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2017年11月 の投稿

アンのゆりかご、村岡花子の生涯

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 村岡 恵理 、 出版  新潮文庫
「赤毛のアン」は、私も昔よみました。カナダのプリンス・エドワード島の大自然の描写に心が強く惹かれたことを覚えています。その訳者の村岡花子の生涯を孫娘にあたる著者が時代背景をきちんとふまえて丹念に文章化していて読ませます。
村岡花子が「赤毛のアン」を翻訳したのは戦前だったのですね。そして、出版されたのは、敗戦後7年たった1952年(昭和27年)5月のこと。1冊250円の本が圧倒的に人気を集めたのでした。日本中の若い女性たちの心をつかんだのです。それには訳文の素晴らしさもありました。なにしろ村岡花子はカナダ人教師たちから徹底して教育され、英語が抜群にできたうえ、実は日本語の素養も深かったのです。
翻訳するには単に英語ができるだけではダメ。日本の古典文学や短歌俳句に触れておくことも大切。季節や自然、色彩、情感を表現する日本語の豊かな歴史を体得しておく必要がある。豊富な語彙(ごい)をもち、そのなかの微妙なニュアンスを汲んで言葉を選ぶ感受性は、英語の語学力と同じくらい、いや、それ以上に大切な要素である。
村岡花子は、7歳のときに大病をした。そのとき、次のような辞世の歌を詠(よ)んでいる。
まだまだとおもいてすごしおるうちに はや死のみちへむかうものなり
す、すごいですね。これが7歳の少女の辞世の句ですか・・・。
幸い病気が治って学校に戻ったときに、次の歌を詠んだ。
まなびやにかえりてみればさくら花 今をさかりにさきほこるなり
村岡花子の父親は社会主義者だったとのこと。勉強のよく出来た花子をミッション・スクー
ルの寄宿舎へ入れたのでした。華族の娘たちのたくさん通う学校に入って、初めのうちは気遅れしていた花子は猛勉強し、英語力を身につけました。
東洋英和女学校時代の花子の友人に、柳原白蓮(燁子・あきこ)がいました。炭鉱玉と結
婚し、東大生の宮崎青年と駆け落ちしたことで有名な白蓮です。
 英語がとてもよく出来た村岡花子ですが、実はアメリカにもカナダにも行ってなかったとのこと。これには驚きました。そしてプリンス・エドワード島には娘たちとともに行く機会があったものの、「現実を目にすれば、心の中で慈(いつく)しんでいた想像の世界が失われてしまう恐れ」があるとして、「夢を夢のままで置いておく」ために結局、行かなかったというのです。これまた、すごい決断です。
 花子を取り巻く家庭と社会状況の変遷が大変よく分かる本になっています。
 クリスチャンだった実母が死んだとき、仏式の葬式を営んだということにも驚かされました。形式ではなく、実質を尊重したのですね・・・。
 「赤毛のアン」シリーズを再読してみたくなりました。
(2014年6月刊。750円+税)

