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2015年8月 の投稿

吾輩は猫画家である

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)
著者  南條 竹則 、 出版  集英社新書
 夏目漱石の「吾輩は猫である」は、この猫マンガを見て着想を得たと指摘されています。なーるほど、なるほど、と納得できました。
 イギリスのルイス・ウェインという猫画家について、その描いた猫の絵とともに紹介されている本です。
 夏目漱石がロンドンに留学したのは、1900年から1902年にかけてのこと。当時、イギリスではルイス・ウェインが人気絶頂で、その人間的でユーモラスな猫たちは、本や雑誌そして絵葉書にあふれかえっていた。
 猫たちが、人間そのものの動作をしていて、ついくすっと笑ってしまいそうになる楽しい絵のオンパレードです。
 絵は独立独歩を好むように見えながらも、その実、社会的な動物でもある。屋根の上だの原っぱだのに集まって、人知れず集会をしている。猫の夜の集会を撮った写真をのせた本を、このコーナーでも前に紹介しましたが、なんだか不気味な集まりです。
 ルイス・ウェインは、たくさんの猫の絵を描いたものの、絵を売るごとにその版権まで売り渡したため、膨大に増刷された絵葉書から、ほとんど収入を得ることができなかった。まったく利に疎かったのです。おかげで、老後は最貧の生活を余儀なくされていました。それを知った人々がカンパを募って、なんとか救われたようですが・・・。
 猫派の人にとっては、たまらない猫の絵尽くしの本です。
(2015年6月刊。1200円+税)

化け札

カテゴリー:日本史(戦国)

(霧山昴)
著者  吉川 永青 、 出版  講談社
 真田昌幸を描いた小説です。面白く、一気に読み通しました。
 境目の者、敵との最前線にある者は向背勝手、つまり危うくなったら寝返りも致し方なしとみなされる。武士だけではない。百姓も自らの身を守るため、双方の勢力に年貢を半分ずつ納めることが認められていた。戦乱の世ならではの習いである。
 岩櫃や沼田は真田昌幸が武田勝頼から引き継いだ地である。その武田を見限って北条に擦り寄り、織田軍が兵を向けたと知るや、そちらになびいた。織田信玄が横死すると上杉に付き、上杉の苦境を知って北条に帰順する。そして、真田は徳川に鞍替えした。実に5度目の寝返りだ。
武田を見限って、北条、上杉、そして徳川、果ては豊臣に付き、付いては離れ、騙し化かしてきた。それでも兵や政は武田流を貫いている。
 軍においては無駄口をきかず、戦においては敵の出鼻をくじき、勢いありと見れば一気に叩く。
歌留多札には幽霊が描かれているものがある。化け札、鬼札、幽霊札、いろいろの呼び方がある。ほかの全ての札に変えて使える。相手を化かす札である。
 「ならば、この真田昌幸、化け札になってやる」
 巷間にそしられることを承知で、真田家のため、民百姓のために武田を見限るのだ。誰に分かってもらえずとも構わない。だが、本領の安堵のみ、生き残りのみに汲々とするのみでは終わらせない。
 北条が、織田が恐れる真田は、そこまで安くない。真田一族が、北条、上杉、武田、徳川、そして織田、秀吉という大勢力のなかでしぶとく生きのびていく様を見事に描いていて、読ませる本です。
(2015年5月刊。1850円+税)

