であることも必要。本になる原稿を書く著者に敬意がもてない人は編集者にはなれない。ときには、鋭い疑問も求められる。
 岩波書店は、ベストセラー志向ではなく、少部数でも文化財として後世に残る本の出版を会社の使命とした。
 岩波書店は、戦後まもなくから女性差別を否定し、世間的な学歴差別を全否定してきた。
 社内にいたらダメ。外で多くの人に会うこと。
労働組合内部の「思想的対立」の話になると、ちょっと専門的すぎて、内情をまったく知らない外部の人間には分かりにくい問答が続きました。
 著者は岩波書店に27年間つとめています。編集部にも長くいて、労働組合の執行委員の経歴もあるそうです。定年前に退職し、現在は著述に専念しています。
 若者、とりわけ大学生が昔ほど本を読まなくなったというのは事実だと私も考えていますが、それでも電子ブックではなく、紙の本を読む人もまだまだ多くいるわけです。
なので、編集者としての大変さ、苦しみ、そして喜びを生き生きと若者を対象として語り伝えるような本を書いてほしいと思いました。ほんの少し前に、新潮社の作家と闘った編集者の本を読んで感銘を受けたところでしたので、その関連からのお願いです。
(2021年12月刊。2200円)

NHK「かんぽ不正」報道への介入を許さない

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 NHK文書開示等請求訴訟原告団 、 出版 あけび書房
 この冊子のタイトルは「介入・隠蔽を許さない」です。また、原告団と弁護団の共同編集に成ります。この裁判が求めていたのは、NHK経営委員会の議事録の公表、そして議事録を隠蔽した森下俊三・経営委員長(当時)の責任追及です。
 なんと、東京高裁の和解において、この二つとも勝ちとることが出来たのです。画期的な勝訴的和解です。
 議事録は作成していないと被告側は当初主張していました。しかし、議事録は作成すべきものです。和解では「録音粗(あら)起こし」を議事録としてNHKのホームページに掲載して公表することになりました。議事録は「ない」のではなく、あったわけです。「ない」なんて裁判所までNHK側は騙そうとしたのです。
 もう一つの責任追及については、森下経営委員長(当時)は原告1人につき各1万円の合計98万円を支払うことになりました。わずか100万円ほどではありますが、いい加減なことは許されないという貴重な前例をつくったと評価できます。
 この冊子によると、歴代のNHK経営委員長は、安倍晋三首相(当時)を応援する財界人の集まり「四季の会」のメンバーか、それに連なる人々が6期にわたって占めているそうです。彼らは、NHKが財界の意に反するような番組を放映しないように目を光らせているわけです。そう言えば、選挙報道もNHKの報道は、明らかに政権与党寄りですよね。ひどいものです。
 私は「ダーウィンが来た」は録画して欠かさず観るようにしていますし、朝ドラを含めてなかなか意欲的な番組づくりがNHKの現場ではされていると考えています。でも、全体としては政権の提灯持ちの傾向は明らかだと言わざるをえません。
 NHKの経営委員長の候補者として前川喜平氏は自ら名乗りをあげましたが、まったく無視されてしまいました。現に経営委員になっているメンバーの顔ぶれは、残念ながらNHKのあるべき姿なんか考えたこともないような人ばかりです。
 経営委員になった石原進(JR九州出身)そして古賀信行委員長(野村証券出身)の2人は、どちらも福岡に関わりがありますが、まさしく財界代表でしかありません。
この問題は、かんぽ生命保険の不正販売をNHKが報道したことから、郵政3社が反発してNHKに申し入れをしたことに端を発しています。つまり、財界側として「不正」を隠蔽しようとしてNHKの経営委員長がNHK会長に「厳重注意」したというのです。経営サイドが番組編成に介入したという、とんでもないことなのです。ただし、こんなことはNHK内部では日常茶飯事になっていることなのかもしれません。
 でも、そんな介入・隠蔽を許しておくわけにはいきません。それで心ある市民が訴訟を提起して、実質勝訴したという流れです。わずか116頁の冊子ですが、NHKを国民の側に引き寄せようという不断の努力の一つとして紹介します。
奈良の佐藤真理(まさみち)弁護士より贈呈を受けました。ありがとうございます。引き続きのご健闘を心より祈念します。
(2025年3月刊。1320円)

それって大丈夫?スキマバイトQ&A

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 非正規労働者の権利実現全国会議 、 出版 旬報社
 スキマバイトって、要するに一日単位の日雇い派遣じゃないの。しかし、日雇い派遣は原則禁止とされ、改正された派遣法は例外的に対象者と対象業務を限定して認めているだけなのに…。
 この冊子を読んで初めて知ったのですが、スキマバイトのアプリに登録している人はなんと3400万人もいるといいます。7年前の2018年には330万人でしたが、10倍に急増しているのです。驚きました。
 履歴書を書いたり、採用面接を受けるために出かける必要がない。給与は即日振込でもらえる。いやあ、なんだっか、いいことずくめですよね、これって…。
 でもでも、この本を読むと、スキマバイトの怖さが分かります。出退勤(通勤)時に事故にあったとき、労災保険の適用がないことがあります。そして、企業が安易にドタキャンしてくることもあります。また、行った先で、契約以外の仕事をさせられ、嫌な顔を見せると、低評価されるなど仕返しされる危険があります。下手すると、「出禁」となって、その企業関連では仕事がもらえなくなってしまいます。
 職場では、名前ではなく、「タイミーおじさん」などと呼ばれ、人格が無視されるのです。
 スキマバイトの契約が成立するのは、アプリ上の労働契約に応募したときです。ところが、「QRコードを読みとった時点」だと主張する企業がいます。これは間違いなのです。そして、前日や3日前のキャンセルだったら、10割、少なくとも6割の賃金を請求できます。
 でも、現実には、スキマバイトで働く人に労働者としての基本的権利を主張しようとする人は少ない。なぜなら、ともかく仕事をしていて賃金を得るのが先決だと、切羽詰まった生活をしている人が多いから。スキマバイトでトラブルを経験した人が半数近くもいるのに、ひどい状況がなかなか改善されないのは、そのためなのです。
 でもでも、著者たちが厚労省に出かけヒアリングのなかでスキマバイトの問題点を具体的に指摘すると、少しは改善されたところもありました。
 この本は、よくある21問に対する懇切丁寧な回答が紹介されていますので、問題点とあわせて解決法も知ることができます。とても実践的な、100頁ほどの冊子ですから、大いに活躍されることを願います。
堺市(大阪府)の村田浩治弁護士より贈呈を受けました。ありがとうございます。引き続きのご健闘を大いに期待します。
(2025年7月刊。1320円)

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