R帝国

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 中村 文則 、 出版  中央公論新社
子どもたちへの道徳教育を強引にすすめる政権のトップが平気でしらじらしい嘘をつき、それをマスコミは何も問題としない。国民の4人に1人しか支持していないのに、選挙制度のマジックで、国会議員の4分の3を占め、堂々と「民意を代表して」と強弁する。
そんなクニ(国)に私たちは住んでいます。そして、それに多くの国民が疑問を抱かずに流されています。忙しいから行けなかったと言いながら、実際には居間でテレビを見たり、ネットでゲームをしたり、怪し気な映画を見ている。半分近くの人は、選挙なんて自分には関係ないと思い込み、思い込まされています。そして、気がついたときには、あれあれ、こんなはずじゃなかった・・・と反省する間もなく、戦争に巻き込まれている・・・。言ってみれば、そんな状況設定で進行する恐ろしい小説です。無荒唐無稽のフィクションであってほしいと願わずにはおれませんでした。
朝、目が覚めると戦争が始まっていた。旧式の核兵器があり、R帝国は環境に優しい核兵器をもっている。
緊急事態国民保護法のため、国民がインターネットへ接続するのは一時的に停止される。緊急事態国民保護法が厳密に施行されたことで、戦争を否定する言論は、当然、国民安全法違反として取り締まりの対象になった。戦争に反対することは、自国の一体感を動揺させることであり、敵国の思うツボであり、一刻も早い逮捕が求められた。
情報提供が呼びかけられ、誰でも気軽に密告できるようになっている。ただ会社や学校で嫌われているだけで反戦者つまり売国奴とされる危険がある。みな息を潜めて生活している。誰もが誰かの行動をかたずをのんで注視し、失脚を期待した。ここには、緊張と全体主義の喜びの熱風・・・、この二つが入り交ざっている。
自分たちの国は、報道表現の自由があると国民は勘違いさせられている。
本当は政府に都合の悪い写真だから載せないのに、誰も本当の理由は言わない。
小説とはいえ、そら恐ろしい寒々とした情景です。ジョージ・オウエルの本を思い出しました。気がついた人から声を上げていくべき、一歩前へ踏み出すべきときです、今は・・・。
(2017年8月刊。1600円+税)

偽装の被爆国

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 太田 昌克 、 出版  岩波書店
アイゼンハワー大統領が西側の抑止力を支える屋台骨として期待したのが、壮絶な破壊力を備えた核戦力だった。兵力・兵員の数で西側を完全に凌駕するソ連を相手に、通常戦力でまともに戦いを挑んだとしても、それはまさに多勢に無勢。ソ連が西欧諸国に攻め込んできたら、アメリカは核爆弾や核ミサイルを使って一気呵成に応戦する。
アイゼンハワー政権が1960年12月に策定した「SIOP-62」は、核を撃ち込む爆心地を1043ケ所に設定、最大3400発もの核使用を計画するものだった。
ソ連の奇襲攻撃を探知したら、まず1500発の核をソ連の核基地や軍事拠点に投下する。さらに、ソ連や中国の都市多数を核攻撃し、100万人単位の犠牲者を出す・・・。
アジア太平洋地域に持ち込まれた核兵器は最大3200発。沖縄には、1300発が配備・貯蔵された。ベトナム戦争ピーク時の1967年のこと。沖縄は、ベトナムへの重要なアメリカ軍の出撃拠点であると同時に、アジア最大の「核弾薬庫」だった。
1979年11月9日未明、ジミー・カーター大統領の補佐官ズビグニュー・ブレジンスキーに「ソ連の潜水艦が220発の核ミサイルをアメリカに向けて発射した」という情報が届いた。その直後に、220発でなく、2200発と訂正された。ところが、これは早期監視の運用システムに誤って訓練用のテープが挿入されたことによるミスだった。
アメリカは900発のICBMと潜水艦発射弾道ミサイルが即時発射可能な状態にある。軍事衛星などがもたらす早期警戒情報でロシアの核ミサイル発射を確認できたら、大統領はこれら敵のミサイルがアメリカに着弾するまでに「核のボタン」を押す即応態勢をとっている。着弾前に決断する必要があるが、そのために大統領に許された時間は、わずか6分から12分しかない。
北朝鮮を標的としてアメリカが本格的な核攻撃を加えたら、どうなるか・・・。韓国は北朝鮮と陸続きで、日本とは一衣帯水の地理的関係にある。フォールアウトによる放射能被害が広範囲に及ぶのは明々白々だ。北朝鮮への核使用は、あまりに非現実的。そう考えるアメリカの専門家はいる・・・。
日本国内にあるプルトニウムは9.8トンで、このほかイギリスに20.8トン、フランスに16.2トンをもち、合計すると46.9トンを日本は保有している。このプルトニウムが核爆弾をつくると5863発ができる。その結果、日本は核兵器をつくろうとしているのではないかと外国から疑いの目で見られている。
日本は21世紀までは原発輸入国だったが、最近では原発輸出国になろうとしている。
核兵器禁止条約を日本政府は敵視していますが、核兵器という悪魔の兵器で第三者を威嚇し、恫喝するような事態は直ちにやめる必要があるのです。それは北朝鮮との関係でも同じです。核には核を、いつまでもこんな発想でいたら人類の絶滅を早めるだけでしかありません。危険なウォーゲーム路線を走るアベ政権にストップをかけるしかありません。
時宜にかなった本です。ご一読を強くおすすめします。
(2017年9月刊。1700円+税)

