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えん罪原因を調査せよ

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 日弁連人権擁護委員会・指宿 信 、 出版 勁草書房
 えん罪事件は残念ながら、今なお後を絶ちません。近いところでは、警視庁公安部が「犯罪」をでっち上げた大川原化工機事件があります。この事件では、裁判所の責任も極めて大きいと思います。なにしろ、ガンのため重病だということが分かっていながら、最後まで保釈を認めなかったため、被告人とされた無実の人は病死してしまったのです。許せない裁判官たちです。
本来、有罪の立証は検察官の役目です。ところが、日本の司法の現実は弁護側が無罪の立証をしなくてはいけません。
 電車内で起きた痴漢えん罪事件を扱った映画『それでもボクはやっていない』で、弁護側が苦労してつくった「犯行状況再現ビデオ」を上映すると、ヨーロッパの人々は爆笑するというのです。そりゃあ、おかしいですよね。でも、無罪にするためには、それくらいの努力が必要なのです。映画監督の周防正行氏が冒頭のインタビューで明らかにしています。
被疑者の取調に弁護人が立会するのは日本では認められていません。ところが、お隣の韓国では、2007年に刑事訴訟法を改正し、翌2008年1月から弁護人立会権を認めて今日に至っています。先日も日本の弁護士たちが視察に行っていますが、韓国では弁護士立会はすっかりあたり前のこととして定着しているそうです。日本はまだまだです。せいぜい、廊下で待機しているくらいです。
 韓国だけでなく、台湾でも認められているそうです。もちろん、アメリカでもイギリスでも認められています。そもそも、日本と違って諸外国では被疑者の取り調べ自体が短いのです。
 それでは、どうするのか、しているのかというと、自白ではなく客観的な物証に頼るということです。とても、真っ当な考え方です。
 DNA鑑定によってえん罪が明らかになった261件のうち、104件で真犯人が判明したそうです。アメリカの話です。アメリカには「イノセンス・プロジェクト」というグループがあり、DNA鑑定によって、無実を明らかにする取り組みを進めている。すでに292人が、その結果、無実が明らかになって釈放されたそうです。
 つい最近、佐賀県警で、DNA鑑定を担当者がごまかしていたという記事が大きく報道されました。DNA鑑定の信頼性を揺るがしますよね。
 アメリカのイリノイ州では、死刑囚について、DNA鑑定の結果、救われた人が13人もいるそうです。問題は、なぜ真犯人でない人が捕まり、ときに死刑判決に至ったりすることです。怖い話です。
 さてそこで、えん罪をなくすためにはどうしたらよいのか…、です。この本ではえん罪事件の原因究明と、どうしたら防止できるか、について、えん罪原因調査究明委員会を設置する法律をつくることが提言されています。
 これは、3.11原発大災害についての事故調査委員会が設立されていることに自信をもって提言されています。この委員会は国会の下に、独自性をもって権限を行使することが不可欠です。そのためには、法律で権限を明記しておき、予算措置も確保しておくことが必要です。資料を提出させ、証人喚問できるし、立入調査権も付与される必要があります。財政が十分であるからこそ、調査は十分に出来るのです。ぜひ実現したいものです。
 この本には愛媛県警の「被疑者取調べ要領」というマニュアルが紹介されています。
粘りと執念をもって「絶対に落とす」という気迫が必要。
 「否認被疑者は朝から晩まで調べ出して調べよ」。これには被疑者を「弱らせる」目的もある。ともかく、相手(被疑者)を自白させるまで粘り強く、がんばれというのです。
 これによって被疑者が一刻も早く解放されたい一心から警察の描いたストーリーを我が物にして、それが「自白」調書になって、裁判官も騙されることにつながるわけです。やっていない人が嘘の「自白」をしてしまうのです。
 えん罪を究明するのは、本来、法務省、検察庁の責任のはずですが、まったくやろうとしません。そこで、弁護士会はあきらめることなく、えん罪の原因究明のための第三者機関を国会の下に設置せよと要求しているわけです。
 2012年9月の初版を、今回増補して刊行されています。この関係の日弁連の部会長として活躍している小池振一郎弁護士より送られてきましたので、ここにご紹介します。いつもありがとうございます。
(2025年8月刊。3520円)

不屈のひと。物語「女工哀史」

カテゴリー:日本史(戦前)

