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2012年3月 の投稿

くちびるに歌を

カテゴリー:社会

著者   中田 永一 、 出版   小学館
 この小説の舞台は長崎県の五島列島。しかも福江ではなく、上五島です。弁護士の私にとって、この五島は絶対に忘れることができません。というのも、弁護士になった4月のこと、まだ弁護士バッチも届いていないとき、日教組が時の政府から選挙弾圧を受けました。当時、関東に住んでいた私は、なぜか九州・長崎へ応援部隊として派遣されることになったのです。選挙弾圧に対するたたかいの心得だけを先輩弁護士から教えられて、不安一杯のまま長崎へ向かいました。長崎に着くと弁護士が大勢いるのに安心したのもつかのまのこと、長崎県内のあちこちに弁護士は散らばって警察への対策を弾圧の対象となっている教職員に指導・助言することになりました。五島列島へ向かったのは弁護士2人。そして、五島列島には上(かみ)と下(しも)の2ヶ所に分かれます。がーん。なんと弁護士になりたて、まだ1ヵ月にもならない私が一人で修羅場に放り込まれることになったのです。そのとき私は25歳。迎えたほうも、いかにも頼りない若いひよっこ弁護士が東京からやってきたと感じたことだと思います。それでも若くて怖いもの知らずでしたから、中学校の体育館で200人ほどの教職員に向かって演壇から聞きかじりの選挙弾圧への心得を話しました。冷や汗をかきながらの話でしたから何を話したのか、もちろん覚えていません。私の脳裡に今も残っているのは広い体育館に整列している大勢の教職員の不安そうな目付きです。
 幸いなことに上五島では日教組支部の幹部が検挙されることはありませんでした。黙秘権の行使とその意義をずっと大きな声で言ってまわったことと、五島の旅館で食べた魚の美味しかったことは今でもよく覚えています。
 この本は、その五島列島に住む中学校の生徒たちが佐世保で開かれる合唱コンクールに参加・出場するに至るというストーリーです。そのコンクールで優勝するというわけではありません(すみません。結末をバラしてしまいました)。でも、それに代わるハッピーエンドがちゃんと用意されています。
 中学生の複雑な心理状態がよく描かれていて、今どきの島の中学生って、本当にこんなに純朴なのかなあと半信半疑ながら、ええい欺されてもいいやと腹を決めて没入して読みふけりました。
歌があり、手紙があります。15歳のとき何を考えていたのか、私にとっては思い出すのも難しいことですが。15年後の自分を想像して、その自分に手紙を書けという課題が与えられたというのです。
 中学生のころは、大人になって何をしているかなんて、まったく想像もできませんでした。ただ、中学校の同窓会があったら、ぜひ参加してみたいなという気にはなりました。
 泣けてくる、爽やかな青春小説です。あなたの気分がもやもやしていたら、ぜひ読んでみてください。なぜか、気分がすっきりしてくると思います。
(2011年10月刊。2800円+税)

私の五つの仕事術

カテゴリー:司法

著者   谷原 誠 、 出版   中経出版
 「同業の弁護士から『どうしてそんなに仕事ができるの』と言われる私の5つの仕事術」というのが、この本の正しいタイトルです。まだ43歳という若い弁護士ですが、既に25冊もの著書があるそうです。たいしたものです。
自分の決めた目標をやり抜くには、何かを犠牲にしなければいけない。覚悟を決め、捨てるべきものは捨てなければいけない。
 私の場合には、本を読むためにテレビは見ないことに決めました。また、二次会もつきあわないことにしています。これで、自分の時間がかなりつくれます。たくさんの新聞を読んで、日本と世界で起きていることの意味を知りたいので、スポーツ・芸能欄は素通りしてまったく読みません。
 たくさんの仕事を素早くするには、自分の手元にある仕事は、すぐに相手に返してしまうことである。
 自分の器を広げれば、相手が期待する以上の仕事をすることだ。上司に仕事を頼まれたときには付加価値をつけて、上司の期待を上回らなければいけない。これを続けていくと、まわりから評価され、自分の成長にもつながっていく。
仕事でイライラしないためには、相手に期待しすぎないこと。感情をコントロールする方法を身につけると、コミュニケージョンでイライラすることがなくなり、気分よく仕事に専念することができ、高いパフォーマンスを維持できる。
 弁護士の仕事は同情することではなく、クライアント(依頼者)の利益を守ること。だから第三者の視点を常にもち続けることが大切である。クライアントの話を聞くとき、どっぷりと入りこまない。できるだけ依頼者と同じレベルの感情になって感情に支配されてしまわないように努める。
できるだけ先手を打つ必要がある。期限が過ぎて提出された99%の出来の報告書より、期限前に提出された90%の出来の報告書のほうが評価される。
 仕事を効率的に、確実に進める最大のポイントは、目の前の仕事にとにかく着手することだ。
私も、ちょっとした細かい仕事を片付けて、モチベーションが高まったところで、重量級の本格的な仕事に取りかかるといった工夫をしています。そして、机の上は、いつもすっきりした状態にしておきます。今、何をやるべきか、いつも明確にしておくべきです。こうやって、私もたくさんの本を書いてきました。
私の日頃の考えと共通するところが多かったので、うんうん、そうだよねとうなずきながら読みすすめていきました。
(2012年2月刊。1400円+税)

