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2020年8月 の投稿

治したくない

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 斉藤 道雄 、 出版 みすず書房
日本では、精神病院に何十年も入っている患者って珍しくもなんともありません。それはフツーにあることです。ところが、イタリアでは精神病院に長く入院している患者はいないと聞きます。日本で患者が入院しているのは、退院しても居るところがないことが大きいと思います。受け入れてくれるところがないのです。
この本は、そこに果敢に挑戦している北海道の診療所のすごい話です。北海道浦河町にある「浦河ひがし町診療所」です。
開設したのは、今から6年前の2014年5月のこと。ワーカーがいなければ、精神科の患者は退院できない。ワーカーの支援がなければ、患者は退院してもまた病状が悪化し、再入院のコースをたどる。
ひがし町診療所の開設にあたって中心テーマとなったのは、精神医療をどう進めるかではなかった。患者・精神障害者の「地域での暮らし」をどう支えるか、だった。10年以上も入院していた人が、地域で生活するって、想像する以上に大変なことだ。
「金欠ミーティング」なるものがある。金欠病になったメンバーが、なぜ自分たちにはお金がないのか、どうすれば金欠とともに暮らせるのかを語りあう集まりだ。たんにお金がないというのではなく、とにかくお金を使ってしまう。分かっていながら、それでもなお使ってしまう。それが金欠病だ。
ある40代の女性は、生活保護のお金を手にすると、「使わなければいけない」という強迫観念にとらわれ、すぐにいらない洋服や雑貨を買い、すぐ金欠になる。お金がないと不安なのではなく、お金があると不安なのだ。こんなタイプの金欠病もある。
金欠ミーティングのスローガンは、逃げない、借りない、ごまかさない、だ。
嘘をつく人は、他人の嘘に敏感だ。
精神科に長期入院していた患者が退院して、町で暮らす。それが「すみれハウス」だ。
ひがし町診療所にやって来る多くの患者が求めるのは、医療技術ではなく、安心、そして楽しさだ。患者は、そんな医師に惹きつけられて外来にやって来る。
認知症を治すことはできなくても、家族を応援することはできる。訪問診療の目的は安心を届けること。医師が来る、いつでも相談できると思えば、家族は安心する。その安心が認知症の父親に伝わっていく。
依存症は、医者が一生懸命になればなるほど、再発と入院を繰り返していた。
医師が患者を、病気を丸ごと引き受けて自分の思うどおりに治療をすすめようとしても、事態は何も変わらない。
日本の精神科の入院患者は31万人。どの国と比べても突出して多い。とにかく病院に入れて出さない。
地域に退院してきた精神障碍者の居場所をつくるって、大変なことだけど、必要なことだと本を読みながら実感が伝わってきました。さて、浦河町以外にも、こんな診療所はいったい、あるのでしょうか…。
私たちにできることは、笑うこと、そして考えること。笑いは自分を支え、考えることができるようにするため。考えるのは、この自分とは、いったい誰なのか、なぜ自分はこのようなことをしているのか、あるいは出来ないのかそこにどんな意味があるのか、考え続けることだ。
なるほど、そういうことなんですね。思いのたくさん詰まった本でした。
(2020年5月刊。2200円+税)

無の国の門

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)
著者 サユル・ヤズべく 、 出版 白水社
内線下のシリアに、フランスに一人娘とともに逃れた作家(女性)が一時帰還し、絶え間ない爆撃の下、反体制派の人々のあいだで暮らしながらシリアの人々を訪問し、その苦悩に耳を傾けた1年間のレポートです。読んでいて辛くなりました。内戦というのは、同じシリアの国民同士が殺しあうのですから、本当に悲劇というほかありません。
著者は本の前書きに次のように書きました。
私は現実を生き、現実を書き、隠す。
死者たちが、私のノドを通る。
ひとりひとり、神に届くほど高く昇り、それから次々と私の血に落ちてくる。
私は、あなた方の短い人生を見つめる語り部だ。あなた方を見つめている。
私は、あなた方のために書く。そして目を離さない。
著者がシリアを出国したのは2011年7月。
イスラーム法では、未亡人は3ヶ月と10日が経過するまでは、いかなる男性にも会ってはいけない。著者(女性)は、殉死者の妻たちの話を聴きとりに行こうとするが、それには同行する男性の援助がいる。しかし、妻たちはイスラーム法のきまりで、男性とは会えないのだ…。
シリア人の墓地のあり方は変わってしまった。死者を家の中庭に埋葬するようになり、公園も墓地に変えられた。殉死者は木々の間に埋葬され、簡素な墓石が置かれた。長い壕を掘りすすめ、そこに何十人もの死者を一緒に埋葬する。
著者が銃機関砲を操作している若者に、戦争が終わったら何をするつもりなのか、問いかけた。
「オレは運転手の仕事に戻るよ。こんなのは全部放り出して…。好きで武器をとったんじゃない。こんなのは死の道具だ。オレは生きたいんだよ」
まことに、もっともしごくな答えです。誰だって殺しあいしたくないのに、不幸なことに内戦の真最中に置かれているのです。
内戦が続いて、読み書きがまったくできない世代が出現しつつあり、子どもを兵士にしようとする動きもある。IS(イスラム国)が少年兵の育成に成功しつつあり、ヌスラ戦線も少年兵の脅威に乗り出している。
無力感や絶望が色濃く漂うなかで、著者はシリアの女性たちを一貫してポジティブな存在として扱い、賛美してやまない。
暗い思いをかかえていても、女性たちはしたたかに現況を乗りこえようとしており、そのまなざしは、生きるほうへ、未来へと向けられている。
そうなんです。シリア内戦下の生存ぎりぎりの極限的状況の描写が続くなかでも、最後まで読み通して思ったのは、さすがに女性は強いということでした。
(2020年3月刊。3200円+税)