合理的配慮義務の横断的検討

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 大分県弁護士会 、 出版  現代人文社
すごい本です。私は、心底から驚嘆しました。この本を私が手にとったのは10月末に大分市内で開かれたシンポジウムの会場です。
障害者権利条約が2006年に国連で採択され、日本は2014年に批准した。そして、前年の2013年に障害者差別解消法が成立し、2016年4月に障害者雇用促進法が改正・施行された。そのなかで「合理的配慮義務」が公法上の義務として規定されている。
この本は、障害者法制における「合理的配慮」の現状と課題を確認し、その合理的配慮の視点から、その他の法分野についての裁判例に至るまで広く分析・検討していて、まさしく「チャレンジングな試み」となっています。
この本のサブタイトルは「差別・格差等をめぐる裁判例の考察を中心に」とあり、本当に広い視野で問題点を網羅的にすくいあげ、そして、それに対して的確なコメントを付しています。しかも、鋭い問題提起をするだけでなく、実務的にも大変役立つ実務的手引書になっています。実際、私は本書にあるようなケースで法律相談を受けたばかりでしたので、すぐに役立ちました。私が実践的に役立ったところから説明しますと、本書(299頁以下)には、「不動産取引において心理的瑕疵が問題になる場面」という項があり、「心理的瑕疵」を扱った判例を紹介し、コメントしています。
「心理的瑕疵」とは、その物件で自殺や自然死があったときの扱いです。私も相談者の息子が東京の賃借マンションで自殺した案件について代理人として対応したことはあったのですが、「人夫出し」企業の社長から、長期滞在型のホテルで突然死(心筋梗塞)した従業員について、そのホテルから50万円もの弁償要求を受けたというので、法律上の見解を求められたのでした。
本書は、「階下の部屋で半年以上前に自然死した者がいる」というとき、そのような事実は「社会通念上、賃貸目的物にまつわる嫌悪すべき歴史的背景等に起因する心理的欠陥に該当するものとまではいえないから、かかる事実を告知し、説明すべき義務を負っていたものとは認め難い」との判例(東京地判、H18.12.6)を紹介しています。私にとっては、大変参考になる判例であり、コメントでした。
日本の障害者差別解消法や障害者雇用促進法で規定された合理的配慮義務には、私法上の効力は認めておらず、合理的配慮義務違反に対する救済は、公序良俗・信義則などの民法上の法理を理由として当該行為について無効ないし権利濫用を主張するか、あるいは債務不履行ないし不法行為を理由とする損害賠償請求によって解決するほかない。この点は、合理的配慮の不提供に対する一種の履行請求が認められるアメリカなどと大きく異なっている。
合理的配慮論を障害者分野以外の法分野に適用ないし展開することは不可能ではない。その視点から、本書では、労働法分野(人事、セクハラ雇用平等、母子保護、非正社員、外国人労働者など)、その他の性的少数者、信仰、消費者契約についてまで広く合理的配慮論を展開しています。その視野の広さには思わず息を吞むほど圧倒されました。
ところで、合理的配慮とは、障害者が日常生活や社会生活において受ける様々な制限をもたらす原因となる社会的な障壁を取り除くため、その実施にともなう負担が過重でない場合に、特定の障害者に対して個別の状況に応じて講じられるべき措置です。
なお、最近では「障がい者」と表記することが多いことを知ったうえで、本書では法律上「障害者」になっているので、そちらに統一したという断りも明記されています。
私は、この本をシンポジウム会場入口で受けとりました。堂々350頁もある大作です。判例もたくさん紹介されていて、しっかり読みごたえがありますから、シンポジウムそっちのけで読みふけってしまったのでした。そして、千野博之弁護士を先頭とする大分県弁護士会のシンポジウム部会の理論的レベルの高さはほとほと敬服しました。
九州のなかでは何かと異論を唱えることも多い大分県弁ですが、本書のような理論書をまとめあげる集団的力量の高さを私は率直に高く評価したいと思います。
実務的にも大いに価値ある本として一読を強くおすすめします。
(2017年10月刊。3600円+税)