旗本御家人

カテゴリー:日本史(江戸)

著者  氏家 幹人   、 出版   洋泉社歴史新書y   
 おさそいとは、職務上の過失などを犯した幕府の役人が罷免されたり、病気と称して辞任すること。
御宅(おたく)とは、幕臣が重大な過失を犯したとき、夜になって名代(みょうだい)の者が若年寄の御宅に呼び出され、監察官である目付立ち会いの下、役職の剥奪と厳重な謹慎を申し渡されること。
いずれも、現代の用語とは全然ちがった意味の言葉だったのですね。
 幕府の職場では、陰湿で卑劣なイジメが習慣化していた。それによる殺人事件も起きていた。
蔵宿師(くらやどし)は、お金に困った蔵米取りの幕臣から高額の礼金を受け取って、蔵宿に多額の借金を強請(ゆす)るワルな連中のこと。
番町のあたり(千代田区には有名な番町小学校があります)には、旗本などの武家屋敷が並ぶので、上品でお堅い町だと思っていると、実は、番町辺の武家の息女たちは、当地の風として淫奔な娘が多く、処女は百人に1人くらい。千二百石とか五百石とかの立派な旗本の息女たちの色恋沙汰には歯止めがかけられなかった。番町辺の旗本のお嬢さんというと、それだけで良縁がまとまりにくかった。
うひゃあ、これって全然イメージがこわれてしまう話ですよね。まあ、日本は、昔から性的に解放されていたことで世界に冠たる国というわけなんですが・・・・。
 江戸城内には、老衰場(ろうすいば)と呼ばれる場所があった。旗奉行、鑓(やり)奉行には高齢者が多い。73歳で旗奉行になったり、69歳で鑓奉行になったりしていた。そして、在職中に没することが少なくなかった。83歳で大奥の取締り等が職掌の留守居に就任した人物もいる。
 ところが、他方で、年齢についてはゲタをはかせて届け出ることが常態化していたのでした。なぜか?
大名や旗本の当主が17歳未満で亡くなると、養子が許されず、家は断絶するという相続の法があったからである。そこで、息子の年齢をあらかじめ何歳も高く届ける詐称が慣例となっていた。
 出生届は、いいかんげんだった。すると、幕臣の弟子たちは、本来なら17歳で受験すべき素読吟味に8歳や9歳でトライしなければならないことが起きていた。
与力や御従などの御家人の地位は「株」として実質的に売買が許されていた。百姓町人でもお金を出せば、御家人すなわち御目見以下の幕臣になることができた。そして、ひとたび御家人になれば、御目見以上の旗本に昇格し、さらには幕府の要職に就くことだって可能だった。いま想像する以上に、幕臣社会とりわけ御家人社会には庶民出身者は多かった。川路聖謹と井上清直の兄弟も、正真正銘のなりあがり組である。
 遠山金四郎に似た奉行が実在したというもの面白い話です。能勢甚四郎は、八代将軍吉宗のときに町奉行に就任したが、かつて通った新吉原の遊女たちから「お久しぶり」と声をかけられたというのです。ええっ、本当の話なんでしょうか・・・・。
 江戸時代のことを知るというのは、本当の日本人の姿を知ることだとつくづく思います。
(2011年10月刊。890円+税)

