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2021年11月 の投稿

やさしい猫

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 中島 京子 、 出版 中央公論社
日本にやって来たスリランカ人がビザの期限が切れているのが品川駅で警察官から不審尋問を受けて発覚。不法滞在者として身柄は東京入国管理局に拘束された。しかし、彼には日本人女性とのあいだで結婚の話があり、紆余曲折しながらも入籍していた。入管当局は、この結婚を偽装結婚として、国外退去を命じた。これに異議申立して、ついに東京地裁で裁判が始まる。
オビに「圧巻の法廷ドラマ」とありますが、まったくそのとおりです。入管行政の問題に詳しい指宿昭一弁護士に丹念に取材してこの本が出来あがったことがよく分かります。女性の訴務検事が、偽装結婚を認めさせようと、根堀り葉掘り、嫌らしく問い詰める様子は、まったくそのとおりで、この人(女性検事)は何が楽しくて、こんな尋問をしているのか、自問自答することはないのかと、小説ではありますが、とても気になります。
そして、法廷で証言することの大変さが、高校生の娘の心理描写で、ひしひしと伝わってきます。
入管行政の問題点が、この本を読むと、すんなり頭に入ってきます。要するに、日本政府は「優良外人」(モノを言わず、ただひたすら働くだけの人々)だけがほしいのです。少しでも当局に歯向こうものなら、たちまち本国に身ひとつ帰国するよう指示します。
そして、収容所での処遇は劣悪と言うほかありません。
茨城県牛久市にある入管の収容所(東日本入国管理センター)だと、東京から往復で4時間もかかってしまう。とても辺鄙な土地にある。
「小さな家族を見舞った大事件」とオビに書かれていますが、まったくそのとおりのストーリー展開です。本当に話の運びが自然ですし、読ませます。最後は、あえなく敗訴してしまうのかと心配していたら、なんとハッピーエンドでした。
来日した外国人の毎日の生活の実情について、詳しく紹介されてて勉強になります。
タイトルだけでは何をテーマとした小説なのか、さっぱり分かりませんが、読み出したら止まりません。いつもながら、さすがの著者の筆力に驚嘆し、圧倒されました。
(2021年10月刊。税込2090円)