正楽三代

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者  新倉 典生 、 出版  インプレス
 寄席・紙切り百年というサブ・タイトルのついた本です。高座にかしこまって座っていながら、身体をゆっさゆっさ揺らしつつ、紙を動かしてはさみで器用に切っていく。紙切りは、本当に芸術だと見とれていました。
 この本は、初代、二代そして三代正楽の生きざまを刻明に追っています。
 高座で切り抜いたものを、その場で客に見せ、見せた瞬間に客をうならせるものでなければ、寄席芸にはならない。
 絵心はないほうがいい。紙切りは、見てすぐ分かるのがいい。一目見て分かるように切る。それが寄席の紙切り。
 短い時間で、いかに客を感嘆させる一枚を切り抜くか、いわば時間との勝負でもある。熟練の域に達したら、ひとつ切り抜くのに2~3分。客に見せた瞬間はもちろん、あとでじっくり鑑賞するのにも耐えてくれる作品に昇華させるのが理想的なのだ。
 上手く切ることよりも、客を喜ばせること、これは寄席芸の鉄則。寄席の紙切りは、高座に上がってから降りるまでが芸である。切った作品の良し悪しもさることながら、切っている姿も、また切った作品を客に見せる瞬間を演出するのも芸のうち。
 ちょっと身体を揺らすと、紙も揺れて、途中経過が分からなくなる。途中経過を見せないほうが、出来あがりを見たとき。客の感動は大きくなる。身体を揺らすと、躍動感が出る。
ふつうの人が紙を切るときは、ハサミの股の部分で切る。紙切りはもっと刃の先のほうで切る。ハサミのネジをゆるめて、刃の動きを自由にして、切るときの支点を刃先に近づけていく。紙との接点も刃先に近い。そして、その支点を微妙に変えながら、ハサミではなく、紙を動かすことで切っていく。いや、切れていく。
 初代の正楽は、ハサミを使うときに出来るタコが出来たが、しばらくして、すっかり消えてなくなった。ハサミを使うのに、力がいらなくなったからだろう。
線を引いてから切る癖をつけると、一人前の紙切り師にはなれない。
 世間が知っている世の中の物事を常に仕入れ、デザインを考え続け、高座で優雅に身体を揺らしながら、いとも簡単に注文にこたえる。しかし、その裏には、病気療養中でも、1日に30~40枚は切って勉強(練習)を欠かさなかった。そして、高座で失敗しないように、若いとき酒は飲まなかった。
 芸人の厳しさが、ひしひしと伝わってくる本でした。
(2015年4月刊。2100円+税)

なぜ書きつづけてきたか・・・

カテゴリー:朝鮮・韓国

(霧山昴)
著者  金 石範・金 時鐘 、 出版  平凡社ライブラリー
 済州島三・四事件について、その当事者でもある二人の文学者による真摯な対談集です。読みごたえがあります。
 1946年、北朝鮮では金日成が主導権を握った。そして、信託統治に賛成するのか反対するのか、意見が分かれた。これは、金日成と朴憲永との主導権争いでもあった。信託統治というのは、北朝鮮のさまざまな勢力のいわば民主的な妥協のもとで成り立つ「臨時政府」の樹立を目ざすわけなので、もしこの「臨時政府」が成立したとすれば、金日成は、その臨時政府の指導者のなかの単なる一人になってしまう。実際にも、当時のソ連は、金日成を朝鮮延滞の指導者というより、軍事指導者のあたりが適当だと考えていた。
 左派勢力のなかで、賛宅か反託かは、金日成と朴憲永の指導権争いの意味を持っていた。済州島の島内は、はっきり反託に固まっていた。アメリカとソ連という二代超大国が角突きあわせるなかで、アメリカ軍と民衆が限られた地域で衝突したのは済州島しかない。
「北」の改革がもう少しゆっくりした変革だったら、あれほど「共産主義」を嫌いにならずにすんだかもしれない。「北」の改革は、問答無用式に民族反逆者を処断し、土地を没収し、地主を追放してしまった。
 四・三事件が起きたのは1948年のこと。私が生まれた年のことです(私は12月生まれ)。4月の段階では、せいぜい長くて半年で終わると思っていた。本土からすぐにも援軍が来ると期待していた。南労党支部の軍事委員会が本土の国防警備隊とつながっていて、呼応した軍隊が反乱を起こして救援に来てくれるという説明がなされていた。
 たしかに軍隊の反乱は起きたのです。そして、例の朴正熙(元大統領)も、当時は南労党の軍事委員だったのです(危うく死刑になりそうになったのでした)。
 四・三蜂起のあと、4月28日には、武装蜂起隊のリーダーである金達三と第九連隊の金益烈連隊長とのあいだで和平合意が成立した。
組織というものは、動いているうちは強いけれど、ひとたび停滞して内部が割れ出すと、まったく無力になる。もっともおぞましくなって、誰も、みんなを信用できなくなる。
一人の赤色容疑者のために村をまるごと焼き尽くすという惨烈な殺戮が広まると、かえって「山部隊」に対する怨嗟も広まっていった。
四・三事件のとき殺戮した側のほとんどが、その後、個人的な栄達を手にして韓国社会での名士に成り変わった。そういう殺戮者が正義であるということは正さなければならない。
 四・三事件を平定した権力者たちは、誰が何と言おうと、殺戮者であることは間違いない。
今やカジノがあるので日本人にとっても有名な島である済州島で1948年に起きた悲惨な歴史的事実を、当事者の対談によって掘り起こした貴重な本です。
(2015年4月刊。1400円+税)

