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2018年3月 の投稿

だから、居場所が欲しかった

カテゴリー:アジア

(霧山昴)
著者 水谷 竹秀 、 出版  集英社
タイのバンコクのコールセンターで働いている日本人を取材した貴重な労作です。
日本企業は、いま経費削減のため、電話による受注業務を海外に移転させている。経費が日本よりも3分の2ほどに圧縮できる。なぜか・・・。タイのコールセンターは、最低賃金が適用されず、賃金が最低ラインよりも低く設定されている。それでも、タイの物価は日本の3分の1から5分の1ほどなので、十分に生活できる。なにしろ、衣服費がかからないし、食べ物は日本人好みのものが安くて美味しい。
コールセンターは、時差の関係で、午前7時に始まり、1時間に平均5件、1件につき10分ほど対応する。8時間勤務だと1日40件に対応する。あるコールセンターでは日本人オペレーターが110人、平均年齢は30代前半、男女比は半々。
コールセンターの仕事は時間ぴったりに終わり、ノルマの残業もない。単価の安いタイでは、月に3万バーツもあれば普通に生活できる。コールセンターは大手2社で計300人。小さいコールセンターをふくめると合計500人ほど。こんなに大勢の日本人が働いているのですね、知りませんでした。
ところが、コールセンターで働いているというのは、日本人社会ではイメージが悪く、一段低く見られてしまう。
タイに進出している日系企業は、4500社(2015社5月現在)。タイには日本人は6万7400人。これは、アメリカの42万人、中国の13万人、オーストラリアの8万9000人、イギリスの6万8000人に次いで多い。シンガポールの3万7000人を大きく引き離し、イギリスを抜く勢いで増えている。
駐在員の給与は年収1000万円ほど。現地採用者(ゲンサイ)は、駐在員の5分の1から半分ほどでしかない。
タイにはフィリピンに次いで困窮邦人(日本人)が多い。2015年の外務省の統計では、フィリピンに130人、タイは29人いる。
そもそも日本で出来ることのなかった人がタイへ渡り、タイで出来る仕事がないのでコールセンターで働く。行くも地獄、帰るも地獄。
タイの観光街に日本人男性が群がっているという話は有名です。それは今もあるようですが、この本では、同じように日本人女性がゴーゴーボーイと呼ばれるタイの若い男性を買っている実情をレポートしています。ゴーゴーボーイの大半は貧困層の出身で、若いイケメンを求める日本人女性との間で利害が一致する。バンコクであれば、それほどの大金を積まなくても、狙った獲物を自分の好き放題にすることができる。ゴーゴーボーイの3割はゲイとされ、訪れる客の多くもゲイ。タイでは、コンビニとかスーパーに行けば、1人くらいはニューハーフがいるので、一般の人は免疫ができている。そこが日本とは違っている。
日本の社会で異端児扱いされることが多かったので、居場所が欲しい人がバンコクへやってくる。自分のことを認めてくれる環境を探し求めていた。他人に好かれ、嫌われないような人間でありたかったという人たちだ・・・。日本社会は生きづらい。しかし、そもそも、こんな日本社会に順応する必要があるのか・・・。
世の中には知らないことがあまりにも多いということを、またまた思い知らされました。
(2018年2月刊。1600円+税)

