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2015年6月 の投稿

弁護士・経営ノート

カテゴリー:司法

                               (霧山昴)
著者  弁護士業務研究所 、 出版  レクシスネクシス・ジャパン
 原和良弁護士(佐賀出身です)が監修している、弁護士実務にとても役立つ本です。
 法律事務所のための報酬獲得力の強化書というのがサブタイトルですから、経営危機から依然として脱出できていない私は、すぐに飛びつきました。
 とても役立つノウ・ハウが満載の本です。そして、それは小手先のハウツーものではありません。弁護士業務の奥深い理念の意義を強調していて、大いに反省もさせられました。
 ベンラボ(一般社団法人弁護士業務研究所)は、時代の逆境に立ち向かい弁護士に課せられた本来のミッションを担う弁護士を世に輩出することを目的につくられた共同研究組織。
 弁護士は、一般的に経済的な苦境にある。しかし、この現状が長く続くわけではない。困難な中でも、初心を忘れず、弱者に寄り添い、かつ楽天的に活躍する活動家がたくさん生まれることを大いに期待したい。
 私も、まったく同感です。
国税庁の統計によると、弁護士の26%が赤字だ(2013年4月)。
 弁護士の7割か赤字が所得が500万円以下だという統計もある。
 2006年と2010年を比較すると、売上げベースで3620万円が3340万円に、所得ベースで1748万円が1470万円に減少している。
私の事務所も同じです。そこで、どうしたらよいか。それが問題です。
 弁護士は、食っていければいいという経営方針では、食っていけない。
 多くの法律事務所では、事務所理念に経営という視点が欠落している。自分の強みは何か、というところに意識をフォーカスし(焦点をあて)、その強みで勝負しなければ、生きていけるはずがない。
 私の事務所は「愛ある事務所」をモットーとし、草の根からの民主主義を支え実践することを理念としています。
 経営戦略は、自分の強みと機会を見すえて、どこに力を集中するのかを考えること。自分に不得意なもの、非効率的なものは思いきって捨てる。
 たとえば、今の私は会社法をめぐる相談が来たら、ほかの弁護士をすぐに紹介してまわします。会社法は、私の頭のなかにははいってこないからです。
交流と業務の拡大の基本は、相手の関心、ニーズをよく聞くこと、自分の商品を売りつけるのではなく、相手の困っていることに自分の専門性や人脈で何か手助けをできないか考えて、提供すること。聞き上手に徹すること、ギブに徹することが大切だ。
 労務マネジメントにおいては、自分と違うもの、異論と多様性とを心から受け入れて感謝する気持ちを持ち続け、なおも粘り強く経営理念を貫き続けるという不断の挑戦が必要だ。
皮肉なことに、お金を追い求めれば追い求めるほど、お金は逃げていく。
 これまでの常識だった、「弁護士は、社会正義の実現に向け、志高く仕事をしていれば、待っていても相談が来る」という時代は終わった。
 ホームページをみて相談に来る人が増えている。ホームページをつくるのなら、専門に特化した情報にしぼったホームページをつくるしかない。
 たしかに、そう言えます。ですから、私のブログは毎日更新を目ざしています。
 弁護士の役割は、依頼者を幸せにするためのお手伝いであり、その手段として法的紛争の解決を目ざすということ。
 労働事件であろうと何であろうと、無料であること、安いことが必ずしも依頼者のニーズではない。適正な報酬を、きちんともらうことは、とても大切なこと。弁護士をしていく上で、次の三つを重視している。
 その一は、クライアントに安心感を与え、苦しみから解放する。
 その二は、関係者の感情を重視する。
 その三は、仕事を楽しみ、弁護士自身の精神的不調を防ぐ。
 弁護士として、依頼者に対して次のように言って説得する。
 「楽観的に考えても、悲観的に考えても、たいして結果は変わらない。悲観的に考える必要がないのだったら、どうせだったら楽観的に考えてほしい」
 本当に、私もそう思います。くよくよしたって始まらないのです。昨日のことは身体自身が忘れないけれど、せめて頭のなかだけは抜きたいものですよね。
 依頼者の前では、カラ元気でもいいから、陽気で元気よく行動することが大切だ。
 弁護士にとって、とても実践的であり、かつ示唆に富んだ本です。強く一読をおすすめします。
(2015年5月刊。3000円+税)

川上音二郎と貞奴

カテゴリー:日本史(明治)

