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2018年12月 の投稿

記者、ラストベルトに住む

カテゴリー:アメリカ

(霧山昴)
著者 金成 隆一 、 出版  朝日新聞出版
アメリカのトランプ大統領って、ホントにひどい、とんでもない大統領だと思います。でも、あれだけハレンチな言動をしながらも支持率40%そこそこを維持しているようです。不思議でなりません。
この本は、その不思議さをつくり出している地域の一つであるラストベルトのアパートに入居して、トランプに投票したという人々を取材して歩いたというレポートです。
トランプに票を入れたことを後悔しているという人も出てきますが、それはむしろ少数派で、多くの人が依然としてトランプ大統領を支持している気配です。貧しい生活に追いやられている現状を、既成の政治家ではないトランプが打破してくれる、そのように期待している、というか幻想をもっているようです。
なんで、そうなるのか・・・。
何らかの活動に参加した人の7割はトランプ不支持。逆に、何の活動にも参加しなかった人の間では、トランプへの支持は43%に増えた。
オバマケアが成立したあと、重たい医療費負担のための自己破産申立は半減した。2010年の自己破産申立は153万件だったのが、2016年には77万件に減った。
アメリカで怖いのは、病気になったときです。日本のような国民健康保険がないものですから、高額の医療費のためにたちまち破産状態におち込んでしまいます。
ラストベルトのトランプ支持者は、その7割から8割の支持は揺らいでいない。今でもトランプ支持率は40%ほどある。むしろ、トランプ大統領になってから、「思った以上に評価できる。見直した」と高い評価を与えている層がかなり厚い。
今のアメリカでは、「政治家」という言葉は評判が悪い。おしゃべりだけの政治家たちに実行力あるビジネスマンが立ち向かっているというイメージをトランプはつくり上げ、それが大成功した。
トランプはデマ宣伝を得意とします。オバマ大統領の出生地は、あくまでアメリカではないと繰り返したのです。
トランプ大統領は、オバマ大統領のゴルフの回数が多過ぎると言いつのりましたが、実は大統領になって自分はその何倍もゴルフをしています。
アメリカの現実の一端を知ることのできる本です。
日本がアメリカのような国になってはいけないと思います。病気になったら破産するなんて、とんでもありません。
ラストベルトにあるアパートに3ヶ月間も暮らしたという著者の勇気に拍手を送ります。
(2018年10月刊。1400円+税)