(霧山昴)
著者 石田 陽子 、 出版 岩波書店
有名な 「女工哀史」を書いたのは細井和喜蔵。そして、細井に女工の実情を語り聞かせたのは、その妻(内縁)の堀トシヲ。堀トシヲは、19歳のとき、東京モスリン亀戸工場に女工として働いていた。そして、そこで労働組合に出会った。
 日本労働総同盟友愛会の鈴木文治会長は、次のように女工たちに語りかけた。
 「労働者は人格者である。決して機械ではない。個性の発達と社会の人格化のために、教養を受け得る社会組織と、生活の安定と、自己の境遇に対する支配権を要求する」
 今日の日本で多くの人がスキマバイトをして毎日の生活をやりくりしています。そこでは人格が尊重されることなく、単なる機械のように働かされています。教養を身につける余裕どころか、生活の安定もなく、ひたすら企業に支配されるばかりです。
 「外国人」のためにそうなったのではありません。営利しか念頭にない企業優先原理が生み出した病理現象です。
細井和喜蔵の出身地は京都の丹後半島の付け根にある与謝郡加悦(かや)町。13歳のとき大阪に出て工場で働き始めた。
 堀トシヲが働きはじめたのは10歳5ヶ月のときで、岐阜県大垣市の織物工場。
細井和喜蔵は織布工場で働きながら、悲惨な労働実態を世に問うべく書き続けた。
 1923(大正12)年9月1日、関東大震災が発生。警察と憲兵隊は「朝鮮人襲来」のデマを拡散し、民間人を扇動しつつ、自らも朝鮮人の虐殺を開始し、あわせて「主義者」として労働組合運動の活動家を根こそぎ検挙して、憲兵隊とともに大虐殺を敢行していった。
 いやあ、本当にひどいものです。この朝鮮人虐殺(中国人も含まれますし、間違われて相当数の日本人も殺されています)は歴史的に証明された事実です。ところが、小池百合子・東京都知事は知らんぷりを決め込んだままです。ひどいものです。
 細井和喜蔵は1925年8月、病死した。その後も「女工哀史」は売れたが、堀トシヲは内縁の妻ということで、印税はもらえないという。堀トシヲは高井信太郎とともに香川豊彦夫妻の下で働いた。
 そして、日本敗戦後、高井信太郎も病死し、トシヲは、子どもたちを養うため、ヤミ商売を始めた。ヤミタバコ売り…。
 ヤクザ(暴力団)とも、警察や裁判所とも対等にわたりあった。
 次はニコヨン暮らし。ここでは自由労働組合づくりを進めた。このとき出色なのは、組合で映画を安くみれる取り組みをして喜ばれたということ。
 ところが、自由労組にも第二組合が出来て、団結は切り崩された。
 堀トシヲは高井トシヲとして、伊丹全日自労の委員長として活動した。
 「女工哀史」の作者(細井和喜蔵)を支えた元紡績女工が今なお元気に活動している。それを知って、大学の先生が、堀(高井)トシヲの人生の歩みを聞き書きすることになった。
 主要参考文献のトップに、高井としを「わたしの『女工哀史』」(岩波文庫)があげられています。私の知らない本でした。東洋モスリン亀戸工場で起きた壮絶なストライキのことを少しばかり調べて、父のことを書いた本(『まだ見たきものあり』花伝社)で紹介したのですが、認識不足というか、調査(探索)不足でした。さすが半藤一利氏の調査補助者として長く活動してきた著者ならではのきめこまかさに圧倒されてしまいました。
(2025年6月刊。2420円)