ホロコースト最年少生存者たち

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)
著者 レベッカ・クリフォード 、 出版 柏書房
この本の冒頭の写真とキャプションに驚きました。
アウシュヴィッツ・ビルケナウ収容所が1945年1月に解放されたとき、子どもが400人以上いた。ただし、ほとんど病気(結核など)や栄養失調だった。
また、ベルゲン・ベルゼン強制収容所も1945年4月に解放されたとき、子どもが700人以上いた。ブーヘンヴァルト強制収容所が解放されたときは、ユダヤ人の子どもが1000人以上いた。
これらの強制収容所は絶滅収容所として有名ですから、これほどの子どもたちが生き残っていたというのは信じられない、奇跡的な出来事です。ただし、手放しで喜んではおれません。
この本は、1945年の解放時に10歳以下だった子どもたちを歴史研究の対象にしています。幼年時代にホロコーストを体験した子どもたちが、そのときのことをどうみているのか、その体験はどんな影響を与え、また克服していったのか、興味深いものがあります。
大半の人は、自分の幼年時代のことについて、両親や家族、コミュニティそして自分の属する集団や社会の人々が思い出せない話や情報を提供してくれる。ところが、ホロコーストを経験した子どもたちは、たとえば両親や家族を失い、キリスト教信者の家庭で育ったりして、その幼年時代の人生の物語は穴だらけになってしまう。すると、「自分は何者なのか?」というもっとも根源的な疑問への答えは自分で見つけるしかない。
幼い子どもの経験と、思春期の若者や大人の経験とは決定的な違いがある。幼い子どもたちには、思い出せるような戦前の自己がない。振り返るべき戦前のアイデンティティがない。そうなんでしょうね。そのことの重みが想像できません。
一般に、子どもは例外を普通と受けとめる能力に長けている。比較すべきほかの生活を知らなければ、迫害や追及を受けたとしても、それに危険や不安を感じて混乱することはない。子どもたちが本当の意味で混乱や衝撃に見舞われたのは、戦時中ではなく、戦争が終わってからだ。というのも、終戦により、子どもたちは、それまで築き上げてきたものが一気にひっくり返ってしまった。戦争中はまだ幼く、日々の暮らしだけで精一杯だった。戦争の影響をもろに感じたのは、むしろ戦争が終わったあと。自分のなかで闘いが始まったのは、1940年ではなく、1945年。父も母も兄も、もう戻ってはこないと知ったとき、その闘いは始まった。
なんとなく分かりますよね、これって…。
ブーヘンヴァルト収容所から解放された子どもたちは、無感覚、無頓着、無関心な態度で、声をあげて笑うことも、顔に笑みを浮かべることもなく、スタッフには著しく攻撃的になる。不信と疑念に満ちている。感情的麻痺だ。大人を警戒し、食べ物を貯め込み、よく子ども同士で激しいケンカをした。スタッフは、子どもの体は回復しても、心は回復しないのではないかと危惧した。ところが、実際には、驚くほどの速さで回復していった。人間には信じられないほどの身体的・心理的回復緑があることを証明した。
子どもには現在のニーズや要求にあわせて過去を書き換えられる柔軟性がある。子どもたちは、大人のさまざまな要求にあわせ、巧妙かつ堂々と自分の過去をつくり変え、父や母が生きている事実さえ隠そうとした。大人の意図が錯綜するなかで、自分の意思を貫き通すため、情報や感情を隠したり、新たに確立された愛情を断ち切られるのを拒んだり、場合によっては、自分の過去を意図的に修正したりした。
子どもが戦後、支援機関の調査員に語った物語は、まったくのでたらめであることがよくあった。それには正当な理由があった。当時、子どもは移住を認めるが、生き残った親には移住を認めない残酷な方針があった。そのため子どもは、不当な制度の要件に合致するように、自分の物語をつくり変えた。
アウシュヴィッツを体験し、生きのびた大人たちの多くは、その体験を語ろうとしなかったようです。あまりにも苛酷な体験だったから、消したても容易に消せない記憶と知りつつ、自分の口から言葉として語ることはできなかったのでしょう。
ところが、幼い子どもたちは、その体験を自分のコトバとして語ることが、そもそもできなかったのです。この違いは、大きいというか、両者に違いがあるということをはっきり認識すべきだということを、この本を読んでしっかり確認することができました。
ユダヤ人幼年時ホロコースト生存者世界連盟という組織があるそうです(1997年に発足)。4大陸15ヶ国・53団体が加盟。
それにしても、幼い子どもたちを大量に抹殺していったヒトラー・ナチスの組織・体制の恐ろしさ、おぞましさには改めて身震いさせられます。そして、これは、今の日本で相変わらず横行しているヘイト・スピーチ、「嫌中・嫌韓」などに共通していることに思いが及ぶと暗然たる気分にもなってしまいます。もちろん、そんな気分に浸るばかりで、何もしないというわけにはいきません。
いろいろ考えさせられた本でした。
(2021年9月刊。税込3080円)
 日曜日、フランス語検定試験(準1級)を受けました。今回は、なんと受験者は11人のみ。いつもの半分以下です。これもコロナ禍なのでしょうか。
 会場の西南学院大学に早目に着くと、枯れ葉が足元でカサコソ、音を立てるのもいい感じでした。
 この1ヶ月ほど、必死で過去問を繰り返し復習しました(20年間分もあります)。そして、「傾向と対策」もちょこっとだけ。ともかく、単語を忘れています。本当に、「日々、新なり」という悲しい心境です。それでもボケ防止になります。この半端ない緊張感がたまりません。
 先ほど、自己採点したら、83点(120点満点)でした。6割で合格なので、次の口頭試問に進むことになりそうです。ひき続きがんばります。