井上ひさし全選評

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 井上 ひさし 、 出版  白水社
驚嘆・感嘆・慨嘆の本です。1974年(昭和49年)から2009年(平成21年)まで35年間にわたって、著者が各賞の審査員となり、選評を執筆したものを集めた本です。なんと772頁もありますので、私は読了するのに2ヶ月ほどかかりました。日曜日のお昼に、ランチタイムのおともとして読みふけったのです。
いやはや、著者はとんでもない量の本を読んでいますよね・・・信じられません。
そして選評の言葉が実に温かいのです。作家を目ざすなら、もっと言葉そして文章を大切にしてほしいという苦言も呈せられることがありますが、それも温かい励ましとしか思えないタッチなのです。
文章に微妙なズレがあるのが気になる。それをなくすためには、古書店から日本文学全集を一山買い込み、古今の名作をうんと読んでことばの感覚を養えば、きっといい作品が書けるはず。
うひゃあ、日本文学全集を読破しないと、いい作品は書けないんですか・・・。まいりました。
「文章は活(い)きがいいものの、ところどころに小学校高学年クラスの、それも手垢のついた表現が現われて、これは損である」
なんとなんと、「小学校高学年クラス」と評されてしまっては、やはりみじめですよね。
「頻繁な行替えや体言止めは、文章をハッタリの多い、いわば香具師(やし)の口上のようにしてしまうから危険な要素なのだ」
なるほど、そんな点も気をつけるのですよね・・・。
作品とは、読み手がそれを読み終えた瞬間に、はじめて完結する。
エッセイとは、つまるところ自慢話をどう語るかにある。もとより、読者は、一般に明けすけな自慢話は好まない。そこで書き手は自慢話を別のなにものかに化けさせ、ついには文学にまで昇華させなくてはならない。では、何をもって昇華作用を起さしめるのか・・・。
エッセイが自慢話であることを、どう隠すかが勝負の要(かなめ)。その一点にエッセイの巧みさ下手が現われる。
日本語は、世界のコトバのなかで、とりわけ「音」の数が少ない。英語が4000、中国語(北京語)が400の音でできているのに、日本語は、「アイウエ・・・ン」の45音、それに拗音と濁音、半濁音を加えても100ちょっとしか音がない。100とちょっとの音で森羅万象を現さなければいけないから、どうしても同音異義語がたくさんできてしまう。
小説は、言葉と物語とか読者の胸にしっかりと届いて、そのとき初めて完結する。
「本文は、文章も物語も華麗すぎて、とりとめがなくなり、読む者をいらいらさせる。本能の見せびらかしすぎです。思いついた比喩やギャグを全部並べたててはいけない」
これは、かなり手きびしい評価です。それだけ著者は作者の才能を買っているということなんでしょうね。
小説とは、書き手が読み手に何か祈りのようなものを分かち与える行為なのだ。
「むやみに難しく書いて、『文学している』と錯覚する、いわゆる文学青年病にかかっていないのがよろしい」
すべて作品は読者の胸にしっかりと収まってはじめて完結へ向かうもの。
中島博行(横浜の弁護士です)の『違法弁護』について、ヒロインに艶や照りを欠いている、会話に洒落っ気や諧謔味が乏しいのは残念という選評です。私も自戒しましょう。
着想や手法も大事だが、文章はもっと大事。神経の行き届いた文章で、もう一度、挑戦してみてください。
出来そうで出来ないのは、「人間」を書くこと。さらに、「人間」と「人間」との関係を書くことは実にむずかしい。このあたりは、勉強や努力の域をはるかに超えて、その書き手が神様からどれだけ才能をもらって生まれてきたかにかかっていると言ってよい。
ええーっ、そ、そうなんですか・・・。では、私はダメなんでしょうか・・・。トホホ、です。
「文章の快い速度感があって、そこに豊かな才能を感じはするものの、あまりの作意のなさと自己批判の乏しさに半ば呆然とせざるを得ない」
うむむ、これまた、かなり手厳しい選評ですね。
そんなわけで、モノカキを自称する私としては、作家になるには、まだまだハードルはあまりにも高いと自覚せざるをえませんでした。
何のために私たちは小説を読むのか。それはひまつぶしのためだ。だけど、良い小説は、私たちの、その「ヒマ」を生涯にそう何度もないような、宝石よりも光り輝く「瞬間」に変えてしまう。しなやかで的確な文章の列が、おもしろい表現や挿話のかずかずが、巧みにしつらえられた物語の起伏が、そして、それを書いている作者の精神の躍動が、私たちの平凡な「ヒマ」を貴い時間に変えてくれるのである。
いやあ、なんと心に迫る文章でしょうか。さすがは井上ひさしです。こんな文章に出会っただけでも、この部厚い本をひもといた成果がありました。
ひまつぶしに最適の本としておすすめします。たくさんの本が紹介されていて、おもしろそうな本に出会う手引書にもなります。
(2010年3月刊。5800円+税)

江戸城御庭番

カテゴリー:日本史(江戸)

(霧山昴)
著者 深井 雅海 、 出版  吉川弘文館
将軍直属の隠密(おんみつ)集団として有名な「御庭番」の実情に迫った本です。その人事や報告書を丹念に紹介していますので、なるほどそうなのかと納得できます。
御庭番は将軍吉宗が始めたもので、和歌山から引きつれて来た武士の一団だった。御庭番の家筋は、吉宗が将軍家を相続するにともなって幕臣団に編入した紀州藩士205人のうち17人を祖とする。紀州藩で隠密御用をつとめていた薬込役を幕臣団に編入した。
御庭番は直接、将軍に報告することもあった。つまり将軍御目見の存在だった。しかも、仕事ができると見込まれたら、異例の昇格を実現していた。御庭番出身で勘定奉行にまで大出世した者が3人いる。そのほかの奉行になった者も4人いる。
御庭番は、紀州藩主徳川吉宗が八代将軍職を継いだとき、将軍独自の情報収集機関として設置された。この将軍直属の隠密という点が、他の隠密とは異なる最大の特色だった。
御庭番は、将軍やその側近役人である御側御用取次の指令を受けて、諸大名や遠国奉行所・代官所などの実情調査、また老中以下の諸役人の行状や世間の国聞などの情報を収集し、その調査結果を国聞書にまとめて上申し、将軍は、その情報を行政に反映させていた。
御庭番の偵察は老中などの幕府内を対象とすることもあり、町奉行の無能を報告すると、その奉行は左遷された。
薩摩藩を対象としたときには町人になりすましたようだが、さすがに薩摩藩への潜入はせず、熊本・長崎・福岡などの周辺で聞き込みをしている。
御庭番の結束は固かったが、それは、報告するときには上司(先輩)の了解を得て書面を作成していたことにもよる。
大変興味深い内容なので、途中の眠気も吹っ飛び、車中で一気読みしてしまいました。
(2018年12月刊。2200円+税)

