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2021年7月 の投稿

花岡の心を受け継ぐ

カテゴリー:日本史(戦前・戦中)

(霧山昴)
著者 池田 香代子 、 出版 かもがわ出版
戦争中の1944年から翌年45年にかけて、中国から1000人ほどの中国人が強制連行されて花岡鉱山で働かされるようになった。ところが、激しい労働にもかかわらず食糧事情は劣悪、そして、指導の名のもとに激しい暴行が加えられた。ついに中国人たちは1945年6月30日、蜂起を決意。しかし、実際には蜂起どころか、やっとの思いで集団で脱走。土地勘なく、言葉も話せず、体力のない中国人たちは山中で次々に捕まえられていった。捕まった中国人たちは炎天下の広場に座らされ、次々に死んでいった。このとき100人あまりが亡くなった。これを花岡事件という。
この花岡事件のおきた大館市では1950年から現在まで慰霊祭が行政の主宰でとりおこなわれている。実は、中国人犠牲者の供養は戦中から行われていた。これはすばらしい、すごいことです。
集団脱走して中国人たちは武器は何ももたず、とにかく疲労困憊の状態だったから、山中で捕まるとき、何ら抵抗しなかった、いやできなかった。なので、憲兵も警察も一発も発砲することがなかった。
慰霊碑には429人の中国人の氏名が刻まれている。この花岡鉱山に連れてこられた中国人は総勢1284人なので、3分の1が悲惨な状態で亡くなったことになる。
毎年6月30日に盛大に挙行される慰霊式には、市長、市議会議長をはじめとする市議が半数以上は出席するし、中国大使館からも参加している。何年か前までは生存者(幸存者)も列席していた。
花岡裁判で和解した原告は1000人、西松の広島安野は360人、三菱は376人。
和解も立派な解決法です。ただし、この本には、裁判所が判決で企業の法的責任を認めたら、もっと良かったと書かれています。まったく同感です。
原告側弁護団としてがんばった新美隆弁護士(故人)、そして内田雅敏弁護士の話が紹介されています。さらに和解を提案した裁判官は、退官後、慰霊碑に手を合わせに現地まで足を運んでいます。偉いですね。
インタビュアー(ナビゲーター)の著者の聴き取りによって、花岡事件と慰霊式の全体がすっきり分かりやすく紹介されていて、胸を打つ内容になっています。
この弁護団で活躍した内田雅敏弁護士から贈呈をうけました。ありがとうございます。
保守・革新を問わず、歴代の市長が70年以上も慰霊式を存続・実行しているというのは実にすばらしいことです。心より拍手を送ります。
(2021年7月刊。税込1980円)

