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2021年3月 の投稿

やとのいえ

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 八尾 慶次 、 出版 偕成社
多摩ニュータウンをモデルとして、大都市近郊のひなびた農村地帯が都市化の波にさらされて変貌していく様子を美事な風景画で再現しています。
「やとのいえ」という「やと」は、なだらかな丘と谷があるなかで、浅い谷のことをいいます。
もちろん人々は農業を営んでいました。家は草(茅)ぶきです。村の人がみんなで共同作業します。燃料になる炭も自分たちでつくります。人々は農閑期に大きな目籠(めかご)をつくり、大八車(だいはちぐるま)に乗せて町まで売りに行きます。
大八車は私も見たことはありません。リヤカーなら身近にありましたが…。どうやら大八車のほうが車輪が大きいようです。どちらも二輪車ですよね、きっと…。
戦争中も、遠くの町が空襲にあって赤い空が燃えているのを遠くに眺めるだけですみました。いえ、兵隊にとられて戦場に行った若者はいたのです。戦後、平和になって、村祭りがにぎやかにおこなわれ、子どもたちも歓声をあげていました。
戦後は、ベビーブームとなり、若者も子どももたくさんいて村には活気がありました。
十六羅漢さんのある家に花嫁さんが迎えられました。お祝いに集まった人々は、みな黒紋付きです。一瞬、お葬式なのかと錯覚してしまいました。
ところが、1967年(昭和42年)ころから開発の波が押し寄せてきます。村人に札束攻勢がかけられました。遠くの丘にブルドーザーが入って、たちまち丘陵地帯がなだらかな平地となっていきます。開発途中で遺跡の発掘調査もありましたが、それがすむと、たちまちブルドーザー、ショベルカー、そしてダンプカーが走りまわるのです。
ついに1981年(昭和56年)ころには、大きな広い通りに面して巨大なアパート群が次々につくられていきます。もう、かつてここが緑あふれる田園地帯だったことを偲ばせるものは何ひとつありません。いえ、十六羅漢だけは幸い残されました。
ともかくすばらしい。こまやかな描写の絵に人々の昔、そして現在の生活が見事によみがえっていて、驚嘆してしまいました。都市化の波によって失われたものが大きいことを改めて痛感させられます。
(2020年8月刊。1800円+税)