荒野に果実が実るまで

カテゴリー:アフリカ

(霧山昴)
著者 田畑 勇樹 、 出版 集英社新書
 いやあ、見直しました。日本人の若い男性が、新卒23歳でアフリカに渡り、ウガンダの荒れ果てた原野に池をつくってトマトやトウモロコシなどの野菜畑につくりかえるという大きな成果をあげた体験記です。まるで、アフガニスタンの砂漠を導水路をつくることによって肥沃(ひよく)な農地につくりかえた、あの中村哲医師のような壮挙です。
 中村医師も、この新書の著者(以下、ユーキ氏)も、決してモノやカネを援助して貧困を救済するというのではなく、自らの力で農業で生きていけるように注力したという共通項があります。著者は、大学生のころ(19歳)アフリカを一人旅したこともあるようです。そこから違いますね。冒険心の乏しい私なんか発想も出来ないことです。
 ロシアのウクライナ侵略戦争がアフリカ諸国に深刻な影響を与えていることを初めて知りました。小麦やトウモロコシなどの食料価格が大幅に値上がりして、もとから貧困に苦しんでいるアフリカの民衆の生活を直撃しているのです。
 ユーキ氏たちのNGOは、荒野に巨大な貯水池を掘り、すぐ横の荒地を開墾して住民の共同農場をつくる計画の実現に取り組みました。深さ5メートル、サッカーコート1面ほどの貯水池です。
 初めは地元の行政に協力してもらうつもりでしたが、全然動こうとしません。そこで、民間企業に貯水池建設を依頼します。ところが、工事はなかなか進捗(しんちょく)しません。
 工事現場では、無断欠勤、不正、横領があたり前のように繰り返されるのです。
 治安の関係で、仕事は朝早くから始めて、昼過ぎには撤収しなければいけない。そうしないと、窃盗団から襲撃される心配がある。警察や軍隊に警備を依頼すれば、タカりの対象となってしまう恐れがある。
 スタッフを雇うにしても大変な苦労を伴う。地元有力者が「困っているように見えて、困っていない人々」を押しつけてくる。そんな人を排除して、スタッフの人選を進める。
 ユーキ氏たちが飢えをなくすために取り組んでいるカラモジャ地区について、ウガンダ政府の本心は、ここが混乱しているほうが、兵力増強の絶好の口実として利用できるというもの。援助は怪物。人々に依存心を植えつけ、かえって自立心を喪わせるもの。
 ウガンダ現地の人々は、長いあいだNGOの援助を受けているので、NGOを「金のなる木」としか思っていない人々も多い。ウガンダの人々は、一般的に、「与えてもらえる」というシステムに慣れ親しんできたので、すっかり依存文化が形成され、定着した。
 ところが、ウガンダの人々は怠け者で働かないとして定評があったのに、自前の野菜畑をつくることになると、実に生き生きと、よく働いた。日当がなければ成功しないのではない。日当があるからうまくいかないのだ。まったく、そのとおりなんですね…。
 信頼していた現地スタッフに二面性があって、現地の人々に対しては威嚇的だということも判明し、ユーキ氏は、「追放」処分を決断するのです。大変な状況でした。
 住民の声に耳を傾けない、ひとりよがりの開発プロジェクトは絶対に成功しない。住民のなかには、援助してくれるNPOなどの団体に従っておいたらいいという考えが、現場では支配的。住民は援助団体から指示されたとおりに動こうとする。それはユーキ氏たちの本意ではない。
 そして、ついにゴマを大量収穫し、続いてトマトやトウモロコシがとれた。現地の人々、とくに女性たちは弾けるような笑顔がまぶしい。写真でも紹介されています。本当にうれしそうです。
 命令せず、強制せず、対価を提供もしていないのに、なぜ現地の農民たちが自主的に参加しているのが不思議でならないと言われたそうです。
 なお、タネは在来種のものにユーキ氏たちNPOはこだわりました。アメリカの企業が開発したタネを使えば、初めは良くても、結局は、アメリカの企業に隷属する関係になってしまうからです。ユーキ氏は東大農学部の出身です。さすがです。
 250頁の新書で、たくさんの写真があって、実にすばらしいことだと思わず涙がこぼれそうになりました。一読を強くおすすめします。
(2025年6月刊。1130円+税)