海馬を求めて潜水を

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 ヒルデ・オストビー、イノヴァ・オストビー 、 出版 みすず書房
子どもたちに幸せな人生を支えるのは、親が語って聞かせる、子どもの小さいころの楽しい話だ。親の話を聞くことにより、子どもは、自分が楽しく生きてきたという、ポジティブな感情をもつことができる。夕ご飯を食べるとき、一緒に過ごした思い出をほんのわずかな時間でも語りあうことによって、子どもたちの心の傷を癒し、自信を与える。これは、すてきな記憶のプレゼントだ。うーん、そうなんですね…。
記憶の定着には眠りが必要。人は、眠っているあいだに、その日の出来事を見直し、大脳皮質に定着させている。
PTSDを負った人の海馬は、通常の人よりサイズが小さい。
私たちの記憶は、都合よく改ざんされる。自分が体験したと思った出来事も、すべてが事実とは限らない。虚偽記憶はさまざまな方法で形成される。他の人の記憶を「盗む」ことさえある。証人は、あてにならない。多くの場合、本当に間違って覚えている。
人々は睡眠不足に苦しむと、通常よりも記憶に影響を受けやすくなる。
刑事被疑者がにせの自白をするのは3つのパターンがある。その一つは、やってもいない罪を自由意思で認めるもの。目立ちたいから、というのもある。その二は、強制による拷問や時間の心理的圧迫を受けたあと、今の抑圧から逃れるための「自白」。三つ目は、自分の自白を信じていて、自ら虚偽自白を生み出してしまうケース。
記憶術トレーニングは、一般的な記憶力の向上に効果があるとは言えない。
人口の12%という、信じられないほど多くの人々がうつ病に苦しんでいる。彼らは、記憶力の低下に苦しんでいる。
健忘症にかかった人の多くは、程度の差はあれ、古い記憶は維持しているものの、新しい経験を記憶するのに苦労している。
私たちは、年齢(とし)をとれば、とるほど、過去を振り返る。
記憶とは、将来起こりうる危険を予測し、それに向けて備えるための大切な機能だ。私たちの記憶は柔軟で変形しやすく信頼性が低い。その理由は、記憶は、美術館の展示品ではなく、実際に使われるべきものだから。記憶は、将来のビジョンや計画、夢、空想にとって不可欠のもの。将来を想像することは、記憶の自然な機能。記憶をはっきりと認識するプロセスと、未来を想像するプロセスは同じだ。生き残るためには過去が必要なのだ。
ゾウの集団を率いるリーダーは経験豊富なメスのゾウ。彼女は過去の記憶をたどって、いつ、どこに水と食べられる植物があること、そして、そこにたどるルートを知って覚えているからこそ、群れを率いて生きのびることができる。
未来思考は、文字を書くという創造性を生み出した。
人間とは何かを考えさせられる本です。著者はノルウェー人姉妹です。
(2021年6月刊。税込3740円)

夢を見るとき脳は

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 アントニオ・ザドラ、ロバート・スティックゴールド 、 出版 紀伊國屋書店
夢とは何なのか、夢を見るとはどういうことか…。
このテーマは私にとっても最大の関心事の一つです。
夢とは、睡眠中に出現する一連の思考、心象、情動である。これは辞書の説明。
ところが、研究者のあいだでは、何をもって夢とみなすのかということについて一致した見解はない。なので、夢を一つの定義にまとめるのは不可能。
夢の映像は、想像より10倍も鮮明で説得力がある。
6~8歳になると、夢が非現実であり、自分以外の誰にも見えていないことが分かる。そして、夢が個人の内面に出現するものであり、実体がないことを完全に理解するのは11歳ごろ。
睡眠中には、どういった精神作用が継続、停止、変化するのか…。
夢と思考の根本的な相違はどこにあるのか…。
以上の二つは、今日の夢研究においても中心的な疑問になっている。
フロイトは、自らの心理学的理論をそれまでの学説にない斬新なものとして売り込むのに成功したが、実は、その前に、フロイトと同じようなことをいっていた学者・研究者はいた。
レム睡眠は急速眼球運動(REM)が認められるもので、およそ90分おきに出現する。ノンレム睡眠よりレム睡眠のほうが夢を語ることのできる人が10倍以上いたという実験結果がある。
脳波というのは、1ボルトの1万分の1程度。レム睡眠は脳波だけからみると、覚醒しているとしか思えないのに、実際はぐっすり眠っている。レム睡眠では、まるで目覚めたように脳波が速くなるのに対して、筋肉の緊張が失われ、制御がきかないアトニアという状態に陥っている。
睡眠不足が何日か続くと金しばりを経験することがある。ラットをずっと眠らせないでおくと、1ヶ月以内に必ず死に至る。極度の睡眠不足は悲惨な結果を招く。アメリカで肥満が深刻化している原因に睡眠時間の減少も関係している。
成長ホルモンが分泌されるのは眠りの深い徐波睡眠のとき。横たわって眠っているあいだに背が伸びていく。抗体を産生するのにも睡眠が必要。そのメカは実はよく分かっていない。
脳内の老廃物を洗いながしてくれるのは脳脊髄だが、睡眠中に脳脊髄液が大波となって勢いよく流れる時間がある。これはノンレムの徐波睡眠の時間。
取り込んだ新しい情報は、とりあえずためておく。そして、眠ったあとに情報を見直し、修正を加えて、その意味を確定させる。
記憶の狙いは、過去ではなく、未来だ。また同じことを繰り返さないようにするため。幼児はノンストップ学習マシーンなので、小さな脳が取りこんだ新情報を昼寝で一度処理しておかないと、負荷がかかりすぎる。休憩なしで大量の情報が入ってくると、おとなだって対応しきれない。
夢を見たことなんて一度もないという人の脳波を見てみたりして夢を見ていたことが判明した。
生まれたときから視覚をもたない人の夢に視覚映像は出てこない。
女性と男性とでは夢を見る内容が違う。女性は夢のなかには男女ほぼ同数以上。男性の見る夢は、男性が女性より先に出てくるから。
夢の特徴の一つとして、登場人物どうしのやりとりがある。
夢のなかに性的な内容が登場する頻度は高い。
衝撃的な体験のあと、何度も悪夢を充みるのはPTSDの前兆である、
優れた芸術と同じく、夢も私たちを導きながら、生活を豊かにしてくれる。脳は筋肉とちがって休むことを知らず、昼も夜も働きつづけている。
夢の解明はすすんでいるようで、まだまだ未解明のところが大きいことを知りました。人間のことがすぐに分かるはずもありませんよね。脳と夢について、大変興味深く読みました。
(2021年9月刊。税込2420円)