告白、あるPKO隊員の死

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 旗手 啓介 、 出版  講談社
この本を読むと、日本はつくづく検証というものをしない国なんだと思いました。私のなじみの言葉で言うと総括していないということです。ただ、総括という言葉は、例の連合赤軍事件での大量リンチ殺人事件のときに冒用(誤用)され、今では嫌な響きをもつコトバになってしまいました。とても残念です。
ことが起きたのは1993年5月4日の午後のこと。カンボジア北西部の国道691号線を走っているとき、突然ポル・ポト軍の部隊に襲撃されたのです。日本人警察官1人(高田警部補)が亡くなりました。このとき、日本政府は箝(かん)口令をひいて関係者に沈黙を命じました。ところが、日本以外の国は、ちゃんと事件を検証した結果を報告書としてまとめているというのです。
その場に同じようにいたスウェーデンでもオランダでも、カンボジアPKOに関しての検証がなされ、報告書がつくられて公表されている。また、ストックホルム国際平和研究所は、カンボジアへの文民警察官派遣は失敗だったという報告書を刊行している。しかし、日本ではすべてが闇の中である。
それをNHKスペシャルの取材班が掘り起こしたのです。日本政府の怠慢というか、秘密主義には、あきれるというより怒りを覚えます。
今のアベ自民党とちがって、まだまともだった宮澤喜一首相、そして官房長官の河野洋平も、日本政府としてカンボジアPKO派遣の実態をしっかり検証することなく、闇の中に置いて、国民の忘却を待ったのでした。
カンボジアPKOに日本の丸腰の警察官を派遣したのはカンボジアにはいちおうの平和があるということが前提でした。しかし、現地ではポル・ポト派の軍隊が健在で、実際には内戦状態は続いていたのです。そこへ丸腰の日本警察官75人がカンボジア全土に散らばったのでした。選挙監視が主たる任務です。自衛隊600人は施設大隊としてまとまっていましたので、安全面では、はるかに恵まれています。ところが、丸腰の日本人警察官は、75人が数人ずつカンボジア全土にばらまかれたのですから、どんなに不安だったことでしょう・・・。
当時は、今と違ってスマホもケータイもありません。電気などのインフラもありませんので、本部との通信が出来ないのです。これではたまりませんよね・・・。
ポル・ポト派の現地幹部だった人の証言もありますが、どうやら襲撃したのはポル・ポト派の一派で、日本人を殺害するのではなくて人質にとろうとしていたようです。ところが、日本人たちの車列にしたオランダ人将校が自動小銃で反撃したことから銃撃戦になり、ついに日本人が1人死んだということのようです。さもありなんと思いました。
総括されていな点では司法界、とりわけ裁判所でも同じことです。戦前の法務官僚が当然のような顔をして最高裁判事になったりしています。ひどい話です。戦前の日本軍が中国をはじめとする東南アジア各地で虐殺していたことを掘り起こすと、そんなのは「自虐史観」だとか言って、事実から目をそらそうとする日本人が少なくありません。これもまったくの間違いだと私は思います。そして、今、戦前の日本軍を美化して、同じように海外へ戦争をしに出かけようとする勢力がうごめいています。結局は、金もうけのためです。やめてほしいです。そんなことは・・・。
(2018年3月刊。1800円+税)

子どもの貧困対策と教育支援

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 末 昌 芽 、 出版  明石書房
いい本です。学校教育に関心のある人には、ぜひぜひ読んで欲しいと思いました。
日本の学校現場はいま大変なことになっていると思います。子どもの貧困の多くは親の貧困から来ています。また、親に経済力があっても子どもを大切にしているとは限りません。子どもたちが愛されている、大切にされていると感じられること、家庭に居場所がると実感できること、それが必要ですし、大切です。
では、家庭にそれが欠けていたり、不十分だったとき、学校は何もしなくていいのか・・・。
大阪の高校には昼休みと放課後に開く校内カフェがあるそうです。いいことですよね。21の高校にあります。非行、メンタルやフィジカルな障害、不登校、経済弱者など、困難をかかえる生徒の多い高校のようですが、困難をかかえる生徒の居場所が高校内にあるって、すばらしいことです。家でも学校でもない居場所、サードプレイスがあるのは大切です。ゲームセンターではダメなのです。
ヨーロッパでは、幼稚園や小・中学校にコミュニティ・カフェがあるのも珍しくない。保護者や地域の人々が利用している。
生活保護を受けている家庭の子どもたちの学習支援もいい試みだと思います。しかし、子どもたちは、ここに来てるって言ってないし、言いたくないのです。生活保護をうけていることを恥と考えるような子ども社会があるからです。
簡易宿泊所(ドヤ)がたくさんある地区をかかえる小学校では、子どもたちを労働福祉センターに見学に連れていきました。子どもたちは、困ったときには福祉で支えてもらう場所があることをしっかり学んだようです。今の日本では必要な知識です。
そして、漠然と怖いように思っていた地区が、そこに住む外国人から外国にある怖い町と比べたら、まったく怖くないと聞かされたら、むしろ自分たちのまちを好きになったとのこと。いい経験です。
50年前、私が大学に入ったとき、国立大学の学費(授業料)は月1000円、年1万2000円でした。ちなみに、家賃も同額(もちろん食費は別です)。ところが、今では国立大学は50万円、私立大学は文系100万円、理系150万円、専門学校は70万円です。とんでもないことです。しかも、奨学金が有利子の貸与制です。私も月3000円の奨学金を受けていて、弁護士になって返済しました。月5000円の給付型奨学金は適用を受けられなかったのです。昔の育英会は、今では学生支援機構と名称を変えていますが、利用者は134万人と多いのです。給付型奨学金を大幅に拡充する必要があると思うのですが、世論調査の結果は必ずしも支持していないというのに驚きます。ここでも「自己責任」の論理が幅をきかしているのでしょう。困ったことです。
この本は、日本の学校は、基本的に排除の文化を生成する仕組みを有していると指摘しています。この指摘は重要です。大人社会の反映でもあると思います。
日本の学校には、子どものかかえる問題や困難を見えにくくし、いつのまにか、困難をかかえる子どもたちを排除してしまう文化や仕組みがある。
学校そしてクラス内で、人と人とのかかわりにおける温かさはや安心感、相互支援、居心地の良さが必要。この学級適応感の高まりが学習意欲の向上に結びつく。子どもの学級適応感を高めるのは、被受容感であり、それは教員の受容的、共感的態度によって高められる。
380頁もの密度の濃い論文等をテンコ盛りした労作です。その割には2600円と、少々割高ですが、明るい将来展望を少しだけでも、その光を見出すことができました。学校の先生方、これからも無理なく楽しくやってください。
(2017年11月刊。2600円+税)