流(りゅう)

カテゴリー:中国

(霧山昴)
著者  東山 彰良 、 出版  講談社
 著者は台湾に生まれ、9歳のときから日本に移り住んでいます。
 著者が台湾で生まれたとき、私は大学2年生で、東京にいました。大学紛争に突入した年のことです。
 この本の主人公は、著者よりひとまわり上の世代、すなわち父親の歩みを追っています。
 1975年4月、蒋介石総統がなくなったとき、主人公は高等中学校(日本の高校です)の2年生、17歳だった。
 反共教育を学校で徹底してたたき込まれていたから、共産党は殲滅すべき憎き悪であり、毛沢東の頭には角が生えていると信じこんでいた。
 そして、主人公の祖父がある日、無惨な姿で殺されているのが発見された。物盗りより強盗殺人は考えられず、顔見知りによる犯行説が浮上した。なぜ祖父は殺されたのか。いったい祖父は戦前、どこで何をしていたのか、それが次第に明らかにされていきます。
主人公は軍隊に入らなくてすむよう画策しますが、ついに軍隊に入ります。
 規律や愛国心、厳しい上下関係をたたき込むために、陸軍軍官学校では先輩による後輩いびりが日常的に行われていた。この学校で学ぶのは、絶対服従の精神、ともにいじめを耐え抜いた仲間たちに対する連帯感と帰属意識だ。
 そして、次の世代へと受け継がれるのは、怒りの鉾先を何の恨みもない人たちへとすりかえる、その巧みな自己欺瞞である。進級したら、次は、後輩をいたぶる側にまわる。
日本の防衛大学校でも、実は、ここに書かれているのと同じ理不尽ないじめが確固たる伝統として根付いているそうです。防大のいじめ裁判を担当した弁護士から教えてもらいました。もし、それが本当なら、防衛大学校なんかに私の身内は絶対に行かせたくありません。
 主人公は、腹にめりこむ軍靴や容赦ない平手打ち、えんえんと終わらない腕立て伏せに辟易してしまったことから、半年で自主退学することにした。
なんたる人生のムダづかい。とてもじゃないけれど、耐えられなかった。
今も徴兵制のある韓国では、同じように考えている若者と親世代が多いようですが、なかなか徴兵制は廃止されません。残念です。徴兵制って、柔軟な思考力を型にはめ、自分の頭で考えないように訓練するというのですから、国の発展力がそがれてしまいますよね。
 そして、祖父のいた中国大陸へ主人公は出かけていき、そこで終戦直後に何が起きていたのかを知り、殺人事件の真相にたどり着くのでした。
 圧倒的な筆力によって、ぐいぐいと引きずり込まれてしまいました。さすが全員一致で直木賞を受賞しただけはある本です。中国大陸の国共内戦、そして台湾独立後の国民党支配に至って、それが安定するまでの歴史状況をふまえた推理小説というべきものでしょうか・・・。
(2015年7月刊。1600円+税)

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