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2022年5月 の投稿

日本でわたしも考えた

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 パーラヴィ・アイヤール 、 出版 白水社
インド人女性ジャーナリストが日本に4年ほど住んだ体験記です。今はスペインに住んでいるそうですが、2人の子と一緒に日本で生活したときの驚きが率直に語られています。決して日本賛美ばかりの本ではありません。
たとえば、日本では、政治は、おそらくもっとも日本人の興味をそそらないショーなのだろうと断じています。投票率が5割ほどでしかない日本の現状は、残念ながら、著者の見立てはあたっていると言うほかありません。維新とかいうウルトラ右翼が「改革の党」であるかのように日本人にうつるというのは、その典型でしょう。
著者はインド人の作家・ジャーナリストで、夫は外交官(どうやらインド人ではなく、ヨーロッパ人のようです)。5つの言語で話せます。英語、中国語、インドネシア語も話せます。あと一つは、フランス語でしょうか…。
日本に来て、ケータイが簡単にもてなかったことに著者は衝撃を受けたとのこと。そうなんですか…。どうやら、銀行口座の開設が外国人には難しいことと関連がありそうです。
日本のいいところを、まず二つあげると、その一は、小学生が1人で、バスに乗り、地下鉄に乗って、学校へ行くこと。これはインドでもヨーロッパでも考えられないこと。信じられないと著者は叫びます。たしかに誘拐の心配が、日本ではありませんよね。
その二は、落とし物が、現金も財布も戻ってくること。 日本では、万一、お金を落としても9割近くの確率で戻ってくる。東京だけで、1年間に38億円も届出されたとのこと(2018年)。まあ、私も届けますね。地面に500円玉が落ちていたら、黙って自分のものにしますけど…(でも、ごくごくまれにしかありません)。著者の日本滞在4年間の結論。信頼は信頼を生み、善き行いは別の善き行いをもたらす。まあ、いつまでも、そうありたいものですよね…。
しかし、日本のまったくダメなところは…。
日本が受けいれた難民は44人(2019年)。申請件数は1万件をこえているのに…。
今度、政府専用機で連れてきたウクライナの避難民は、たった20人のみ。500万人もの国外避難民がいるというのに、日本政府は20人だけ日本に連れてきたことで、何か「やってる」感を演出した。これって、ひどすぎませんか…。
著者は断言します。中国社会はカオスと同時に統制されている。インドには、思いやりと残酷さが同居している。日本は深い癒しをもたらしてくれると同時に、深く傷ついている。
東京の江戸川区民にはインド出身者として初めて区議会議員に当選したヨギ氏がいる。著者はこのヨギ氏に子連れで取材に行きました。
在日インド人は1万人余で、その3割の4千人が、この江戸川区西葛飾地区に居住している。その多くは、ITエンジニア。
日本社会に人種差別は現在するが、それは上品であり、暴力的ではない。静かに煮えている。社会全般の内気さや抑圧の文化の中に存在している。なるほど、アメリカのようなむき出しの暴力にはさらされませんが、ヘイトスピーチはかなり暴力的ではありますよね…。
著者は自販機とトイレ(ウォシュレットと公衆トイレ)にも注目します。自販機が、日本全国に500万台ある。こわされて、現金を抜き取られるということはほとんどない。そして、売られている商品は、まさしく驚くほど多様。最近とくに目立つのは冷凍ギョーザの無人販売店です。
トイレ掃除は、インドでは、特別のカーストの人々の仕事。しかし、日本では、学校で子どもたちがみんなでやるもの。
日本人の哲学において、清潔さは、中心的な位置を占めている。
アベ元首相についても、著者は批判的に紹介しています。日本では、細かい規則にこだわるあまり、大規模な逸脱に目を向けないという、「木を見て森を見ず」の傾向がある。まったくそのとおりです。アベ元首相の「桜を見る会」は、後援会員の供応そして買収であることは明々白々なのに、検察庁は黙認してしまいました。勇気がなかったのです。まさしく忖度(そんたく)したのでした。
この本がユニークなのは、古典的な俳句がたくさん紹介されていることです。わずか4年の滞在で日本の俳句までモノにするとは…。なんともすごいジャーナリスト・作家です。
(2022年3月刊。税込2530円)
 連休中に、近くの小山(388m)にのぼりました。
 風薫る5月の青空の下、頂上の見晴らしのいいところで梅干しおにぎりをいただき、至福のひとときでした。アザミの青紫の花、アゲハチョウそして、ミガーは白い花をつけていました。
 山道にヘビが昼寝していて、お互いびっくり。なぜか子どもの姿を見かけませんでした。
 わが家の梅が落下しはじめましたので、梅の実をちぎって、梅酒にしてもらいました。
 ロシアの戦争がまだ続いています。エスカレートしないことを祈るばかりです。