ライブ講義・弁護士実務の最前線

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 東京弁護士会法友全期会 、 出版  LABO
これはすばらしい。もちろん内容もいいし、本当に勉強になりますが、編集がすばらしい。表や写真のつかい方、カコミ記事の工夫など、編集も業と自称している私ですが、これは良く出来ていると驚嘆しました。
内容は4つのテーマですが、私には会社法とシステム開発をめぐる話は無縁ですので、パスしました。
第1講のGPS操作についての亀石倫子弁護士の話は別なところでも読みましたが、その語りが明快なので、実によく分かります。いったいGPS事件で弁護士報酬はいくらもらったのかなという下世話な関心を前からもっていましたが、報酬ゼロで着手金30万円を弁護団6人で分配して1人5万円ほどだということです。ただし、実費100万円は本人に負担してもらえたそうです。こんな事件だったら、私も同期の弁護士に呼びかけられたら手弁当で参加します。だって勉強になるし、同期で刺激しあえるじゃないですか・・・。
アメリカの連邦最高裁が前例のないGPS捜査は憲法違反だという判決を出していたのだそうです。でも、日本でもすぐに同じような判決がもらえるほど世の中は甘くありません。そして、先行事件では、GPS捜査では問題ないという判決が出てしまいました。
亀石弁護士たちは、GPSを実際に車に装備してラブホテルや病院の駐車場に置いて誤差を調べました。そして最高裁の弁護では、紙の文章を読みあげるのではなく、裁判官の目を見て弁論したのです。
実は、私も一般民事事件で最高裁の法廷で2回弁論したことがあります。どちらも逆転敗訴判決になったのですが、せっかくの機会ですので10分近く口頭弁論をしましたし、その場には東京で学生をしていた私の子どもたちを傍聴させ、社会科見学の機会としました。
亀石弁護士は、弁護団の作り方と運用についての工夫も語っていて、とても参考になります。亀石弁護士は、チームリーダーとして、人一倍の仕事をしたそうです。また、毎回の弁護団会議にお菓子持参だったとのこと。先ほどの5万円は、これに消えたのでしょうね・・・。
第2講の竹花元弁護士のメンタルヘルスと労働審判の話は、とても実務的で、ものすごく勉強になりました。ともかく詳しいのです。86頁も使って、様々な角度からアプローチし、実務的な問題点を解明しています。
会社側の代理人として訴訟に応じるときには、判決までいくと事件名として会社の名が公表されるという問題があることを依頼者である会社には知らせておくべきだということも参考になります。
メンタルヘルスの場合には、職場復帰が容易ではありませんし、会社側による休職命令も軽々しくは出せません。
本分250頁で2830円(単価のみ)というのは高いようですが、私などは前記2つの講義を受けただけでも十分にもとをとった気がしました。
(2018年2月刊。2830円+税)

弁護士って、おもしろい!