死ぬほど読書

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 丹羽 宇一郎 、 出版  幻冬舎新書
ビジネス界きっての読書家だというのは私も知っていましたので、同好の先輩に敬意を表して読んでみました。私がうらやましく、また、ねたましいのは本書が13万部も売れているということです。私だって、いつかは「万冊」が売れないものかと願っているのです。それまでは、しがない、「売れないモノカキ」と称するほかありません。トホホ・・・。
著者は私より10歳ほど年長で、名古屋大学法学部を卒業しています。学生のころは学生運動に熱中し、マルクス・エンゲルス、そしてレーニンを読みふけったとのこと。私にも共通するところがあります。私には、マルクスの文章は少し難しく、レーニンのほうが日本語の訳文が良かったのか、明快で理解できました。
伊藤忠商事に入り、アメリカ駐在員として大損を出したり苦労しながらも、同社の社長、そして会長をつとめています。その後は、中国大使もつとめています。対中国との交流についての発言には私も共感することが多いです。
読書は、まがいものでない、真に自由な世界へと導いてくれる。「何でもあり」の世界は一見すると、自由のようだけど、自分の軸がないと、実はとても不自由。前へ進むための羅針盤や地図がないのと同じだから。自分の軸をもつには、読書で「知」を鍛えるしかない。
人間にとって一番大切なことは、自分は何も知らないということを自覚すること。何も知らないという自覚は、人を謙虚にさせる。
まったく、そのとおりです。私がこうやって年間500冊の単行本を読み、毎日、書評を載せているのは、世の中にいかに知らないことが多いか、日々、驚き、発見しているからです。本を読めば読むほど、いかに知らないことが多いかを実感させられます。
本は人間力を磨くための栄養。これは草木にとっての水と同じもの。
教養を磨くものは、仕事と読書と人だ。私も、まったく同感です。弁護士の仕事だけでは足りません。本を読んでいるだけでも足りません。そして、人と対話しないと分かりません。
想像力は現実を生きていくうえで、とても大切なこと。そうなんですよ。想像力がないと人間は豊かに生きていくことができないのです。
私はヒマを見つけて書店に行きます。そこにはわくわくする出会いがあるからです。著者も同じことを言っています。ネットで検索するだけでは足りません。やはり、町の本屋まで足を運んで、彼氏、彼女との出会いを求めるべきです。
私は本を読んで、これはと思うと、ためらうことなく、赤エンピツで棒線を引きます。そして、あとで読み返して、こうやって書評として書き写します。それで記憶に定着させ、次いで安心して忘れます。
読書は感情をも磨いてくれる。
まさにそのとおりです。いい本に出会うと、私は人知れず涙を流し、胸をときめかします。よかった、こんな本に出会えて・・・。その感動、感激を書評に反映させたくて、もう15年以上も、この毎日の書評を続けています。たまに(たまーに、というのが残念なのですが・・・)、反応を聞くと、うれしいのです。著者のますますのご活躍を心より祈念します。
(2017年8月刊。780円+税)

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