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2016年11月 の投稿

テロリストは日本の何を見ているのか

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 伊勢﨑 賢治 、 出版  幻冬舎新書
北朝鮮や中国が日本に攻めてきたらどうするんだ。日本の軍備増強は当然だ。
そんなキャンペーンが右側から、しきりに叫ばれています。でも、日本には50以上の「原発」があるのですよ。そこを狙われたら、日本は終わりです。それは、3.11で福島第一原発事故が証明したではありませんか。
日本には、54基もの「原発」が、平べったい弧の形にそってずらりと並んでいる。この状況は、日本の国防を考えたとき、薄氷の上に国を置いているのに等しい、とてつもなく深刻な事態である。
ボクシングにたとえると、大きなアメリカをセコンドに持つも、憲法9条で終了手を縛られたまま、敵に対してノーガードで腹をさらけ出しているようなもの。しかも、この腹からは、3.11の衝撃で臓物が一部とび出している有様だ。この腹が狙われたら、真っ先に逃げ出すのは、セコンド役のアメリカだろう。現に3.11のとき、横須賀にいたアメリカ軍の空母ジョージ・ワシントンは真っ先に逃げ出した。
中国が日本を侵略するなんていうことは考えられない。尖閣諸島を中国にとられたら、日本の本土もチベットのように「侵略」されるというのは、非常にたちの悪い扇動でしかない。
ドローンがテロの手段として使われるようになるのは、もう時間の問題だ。
「フクイチ」(福島第一原発)の現場に身元のわからない人間が立ち入っているのが現実である。日本の原子力産業の現場は、下請け、孫請け、ひ孫請けが引き受けているという旧態依然として世界である。セキュリティが万全などとは、とても言えない。そこにテロリスト集団のメンバーが入らないという保障は、どこにもない。
2008年から2014年までにヨーロッパ諸国がアルカイダに払った身代金は判明しているだけでも146億円にのぼる。そしてイスラム国が得た身代金は、1年間で50億円前後である。
日本はテロのターゲットになりやすい。安倍首相はエジプトのカイロで、ISとたたかうという趣旨の演説をしたが、危ない。イスラム恐怖症がテロリストを先鋭化させる。
現在、日本からの輸出品でテロリストを利しているのは、トヨタの悪路でも走れるトラックやSUVなどの自動車である。
テロリストを攻撃すればするほど「敵」が増えていく。悪循環が止まらない。
著者は、核セキュリティにもっと真剣にとりくむこと、日米地位協定を改定して日本をアメリカと対等な立場に立つものとし、日本「軍」は海外に出ていかないことを提言しています。
豊富な実践にもとづくものだけに、真剣に受けとめて速やかに議論する必要があると思いました。
(2016年10月刊。800円+税)