ある北朝鮮テロリストの生と死

カテゴリー:朝鮮・韓国

(霧山昴)
著者 羅 鍾一 、 出版 集英社新書
1983年10月9日、ビルマ(ミャンマー)の首都ラングーンにある国立墓地アウンサン廟を韓国の全斗煥大統領が訪問することになっていた。全斗煥大統領がビルマ側の都合から泊まっていた迎賓館を出発するのが4分ほど遅れた。先発の黒塗りのベンツが駐ビルマ韓国大使を乗せてアウンサン廟に到着し、行事の開始を告げるラッパの音が響いたとき、現場一帯に閃光が走り、すさまじい爆発音とともに猛烈な爆風に包まれた。
このラングーン事件によって、韓国政府の副総理、外相、商工相、動力資源相という4人の主要閣僚、大統領秘書室長、また報道関係者17人が亡くなった。ビルマ側も同じく4人の主要閣僚が亡くなった。負傷者は両国あわせて46人。
犯人は北朝鮮の特殊任務を遂行する偵察局に所属する精鋭部隊であるカン・チャンス部隊。3人組のテロリストは、ジン・モ(キム・ジンス)少佐をトップとし、シン・キチョル(キム・チオ)大尉とカン・ミンチョル(カン・ヨンチョル)大尉の3人。
ジン・モは事件後に逃亡するなかで腕を切断し、失明したがビルマで死刑に処せられた。
シン・キチョルは逃亡中に射殺された。残るカン・ミンチョルはビルマの刑務所で獄死した。
使われた爆弾は、対人地雷(クレイモア)2個と焼夷弾の3個。うち対人地雷の1個は不発で残り、ビルマ捜査当局に回収された。焼夷弾は、現場における証拠隠滅のためのもの。
この本を読んで、ひどいと思ったのは、北朝鮮は3人の特殊工作員を工作船でビルマに派遣しながら、この3人を安全に脱出させ保護することをまったく考えていなかったということです。
3人組は、自分たちが北朝鮮から乗ってきた工作船に戻るつもりで、そのために快走艇が川まで迎えに来るはずだった。ところが、工作船はビルマ政府から上陸・接岸を認められず、インドに向かっていたのです。なので、迎えの快走艇なるものも来るはずがありません。それで、3人は、バラバラと見知らぬ土地でビルマ語も話せずに、川の茂みに隠れて快走艇を求めているうちに捜索隊に見つかり銃撃戦を演じ、負傷して捕まったのでした。
北朝鮮の工作というのは、失敗したら自己責任、死ぬしかないのですね。まさしく、かつての日本帝国の軍隊と同じ体質としか言いようがありません。人命尊重なんて、カケラもないのです。ひどすぎますよね…。
そして、カン・ミンチョルは、ビルマの刑務所で25年間、じっとすごして、ついに2008年5月に病死してしまったのです。
この本の著者は学者出身で、国家情報員の要職にもあった人です。本件も朝鮮半島の分断状況がもたした悲劇の一つです。思い出すべき事件、忘れてはいけない事件だと思いました。
(2021年5月刊。税込968円)

連星からみた宇宙

カテゴリー:宇宙

(霧山昴)
著者 鳴沢 真也 、 出版 講談社ブルーバックス新書
事件のことや事務所運営で悩みをかかえているときには、宇宙の話に没入するのが一番です。そこには、何十年とかいう単位はありません。はじめから何万光年の世界です。もちろん個々の私たちがそんなに長く生きられるはずもありません。すべては脳内の、いわば妄想に等しい世界です。
さてさて、連星って何…。宇宙に存在する星々の、およそ半数は連星。連星は、ありふれた存在。星の質量が分かるのは連星のおかげ。連星になっていると、2つの星の質量を知る方法がある。また、ブラックホールの存在も連星によって確認できた。
連星とは、重心のまわりを公転しあう星。連星とは、あくまで2つの恒星が回りあっているもの。
シリウスのような1等星は、全天に21ある。このうち6つが連星。春の1等星である、おとめ座の「スピカ」、夏の夜空の、さそり座の「アンタレス」が連星。北極星は、三重連星。冬の代表的な星座であるオリオン座の1等星「リゲル」は4重連星。現時点で判明している最多の多重連星は7重連星。さそり座とカシオペア座にある。
星は、人間よりも、双子で生まれる確率が圧倒的に高い。連星は分裂してできたわけではない。生まれたときから連星だった。
太陽にしても、かつて兄弟の星がいたかも…。太陽から110光年先にある7等星は、年齢、質量、半径、表面温度、そして科学組成が太陽とほぼ同じ。だったら、地球に似た惑星があって、生命体がいたりして…。
太陽系は銀河の中心を2億年かけて1周する公転をしていて、太陽はすでに20回以上も公転している。
全天の肉眼で見える星の11%が二重星か、3つ以上の星が近寄っている。
太陽の寿命は100億年。現在、46億歳なので、一生の半分を終えたところ…。なんと、なんと、人間の100年の寿命とかいうのは、これに比べると、あっというま…でもありませんよね。
連星は、謎のX線源をつくり、通常ならけっして姿を見せないブラックホールの姿を暴き出す役割を果たした。連星がなかったら、人間は存在していない可能性がある。たとえば、硫黄、カルシウム、鉄などは、超新星爆発のときに合成される。
著者は断言する。もしも宇宙に連星がなかったら…、宇宙はかなりつまらない。
なーるほど、そうかも、いや、そうだろうと私も思いました。
(2020年12月刊。税込1100円)