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 石田 武臣・寺町 東子 、 出版  日本評論社
私にとって、弁護士は、まさしく天職です。苦しい受験生活を経て司法試験に合格し弁護士になれて本当に良かったと思います。
私なりに一生懸命に弁護士をしているつもりなのですが、これでも事件の相手方(サラ金業者など)や、かつての依頼者から苦情申立や懲戒請求を受けたことが何回もあります。現役の弁護士である限り、苦情申立や懲戒申立をされるのは避けられないと今では悟(さと)りの心境です。無難にしておけば免れるかもしれませんが、「無難に」とか「大過なく」というコトバは私には無縁なのです。
この本には、老若男女の弁護士が弁護士の仕事の面白さ、やり甲斐を大いに語っています。なかには、本当にうらやましい話もあって、もっと私が若ければ・・・と思ったことも再三でした。
かつての法律事務所は「一見(いちげん)さん、お断り」があたりまえだった。今でも、それを高言するロートル弁護士がいないわけでもありません。要するに、ちゃんとした紹介者のない、見ず知らずの人が飛び込んできても、どこの馬の骨かわからないし、きちんと相応の謝礼を支払ってくれるという保証がないので相手にしない。そんな対応をするのが、普通でした。今でも高級料亭はそうだと聞いていますが、同じように特権的地位に弁護士はあぐらをかいていたわけです。
したがって、弁護士が御用聞きのようなことなんて見苦しいこと、恥ずかしい、もってのほかだという反発がありました。「アウトリーチ」なんて、とんでもないという発想です。福岡でも天神に法律相談センターを開設するにあたっては、似たような反発を受けました。今や隔世の感があります。
坪井節子弁護士が東京で子どもシェルターの活動を紹介していますが、本当に頭の下がる思いです。この13年間で、シェルターを利用した子どもは15歳から19歳まで、のべにして350人にもなります。そのうち、親との関係調整が出来て自宅に戻った子どもは2割にもなりません。多くの子どもは家には帰らない。高校を中退する。驚くべきことに、シェルター利用者の4分の3が女子なのです。親との関係では女の子のほうが難しいということでしょうか・・・。
子どもに寄り添うとは、想像を絶する苦しみを味わってきた子どもたちを前に、おのれの無力を痛感することから始まる。・・・すごい活動です。それでも子どもたちから教えられ、導かれていく喜びを味わうことが出来ると書かれていることが救いです。
弁護士のいない市町村は、まだまだ少なくありません。幸い、裁判所あるのに弁護士が一人もいないというゼロ・ワンの市はなくなっていると思います。ところが、過疎地に弁護士への需要はない、事件なんてない、もし、あったとしても都会にすぐ出てこれるから、なにも過疎地に弁護士が事務所をかまえる必要まではない。弁護士法人をつくって、法人の支店を置いて、週のうち何日間か、弁護士が交代で詰めておくだけで足りる(はず)。こんな考えの弁護士(会)がいます。
私は、乙号支部(今は正式には呼びません)に所属する弁護士として、これらは、とんでもない認識不足だし、誤りだと主張してきました。何らかのトラブルが身近におこるのは世の常ですが、そのときすぐに弁護士に相談しておけば、あとあとの対処がずいぶんと楽だったろうと思ったことは数えきれません。初期対応はとても大切なことです。
それにしても谷口太規(元)弁護士のレポートには驚嘆させられました。ひまわり公設事務所の弁護士として活動したあと、アメリカに留学し、今はミシガン州立の公設弁護人事務所で刑務所に長く服役していた人たちの釈放後の社会復帰を支援するソーシャルワーカーとして働いているのです。すごいことです。
この谷口(元)弁護士が弁護士とはいかなる存在なのか、次のように語っています。
弁護士は法律家だ。しかし、法律問題に直面するとき、その人は人生の曲がり角に立っている。このとき、人は負の出来事や感情と向き合い、自分の大切にしているものを考え、人生の意味を問う。弁護士は法律家であると同時に、そうした人々の、傷つきやすく、存在の根幹を賭した瞬間に立ちあう存在でもある。
そうなんです。人々の人生の重要な局面に、弁護士はそのすぐそばに立って支えることが出来るのです。弁護士って、だから面白いのです。
ぜひ、あなたも弁護士の世界に飛び込んでください。弁護士を将来展望の一つに考えている若い人に向けた、いい本です。ただ残念なのは、値段が少しばかり高すぎることです。
(2017年10月刊。2300円+税)

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