著者:門奈直樹、出版社:岩波新書
日露戦争の開戦時に、『万朝報』の黒岩周六は、次のように言ったそうです。
戦争が起これば、新聞の発行部数が伸びるというこの現実を無視するわけにはいかない。
いや、むしろ、マスコミが戦争を人々にあおりたて、それでもうかっていったのではないでしょうか。
湾岸戦争は、生中継による最初のテレビ放映戦争だった。テレビ記者たちは、戦争の全体像よりも、部分を撮影することに興味をもつ。魅力ある物語、競争力の強い話題をつくれというプレッシャーに常にとりつかれている。
残酷なシーンを映しださない限り、テレビの映像は視聴者にとって、ハリウッドの戦争映画と同じで、日頃のうっぷん晴らしに役立つ現実逃避の世界だ。
軍事評論家は、科学技術に対する異常な好奇心、崇拝心を視聴者に起こさせる一方、反戦・平和の声をかき消してしまう。
アル・ジャジーラには、暗黙の了解事項として、表現の自由と反対意見の尊重、そして何より異質なイデオロギーの共存があった。このネットワークがアラブの独立した発言権を求める情熱をみたすことを目的にして出発したテレビ局であった。アラブには、3500万人の定期的な視聴者がいる。
イギリスのBBCは、番組制作にあたって詳細なガイドラインをつくり、それを公開している。日本はNHKをはじめとしてガイドラインをつくっているものの、公開はしない。そこで、政府寄りになってしまう。
こんな指摘がなされています。本当に、いまの日本のマスコミの政府の政策に盲従する報道のひどさには呆れてしまいます。
現代の戦争報道
