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2018年12月 の投稿

中国経済講義

カテゴリー:中国

(霧山昴)
著者 梶谷 懐 、 出版  中公新書
観光地に大勢の中国人観光客を見かけ、その爆買いで日本経済が支えられているというのに、日本人のなかに反中国感情が根強く、しかも広がっていることを私は大変心配しています。
今にも中国が日本(の島)に攻めてくるように錯覚している日本人が少なくないという報道に接するたびに、私は呆れ、かつ恐れます。
現実には、中国側から見たら、日本の軍国主義復活こそ危惧していると思います。日本が航空母艦をつくったり、アメリカのF35戦闘機(1機100億円もします)を100機も購入するというので、トランプ大統領が安倍首相を称賛したり、もはや専守防衛ではなく、海外へ戦争しに出かけようとする日本の自衛隊、そして軍事予算が5兆円を突破してとどまることを知らないという状況では、中国側の心配こそ根拠があります。
この本は、中国経済が今にも破綻しそうだというトンデモ本を冷静に論破しています。
久しく中国に行っていませんが、いま上海には4万人の日本人が住んでいるとのこと。上海に行くと、ここが「共産圏」の国だとは絶対に思えません。日本以上に資本主義礼賛の国としか思えません。
中国経済は表の顔だけでなく、裏の顔までふくめてトータルとして評価し分析する必要があると痛感しました。
現在の中国の政治経済体制は、権力が定めたルールの「裏」を積極的にかく、民間企業の自由闊達さを許容するだけでなく、それがもたらす「多様性」をむしろ体制維持に有用なものとして積極的に利用してきた。
中国のように確固たる「法の支配」が不在な社会で、民間企業主導のイノベーションが生まれてくるのは、権威主義的な政府と非民主的な社会と自由闊達な民間経済とが、ある種の共犯関係にあるからだ。
「一帯一路」といっても、そこに何かのルールや、全体を統括する組織などの実体が存在するわけではない。一帯一路とは、そもそも成り立ちからして捉えどころがないもの。一帯一路が中国を中心とする経済圏としてアメリカや日本に脅威を及ぼす存在になっていくという見方に、それほどの説得力があるわけでもない。
中国で生産する日系企業の売上高の増加にともなって、日本からの中間財の輸出が明らかな増加傾向にある。WTOに中国が加盟した(2001年)あと、中国が日本をはじめ韓国、アセアン諸国から中間材を輸入し、最終製品をアメリカやEUに輸出するという東アジア域内での貿易・分業パターンが次第に強固になってきている。
中国は液晶パネルや半導体、電池といった電子部品や特殊な樹脂や鋼材などの供給は、その多くを日本製品に頼っている。つまり、製造業とりわけ中間材の製造において、技術・品質面において、日本企業が優位性を保っている分野が、まだかなりの部分を占めている。今までのところ、日本と中国との経済関係は、多くの産業において、競合的というよりも、むしろ補完的な関係にある。
現在の中国では、テクノロジーの進歩によって、ある部分では、日本よりもずっと進んだ、これまで誰も経験していない情景が広がっている。「まだらな発展」ともいうべき状況が、社会の矛盾とともに、独特のダイナミズムも生んでいる。
アリババの画期性は、信用取引が未発達な社会で、取引遂行をもって初めて現金の授受がなされるという独自の決済システム(アリペイ)を提供し、信用取引の困難性というハードルを乗り越えた点にある。
矛盾にみちみちた国でありながら、その矛盾をダイナミックな発展につなげているという分析・評価は私にとって新鮮で、とても面白い本でした。
(2018年9月刊。880円+税)