                              (霧山昴)
著者  井上 理恵 、 出版  社会評論社
 オッペケペ節で名高い福岡生まれの川上音二郎について、劇場人としての歩みをたどった本です。
川上音二郎の生まれた年は確定できない。明治維新のときには、4歳か5歳だった。
 川上は、明治の終わり前に、50歳にならずして亡くなった。
川上音二郎は、明治の男、明治の演劇人だった。
川上音二郎は、新時代の政談を演説し、事件を舞台に上げて民衆の絶大な人気を獲得し、海外巡業に行き、その身体で西欧を感じとった最初の演劇人だった。
 明治の半ば、人々の貧しさや不当な扱いを許さない憤りが、暴動につながり、宗教に救いを求めた。宗教劇が流行し、仏教演説会を可能にした。
 明治20年(1887年)に俳優としてデビューしたあと、川上音二郎は一座を組んで社会的事件や政治的内容の芝居を舞台に上げていた、各地で講談、政談を口演しながら滑稽演劇も上演し、壮士上がりの素人たちで一座を組んだ。
川上音二郎は明治26年(1893年)、フランスへ行った。1月に日本を出て日本に帰ってきたのは4月末のこと。40日の船旅なので、パリに滞在していたのは2ヶ月ほどでしかない。
日清戦争が始まったのは1894年(明治27年)のこと。この日清戦争に日本が勝ったのが日本にとって、大きな災いをもたらしました。小さな島国の日本人が中国大陸に住む中国人に優越感をもってしまったのです。
 宣伝戦がうまくいって、日本人の多くが有頂天になってしまいました。日清戦争を舞台で演じると、みていた観客が舞台に上がって清国兵の役者を殴りつけたのでした。
 川上音二郎には反体制の意識はなかった。しかし、権力や権威を利用しつつも、それにこびへつらう気持ちもなかった。
川上音二郎が川上座を開場してから、不入り失敗したというのは間違い。いつも大入り満員だった。
 それでも、川上音二郎は高利貸への返済に追われていた。川上音二郎は、俳優たちとの離合集散を体験しながら、一座を運営して、常に「大入り」を取っていた。
 川上音二郎は、舞台を構成する演出者として能力を発揮した。川上音二郎は、アイデアマンで、構成能力があり、状況把握に長けていた。
 川上音二郎は、衆議院選挙に2回立候補したが、当選できなかった。当時は制限選挙である。この立候補と高利の借金返済のため、川上劇場の維持が困難となり、売却せざるをえなくなった。
 「金色夜叉」で、川上音二郎は高利貸になる貫一の役を演じたが、生身の川上音二郎は高利貸の取立に苦しんでいた。
 演劇人の川上音二郎の半生を丹念に紹介した本として、面白く読みました。
(2015年2月刊。2700円+税)

「わたしの日本語修行」

カテゴリー:社会

                             (霧山昴)
著者  ドナルド・キーン 、 出版  白水社
 ニューヨークで生まれて、ニューヨークで育った著者が、今は日本に住み、日本語ペラペラなのです。
 あまりにも成績優秀なので、著者は大学には16歳で入りました。信じられませんね。高校生が、そのまま大学に入ったというようなものですね・・・。
 著者は、徹底した反戦主義者です。にもかかわらず、海軍の日本語学校に入学します。でも、平和主義者であることと海軍へ入ることに著者は矛盾を感じませんでした。日本語を勉強するために日本語学校に入ったというだけなのです。軍隊については、何も学びませんでした。
 わずか11ヶ月で、日本語の新聞を読み、手紙を書き日本語で会話できるようになりました。すごいですよね、日本語をマスターするのに1年もかからなかったというのです。とんでもない速さです。
 海軍の日本語学校では、日曜日を除いて毎日4時間の授業があった。2時間は読解、1時間は会話、そして残る1時間は書き取り。一番むずかしかったのは、書き取り。
 そして、ハワイに派遣されて、日本兵の日記の解読に従事した。
 日本人の日記に感銘を受けた。日本兵は、新年ごとに日記を支給され、日記を書くことが、むしろつとめとされていた。外国人が日本兵の日記を読むことへの警戒心はなかった。
 兵士は、自分の本当の気持ちを書いたので、夢中になって読んだ。兵士のなかには、自分の死を覚悟し、これがアメリカ兵によって発見されることを見こして、最後の頁には英語で伝言が記されていた。
日本語を勉強するときには、はじめから漢字と一緒に覚えたほうがいい。はじめはローマ字のテキストを使うというのには反対だ。
 すごいアメリカ人がいたものですね。これでは、日本はアメリカに勝てるわけがありませんよね・・・。
(2014年11月刊。1800円+税)
 日曜日の午後、庭のジャガイモを掘りあげました。2月に植え、早過ぎてダメかと心配しました。地上部分の葉と茎が枯れたので、梅雨に入る前に掘りあげることにしたのです。立派なジャガイモがたくさんできていました。感動します。メークインとキタアカリです。さっそくオーブンで焼いて、バターをのせていただきました。昔、札幌の街頭で食べたジャガバタを思い出し、あつあつを美味しく食べました。至福のひとときです。
 暗くなってホタルを見に行ったのですが、途中の道路工事現場で足をすべらせ、地面に顔面を激突させてしまい、せっかくの美顔が台無しです。
 とっさに手を出して顔をかばえなかったのは、やはり反応が鈍くなったせいでしょう・・・。クスン。