学校内弁護士、学校現場のための教育紛争対策ガイドブック

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 神内 聡 、 出版  日本加除出版株式会社
著者は学校内弁護士です。スクールロイヤーではありません。えっ、どこが違うの・・・?
著者は5年前から、私立高校の社会科教員であり、また弁護士でもあり、兼業しています。
実際のスクールロイヤーは、「学校」の弁護士ではなく、「教育委員会と管理職教員」の弁護士。学校からすれば、あくまでも外部の第三者。毎日、学校にいるわけではない弁護士が「スクールロイヤー」の名称を用いるのは、あまりにも実態とかけ離れている。スクールロイヤーと称する弁護士の最大の問題点は、学校と日常的に関わっていないことにある。
学校内弁護士の魅力は、一日、学校に勤務するだけでも、何十人、何百人もの生徒と接することにある。もう一つは、同僚として教育現場で働く先生と直接的な関わりをもてること。 
学級担任の法的責任は、学級経営に関する裁量権の逸脱・濫用が認められる場合にのみ成立すると考えるべき。学級経営に関する事実の認識に重要かつ不注意な誤りがなく、判断の過程・内容が著しく不合理でない場合でない限り、学級担任は責任を負わないと解される。
教育的責任と法的責任はまったく別の概念である。
何らかの事故が起きた場合、保護者から責められたときには、
「一教育者として申し訳なく思います」
「損害賠償などの件については、弁護士と協議してお答えしたいと思います」
このように答える。事実関係や因果関係を記載した「報告書」などの書面は、弁護士や第三者が関与するまでは作成すべきではない。
保護者側が秘密録音することを防止するのは不可能。
「いじめ」のとき、加害者を直接交渉に関与させることは、加害者の親権者に対して、家庭の責任を意識させる契機になる。紛争当事者としての意識をもってもらうことも大切。学校は補完的に仲介するのがよい。
危険性を有する加害者の家庭は、そもそも家庭内での問題をかかえていたり、連絡がなかなかとれなかったりする場合が少なくない。そのため、学校としては、家庭の事情や連絡した事実を記録して、証拠化しておくことも大切。
「いじめ」が発生した場合、学校は、通常、在学契約にもとづく安全配慮義務または不法行為責任を負う。しかし、「いじめ」の法的責任を一時的に負うのは、あくまでも加害者とその親権者である。学校は、できる限り早期に双方に対して「紛争当事者」であることを意識させる必要がある。
学校は必ずしもアンケート調査を実施する必要はない。むしろ、アンケート調査は不要と考える。匿名によるアンケート調査は気休め程度のものでしかない。むしろ、日常的に面談調査やヒアリング調査を行うほうが、「いじめ」の早期発見につながる。
「いじめ」を早期発見できなかった責任は教員だけでなく、親権者にもある。
男子は身体的で可視的ないじめが多く、女子は心理的で陰険ないじめが多い。いじめる家庭は家庭に問題を抱えていることが多い。これは、全世界に万国共通の傾向である。
保護者対応の基本原則は、保護者のクレーム内容に合理性があるかどうかを検討すること。合理性のない主張には毅然とした対応を示す。合理性のない主張には、合理的な主張で対応することが非常に効果的である。
さすがに学校現場にいる弁護士だけあって、とても説得的かつ実践的な本です。学校にからむトラブルに関心のある人々に、一読を強くおすすめします。
(2016年8月刊。2700円+税)

ストーリー311

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 ひうら さとる 他 、 出版  講談社
2011年3月11日、あの日、何が起きたのか、その後、福島で何が起きているのかを11人の漫画家が描いています。
いま、安倍政権は日本の原発を海外へ輸出しようと躍起になっています。先日はインド首相と話しましたし、トルコにも話をもちかけています。幸いベトナムのほうはベトナム側が断念したようです。戦場に近いトルコへ原発を輸出するなんて信じられません。
テロリズムの危険を一体どう考えているのでしょうか。ドローンを使ったテロ攻撃がなされたら、もう防ぎようがありません。そして、いったん「爆発事態」になれば、もう福島第一原発事故以上の大惨事になるでしょう。なにしろ誰も立ち入ることが出来ないのですから・・・。
「原発」輸出の話をマスコミがその危険性を明確にしないまま、まるで大型タンカーでも輸出するかのように気楽な調子で報道しているのに、私は驚きと怒りを禁じえません。それほど日本人は全体として健忘症にかかっているのでしょうか・・・。
この本は、マンガで描かれているだけに、かえってリアリティーがあります。
津波から走って逃げていて、うしろを振り返ってみると、うしろの人の姿が見えなくなっていた。津波にのみこまれた。
福島は放射能で危険だと思い、子どもも自分も逃げたい。しかし、周囲の人は、そんなの考えすぎだという・・・。そんな葛藤もマンガで再現されています。
津波にさらわれて亡くなっていった人、福島第一原発事故のため故郷に戻れない人々・・・。私たちは絶対にそのような現実を忘れてはいけません。
3.11をまざまざとよみがえらせ、思い出させてくれる貴重なマンガ本でした。
書店で注文したら品切れだったので、ネット注文して、ようやく手に入れて読みました。
(2013年3月刊。838円+税)
 日曜日に、フランス語検定試験(準一級)を受けました。やはり試験ですから落ちたくありません。この1ヶ月間は朝だけでなく、夜ねる前も書きとりしたり、10年分の過去問を復習しました。本番では、相変わらず不出来なのですが、自己採点では76点(120点満点)でした。なんとかギリギリ合格だと思います。1月に口頭試問を受けます。これがまた難しいのです。でもボケ防止のためにも精一杯がんばるつもりです。最近、フランスへ旅行していないのが残念でなりません。