語りかける身体

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 西村 ユミ 、 出版  講談社学術文庫
「植物人間」との対話が可能なんだと実感させる本です。
植物人間状態とは、一見すると意識が清明であるように開眼するが、外的刺激に対する反応、あるいは認識などの精神活動が認められず、外界とコミュニケーションを図ることができない状態をいう。植物人間状態になる原因は、脳出血、くも膜下出血、脳梗塞などの脳血管障害、頭部外傷、脳腫瘍などさまざまである。このような患者の脳組織は、大脳皮質のうちの新皮質や辺縁皮質の機能が遮断された、あるいは脱落した状態である。
睡眠と覚醒のサイクルが区別され、自力による呼吸も心血管系の機能も正常である。これは、自律神経機能(植物性機能)が比較的よく保たれていることを意味する。そのため、適切に管理されると、長期にわたって生存することが可能となる。植物人間状態になって10年以上生存している患者が報告されている。1986年に全国に植物状態患者が7000人いると推定されていた。
ところが、担当する看護師が声かけして、「分かったら、目パチッとしてください」とか「口を動かしてください」と言ってコミュニケーションをとると、それに答えてくれるようになる。
医療現場での癒しというのは、患者だけが癒されているのではなくて、その周りにいる者も癒されている、患者によって癒されている。
お昼よって持って来るご飯と、おやつよーって持って来るケーキとでは、まったく患者の笑顔が違う。ケーキを見せてやろうと思うワクワク心を察知してくれて、それって超能力に近いけれど、ニヤーっと笑ってケーキにかぶりつく。
この本に映画『ジョニーは戦場に行った』が紹介されています。私も何十年か前に観ましたが、衝撃を受けました。ベッドで寝たきりで、生ける屍(しかばね)と思われていたジョニーが、実は意思ある人間として生きていたことが判明するというストーリーなのです。例のホーキング博士のように、身体のわずかな動作によって意思表示はできるものなんですね。
視線が絡む(からむ)というコトバがある。視線は、単に五感の一つである視覚の働きとして機能しているのではなく、視覚に限定されない感覚として働く。
ところが、視線が絡(から)まないとは、底なし沼、真っ暗で、その先に何もないような気がする。
人間とは何か、人が生きるとはどういうことなのかという根源的な問いかけがなされている本だと思い、最後まで興味深く読み通しました。
(2018年10月刊。1110円+税)

懲戒解雇

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 高杉 良 、 出版  文春文庫
今から40年も前の小説ですが、まったく色あせしていません。企業小説のベスト・オブ・ベストとオビに書かれていますが、オーバーではありません。山崎豊子の「沈まぬ太陽」を読んだときにも思いましたが、大企業の内部での人事抗争の激しさは想像を絶しますね。つくづく民間企業に入らなくて良かったと思いました。
モデルがいる企業小説で、あとがきでは、その後の人生展開も紹介されています。
技術系の課長職にあるエリート社員が懲戒解雇されそうになり、逆に会社を相手として地位保全の仮処分申請をするという前代未聞の出来事が起きたのでした。丹念に取材して、うまく小説に構成されていますので、感情移入できて歯がみする思いで読みふけることができます。
社内には、次か、次の次には自分が社長だと自信満々の野心家がいるものです。そして、目的のためには手段を選ばないところから、社内で反発を買い、結局のところ、野心に駆られて強行した懲戒解雇に失敗するどころか、社長になる前に寂しく去らざるをえなくなります。そして、問題のエリート社員は会社を去らざるをえなくなりましたが、インドネシアで大活躍したのでした。
会社のなかでも筋を通す人はいるし、そんな人にエールを送る人も少なくはないのですね。文科省の元事務次官だった前川喜平氏をつい建想しました。近く福岡にも佐賀にも来て講演されるようです。憲法と教育の関係など、いま考えるべき課題をはっきり示していただけそうです。聞き逃さないようにしましょう。
(2018年6月刊。800円+税)

赤い風

カテゴリー:日本史(江戸)

(霧山昴)
著者 梶 よう子 、 出版  文芸春秋
川越藩の藩主は、かの有名な柳沢吉保です。私が最近扱った一般民事事件で、柳沢吉保の子孫だと自称する女性が、人の好い高齢の男性から次々に大金を詐取していったというのがありました。
この本では、柳沢吉保は単なる悪役ではありません。将軍・綱吉のお気に入りではあり、その意向を体して行動するのですが、それでも、藩の百姓の生活向上も考え、荒涼たる原野を2年で畑地にするよう厳命を下すのです。そんな無茶な話はないと、現地の人々から総スカンを喰うかと思うと、案外、話がすすんで畑地づくりが取り組まれていきます。やはり、百姓だって、自作の畑は欲しいのです。でも、どうやったら荒れ地を畑につくりかえられるのか・・・。
この本では、そのあたりの実務的な作業過程が、とても行き届いていて、迫真の描写になっています。同時に、入植した百姓たちのなかにも不和が生じます。それをいったいどうやって落ち着かせるのか。紆余曲折あって、なんとか畑地が出来上がります。
ここは水田にはできない台地の畑地だったので、サツマイモが植えられました。
江戸にも舟運を利用して運ばれ、サツマイモは、やがて庶民の間食として大人気になりました。
「九里(くり)よりうまい十三里」という、この十三里とは、江戸から川越までの距離をさすといわれています。「九里」は、そのころの間食だった栗をさし、それより(四里)うまい、つまり、川越のサツマイモは栗よりうまいという洒落(しゃれ)が出来たのです。
江戸時代の開墾・畑づくりの大変さがひしひしと伝わってくる、気のひきしまる本でした。
埼玉県三芳町史が参考文献にあがっています。
(2018年7月刊。1800円+税)