消えた依頼人

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 田村 和大 、 出版 PHP
NHK報道記者から弁護士になった著者によるミステリー小説。ぐいぐいと引きずり込まれ、最後まで読ませる迫力があります。ミステリー小説なので、読んでいない人には、ネタバレにならず、読んでみようかなと思わせるほどに紹介してみたいと思います。うまくいくかな…。
「俺」は東京の弁護士で、事務所は地下鉄丸の内線の新中野駅の近くのビルの4階にある。大学の先輩にあたる女性弁護士と2人だけの共同事務所。
「俺」は25歳で弁護士になり、「ブティック」に類型化される法律事務所に5年間つとめていた。ボス弁は、株主総会対策で名を上げていて企業法務の世界に橋頭堡を築き、今や数十の上場企業を顧問先にかかえる。ええっ、これって、なんだか有名な久保利弁護士を連想させますよね。ところが、ボス弁は、大変なパワハラ弁護士で、事務所の弁護士30人は、常に変動していた。ええっ、そ、そうなると、違うかな…。それはともかく、この元ボス弁が、この本では悪しきキーパーソンになっています。
私選の刑事弁護費用について、「俺」が被疑者に提示する金額を紹介します。
まず、初めに100万円。死体遺棄や殺人で再逮捕されるごとに30万円を追加。ここまでが着手金で、最大160万円。逮捕された全部の罪について起訴されなかったら、成功報酬として100万円。どれか一つでも起訴されたら、その段階での成功報酬はなく、追加着手金をもらう。殺人が含まれていなければ50万円。含まれていたら100万円。裁判員裁判は手間がかかるから…。そして、裁判で無罪になれば成功報酬として200万円。つまり、殺人で起訴されて無罪になったら、弁護士費用の合計は最大で460万円になる。
「俺」は、国選弁護人に頼んだらどうかと被疑者にすすめています。国選弁護人も裁判員裁判で無罪を主張して争ったら、コピー代請求できるうえ、あまり変わらない金額を弁護士報酬としてもらえることがあります。しかも、この場合、決められた金額をもらえないという心配は無用です。私選弁護人は、報酬のとりっぱぐれのリスクをいつだって覚悟しておく必要があります。そこが決定的に違います。
そして、弁護人は、依頼人との関係で微妙なことがしばしばあります。私は、一般に、すぐに返金できる金額しか着手金をもらわないようにしています。嫌な依頼人だと思ったら、すぐ全額返金して縁を切って、せいせいしたいのです。
この本では、その点がもう少し深刻です。それがタイトルにもなっています。
この本には福岡高裁判事の妻がストーカー行為をしていて、県警が摘発しようとしたら、地検が地裁と一緒になって握りつぶそうとした福岡事件が久しぶりに登場します。
そして、高裁判事のなかには、裁判長は別格だが、左か右陪席には、能力あるいは素行に問題のある中堅の裁判官を氷漬けする部署だということがある。これは、私も福岡で何回か実際に見聞しました。高裁は、いわば教育・反省の場なのです。この機会を逸したら、再任は望めません。
問題裁判官を異動させ、代理人弁護士との取引に応じる役割を最高裁事務総局秘書課がするというストーリーですが、これは本当なんでしょうか…。でも、実際、これくらいのこと、ありそうですよね。というわけで、ええっ、こんなこと本当にありうるのかな…と、首をかしげながらも、結末を知りたくて珍しく自宅に持ち帰って最後まで読了しました。
巻末の著者略歴で、「このミステリーがすごい」大賞、優秀賞を受賞したほか、いくつも小説をかいていることを初めて知りました。失礼しました。今は福岡で活躍中の弁護士です。
(2021年3月刊。税込1870円)