怒り

カテゴリー:アメリカ

(霧山昴)
著者 ボブ・ウッドワード 、 出版 日本経済新聞出版
トランプの4年間を総括するというサブ・タイトルのついた本です。著名な記者がトランプ大統領に直接、オンレコで取材したことがベースになっていますので、トランプ前大統領としても全否定できるはずがないものです。
アメリカのすばらしいところは、この本がアメリカで150万部も売れたということです。アベ前首相の回顧録がつくられたとして、それが何万部、何十万部も売れるとは、私にはまったく思えません。
トランプ前大統領の人間性を知れば知るほど、こんないいかげんな男にアメリカ人の多くがコロッと騙され、今なお共和党議員の多くが信奉しているというのが信じられません。
トランプは取材した著者に対して、「すべてのドアの向こうにダイナマイトがある」と答えた。
予想外の爆発で、なんもかもが変わりかねないという意味だ。しかし、そのダイナマイトは、実はトランプ自身だった。
肥大した個性、組織化の失敗、規律の欠如。トランプは自分が選んだ人間や専門家を信頼しない。アメリカの社会制度の多くをひそかに傷つけるが、あるいは傷つけようとした。人々を落ち着かせて、心を癒やす声になるのに失敗した。失敗を認めようとしない、下調べをきちんとしない。他人の意見を念入りに聞かない、計画立案ができない…。
トランプは、長く、自分に異議を唱える人間を傷つけてきた。敵だけでなく、自分の部下やアメリカのために働く人々に対しても同じだった。
トランプはよくしゃべる。ほとんど、ひっきりなしにしゃべる。そのため、かえって国民の多くに信用されなくなった。国民の半分ほどが絶えずトランプに怒りを覚えたが、トランプ本人はそれを楽しんでいるように見える。
トランプ政権では、何事が起きても、おかしくない。何が起きるか、見当もつかない。
トランプ政権のもとで、アメリカの大統領の権力は、いまだかつてなかったほど強まった。トランプは、それをとりわけメディア支配に利用している。
トランプの義理の息子(娘のイバンカ・トランプの夫)ジャレッド・クシュナーの影のような存在も、予測できない要素の一つだ。クシュナーは、きわめて有能だが、意外なほど判断を誤るので、その役割が、きしみを生じさせている。
クシュナーは、ほとんど通常の手順を介さずに大統領の業務に半端に手出しした。ジョン・ケリー首席補佐官は苦慮し、その職務遂行の妨げになった。
クシュナーは、ハーバード大学を卒業していて、知力が高く、できぱきとして、自信に満ち、しかも傲慢だった。トランプは、このクシュナー外交対策のなかでもっとも重要かつ機密の部分を担当させた。しかし、それはうまくいかなかったし、うまくいくはずもなかった。いくら大学で成績が良かったとしてもクシュナーの思いつき程度で世の中が変わるはずもありません。
トランプには、自分なりに信じている事実がある。どいつもこいつも馬鹿だし、どの国もアメリカを騙して、ぼったくっている。この固定観念はあまりも強かった。アメリカはずっと利用されてきた。アメリカは、みんなが金を盗もうとする貯金箱だ。
いやはや、トランプの間違った思い込みは恐ろしすぎますよね…。
国防長官になったマティスは、トランプについて、本を読まないから、できないと見切ったようです。
書物や資料を読む。人の話を聞く、評論する。複数の方策を比較考量して政策を決定する。そんなことがトランプにはできない、できなかった。すぐに変わる、気まぐれなツィートによる意思決定のため、これまでのすべての戦利が沈没しつつある。マティスは、こう考えた。
トランプに任命された国防長官だったマティスは、辞めた理由を著者にこう語った。
愚かさを通りこして、重罪なみの愚行だと思ったことをやれと指示されたので、辞めた。それは国際社会におけるアメリカの地位を戦略的に危うくするようなことだった。
国務長官のティラーソンを解任する理由について、トランプは直接、何も言わなかった。ティラーソンは、トランプについて、「クソったれの間抜け」と会議で言ったことがリークされていた。
自分の思いつきだけで、専門家の助言も無視して強大な権力を行使しようとしたトランプは、アメリカと国際社会に大いなる災厄をもたらしました。残念なことに、そんなトランプの蛮行を今なお偉業だと信じこんでいる人がアメリカにも日本にも少なくないという現実があります。フェイクニュースに毒されてしまった人を目覚めさせるのは容易ではありませんよね…。
(2020年12月刊。2500円+税)

砂戦争

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 石 弘之 、 出版 角川新書
全世界で高層ビルが次々に建てられていくなかで、コンクリートの原料となる砂が世界的に不足しはじめて、争奪戦が始まっていて、闇ビジネスが横行しているとのこと。ええっ、なんということでしょうか、信じられません。だって、世界中に大砂漠があちこちにあるじゃありませんか…。ところが、この本によると砂漠の砂はコンクリートの原料として使えないというのです。これはビックリ、です。どうして、でしょうか…。
砂漠の砂は、コンクリートの骨材として使えない。セメントに混ぜるには細かすぎるうえに、角がないために砂同士がからみあうことができない。そのため、セメントに混ぜても、コンクリートの強度が得られない。そのうえ、砂漠の砂には塩分含有量が多すぎる。海砂と同じように、アルカリ骨材反応を起こして建造物の強度や安全性が脅かされる。砂漠に植物が育ちにくいのは、水の不足だけでなく、塩分が多いため。
ドバイのような中東の湾岸諸国は、建設ラッシュが続いているけれど、ビル建築用の砂は、すべて海外からの輸入に頼っている。砂漠の国々が砂を海外から輸入する。このパラドックスは冗談でもなんでもない。いやはや、なんということでしょうか…。
世界の構想ビルのうち、300メートルをこえる超高層ビルは世界で178本もあるが、そのうち中国が88本を占めている。いやはや、これはすごいことですよね。世界中の超高層ビルの半数ほどが中国所有だったなんて…。
中国は年間25億トン近いコンクリートを消費している。そして巨大ビルの建設ラッシュによって、砂の需要は増え続けている。
ドバイの人口における自国民の割合は、白人が8%、外国人が9割以上を占める。
インドでは砂マフィアが暗躍している。砂マフィアは、インドの犯罪組織のなかでも、とくに強大。反対するジャーナリストやNGOの活動家、ときには取り締まる役人や警察官に対しても暴力をふるい、殺害もいとわない。インドでは、2020年までに48人のジャーナリストが殺害されたが、そのうちの44人は砂にからんでいる。
シンガポールは、政界最大の砂輸入国。そして周辺のインドネシア、カンボジア、マレーシアはシンガポールへの砂の輸出を禁止した。
ベトナムの砂埋蔵量は23億立方メートルで、あと十数年で枯渇してしまう。
再生プラスチックを道路舗装の砂の代替品として実用化されつつある。コンクリート中の天然砂の10%をプラスチック屑(くず)に置き換えると、年間8億トンの節約になる。
超高層ビルの4割が中国にある、その中国は年に25億トンものコンクリートを消費している。アメリカが20世紀の100年間に使ったコンクリートの総量は45億なので、中国の2年分でしかない。
世界中で巨大ビルの建設ラッシュが続くなかで、砂の需要は増え続けている。
地震国・日本で超高層ビルに居住して生活しようという人の気持ちが分かりません。少し前に川崎で超高層マンションの地下が水害にあって、エレベーターが止まり、水がストップしてトイレが使えないという事態がありました。どんなに近代的な設備にしたところで、電気と水道が止まらないという保障はまったくないのは明らかだと思うのですが…。
砂もいずれ枯渇するということ、すでに争奪戦が始まっていることを初めて知りました。
(2020年11月刊。900円+税)

