(霧山昴)
著者 徳田 靖之 、 出版 かもがわ出版
1952年7月に起きた殺人事件で犯人とされた被告人F氏(28歳)はハンセン病患者だった(本人は否定していたし、違うとする医師もいた)。F氏は逮捕・起訴され、死刑判決を受けた。控訴も再審請求もしましたが、三度目の再審請求が棄却された翌日の1962年9月14日、死刑が執行された。このとき、F氏は40歳になっていた。
そして、現在、死刑執行後の再審請求の裁判が係属している。著者は、再審請求弁護団の共同代表。別件ですが、飯塚事件も同じく死刑が執行されたあとに再審請求中です。
この飯塚事件ではDNA鑑定が杜撰だったことが問題とされています。
先日来、佐賀県警でDNA鑑定がとんでもないインチキだったことが暴露されました。警察庁も重大視していて特別監査に入ってはいますが、佐賀県弁護士会が指摘しているように、第三者による科学的で公正なメスを入れるべきだと思います。つまり、DNA鑑定自体の科学的正確さは間違いないとしても、それを運用する人間のほうがインチキしてしまえば、結局、DNA鑑定だってすぐには信用できないということです。佐賀県警のようなインチキを許さないようにするには、どうしたらよいか、この際、第三者の目で徹底的に明らかにすべきです。
被告人がハンセン病患者だというので、ハンセン病療養所内で「特別法廷」が設置された。裁判官も検察官も弁護人も「予防衣」と呼ばれる白衣を着て、証拠物はハシで扱われた。そして、F氏の国選弁護人はF氏が無実を訴えているのに、有罪を認めるような「弁論」をした。いやあ、これはひどいですね。弁護人にも大きな責任があることは明らかです。
再審請求を受けて熊本地裁(中田幹人裁判官)は、証人尋問に踏み切った。内田博文九大名誉教授が証言台に立った。検察官は反対尋問せず、その代わりに中田裁判長が時間をかけて細かく質問した。そして、その後、鑑定した専門家の尋問も実現した。
事件犯行に使われたとされているF氏の短刀には血痕が付着していなかった。被害者は全身20ヶ所以上に刺創・切創があるのに、ありえない。
証拠上もおかしいことに加えて、「特別法廷」での審理も公開の裁判を受ける権利を保障していないという、憲法上許されないという問題がある。
ハンセン病に対する社会的偏見、そして差別がF氏に対して有罪判決を下し、死刑執行に至った。とんでもないことです。
著者は、私より4年ほど先輩の超ベテラン・人権派弁護士として長く、そして今も元気に活躍している大分の弁護士です。心から尊敬しています。
(2025年5月刊。2200円)