よみかき心得帖

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 平井 久義 、 出版 (有)知可舎
モノカキを自称する私ですが、日本語の文章は主語のないのを特徴とすると教えられたのは、今から30年ほど前のことでした。弁護士になって十数年たっていましたし、準備書面をはじめとして文章を書くことは多かったわけですが、文章というのは主語があって述語があって論理的に書くものだと思い込んでいました。なので文章を書くときには真っ先に主語を明らかにするのは当然のことでした。ところが、古来より、日本の文章は主語がなく、その主語を忖度(そんたく)しながら読み解いていくことに面白みと深みがあるというのです。
なので、私は、裁判官に向けた準備書面では必ず主語を明記しますが、その他のレポートや紀行文などでは極力、主語を省略するようになりました(省略しています)。では、本書です。
行きつけの飲食店の看板に「定休日は月曜日です」と書いてあると、むむむ、なんか変だと思う。ところが、店内に入ってお品書きの脇に「定休日は月曜日です」と書いてあったら、違和感がない。この違いは何か、どこから来るものなのか…。この店に入ったこともない、通りがかりの人にとって、「は」というのは抵抗がある。そうでなくて、すでに店内に足を踏み込んだ客にとっては、また来ようかなという気があれば、休みはいつなのか知りたくなる。そんなときは「定休日は…」と書かれていると、気持ちにぴったりくる。ふむふむ、なるほど、ですね。
文章はつないで読むものである。文章は、すべてを言い尽くすことはできない。書き手が省(はぶ)いているところがある。このときは、書き手の意識にそいながら読み手は想像力を働かせて補(おぎな)いながら読まなければいけない。これを「潜在判断を補う」という。
題述関係とは何か…。
「オレは女だ」
「ワタシは男よ」
この二つの文章は、一見すると奇妙だが、「キミの子どもは男か女か」と問われたときの答えだったら、文法的にも正しく、まちがってはいない。つまり、「オレは」、「ワタシは」は、主語ではなく、題目。さきほどの短文は、「オレ」と「ワタシ」に限って、主語のようであって、いわゆる述語ではないので、題目と答えの関係で題述関係と名づけている。
「雪が溶けたら、何になる?」
このなぞなぞの答えは、「春になる」。これも「雪が溶けたら」までは題目。
2017年10月、同じ中学校(岡大付属中)の卒業生(1977年卒29期)が、国語科の恩師・平井久義先生による特別授業を受けました。参加者13人で、3時間の授業。この授業での教師と生徒(卒表性)の問答のさわりが再現されています。このとき平井先生は81歳で、生徒たちは55歳前後。生徒の一人に則武透弁護士(現在の岡山弁護士会長で、中学校時代には生徒会長をつとめた)がいます。
平井先生は、重層構造図なるものを編み出し、授業で展開した。
重層構造図とは何か…。時間的、線条的に進行する一次元的表現を空間的、絵画的に展開する二次元的表現に移しかえた構造体であり、その構成要素は、段落ごとにまとめらえた「問いと答え」からなる要旨である。
「問いは何ですか」、「答えは何ですか」、「答えの中のどの言葉から次の問いが生まれますか」と言葉で表す。言葉で表さなくては文脈はとらえられない。
重層構造図のメリットは、正しく読んでいるかどうかが検証できる点にある。
生徒の一人は、こう喝破した。「重層構造図とは、文章の設計図なんだ」。平井先生は、文章は、有機的重層的構造をなすものであって、重層構造図化することができるという。
中学教師が生徒たちに情熱をもって国語教育をすると、それは大人になった生徒たちの心と頭、そして文章を紡ぎ出す手を豊かなものにしてくれるということを実証した本だと思いました。
文章を分かりやすく書くための二つの心得。その一は、言葉の順序を意識する。その二は、長い文は分割する。
このような素晴らしい本にめぐりあうことができたことをモノカキの一人として大変うれしく思いました。則武先生、ありがとうございました。
(2019年7月刊。非売品)

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