戦地からのラブレター

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)
著者 ジャン・ピエール・ゲノ 、 出版  亜紀書房
第一世界大戦の最前線で死んでいった兵士が家族に宛てた手紙が集められた本です。涙なくして読めませんでした。まことに戦争とはむごいものだとつくづく思いました。まだ10代、20代、せいぜい30代と若いのに、むなしく無惨に殺されてしまうのです。
そして、前線の兵士たちは、国の指導者、そして戦争をあおり美化するマスコミ・ジャーナリストを呪います。本当に、その気持ちがよく分かります。
戦争は4年も続いたが、全戦死者の実に6分の1が最初の2ヶ月で死んでいった。夏のわずか5日間で14万人もの死者。なかでも、熾烈を極めた一日、1914年8月22日だけで、なんと2万7千人が戦死した。
最初の夏(1914年)、まだ皆、甘く考えていた。激戦は長く続かないだろう。ウィルヘルム二世(ドイツ帝国皇帝)は、早々に兵を引くに違いないと思っていた。激しいプロパガンダ合戦は始まっていたが、ほとんど人たちは、そんなものに関わっていなかったし、兵士たちは、この先に何が起こるのか分からず、ただ不安を抱えたまま、家族や職場に別れを告げた。
兵営や塹壕の腐臭が、僕らの抵抗が、僕らの苦痛が正義や幸福をつくるとは思えない。
名誉とか軍の義務とか、犠牲とか、そんなものは見かけ倒しにすぎず、戦争というのは、結局、なかに隠された骸骨のことではないのか。
戦争という娼婦は、その戦争を支える多くの連中の快楽によって出来ている。
「隠そうとしても無駄だから言っておく。今ぼくらは危険な状態にあり、惨劇が予想される。でも、落ち込んだりしないでくれよ。どうせ、皆、いつかは死ぬんだ」
わずか5ヶ月間で100万人のフランス兵が死んだ。当初の召集兵の4分の1だ。
「ぼくらは、まるで一人の人間のように一丸となって進む。そう、ぼくらは、このとき、殺すこと、皆殺しにすることだけしか考えないけだものになっていた」
「人は知るべきだ。この酷すぎる事実を知るべきだと思う。神の力って、どんなものなんだろう・・・」
「わが軍と敵軍、どちらの歩兵部隊も疲弊しており、最初に仕掛けたほうが、先に死ぬのは目に見えている。実際、皆、重機で倒されているのだ。もはや、人と人との戦闘ではなく、人が機械に挑んでいる」
「新聞に書かれているような快進撃なんて、ありはしない。新聞は国民を奮い立たせようと嘘を書くペテン師だ。あんな記事を信じてはいけない。兵士を消耗させるだけなのが戦争だ。戦争はペテンだらけだ。ぼくらはあらゆる業種からかき集められた労働者で、上の奴らは安全な後方で爆弾をつくっている。上の奴らだけが大金を手にし、ぼくらの受けとる俸給はごくわずか。ぼくらはお人好しだな。要するに馬鹿なんだ」
「軍隊に規律なんてない。まるで囚人や奴隷のような扱いだ。若い将校は出世のことしか考えていない。攻撃で手柄を立てるが、陣地を護ることで手柄を立てるが、それしか考えていない。どっちみち、下っ端の兵士が犠牲になる。将校には計画性がない」
そして、映画にもなっていますが、最前線にいたドイツ軍とフランス軍がクリスマス休戦をしたのです。お互いの塹壕を訪問しあい、煙草や葉巻を交換しあった。
「こっちも泥だらけなら、向こうも泥だらけ。ぞっとするほど汚くて、ああ、あいつらもきっともう嫌になっているんだなと思った」
「敵兵もフランス兵もひきつった死に顔は同じだ。はぎとられ、暴かれ、まざりあい、風が吹きつける戦場に散らばっている。弔ってくれる新しい者も聖職者もいない。朽ち果てていく死体には敵も味方もいない」
「戦争が2年も続いているうちに、人々が徐々に利己的になり、戦争に無関心になってきたのを感じる。ぼくたち兵隊のことなど忘れてしまったかのようだ。故郷に帰っても、まるで無関心の人がいる。おまえ、まだ生きていたのかと驚かれる」
「ドイツ兵捕虜の手紙を読んだ。彼らの手紙はぼくらの手紙と同じだった。みじめな生活。和平を心待ちにする思い。あらゆる行為の馬鹿馬鹿しさ。つらい思いは、みな同じだ。あいつらも、ぼくたちと同じ人間なんだ。不幸せな人間であることに変わりはない」
「新聞は腐りきった財界人と政治家の言いなりだ。戦争支持者と残酷な勇者を讃えるばかり」
「ぼくらは獣によりさがっている。まわりの兵を見ていて、そう思うし、自分についてもそう感じる」
『聞け、わだつみの声』を思い出しましたし、第二次大戦で生き残った日本兵の手記を読んでいる思いがしました。
そして、いま、日本の自衛隊が遠いアフリカまで出かけていって、ついに「戦死」者を出そうとしています。とんでもない事態です。愚かな財界人と政治家たちの金もうけのためにアフリカの地で、日本の平和とは関係なく「戦死」させられる若者の生命がいとおしくてなりません。今に生きる貴重な本だと思います。
(2016年10月刊。1900円+税)

