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2022年10月 の投稿

日本人が夢見た満洲という幻影

カテゴリー:中国

(霧山昴)
著者 船尾 修 、 出版 新日本出版社
 私は幸いにして大連に行ったことがあります。1回目は旅順には立入れませんでした。2回目で日露戦争で有名な203高地にものぼりました。「のぼった」といっても、歩いてではなく、観光バスです。頂上には「爾霊山(にれいざん。二〇三)」と揮毫(きごう)された実弾型の記念碑が今もそびえ立っています。この頂上から日本軍は当時もっていた陸軍最大の二八センチ砲で、旅順港内に停泊していたロシア艦船を砲撃したのでした。
 私は訪れていませんが、旅順刑務所が建物としてそっくり残っていて一般公開の博物館になっているそうです。ここは、ハルビン駅で枢密院議長だった伊藤博文を暗殺した安重根が収容され、刑死したところでもあります。安重根は今では朝鮮の英雄です。中国でも、「抗日烈士」とされています。
 なぜ伊藤博文が満州のハルビン駅まで行ったのか…。ロシアの外務大臣と満州分割を協議するためでした。二つの帝国が自分勝手に中国を分割して統治しようとしたのです。そんなことは許さないとした安重根の暗殺行為が称えられるのには理由があります。
 奉天も長春(新京)も行ったことはありませんが、日本は満州国統治の過程でどでかい道路と広場をつくり、高層建築物を次々につくっていったようです。しかも、驚くべきことに、中国は、そのまま、多くの日本式建物を残して、今も使っているのです。
 満州国というのは、たかだか13年半ほど存在した「国」にすぎない。
 かつての官公庁の建物は巨大で威圧感がある。ただ、デザインが独特で、美しい。これほどたくさん残っているとは思いもよらなかった。いやあ、著者の撮った豊富なカラー写真が、それを実感させます。
 関東軍の「関東」とは「関」の東側。「関」とは、万里の長城の東端である山海関の東側に位置するということ。
 遼東半島は関東州と名づけられたが、ここは満州国の一部ではない。日本の租借(そしゃく)地という名の領土であった。
 満州(マンジュ)は、文殊(モンジュ)に由来する。文殊菩薩(ぼさつ)は、チベット仏教を信仰する女真族がなかでも崇敬していた。
 清朝の太祖はヌルハチといい、女真族と名乗っていた。その息子ホンタイジが民族名を満州族と改めた。その民族発祥の地を盛京と呼び、その後、奉天、現在の瀋陽となった。
 日本軍に爆殺された張作霖の息子の張学良は満鉄に平行(併行)した鉄道を敷設した結果、満鉄の経営は悪化した。ええっ、満鉄と併行した線路に列車が走っていたというのは初耳でした。満鉄に走っていた特急のアジア号はいかにも格好よいですよね…。
 満州国が日本のカイライ政権であることは明々白々でした。それでも、20ヶ国と国交を結んでいたというのにも驚かされます。南京国民政府も国交を樹立したというのですから、開いた口がふさがりません。そのうえ、国交がなくても、アメリカもイギリスもソ連も満州国に領事館を置いていた。いやあ、そうだったんですか…。
 ちなみに、現在の北朝鮮と国家を樹立している国は164ヶ国もあるとのこと。これまた驚きです。
 私は大連には行ったことがあります。人口600万人という巨大な大都市です。
 戦前は数万人ほどの小都市でした。大連の人口は終戦時に60万人、そのうち20万人を日本人が占めた。そして、満鉄がありました。満鉄の社員は総数40万人。現在のトヨタ自動車の社員が36万人なので、それより多かった。これまた、意外や意外の大きさです。
 この本で、満州国には国籍法がなかったことを知りました。つくれなかったのです。「五族協和」として、満州人、漢人、蒙古人、朝鮮人、そして日本人です。でも、白系ロシア人も大勢いました。日本は二重国籍を認めていない。だから満州国籍を選ぶと、日本国籍を失ってしまう。でも、日本人は、そんなことはしたくない…。なので、国籍法は制定しなかった、というのです。
 満鉄社員は、月給が高いだけでなく、遠隔地手当が充実していて、住宅も提供され、日本企業として破格の待遇だった。
  幻の満州国を今も残る豪壮な建物の写真とともにかえりみる貴重な本でした。
(2022年7月刊。税込3080円)