日本を壊した霞が関の弱い人たち

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 古賀 茂明 、 出版 集英社
中国で太子党がのさばっていて、国政の運営が私物化されていると私たち日本人の多くが批判(非難)してきました。でも、日本も同じだったんですね。
2世、3世の世襲議員が国会の議席の多くを占めて、国政を左右しているというだけではありません。国会議員でもなく、単に首相の長男というだけで、総務省のトップ官僚たちが膝を屈して接待を受けていた事実が明らかになりました。ところが、当の首相は、長男は「別人格」だといい、「結果として…」と他人事(ひとごと)のように語って、恥じるところがありません。これが一国の首相の姿かと思うと思わずヘドを吐きそうになります。そんな人をトップにいただいて、子どもたちに道徳教育をすすめているのですから、わが日本はおめでたすぎます。というか、将来が案じられます。
スガ首相は、アベ政治の継承を宣言し、反対する官僚する官僚は異動してもらうと高言しています。アベ首相のコロナ対策は失敗だらけだったことはあまりにも明らかですが、スガ首相も、それに輪をかけてひどい体たらくです。ワクチンだって、全国民がいつ接種できるのか、相変わらずまったくメドが立っていません。それなのにGO TOトラベルの予算3兆円は今もって確保してあるというのですから、開いた口がふさがりません。ひどすぎます。まずは医療機関にまわすべきでしょう。優先順位がまちがっています。ちなみにイスラエルは既に国民の4割がワクチン接種したようですが、政府が定価の5割増しでワクチンを製薬会社から買って確保したとのこと。それくらいのお金のつかい方が必要ではないでしょうか…。
日本のエリート官僚の1人だった著者は、官僚は賢くはないが、それほどの大バカでもない。ただし、間違いを認めることは大嫌いだ、としています。そうなんでしょうね。
アベノマスクをアベ首相に進言した官邸官僚は、灘一東大のエリート経産官僚だと言われていました。灘一東大ですから、大バカでないどころか、賢いはずですが、世間を見る目がないという意味では間抜けそのものでしたよね…。
著者は、議事録は改ざんされる心配があるので、会議のインターネット配信を提案しています。これだと改ざんされる心配はありません。なーるほど、ですね。いいアイデアです。
官僚だった著者は、官僚は極悪人でも聖人君子でもないと結論づけています。私もそうなんだろうな、と思います。公務員の多くは、そこそこ優秀で、まあまあ働く、真面目な人たちだというのです。私も異論ありません。
森友事件で自死してしまった赤木さんについての本を読むと、いかにも真面目な公務員だったことがよく分かります。そんな大勢の真面目に働く人々(公務員)の上に立つトップ官僚の多くが、今やアベ・スガ政治に毒され、堕落してしまったのでしょう。本当に残念です。
エリート官僚を輩出してきた東大法学部では、官僚を目ざす人が減ってしまったとのこと。優秀な学生は弁護士とか外資系コンサルタントを目ざすというのです。そして、官僚になっても、数年内にやめていく人が増えているとのこと。仕事のきつさと、面白みのなさが原因。そのうえ、国会で恥ずかしい答弁をさせられたら、もう、やってられませんよね…。
アベ内閣は、内閣人事局を創設した。各省の幹部人事を一元管理するところだ。それまでは、各省の事務次官が人事権を握っていた。アベ首相は、与えられた権限を最大限、なんのためらいもなく、自分のために行使し、それによって官僚に対する自らの優位性を誇示した。内閣人事局によって、非常にわかりやすい形で官僚に対する安倍支配の構図が示された。
今回のスガ首相の長男による総務省トップ官僚の接待事件は、まさしく日本の政治がいかにただれ切っているかを明らかにしたものです。ここに東京地検特捜部がメスを入れなかったら、特捜部も、やっぱり首相に忖度(そんたく)するだけの存在なのか…と、多くの心ある国民を幻滅させてしまうでしょう。嫌ですよね、どこかでこんな悪弊をきっぱり断ち切る必要があります。
(2020年10月刊。1600円+税)