金融危機と恐慌

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 関野 秀明、 出版  新日本出版社
去る11月に天神の講演会で著者の話を聞きました。たくさんの統計データを駆使して、とても分かりやすい話で感銘を受けました。
質問する機会がありましたので、私は二つだけ問いかけました。その一は、軍事予算が5兆円を超して増大しているけれど、これを削って福祉にまわしたらいいと経済学者が主張しないのはなぜなのか、です。
これに対しては、イージス・アショアだとか航空母艦だとか、明らかに専守防衛を超えていたり、無意味なものを削るべきだと考えているとの答えが返ってきて安心しました。今度、アメリカの最新鋭戦闘機F35を日本は100機も購入するといいます。トランプ大統領に押しつけられたのでしょう。1機100億円するのを100機ですから、総額1兆円です。とんでもありません。
その二は、日本の大企業は労働者の賃金を引き上げて労働意欲と購買力を上げて、生産性向上と消費増大を考えていないようだけど、それはなぜなのか、です。
著者は、これに対しては、日本の大企業は今や日本国内の市場には目が向いておらず、海外でいかにもうけるかしか考えていない。アフリカなどへ進出するとき、それを守ってくれる日本の軍隊(自衛隊)を求めているということなのだという答えでした。さびしい話です。この本には、それに関するデータが満載ですから説得力があります。
日本の雇用の非正規化がすすむなかで、労働者間の競争が激化し、正社員として雇う代わりに死ぬほど働けというブラック企業を繁殖させる土壌となっている。この労働者間競争を人間性を使いつぶすレベルまで利用するのがブラック企業の虐待型管理だ。
ワタミの渡辺社長は、今は自民党の国会議員になっていますが、典型的な虐待型管理のため、ワタミの若い女性社員が自殺に追い込まれてしまったのでした。
固定残業代制度は、払われる残業代をはるかに超過する違法残業を隠蔽し、労働者を使いつぶす仕組みになっている。ブラック企業は、辞めさせる技術を駆使して、労働者の選別を進めている。
日本では生活保護を受けられるのに受けている人は世界的にみて少ない。捕捉率は平均18%でしかない。フランス92%、ドイツ65%だから、圧倒的に少ない。
生活保護を受けている人を叩いても、公務員を叩いても、その場限りのうっぷん晴らしにはなっても何の解決にもならない。ワーキングプア(働く貧困層)が、それで報われることはない。ところが、目先のうっぷん晴らしにいそしむ人が少なくないのが残念です。
日本の公務員人件費は、先進諸国のなかで最下位の水準でしかなった。
日本経済は、政府・大企業の赤字を家計の黒字で賄い、さらに海外に351兆円の純貸越をもつ「世界一のカネ余り国」(2位はドイツで195兆円。3位は中国で192兆円)。
日本政府は、高齢化のために毎年3兆円の社会保障の給付増を抑制しないと、財政・社会保障制度そのものが持続不能になると言って私たち国民を脅している。しかし、上位0.2%の大企業金融資産300兆円、また、上位2.3%の富裕層の金融資産272兆円のわずか1%以下を政府が吸いとったら、それだけで消費税の値上げや社会保障費の削減をしなくてすむ。
アベ首相の顔を見たくないという人が増えています。平然とウソを言い、国会答弁では話をそらして自分の言いたいことだけを言う。そんな首相が子どもたちに道徳教育を押しつけようとしているのですから、日本も世の末です。
まあ、そうは言っても、こんな的確な分析のできる「若手」の学者がいたなんて、うれしいですよね。マルクス『資本論』を引用しながらの解説は、正直なところ私には難くて読み飛ばしました。
(2018年1月刊。1600円+税)

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