僕に方程式を教えてください

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 髙橋 一雄 、 瀬山 士郎 、 村尾 博司  、 出版 集英社新書
少年院で数学教室をやったらどうなるか…。なんとなんと、目の覚めるような、あっと驚く成果をあげたのでした。
著者の一人である高橋一雄の『語りかける中学数学』(ペレ出版)は、私も読みました。初心者に語りかける口調ですすんでいく数学のテキストの傑作です。部厚い本なのですが、内容は平易で、なにより分かりやすい。このシリーズは微分・積分もありますが、私は中途で止めてしまいました。高校では理系クラスにいて、数Ⅲまでやったのですが、微分・積分なんて、今や何のことやら…という感じです。残念ですが…。
著者は少年たちと3つの約束をしました。その一は、分からないことは恥ずかしがらずに質問する。その二は、間違った答案は消さず、必ずノートに残しておく。その三は、自信をもって間違える。いやあ、こんな約束でいいのでしょうか…。
少年院に入っている少年の数学の学力は、7割強が小学4年生以下、9割強が6年生以下。ふむふむ、きっとそうなんでしょうね。
数学の授業は、他人(ひと)の意見の素直に耳を傾ける機会として、もっとも適している。それは、数学の解法は、いく通りかあるが、解答は一つしかないから。これは、納得です。
数学の授業は、少年たちの抽象的表現能力を伸ばすのに、大きな意義がある。
中学1年生の数学レベルを超えられたら、高認(高校認定)試験の数学Ⅰの最低合格ライン40点を高率で突破できる。今は、「大検」はありません。
昔の非行の主な原因は、貧困だった。今は、学業の失敗によって、居場所を失っていくパターンが多い。
少年院に収容されている少年の多くは自分自身を語る言語資源を十分もちあわせておらず、言葉にならない自己を抱えている。
学校教育において、子どもの文章力、読解力の欠如は著しく、そのため、論理的思考、論理力を育(はぐく)むための、国語教育の重要性が指摘されている。そうでしょうね。
中学数学は、数学だけでなく、他のさまざまな分野、自然科学に限らず、社会科学までの視野を入れて、これからの学びの基礎を形づくるうえで、とても大切な分野だ。同感です。
分数の理解は抽象的にものを考える初めの一歩。間違いを間違いだと本人が理解できること。これは数学の大切な性格の一つ。同感、同感です。
少年院や刑務所は、更生施設であり、本来は懲罰のための施設ではない。とくに少年院は、犯した罪を少年が反省し、社会に復帰するための準備する施設のはず。
今や、非行少年同士が面と向かってしのぎを削った時代は去り、非接触型の、顔の見えにくい現代型非行が到来している。非行の周辺には、陰湿ないじめや不登校・引きこもりといった、青少年のホンネを見えにくい状況がある。手のかかる少年が増え、その多くは発達障害をかかえている。非行少年たちは、家庭での虐待や貧困などのさまざまな事業により、安全で安心な居場所をもてずに孤立感を深めている。なので、少年たちの生きる力を育(はぐく)むためには、自分をきちんと肯定できる自尊感情と、やればできるという自己効力感が不可欠。まったく、そのとおりだと思います。
髙橋一雄による集団授業によって、入院時に小学校の算数レベルだった6割の少年が、中学数学レベルにまで到達でき、7割以上が高認試験に合格した。いやあ、実にすばらしい。
数学の意味を理解しながら得られる達成感は、学ぶ喜びとともに、自身の可能性を認識しながら、未来に向かって挑戦しようとする力を養うことにつながる。
「先生、オレたちに能力はある。学力がないだけなんだよ。だから教えてくれよ」
少年の悲痛な叫びにこたえた素晴らしい実践記録です。ぜひ、あなたも、この新書をご一読ください。おすすめの本ですよ。
(2022年3月刊。税込990円)