アクセサリーの考古学

カテゴリー:日本史(古代史)

(霧山昴)
著者 高田 貫太 、 出版 吉川弘文館
新羅(しらぎ)は、ほかと比べて貴金属のアクセサリーがひろく流行した社会だ。膨大な数の金製の耳飾りが出土している。百済(くだら)の耳飾りは、新羅に比べると、資料数が少ない。
新羅の冠には、帯冠、冠帽、冠飾りが確認でき、その材質は、金、銀、金銅。百済では、帯冠の資料は、ごくわずか。
新羅と百済の王や王族などの墳墓には、飾り履(くつ)が副葬されることがある。冠といっしょに出土することが多く、着装などは有力な人びとに限定されていた。
新羅では、王陵や有力者の墳墓から指輪が出土することが多い。しかし、指輪は百済や大加耶では、あまり知られていない。古代の「質」(むかわり)は、単に「人質」ということだけではなく、交渉相手の社会に派遣され、そこで自らが属する社会の交渉目的を代弁するようなこと。
古代朝鮮において、もっとも基本となるアクセサリ―は、耳飾り。倭も同じ。
洛東江の下流域の東側に位置する釜山は、その対岸の金官加耶の中心、金海とはちがって、新羅によって早い段階に統合された。
5世紀ころには、釜山地域は、新羅王権とのつながりを深めた。
5世紀の後半になると、長鎖の耳飾りが、倭各地の有力者のあいだでトレンドとなった。
5世紀の後半、倭の外交の一翼を担うなか、百済や加耶系のアクセサリーを取りそろえた地域有力者がいる。それが熊本県の江田船山古墳に伝わったと考えられる。6世紀前半、江田船山古墳から出土した百済の飾り履がある。江田船山古墳の耳飾りは、新羅系とみるのが自然。
磐井(いわい)の乱が起きたのは、1527年のこと。これは、新羅の加耶進攻を契機とし、そこに北部九州と新羅のつながり、倭王権による外交権の一元化の動きがからみあって、勃発(ぼっぱつ)した。これに勝利することで、倭王権は北部九州の主体的な対朝鮮半島交渉を大きく制限することに成功した。
出土したアクセサリーの日韓出土の相違点をことこまかく調べあげ、博物館のデータと根気よく比較していくという地道な作業が学者には求められています。大変な苦労ですね。ただ、そのとき、あれ、これはどこかで見たことがあるぞ、という記憶力も必要のようです。
アクセサリーを通じて、古代日本と朝鮮の王朝との結びつき、対立抗争を想定していくという面白い本でした。写真でアクセサリーを眺めるだけでも昔をしのんで楽しくなります。
(2021年5月刊。税込1980円)

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