「私たちが声をあげるとき」

カテゴリー:アメリカ

(霧山昴)
著者 吉原 真理 ・ 三牧 聖子 ・ 土屋 和子 ほか 、 出版 集英社新書
 アメリカを変えた10の問い。これがサブタイトルの新書です。マンスプレイニングというコトバを初めて知りました。女性に対して何かと講釈をたれる男性の言動を指した最近の造語だそうです。
 トップバッターはテニスの大坂なおみです。最近、ちょっと不調のようですが、まだまだ若いので、ぜひ回復してほしいです。
 「私はアスリートである前に、一人の黒人女性です。黒人女性として、私のテニスを見てもらうよりも、今すぐに注目してもらわなくてはならない、ずっと大事で切迫してことがあると感じています」
 これって、実にすばらしい声明でしたよね。テニス試合が延期されるなかで、大坂なおみは、はっきり意思表示したのです。
 大坂なおみは日本人なのか、アメリカ人なのか…。日本で生まれ、アメリカ育ちの大坂なおみは、2019年まで二重国籍だった。そして、日本国籍を選択した。大坂なおみが「日本人」として認められてきたのは、片言の日本語や「黒人の女の子」という外見にもかかわらず、内向的な性格と控えめな言動によるところが大きかった。
 「私はアジア人で、黒人で、そして女性です」
 これをそのまま受け入れようとしない日本人が少なくないのが残念です。
 アレクサンドリア・オカシオ=コルテスは2018年に29歳でアメリカ下院議員に当選した。プエルトリコ系アメリカ人で、バーニー・サンダース上院議員と同じく民主社会主義者を自認している。マンハッタンでバーテンダーとして働いていた。といっても、ボストン大学を上位4番で卒業している。アメリカにも、こんな人たちが活躍できる基盤があるわけです。日本も負けていられませんよね。
 アメリカ南部のアラバマ州でバスの中の白人専用席に座ったローザ・パークスも登場します。行動を起こした1955年に42歳でした。2005年10月に92歳で亡くなっています。
 2013年2月、オバマ大統領はアメリカ連邦議会議事堂内にローザ・パークス像が据えつけられたときに、祝辞を述べています。
 このころ、アメリカでは選挙民として登録するのに読み書きテストに合格する必要がありました。パークスはなんと2回も「不合格」となったのです。
 日本でも女性ががんばっているとはいえ、世界的にみたら、まだまだです。そんな状況を変えたいと願うすべての人々に勇気を与えてくれる新書です。
(2022年6月刊。税込1100円)

人は、なぜ戦争をするのか

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 アインシュタイン 、 フロイト 、 出版 講談社学術文庫
 アインシュタインは言う。
 人間の心自体に問題がある。人間の心のなかに、平和への努力に抗(あらが)う諸々(もろもろ)の力が働いている。
 権力欲を後押しするグループがいる。金銭的な利益を追求し、その活動を推し進めるために、権力にすり寄るグループだ。戦争のときに武器を売って大きな利益を得ようとする人々がその典型。彼らは、戦争を自分たちに都合のよいチャンスとしか見ない。個人的な利益を増大させ、自分の力を増大させる絶好機としか見ない。
 人間には、本能的な欲求が潜んでいる。増悪に駆られ、相手を絶滅させようとする欲求が。破壊への衝動は、いつもは心の奥深くに眠っていて、特別なことが起きたときだけ表に顔を出す。
 なーるほど、アインシュタインは、人間の心奥底深くに憎悪の念、すべて破壊しようとする衝動が眠っているとしたのですね…。
 さらに驚くべきは、次の指摘です。
 自分(アインシュタイン)の経験に照らせば、「教養のない人」より「知識人」のほうが暗示にかかりやすい。「知識人」こそ、大衆操作による暗示にかかって、致命的な行動に走りやすい。
 ええっ、そ、そうなんでしょうか…。私の常識とは真逆でした。
 なぜか。「知識人」は現実を、生の現実を、自分の目と自分の耳でとらえないからだ。紙の上の文字、それを頼りに複雑に練りあげられた現実を安直にとらえようとするから…。
 実に手厳しい批判です。現実を直視することなく、プロバガンダに流されていく人が多いのは、安倍元首相の国葬の日に一般献花台に献花するため大行列をつくった人々の存在が、悲しいことに、それを証明していますよね(もっとも、統一協会の信者が全国から全力動員かけて集まったという説もありますよね)。
 アルバート・アインシュタインの手紙を受けとった、ジグムント・フロイトは次のように返信を書きました。
 法律は支配者たちによって作りだされ、支配者に都合のよいものになっていく。
 法といっても、つきつめたら、むき出しの暴力にほかならない。「法による支配」を支えていこうとすれば、今日でも暴力が不可欠だ。
 人間から攻撃的な性質を取り除くなど、できそうにもない。破壊兵器がこれほどの発達をみた以上、これからの戦争では、当時者のどちらかが完全に地球上から姿を消すことになる。場合によっては、双方ともこの世から消えてしまうかもしれない。
 アインシュタイン53歳、フロイト76歳。ともにユダヤ人。アインシュタインはナチスに追われてアメリカに亡命。フロイトも同じくイギリスへ亡命。この2人が、国際連盟のすすめで意見交換したのです。
 ロシアのウクライナへの侵略戦争が2月に始まって、もう7ヶ月たちましたが、終わる目途すら立っていません。そして、この戦争も喰い物にしている軍需産業がアメリカにもヨーロッパにもいるという腹立たしい現実があります。わずか100頁ほどの小さな文庫本を手にして、一日も早くロシア軍のウクライナからの撤退、戦争終結を心から願いました。
(2017年12月刊。税込660円)
 北海道に行ってきました。久しぶりです、旭川での会議のあと、小樽郊外の朝里川温泉の温泉旅館に泊まりました。春には桜の名所のようです。露天風呂に浸りながら、まだ紅葉にはほど遠い緑の楓(カエデ)を愛(め)でました。湯加減が絶妙で、うっとり眠り込んでしまいそうな、いい湯でした。
 20年来の友人たちと3年ぶりに再会しました。コロナ禍で死ぬ思いをしたり、経過観察中として執行猶予の身だという告白もあり、みんな年齢(とし)相応に病気もちでした。それでも、日弁連の役職(会長・副会長・事務総長)を終えて、20年たって元気に再会できたことを喜びあいました。私も元気をもらって帰ってくることができました。