時間は存在しない

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 カルロ・ロヴェッリ 、 出版 NHK出版
大変興味深い内容でした。よく分からないまま、なんだか考えさせられました。あたりまえだと思っていたことが、実は、あたりまえではないというのです。
飛行機に正確な時計をのせたところ、その時計が地上に置かれた時計より遅れた。
ええっ、何、どういうこと・・・。それって、いったいどうやって測るの…。不思議な話です。
時間には、最小幅が存在する。その値に満たないところでは、時間の概念は存在しない。ええっ、いったい何の話をしてるの…。
時間は唯一ではなく、それぞれの軌跡に異なる経過期間がある。そして時間は、場所と速度に応じて異なるリズムで経過する。時間は方向づけられていない。
この広大な宇宙に、私たちが理にかなった形で「現在」と呼べるものは何もない。
事物は「存在しない」。事物は「起きる」のだ。
世界とは、ほかでもない変化なのだ。この世界は物ではなく、出来事の集まりなのだ。
時間の流れは、山では速く、低地では遅い。低いところでは、あらゆる事柄の進展がゆっくりになる。
これが本書の冒頭にある話です。ええっ、どうして、何のこと…。
物体が下に落ちるのは、下のほうが地球による時間の減速の度合いが大きいから。何なに、いったい何のこと…。
時間が減速するからこそ、物は落ち、私たち人間は足をきちんと地面につけていられる。
足が舗道から離れないのは、体全体が、ごく自然に時間がゆったり流れる場所を目ざすから。頭よりも足のほうが時間の流れが遅いからだ。
うむむ、なんだか、よく分かりませんよね…。
熱は、熱い物体から冷たい物体にしか移らず、決して逆は生じない。これは熱力学の第二法則と呼ばれるもの。
たとえば、知人が地球から4光年はなれた惑星にいるとする。その人に、今、何をしているのと尋ねたら、どうなるか…。この質問は、まったく意味がない。光が届くのに4年かかるというのは、望遠鏡で見たとしても、それは4年前にしていたことであって、「今」していることでは決してない。
私たちの「現在」は宇宙全体には広がらない。「現在」というのは、自分たちを囲む泡のようなもの。宇宙全体にわたってきちんと定義された「今」という概念が存在するというのは幻想にすぎない。宇宙全体で定義できる「同じ瞬間」というのは存在しない。
時間が事物から独立していて、他のあらゆるものとは無縁に規則正しく、ゆるぎなく経過するというニュートンの考えは間違いだ。
時間は空間と一体化した広がりであり、過去と未来を区別する方向性もなければ、「現在」という特別扱いされるべき時刻も存在しない。
よく分からないなりに、時間という不思議な、つかみどころのない概念を少しばかり考えてみました。こんな本が7万部も売れたなんて、不思議でなりません。
(2021年9月刊。税込2200円)

アリたちの美しい建築

カテゴリー:生物

(霧山昴)
著者 ウォルター・R・チンケル 、 出版 青土社
アリの地中にある巣を掘り出し、溶けた亜鉛を流し込んで型をつくったアメリカの学者の本です。見事な造形のアリの巣を見ることができます。驚嘆してしまいました。
アリは社会性昆虫で、1億年から1億4000万年前にカリバチの祖先から分岐した。
アリの社会(コロニー)の特徴は、個体間に明確な機能分担がみられること。受精卵を産むことができるのは、1匹か数匹の女王だけで、残りの大半は、コロニーの仕事の大部分を担う不妊の働きアリ。社会機能を担っている個体はすべてメスで、オスは女王と交尾するためだけに生まれてくる。オスは、1年のうち数週間しか出現しない。
一般的にアリのコロニーは単一の家族で構成されていて、母親が女王、娘が働きアリ。
アリは完全変態をする昆虫で、卵、幼虫、蛹(さなぎ)、成虫という段を経て発達する昆虫の典型。
アリはこれまで、1万4000種が確認されているが、最終的には2万~4万種にのぼると考えられている。
アリは、赤道付近がもっとも多く、そこから離れるにつれて、減少していく。北極圏には2種だけ確認されている。
アリにもっとも近いのはハナバチとカリバチ。
湿潤な熱帯地域では、半数のアリが地中ではなく、樹木に巣をつくる。
アリの巣づくりは4日から6日で完了する。著者が掘った地中のアリの巣は、3メートル10センチが最深。そして、アリの巣を体積としては、11リットルが最高記録。アリは地中に向かって螺旋(らせん)構造でおりていく。右巻きも左巻きもある。反時計回りの両方が混在している。下に伸びる坑道から、ときに左右に広がる坑道があり、そこから、部屋が広がっている。この部屋は、どんなときにも完璧に水平かつ滑らかである。
アリは巣づくりに非常に多くの時間と労力を費やす。ところが、アリのコロニーは、実は自由に移動している。しかし、なぜアリのコロニーが頻繁に引っ越すのか、その理由・メリットは、今までのところ判明していない。
アリは深い層から浅い層へと大量の砂を運び、投棄していた。
あらゆる働きアリは、年齢に応じて従事する仕事を変えていく。働きアリは、年齢を重ねて、巣の上方へと移動し、仕事を変えていく。
採餌アリは、毎日、全体の3~5%が死に、1ヶ月で丸ごと入れ替わる。
規模が最小のコロニーは、平均寿命が4年、中規模だと平均寿命は17年に延びた。もっとも大きいコロニーでは30年を超えた。
アリがつくる地中の巣の姿をまざまざと示してくれる本でした。
(2021年1月刊。税込1600円)