まじめに動物の言語を考えてみた

カテゴリー:生物

(霧山昴)
著者 アリク・カーシェンバウム 、 出版 柏書房
 軽井沢の林に籠って鳥(シジュウカラ)の鳴き声に意味があることを解明した本を読みましたので、その関連で読んでみた本です。
 人間だけが唯一無二の存在で、動物たちは、ただ無意味な雑音を立てているだけなのか…。深く研究していくと、決してそうではないことが分かってきます。先ほどのシジュウカラの鳴き声がそうです。ヘビが来た、危ない、逃げろと言っているのです。
 今では動物たちの鳴き声をただ耳で聴いているだけではありません。スペクトログラムという、音を視覚的に表現したものを駆使します。音を時間と音高に分解して表示します。つまりは楽譜のようなものです。
まずは、オオカミの遠吠え。ヒトは、これに本能的に反応する。昔、オオカミから襲われていたからでしょうね、きっと…。
 オオカミは警戒心の塊。その生活は常に、生きのびるか餓死するかの瀬戸際にある。
 オオカミは、社会関係の調整のため、懇原、おだて、脅しなど、さまざまな手管を用いる。
オオカミの狩りは4頭もいれば十分に成功する。しかし、成功したあと、近づいてくる邪魔者を遠ざけるには数の力が不可欠。そのため、オオカミの群れ(パック)は10頭ほどいることが多い。
 オオカミの遠吠えは、10キロ離れていても聞こえる。長距離コミュニケーションの手段だ。
 イルカは、口を開けることなく、噴気孔の奥深くで音を出す。イルカは、やたらと遊んでばかりいる。イルカは何でも調べつくさないと気がすまない。
 イルカは音声を主要なコミュニティの手段としている。イルカは人間と違って口で呼吸しない。イルカの音声は、すべて噴気孔、つまり鼻から発せられる。
 イルカは、自分自身の名前を表わす、ひとつの特別なホイッスルを発している。
 ヨウムは中型で寿命の長いインコだ。飼育下では60歳、野生でも25歳まで生きる。
 ヨウムはずいぶんのんびりしたコミュニティで過ごす。ヨウムの日常は、リラックスしている。
 ヨウム同士は、声で勝負して、上下関係を確立する。
 中東と東アフリカにいるハイラックスの外見はモルモットとウサギの雑種のようだ。
 ハイラックスの歌が興味深いのは、そこに統語があるらしいこと。優位オスは、1日のうち、過剰なほど長い時間を歌っている。それによって群れのメスを守っている。複雑な歌で他のオスに差をつける。
すべてのテナガザルは歌う。それはつがいのオスとメスの絆を強めるためのもの。テナガザルの歌が複雑なのは、歌い手が健康であり、ペアの絆が強いことを知らせている。
 テナガザルの母親は、積極的に歌を変化させて娘の学習を手助けする。娘が正確に復唱できるように、ピッチとテンポを調整する。
 テナガザルと人間は歌う。でも、チンパンジーもゴリラもボノボもオランウータンも歌わない。なぜなのか…。
チンパンジーは集団で生きている。しかし、チンパンジーは安心しきって平和な眠りにつくことはない。いつだって片目を開けてトラブルを警戒している。チンパンジーは、音声によって複雑な情報を伝達しているのだろう。チンパンジーは、適切な発生装置を身体に備えていない。チンパンジーは嘘をつける。
 サハラ以南のアフリカに広く分布するミツオシエは人間を利用し、人間もミツオシエを利用している。蜂蜜を探し当てる。人間は蜂蜜を、ミツオシエは、幼虫と蜜蝋を保つ。人間は、ミツオシエを呼ぶため、トリルとグラントを組み合わせた特別な音声を出す。
 そのうち、AIを使って翻訳機を通して動物たちの叫びをストレートに理解できるようになるのでしょうね、きっと…。でも、それは少し怖い気もします。
(2025年5月刊。2860円)

土佐湾のカツオクジラ

カテゴリー:生物

(霧山昴)
著者 中西 和夫 、 出版 大空出版
 高知には何回も行きました。高知城の下の露天市で食べたカツオのたたきの美味しかったことは忘れられません。部厚いニンニク片と一緒に食べますので、それだからこそ美味しいのですが、他人(ひと)様には口害(公害)の源(もと)になってしまうのが難点です。あるとき、高知からの帰りに満員バスに乗って、周囲の乗客に迷惑をかけてしまいました。露骨に顔をしかめ、鼻をつまんでいました。申し訳ないと思っても、今さらどうすることも出来ません。途中下車するわけにもいかず、ただ黙ってひたすら下を向いていました。
 カツオクジラという存在を初めて知りました。ナガスクジラ科のヒゲクジラ類の一種です。イワシを好んで食べるようです。体長は4メートルにもなる、細長い体型のクジラです。
 土佐湾には昔からたくさんのカツオクジラがいて、そのそばにカツオがついて泳いでいます。どちらもイワシが好物なのです。
 イワシがカツオに追われて丸く固まりを逃げまどうのを見て、カツオクジラは突進し、丸ごとイワシ集団をひとのみします。豪快な狩りです。
人間はカツオクジラを見つけると、餌のイワシを海に投げ込み、集まってくるカツオを釣り上げます。神社に奉納した絵馬は、その状況を描いていて、翌年もカツオ漁が豊漁であることを願うのです。
 カツオクジラは私たち人間と同じ哺乳類で、肺呼吸する。10分くらい海中に潜ると、息継ぎのため浮かんできて、大きく開いた2つの噴気孔から空気を思いきり吸い込み、再び海中に潜っていく。
 母クジラは2年に1度、体長4メートルほどの赤ちゃんを産み、母乳で半年ほど育てる。
 体長4メートルもある赤ちゃんて、信じられない大きさです。いくら親の体長が14メートルあるといっても、大きすぎませんかね。よほど細いのでしょうね。子クジラは母クジラと半年ほど一緒に暮らすなかで、餌(えさ。イワシ)の獲(と)り方、そして漁師(漁船)とのつきあい方などを学ぶ。なーるほど、ですね。
 見事な写真集です。カツオのたたきを高知で食べたくなりました。
(2024年9月刊。1320円)

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