シークレット・ウォーズ(下)

カテゴリー:アメリカ

(霧山昴)
著者 スティーヴ・コール 、 出版 白水社
2001年の9.11同時多発テロ事件のあと、アメリカは「テロとの戦い」を宣言して、アフガニスタンへの攻撃を開始した。タリバンとアル・カイーダはたちまち敗走し、カルザイが大統領になった。しかし、20年たった今も、アフガニスタンは安定とはほど遠い状況にある。
オサマ・ビン・ラディンもその後継者たちも、アメリカは殺害には成功したものの、アル・カイーダは世界中に拡散し、タリバンも復活して南部などで大きな存在感を示している。
なぜ、そうなのか、本書はアメリカの軍事戦略、CIAの暗躍などに焦点をあてて解明していきます。ただし、日本とアフガニスタンとの関わりはまったく欠落しています。ペシャワール会の中村哲医師の取り組みなど、一言も触れられていません。すべては軍事と謀略の観点から物事をみようとしています。そこに「ワシントン・ポスト」支局長というアメリカのジャーナリストの限界があると思いました。それでも、アフガニスタンに派遣されたアメリカ兵の手記と、その悲惨な実情は恐るべきものです。
カンダハルに兵士を送り込むのは、1920年代のシカゴに兵士を送り込むようなものだ。当時のシカゴ市政はアル・カポネに支配されていた。
アメリカ軍の小隊の存亡は、もっとも経験豊富な軍曹にかかっていた。第320野戦砲兵連隊第一大隊の第1小隊は当初19人の兵士がいたが、3度にわたる哨戒活動に従事したあとには6人しか残っていなかった。別の中隊は、戦死、四肢切断、脳震盪(のうしんとう)、その他の負傷により人員の80%を補充しなければならなかった。
2010年の夏、第二旅団戦闘団に対して、ブービー・トラップ型や圧力反応型の爆弾攻撃の頻度は、平均2日に1回で、65人の兵士が命を落とし、477人の兵士が負傷した。
アメリカ軍だけでなく、フランス、オーストラリア、イギリス軍の兵士が、ともに任務に取り組んでいるはずのアフガン国軍の兵士や警察官によって殺害される事件が相次いで発生した。
はじめから侵入目的で、入隊したアフガン国軍兵士(殺害事件をおこした兵士)は、5人のうち1人だけで、残りは入隊したあとでタリバンに加わっている。すなわち、外部から潜入したのではなく、途中で立場を変えたのだ。
「グリーン・オン・ブルー」という言葉がある。グリーンはアフガン国軍を、ブルーはアメリカ軍やISAFを意味する。アメリカ軍やヨーロッパの兵士は友軍であるはずのアフガン国軍兵士に殺害される事案のことで、2010年ころ急増した。
アフガン国軍の兵士は、アメリカ軍やISAF軍兵士に対して怒っていた、傍若無人な態度、襲撃を受けたときの容赦ない反撃、あまりに多くの民間人殺害、アフガン人女性を尊重していないこと…。アメリカ兵は多くの一般人を殺す。そして謝罪する。しかし、また同じことをする。我慢できるわけがない…。
2011年5月1日、アメリカはパキスタン領内で、パキスタンの了解を得ることなくオサマ・ビン・ラディンの自宅を急襲し、ビン・ラディン本人と息子などを殺害し、遺体を持ち去った。しかし、その後もアル・カイーダもタリバンもしぶとく生きのびて今日に至っている。
アメリカ軍のオサマ・ビン・ラディン殺害は明らかに国際法にも反する違法な殺人事件です。それを陣頭指揮したオバマ大統領の法的責任は明らかだと思います。
無人機による後継者の暗殺にしても、世間受けするだけで、何らの解決にもなっていないこともまた明らかではないでしょうか…。
オバマ大統領は、アフガン国軍を養成して、治安維持をまかせてアメリカ軍は撤退するという方針だったようです。でも、アフガン国軍の養成は形ばかりで、うまくいっていません。
やはり、根本的な発想の転換が必要なのだと思います。つまり、中村哲医師のような、武器に頼らず、現地の人との対話で少しずつ社会生活を地道に再建していく努力です。軍事力一辺倒では、かえって現地に混迷をもたらすだけだということを本書を読んで改めて痛感しました。
下巻だけでも480頁もある長編力作です。ぜひ図書館で借りて、お読みください。
(2019年12月刊。3800円+税)