生命の大進化40億年史

カテゴリー:生物

(霧山昴)
著者 土屋 健 、 出版 講談社ブルーバックス新書
 地球の歴史は46億年。39億5000万年前に生命が誕生した。そして30億年以上かけて生命はゆっくりと進化していった。
 5億7500万年前に、多様な生物群が出現。
 5億3900万年前のカンブリア紀に、動物たちが本格的な生存競争を始める。その後、オルドビス紀、シルル紀、デボン紀、石炭紀、ペルム紀という6つの「紀」があり、2億8700万年間を古生代と呼ぶ。古生代が始まったときには、海域だけだったのが、次第に陸域へ進出した。
 カンブリア紀には爆発的な多様化が誕生した。まさしく奇妙奇天烈な格好の生物が無数にあらわれました。有名なアノマロカリスも、今ではたくさんありすぎて、さらに細かく分類されているようです。
 そして、動物が眼をもったことが進化を加速させたというのが通説になっています。なるほど、見えるのと見えないのとでは、進化の様相が違ってくるでしょうね。
 そして、ついにサカナが登場。すべての脊椎動物はサカナから始まった。初期のサカナたちには歯もアゴもなかった。海底にたまった有機物を吸い込むだけだった。
 カンブリア紀から現在に至るまでに5つの大量絶滅事件があった。ビッグ・ファイブともいう。シルル紀の海で、サカナたちの進化は進んだが、まだ弱者だった。カンブリア紀以来、1億年以上にわたって海のみを生活と進化の舞台としていたサカナたちの中に、陸に上陸することができるものが現れた。
 サカナから四足動物が誕生するにあたって、からだのつくりは、タテ型からヨコ型へと変わり、眼の位置も変わり、胸びれと尻ビれ以外のひれは消失し、胸ビレと尻ビれは骨と筋肉と関節をもつ足へと変化し、あわせて、肩や腰、首などをもつようになった。
 石炭紀の大森林の主力はシダ植物。このころのシダ植物は、日陰ではなく、日向の主役だった。
 150点をこえるカラー画像もあって、生物の進化を視覚的にたどることのできる楽しい新書でした。でも、目の前にある化石をこうやって、いつの時代のものと位置づけられるって、すごいことですよね。
(2022年6月刊。税込1760円)

鷗外追想

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 宗像 和重 、 出版 岩波文庫
 明治の文豪・森鷗外が亡くなったあと、故人を偲んだ文章がまとまっている文庫本です。
 鷗外という人の性格と生活の様子が分かります。
 鷗外は、淡泊な野菜類、ナス、カボチャ、サツマイモを好んだ。
 とりわけサツマイモが好物で、砂糖をつけて食べた。
 晩年には、料理屋のものは一切食べなかった。
 本をたくさん買ったが、値切ることはしなかった。著者の苦労を思えば、そんなことはできないと言った。
 服装は1年中、軍服で通すことが多かった。
 留学してからは風呂に入ることなく、朝夕2回、桶1杯の湯と水を入れたのと穴のあいたバケツを2個そろえて、頭の先から足の先まで拭い清めた。
 タバコをすい、葉巻を愛用したが、晩年にじん肺になってからはやめた。
 酒は飲まなかった。
 日清戦争に従軍したあと、台湾へまわされ、そのあと東京ではなく、小倉師団に転任を命じられた。これは明らかに左遷であり、本人も「隠流」という雅号を名乗って、自分の心境を表明した。
 鷗外は、相撲を好んだ。
 鷗外も妻も、最初の結婚に失敗した同志だった。
 医者でありながら、自らは医者にかかりたくなかったようです。60歳で亡くなったのも、そのせいではないでしょうか…。
(2022年5月刊。税込1100円)

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