シカの顔、わかります

カテゴリー:生物

(霧山昴)
著者 南 正人 、 出版 東京大学出版会
このタイトルの意味、分かりますか?
宮城県の牡鹿(おしか)半島の先にある小さな島、金華山(きんかさん)には、660頭のシカが生息している。ここで、黄金山神社の周辺で生活する150頭のシカ全部に名前をつけて、1989年から33年間、観察を続けて現在に至っている。今では、33年間の家系図もできている。シカの寿命は長くて15年なので、これまで1000頭のシカ全部に名前をつけて追跡したというわけ。いやあ、これってすごいことですよね、シカを個別に識別するなんて…。
シカを個体識別するには…。白髪染め液を2メートルほど離れたところから噴射して、シカの毛の一部を黒く染める。ところが、これだと、シカが座っていたら毛染めが見えないので識別できない。では、どうするか…。
シカの顔をじっくり観察していると、次第に顔の違いが分かるようになってくる。ええっ、うっ、うっそでしょ…。
これは、ニホンザルの顔を識別して名前をつけて行動観察するのと同じ手法。
うむむ、それにしてもサルとシカの違いはないのでしょうか…。
シカの顔の違いといっても、極端に違いがあるわけではありません。体型は遺伝によって似てくるようです。シカの顔を見て、あっ、これはあのシカの母か娘だと言いあてることもできるのだそうです。いやはや、すごーい。
シカのオスには角(つの)がある。この角には、いろんな形があるので、オスは、それで識別できる。
シカのオスは、メスの発情期にだけなわばりをもつ。メスは四季を通じてなわばりをもたない。メスは2年に1回、子どもを産む。メスは発情期の秋に、24時間だけオスを受け入れる発情状態になる。
シカの鳴き声は13種類ある。シカの鳴き声のほとんどは秋に集中している。そして、鳴き声は1キロメートル先まで届く。「メェーフーン」には、威嚇の状態がある。
生まれてくる子ジカは、直後の30分間を乗り切れば、あとは自力で移動して、自分の身を守ることができる。その動けない30分間をカラスは狙ってやってくる。うむむ、何と厳しい生存競争でしょうか…。
シカの母子間の認知は、音が役にたっているものの、最終的には、匂いが母子間の認知のカギになっている。
シカは基本的に集団で生きている動物。シカの子は、祖母やその姉妹、そして自分の姉たちとともに生きる。
オスの多くは2歳までにメスの家族群から離れて生活するようになる。メスは、生涯をずっと家系集団で暮らすことが多い。オスもメスも母と子の関係は、母親が死ぬまで続く。
捕食者から狙われる草食獣にとって、集団で生活することは、自分の身を守り、さらに血縁者の身を守り、自分の遺伝子を残すことにつながる。シカにとって、この母系の血縁グループは、とても大切なものである。
オスは孤立している。成長したオスは、オスになっても孤独を愛している。
シカが、匂いを使ってもコミュニケーションしているのは間違いない。
シカの歯は、すり減ってしまえば、生きていけなくなる。
いやあ、まったくもって驚きました。サルの顔が識別できるというのにも執念すら感じますが、150頭のシカ全部を識別して名前をつけて行動観察するなんて…、すばらしいにもほどがあります。ぜひ、手にとって読んでみてください。出色のできばえの本です。そのすごさに、ついつい目を見晴らされました。
(2022年2月刊。税込3960円)

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