ネズミのおしえ

カテゴリー:生物

(霧山昴)
著者 篠原 かをり 、 出版 徳間書店
ネズミって、意外に賢いようです。
嬉しくても顔には出さない。ネズミは、母ネズミに可愛がられているとき、子ネズミ同士でじゃれあっているとき、笑い声をあげる。人間がくすぐって笑わせることもできる。ただし、ネズミの笑い声は5万ヘルツという、とてつもなく高い音で笑っている。
ネズミは遊び好き。他者の悲しみに寄り添える。
自分の選択を後悔するし、負け続けると自信を失ってしまう。人間によく似ているネズミは仲間が傷つくのを避け、見捨てないという共感性をもっている。
性格は個体によって異なる。
芸を覚える賢いネズミがいるし、おっとりとして撫でられるのが大好きなネズミもいる。
ペットとしてのネズミの欠点は寿命の短さ。2年しかない。
日本には数十種類のネズミがいるが、日頃みかけるのは、ドブネズミとクマネズミとハツカネズミの3種。実験動物として使われるドブネズミはラットと呼ばれる。
同じくハツカネズミは、実験動物としてはマウスと呼ばれる。
ヌートリアもネズミの仲間。ビーバーもネズミの仲間。
ハリネズミは、モグラに近い仲間。
カヤネズミは体長6センチ、体重7グラムで、日本最小。
カピバラは、ネズミの仲間のなかで最大。カピバラとは「草原の支配者」のこと。とても穏やかな性格。メスは自分の子どもだけでなく、群れの子どもに分け隔てなく授乳し、共同で子育てする。そして、本気を出せばカピバラも時速50キロのスピードで走ることができる。
平安時代の藤原道長はネズミを可愛らしい生き物としてとらえ、歌を詠んでいる。
インドのカルニ・マタ寺院では、2万匹のネズミを放し飼いしている。ここではネズミにお願いごとをすると、それがかなえられるというので人気を集めている。
ネズミは、立派な社会性をもった動物だ。
ネズミは群れで生活している。意外に仲間と一緒にいることを好む動物だ。孤独になるとストレスを受ける。
ネズミが嬉しいと耳にあらわれる。ピンク色に色づき、耳は外側に向かって寝ている。
ネガティブな表情をしているネズミには、ほかのネズミは近付きたがらない。
ネズミは自分が損をすると分かっていても仲間を助けるし、受けた恩は忘れない。
ネズミは隠れんぼのルールを理解して遊ぶ。そして勝ったときには歓声をあげる。
ええっ、これって、いくらなんでもウソでしょ、と言いたくなりますよね…。
地雷除去活動にアフリカオニネズミが活躍している。抜群の嗅覚でわずかな火薬の匂いをかぎとり、地雷を発見する。ネズミは体重が軽いので、地雷を踏んでも爆発させることはない。
ネズミ自身、そしてネズミを通して、いろんなことを知ることができました。ありがとうございます。
(2020年4月刊。1500円+税)