忍性

カテゴリー:日本史(鎌倉)

(霧山昴)
著者 松尾 剛次 、 出版  ミネルヴァ書房
鎌倉時代に、ハンセン病患者に挺身していた高僧がいたのですね。ちっとも知りませんでした。良観房忍性(にんしょう)という僧です。ハンセン病患者の患部に自ら薬を付けるなど、直接的な看護を目指していたというのです。すごいですね。
忍性たちの教団はその時代に10万人近くの信者を獲得し、1500の末寺を保有していた。鎌倉時代、最大の信者数を誇る新興教団だった。その規模は、当時の日本で最大の人口を有していた平安京が12万人ほどと推測されていることからも想像できる。
忍性の生きた時代、すなわち13世紀の後期・末期から14世紀初頭の鎌倉時代は、日蓮や一遍といった鎌倉新仏教僧が活躍した時代であり、また蒙古襲来という未曾有の危機に見舞われた時代でもあった。
忍性は、奈良や鎌倉で精力的にハンセン病患者の救済活動をすすめた。
当時、ハンセン病患者は、人間に非ざる存在(非人)とされ、筆舌に尽くしがたい差別を受けた。前世あるいは現世における悪業によって仏罰を受けた存在だと認識されていた。それは、ハンセン病患者の救済に従事した叡尊らも例外ではなかった。
ハンセン病患者たちは、もっとけがれた存在だと考えられていて、非人と呼ばれ、人々との交際も拒否されていた。そうした彼らに忍性らは救済の手をさしのべた。こうした慈善救済事業と戒律護持の態度などから、忍性は北条時頼、重時、実時ら鎌倉幕府の幕閣たちの尊敬をも集めた。
当時、僧侶の妻帯は一般化していたし、僧兵という、僧侶でありながら武芸を誇る者が多数いた。忍性は戒律を重視し、その護持を誓い、他者にもその護持を求める律僧であるとともに、密教僧でもあった。このころ僧侶の破戒は一般的だった。戒律復興を叫び、戒律護持を勧めた叡尊、忍性らが注目されたこと自体が、そのことを逆説的に証明している。
中世において、僧侶には、官僧と遁世僧という二つのタイプがあった。叡尊らは、不治の病とされたハンセン病患者救済をはじめ、橋・港湾の整備、寺社の修造、尼寺の創出など、さまざまな社会救済事業を行った。その結果、叡尊の教団は、10万をこえる信者を擁する鎌倉時代最大の仏教勢力の一つとなった。
叡尊や忍性らは行基の活動をモデルとしていた。彼らは行基信仰をもっていた。
忍性をライバル視し、激しく批判したのが日蓮だった。忍性と日蓮は、宿敵と思えるほど激しく対立した。その背景には、都市鎌倉での信者をめぐる獲得競争があった。
忍性は、1303年(嘉元元年)7月12日に87歳で亡くなった。
鎌倉時代の社会の実相を再認識させられる本でした。
長年の友人である裁判官からすすめられて読みました。いい本をすすめていただき、ありがとうございました。
(2004年11月刊。2400円+税)

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