藤原 彰子

カテゴリー:日本史(平安)

(霧山昴)
著者 朧谷 寿 、 出版  ミネルヴァ書房
藤原道長の長女で、後一条・後朱雀(すざく)天皇の母として、藤原氏の摂関政治を可能にし、藤原摂関家の繁栄に大きく貢献した。
「この世をば死が世とぞ思う 望月の欠けたることのなしと思へば」
道長が歌いあげたのは1000年前の1018年(寛仁2年)のこと。
道長は三后を自分の娘で独占し、史上例を見ない快挙を成し遂げた。三后とは、右皇太后、皇太后、皇后のこと。
道長の幸運は、兄二人が相次いで病死したことによる。その結果、30歳の病弱な道長は右大臣に就任することができた。そして、道長の姉の詮子が一条天皇の母であったことから、道長は摂政・関白に準ずる内覧に就くことができた。
道長は事を行うに先立って長女・彰子の指示を仰いでいた。それほど彰子は政界へ大きな影響力を有していた。
彰子の87年間の生涯のうち、後半の半世紀は、子と孫の天皇の時代であり、幼帝の行幸のときには同じ輿(こし)に乗っていた。
父の道長の亡きあと、彰子は関白頼通から何かと相談を受けることが多かった。
一条天皇の中宮彰子は、一条天皇が亡くなった翌年、妹の研子が三条天皇の中宮となったことで皇太后となり、31歳で右皇太后となった。そして39歳で出家して上東門院と称した。その翌年、父の道長が62歳で亡くなった。
彰子は出家してから13年後、法成寺で再度、剃髪した。最初は肩のあたりで髪を切りそろえる一般の出家であり、二度目は髪をみんな剃り落とす、完全な剃髪だった。完全剃髪することで初めて、男性と同等の「僧」となった。
紫式部は彰子に出仕していた。
彰子は87歳と破格の長寿を保ったことから、夫の一条天皇、子と孫の4人の天皇、同母の3人の妹と1人の弟の死と向きあうことになった。
父の道長が亡くなったあと、政治は関白を中心に動いていたが、女院(彰子)の存在は関白をしのぐものがあった。
彰子は弟である頼通の死を悲しみ、次に彰子が亡くなると関白教通は大打撃を受け、翌年、関白在任のまま80歳で死亡した。
彰子は長命を保ったことによって、一条から白河まで七代の天皇にまみえた。
つまり、自分の娘が天皇の子、それも男子を産んだかどうかで、大きく変わったのですね・・・・。なんだか偶然の恐ろしさを感じます。王侯、貴族の世界も楽ではありませんね。
(2018年5月刊。3000円+税)

プロ弁護士の「勝つ技法」

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 矢部 正秋 、 出版  PHP新書
弁護士経験は十分だが、世間知が足りない。
なんだか、ドキッとさせられる言葉ですよね、これって・・・。
フランスのラ・ロシュフーコーは、太陽と死は見つめることができないと喝破した。
弁護士にとっては、太陽とマイナス情報は見つめることができないと言い換えられるかもしれない。たしかに、マイナス情報は見たくないものです。でも、マイナス情報こそ、貴重な視点を提供するものである。
世の中にウソは多く、真実はわずか。ウソは一人歩きする。その場限りにとどまらず、後を引く。
いま、国会で、官庁で、ウソがはびこり、堂々とまかり通っています。そんな大人の「見本」が子どもたちへの道徳教育の押しつけに熱心なのですから、まるでアベコベです。
民事裁判において、事実とは、自分の視点から切り取った事実にすぎない。そんな事実を主張するだけでは、裁判に勝てない。相手も、こちらと同じように彼らのストーリーを仕立ててくる。それを論破しなければいけない。そのためには、相手の視点を理解することが必要になる。
観察と分析によって、人となりを判断する。そのとき目つきは大事。目つきの悪い人は性格もよくない。目つきにケンがある人は、ストレス漬けが疑われる。目が笑わない人は、サイコパスの疑いが濃厚。目が座っている人は、本当に危ない。相手をののしるような人は隠れた劣等感の持ち主である。
相手を知りたいときは、ジョークをいって笑いを誘い、反応を見る。笑ったときには心が見える。素のままの自分を出せるか、それとも隠すか。そこに本性が出る。
相手を観察し、三類型(赤・黄・青信号)に分け、類型に応じた距離をとる。
仕事にとりかかるときは見通しを立て、仕事が終わったら見直しをする。
未来は思考力によって決まる。未来はやって来ない。未来は創り出すものである。
著者のビジネス書は体験に裏づけられていますので、いつも感嘆しながら読みすすめています。
(2018年10月刊。900円+税)

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