「働くこと」を問い直す

カテゴリー:社会

                                  (霧山昴)
著者  山崎 憲 、 出版  岩波新書
 フォード・システムは、アメリカにおいて自動車の大量生産として確立した。
 一人の労働者が一つの工程でになう作業にかかる時間をタクトタイムと呼ぶ。現代で、もっとも生産性が高いとされる自動車工場のタクトタイムは50秒ほど。その作業を、人間が一日中、数百回くり返す。私には、とても耐えられません。
 アメリカで一般的なフォード生産方式では、職務が一人ひとりに固定され、重なりあうことはない。そこに労働組合も便乗していた。経営側にとって効率がよいだけでなく、労働組合にとっては、労働条件を引きあげる基準としても、都合が良かった。
 不良品は最終工程で取り除き、ベルトコンベアーの速度を上げて生産性を高めるという方法をとっていた。すべての工程に品質をチェックする機能をつけ加えようとするならば、一人ひとりの働き方を根本的に変えなければならない。それには、大きな痛みをともなう。
 日本的労使関係システムは、生産性運動、高度経済成長、春闘の三つを必要条件としたが故に、そのどれかが欠けたときには崩れてしまう弱さを内包していた。
 日本のホンダがアメリカに工場を作ったとき、すべての従業員を平等に扱う、役員と従業員の賃金格差を大きくしない、作業の業績が悪くなっても簡単に解雇はしない、労働組合はつくらせない、などなどだった。
 そのため、職務の範囲を広くして、従業員同士や部門同士の仕事を重なりあうようにする。チームワークを高めるため、教育訓練をする。そして、定期的に配置転換する。
 日本の自動車メーカーの成功の要因は、価格が安いというだけではなかった。燃費の良さ、価格の安さ、品質の良さが、日本の自動車メーカーの本当の競争力の源泉だった。価格の安さや品質の良さは、偶然の産物ではない。
 品質を高めることに全社を挙げて努力し、不良品の出る割合を下げることで、日本企業はコスト削減につなげてきた。
日本企業の強さは、働く一人ひとりが惜しみなく自分の能力を企業経営のために提供することにある。そのことを前提として、一人ひとりの仕事を他人とつなぎ合わせる。個の能力を高めるとともに、組織としても効率的に、かつ有機的に機能させるためだ。
 弁護士も多くは高給取りにはいりますが、その大半は夜遅くまで働いています。首都圏の弁護士について言うと、帰りは決まって終電車という人も少なくないのです。
 それはともかく、何のために、そんなにアクセク毎日、働いているのかを考え直させる本でもありました。
(2014年11月刊。780円+税)
 東京・銀座の映画館でイギリス映画「パレードへようこそ」をみました。
たまに、いい映画をみると、本当に生きていて良かったなと思います。人間同士の心の触れあいによる温かさを感じると、よーし、明日もがんばろうと思えるからです。
 舞台はサッチャー政権下のイギリスです(1984年)。炭鉱労働者がサッチャー政権の炭鉱閉鎖に反対してストライキを続けるのですが、4ヶ月目に入って展望を見出せません。そのとき、ロンドンのゲイの若者たちが、炭鉱労働者と連帯しようと考え、そして行動に立ち上がったのです。募金を届けようとすると、炭鉱の街の方でゲイへの抵抗が強く、なかなか受けとってもらえません。ついに、ひょんなことから連帯行動が始まります。
 実話にもとづく展開なので、痛快な場面があり、また挫折もさせられます。
 でも、最後には、大同団結を勝ちとることができるのです。
 権力に屈せずたたかう炭鉱労働者と、同じように権力に抗して自分たちの生きる権利を主張して行動するゲイとレズの人々が、一致点で街頭パレードをするラストシーンは、思わず涙があふれ出してくるほど、感動的でした。

森にすむ人々

カテゴリー:生物

                               (霧山昴)
著者  前川 貴行 、 出版  小学館
 森にすむ人々というので、ジャングルのなかに今も生活している集落を紹介するのかと思うと、まったく違います。サルやチンパンジー、ゴリラや、ボノボなどを紹介した大判の写真集です。
 「彼らと我々は、同じヒトの仲間である」
 このように表紙に書かれています。本当に私もそうだと思うのですが、現実には、「彼ら」は絶滅しかかっています。人間(ヒト)が彼らの安住できる環境を大々的に奪いつつあるからです。諸悪の根源は、まさしく人間なのです。
 ジャングルのなかの彼らの生態が、こんなによく撮れるものかと、思わず驚嘆してしまうほど、よく撮れています。
 オランウータンは、雨が降ると、濡れるのをいやがり、葉の茂った枝をかき集めて、頭に載せます。
 ゴリラの子どもたちが仲良く遊んでいる様子も可愛いですね。
オスの大人のゴリラは、シルバーバックと言われるように、でっかい体格をしていて、背中が白くなっています。ところが、平和主義者で、草食なのです。ヒレアザミが鉱物なので、大きな口を開けてかじります。
チンパンジーは、イチジクの実が大好物です。そして、アカンボウを背中に乗せて、母チンパンジーは森の中を自由に移動します。
 森の中の大型類人猿の迫力あるアップ写真を眺めると、彼らにも個性があり、「人格」というか威厳があることがよく分かります。
 たかがサルなんて言うことは絶対にできないド迫力の写真集です。せめて図書館で手にとって眺めてください。
(2015年3月刊。2700円+税)

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