島を救ったキッチン

カテゴリー:アメリカ

(霧山昴)
著者 ホセ・アンドレス 、 出版 双葉社
カリブ海にある島、プエルトリコってアメリカの一部なんですね。
そのプエルトリコが2017年9月下旬にハリケーン・マリアに襲われ、甚大な被害を受けたとき、水と食料不足に悩む島民に温かい食事を提供したシェフの話です。
なるほど、シェフってすごいことが出来るんですね。この本を読んで、よく分かりました。
著者のホセ・アンドレスは、アメリカで高級レストランを何軒も経営し、メディアによく出るし、大学で講義もするシェフ。2019年にはノーベル平和賞にノミネートされたとのこと。
腕のいいシェフは、腕のいい経営者でなくてはならない。従業員、注文、食材、在庫といったものすべてを管理しなくてはならない。これらを適切に管理できなければ、どんなに腕のいいシェフだろうと店はつぶれてしまう。レストラン経営というのは、とても複雑な仕事なのだ。
この能力が被災地では大いに役立つ。また、シェフは、混乱から秩序を生み出す方法も知っている。
しっかり計画を立ててからやったほうがいいとさんざん言われた。でも、最初からきちんとした計画は立てなかった。島の人たちが飢えているときに、いちいち計画を立てていたら何日も無駄にしてしまっただろう。
人間は飢えると、店に押し入って食べ物を盗むだろう。国土安全保障省の隊員たちは、料理を配ることで、自分たちの仕事がずいぶん楽になると言った。相手に銃を向けるより、サンドウィッチを差し出す方がいいに決まっている。
ハイチとヒューストンの災害の現場に行った経験から、サンドウィッチこそ、手早くつくれて、被災者にとっても都合がいいことを知っていた。それだけでカロリーがたっぷりとれて、保存もできるし、持ち運びしやすいからだ。では、どんなサンドウィッチを…。
スライスした白いパンにハムとスライスチーズとはさむ。しかし、主役はマヨネーズ。隠し味としてケチャップ、ときにマスタードを混ぜ込んだマヨネーズを、これでもかというくらい、たっぷり入れる。これがポイント。そして、気温の高い島をあちこち運んでまわるうちに中身が乾燥しないため、四角い硫酸紙でサンドウィッチをひとつずつ包んでおく。
そして、もう一つ。栄養満点で、舌も大喜びのスープ、サンコーチョをつくった。とろみのあるスープとシチューの中間。何種類もの肉をたくさん入れ、トウモロコシやいろいろな野菜と一緒に煮込む。プエルトリコの人は、このサンコーチョを食べると、みんなお祖母ちゃんのことを思い出し、自然に笑顔になる。
3ヶ月間で、のべ300万食を著者たちは島内いたるところに届けた。
アメリカの連邦緊急事態管理庁(FEMA)はどうしたか。軍の携行食MREを島民に配った。このMREは、3年間は保存できるもので、クラッカーとクッキーもついている。カロリー総量は1250カロリー、脂肪が36%、糖質が51%。ところが、繊維がとても少ないので、何日か食べていると、ひどい便秘に苦しむことになる。
シェフである著者は、料理はただの栄養補給の方法ではないと主張する。それは、人に力を与えるものなのだ。これに対して、MREは、高温にも低温にも、そして洪水にも耐えられる。しかし、味のほうは、袋の中身を三つも食べれば、あとはもう見る気もしないという代物だ。MREは、決してホンモノの食事の代用にはならない。
著者がFEMAと契約できるようにしようともちかけた人間が登場する。手数料は1食につき1ドル。半分にしても100万食を達成したら、50万ドルがその男の懐に入ることになる。
FEMAは、小さな請負業者と契約した。3000万食を配ることで、契約金は1億5600万ドル。この業者は食品製造の経験はなかった。従業員はわずかに1人。
アベノマスクを製造委託した会社が同じでしたよね。実績もない会社になぜか突然、数千万円の注文がアベの政府が出したのでした。また、GOTOキャンペーンのことも、必要性も実効性も疑われているのに、その実施のための手数料として3千億円が支払われるというのです。災害という人の不幸を食いものにする構造というのは、アメリカでも日本でも同じなんですね…。でも、こんなことって、許せません。
アメリカ赤十字社も批判されています。赤十字社は6550万ドルもの義援金を受けとった。しかし、うち3000万ドルしか使わず、3550万ドルは残り、そのうち9%、320万ドルは自らの運営資金にまわした。
シェフの著者たちは、2万人のボランティアとともに、24ヶ所の厨房で300万食の温かい食事をつくりあげ、7台のフードトラックなどで配ってあるいた。
なんとすばらしいことでしょうか。信じられないほどの創意と工夫が生かされて、成し遂げられた成果です。読んでいて胸が熱くなると同時に、官僚組織の金もうけ本位のすすめ方に改めて疑問をもちました。
(2019年12月刊。1900円+税)

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