国際水準の人権保障システムを日本に

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 日弁連人権擁護大会実行委員会 、 出版 明石書店
2019年10月に徳島で開かれた日弁連人権擁護大会のシンポジウムが本となりました。
このシンポジウムは、個人通報制度と国内人権機関という二つの人権保障システムの実現を目ざしていましたが、どちらも聞き慣れないものです。
個人通報制度とは、国際人権条約で保障された権利を侵害された人が、国内の裁判などの救済手続でも権利が回復しないときに、条約機関へ直接、救済申立ができる手続のこと。日本は、8つの国際人権条約を批准しているが、これらの条約に附帯されている個人通報制度を導入していない。8つの条約とは、自由権規約、社会権規約、人種差別撤廃条約、女性差別撤廃条約、拷問等禁止条約、子どもの権利条約、障害者権利条約、強制失踪条約。
また、国内人権機関とは、人権の保障と促進のために設置される国家機関で、世界では120をこえる国・地域に設置されているが、日本にはない。
日弁連は、このシンポジウムを受けて個人通報制度を直ちに導入し、国内人権機関もまたすぐに設置することを求める決議をしています。
日本は、国際人権条約を批准・加入しているけれど、個人通報制度を利用できるようにするためには、政府は選択議定書の批准が受諾宣言をしなければならないところ、何回も勧告されているのに日本政府は無視し続けている。
たとえば、弁護人の立会なしの取調べは、自由権規約に反するという個人通報ができるはずなのに、それができない。
日本の女性差別の深刻な実情は、森喜郎前会長(オリンピック委員会)の発言で、はしなくも露呈しましたが、女性の8割は収入が200万円以下で、非正規労働者の7割が女性というところにあらわれています。これも、国際機関に訴えることができるはずなのです。
韓国には、国家人権委員会があり、年に1万件の申立があるとのこと。そして、その事務総長をつとめた人権活動家がシンポジウムで報告しました。
韓国では、今では取調べを受けている被疑者に対して弁護人が立会してうしろでメモを取っているのがあたりまえになっているとのこと。日本は韓国よりずっと遅れています。
国家人権委員会の独立性を確保するためには、法務部(法務省)からの人的独立、そして予算の独立性を強化する必要があると強調されています。なるほど、ですね。
少し前まで、最高裁判事だった泉徳治弁護士もビデオレターで個人通報制度は絶対に必要だと強調しています。泉弁護士は、裁判所内でまさにエリートコースを歩いてきた元裁判官ですが、個人通報制度が導入されると、最高裁も国際人権条約違反の主張に正面から向きあい、真剣に取り組むことになり、それが憲法裁判の質を高めるからと言います。
日本では、国際人権条約をいくつも締結しているけれど、個人通報制度がなく、活用されていないため、神棚に祭られて状態になっている。これを日常生活のなかで活かしていくためには、個人通報制度・国内人権機関の2つがどうしても必要だと泉弁護士は繰り返し強調しています。まったく、そのとおりです。
300頁、3000円の本で少し難しい気分にもなりますが、日本も国際水準レベルで人権保障してほしい、そんな声を高らかにあげるため、あなたも、ぜひ読んでみてください。
シンポジウムのコーディネーターをつとめた小池振一郎弁護士(東京二弁)は、受験仲間で、同期(26期)同クラスでした。贈呈していただきました。ありがとうございます。
(2020年12月刊。3000円+税)
 すっかり春になりました。庭のチューリップが2本、咲いています。ほかは、まだまだです。雑草を抜いてやりました。種ジャガイモを植えていたところから芽が出ています。
 花粉症のため、目がかゆく、ティッシュを手放せません。
 近くの山寺(普光寺)の臥龍梅も満開。コロナと花粉症さえなければ、春らんまんで心も浮かれてくるのですが、さすがに今年はそうはなりません。残念ですが…。

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