写真の裏の真実

カテゴリー:日本史

著者   岸本 達也 、 出版   幻戯書房
 あの硫黄島の戦いで、捕虜となって生き残った日本兵がいたのですね。しかも、この日本兵は栗林忠道中将のそばにいる通信担当兵でした。
 運良く助かった、この日本兵が生き延びることが出来たのはフランス語を話せたからでもありました。戦前の東京でアテネ・フランスに通ってフランス語が話せるようになったのです。そして、アメリカ兵に託した家族写真の裏にはフランス語が書かれていました。しかも、なんと、それはボードレールの「悪の華」の一節だったのです。
 この暗号兵はアメリカ軍に対して自分の知っている日本軍の機密情報を洗いざらい提供したのでした。これを日本への「裏切り」として許せないと怒った元日本兵がいますが、どうでしょうか。むしろ、一刻も早く日本を敗戦にもち込んだほうが多くの罪のない日本人が助かると考えたからですので、本当の意味での愛国者と言えるのではないでしょうか。愛国心というのは、その国に住み生活している人々を大切にすることだと私は思います。
 このように、「スパイ」行為(この暗号兵は決してスパイではありません。念のため)は、真の愛国心と両立することもあるのです。ところが、現代日本でまたもやかつてのスパイ防出法案と同じ秘密保全法を政府は制定しようとしています。情報の国家統制を強めようというわけです。許せません。いま、弁護士会は大きな反対運動に立ち上がろうとしています。
それはさておき、この暗号兵はアメリカ軍に対して本名を偽っていました。なぜか?
 日本兵は捕虜にはならない、なってはいけないという戦陣訓があったからです。捕虜になったことが知られると、日本にいる身内に迷惑がかかります。ですから本名を名乗ることができなかったのです。
 クリント・イーストウッド監督による硫黄島の戦いを描いた映画二部作『父親たちの星条旗』『硫黄島からの手紙』は、私も映画館で見ましたが、感動的な大作でした。戦争の不条理さもよく描いていたと思います。それにしても、あんなに激しい戦闘のなかで、よくも捕虜として生きのびたものだと思います。
 この本は静岡放送のディレクターが、わずかな手がかりをもとにして、この暗号兵を探り出していく過程を描いています。よくぞ判明したものです。厚労省の社会・援護局が調査して突きとめたものでした。フランス語を勉強したのは、フランスに渡って画家になる目標を実現するためだったのです。
 よくもまあ、ここまで調べあげたものだと感心しつつ、捕虜となった日本兵のその後の厳しい人生をしのんだことでした。
(2011年12月刊。2500円+税)

弁護士探偵物語

カテゴリー:司法

著者   法坂 一広 、 出版   宝島社
 ミステリー大賞受賞作品です。賞金はなんと1200万円。すごーい。私が、1200万円はすごいすごいと言ってまわっていると、なんだモノカキって、お金欲しさでやっていたんですか・・・と皮肉を言ってのけた後輩の弁護士がいました。いえ、別に、あの、この、1200万円という大金が欲しくて言っているんじゃなくて、いや、やっぱり1200万円って欲しいです、とか、しどろもどろで、弁解にならない弁明をしてしまいました。
 福岡の若手弁護士が自分と同じような福岡の若手弁護士を主人公に仕立て上げて展開するミステリー小説です。次々に殺人事件が起き、それを弁護士が決して見事とは言えない手法で解き明かしていきます。年齢相応の良識というべきか、大人の常識を十二分に身につけ過ぎた私にはとても書けない文体で物語は進行していきます。はて、これはアメリカの探偵物語で読んだ気がするよな、と思わせるセリフと表現が満載です。
 足の指先の感覚なんて、懲戒弁護士が分不相応なメルセデスを買って頭金を払ったあとの口座残高のように、きれいさっぱり消え去ってしまった。
 この表現は、まるで日本人離れしていますよね。日本人は欧米の人と違って、超高級車のメルセデスベンツをベンツとは呼びますが、一般にメルセデスと呼ぶことはありません。ところが、欧米ではメルセデスと呼ぶのだそうです。それにしても、きれいさっぱり消え去る例証として、ベンツを買ったあとの口座残高というのは、分かったようで分からない話です。
以下のような表現には弁護士として大いに共感を覚えました。
 裁判官や検事は、事件を数多く処理できれば許され、内容は問わない。その一方で、裁判員裁判制度が導入されて分かりやすい裁判をしなければならないなど言われ、弁護士は法廷で書面を読みあげるだけでは許されなくなりつつあるらしい。どうにも不公平だ。
ところが、次のような警察官のセリフもあります。うむむ、そう言われても、立場が違うんですが・・・。
 弁護士なんて、偉そうに特権階級にあぐらをかいているだけやろうが。お前らがあぐらをかいとる、その下の秩序を命がけで守っとるのは誰や。人権だか何だか知らんが、俺たち警察が命がけで守っとる秩序を、お前らは、金や自己満足のために壊しとるだけや。
 ミステリー大賞をもらうと、この本にある解説によるれば、受賞したあと選考委員や編集者のアドバイスによって徹底した書き直しがあるそうです。うむむ、これはすごい。大変そうです。
 まあ、それはともかくとして、394作のなかで見事に大賞を仕留めた「おそるべき強運とデビューのあとの変貌」に、私も大いに期待しています。
(2012年1月刊。1400円+税)

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