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2011年3月 の投稿

宇宙より地球へ

カテゴリー:宇宙

著者  野口 聡一、  出版 大和書店
 
 国際宇宙ステーションに半年近く滞在していた宇宙飛行士の野口さんによる体験記と宇宙から見た地球の写真が満載の楽しい写真集です。宇宙ステーションというと、私の子どものころは鉄腕アトムと同じで夢物語でしかありませんでした。それが今ではなんということでもなく(!?)往復できるものになっているのですね・・・・。
打ち上げから8分後には、宇宙にいる。窓から、丸い地球が見えてくる。
澄み切った青い地球の姿が見えます。公害問題も、環境汚染もまったく感じられない地球です。
 国際宇宙ステーションはサッカー場を超える大きさ。うへーっ、これって超大きいですよね。宇宙ステーションの窓から地上がよく見えます。アフリカの砂漠も、アマゾンの密林も、アメリカも日本も・・・・。
宇宙で食べる献立もメニューが豊富になったようです。夕食はみんなそろって歓談しながらとるといいます。やっぱり団結するには一緒に食事するのが不可欠ですよね。
 シャワータイムもあります。でも、宇宙では水はとても貴重なものです。地上のように、流しっ放しというわけにはいきません。最後に洗い流さなくてもいいシャンプーをつかったりして、なんと全身を洗っても100ccのお湯で足りるというのです。驚きました。
 20年前、フランスのグルノーブルへ一人旅したとき、初めシャワー付きの部屋しかないと言われて、それはダメ、風呂のある部屋にしてほしいと交渉したことを思い出しました。旅先で手足をゆっくり伸ばしてゆっくり風呂に浸かってリラックスしたいと思ったのです。なんとか、つたないフランス語で風呂付の部屋に替えてもらって喜んだことでした。
宇宙船のなかでは、よく物がなくなってしまう。ええーっどうして・・・・?もちろん、他のクルーが盗るなんていうことではありません。重力がなくて、すべての物体がふわふわ浮いているため、空気の流れに乗って動いていってしまうのです。だから、空気を読むのは宇宙でも大切なのだ・・・・。なんだか、ちょっと違いますよね。
宇宙船にじっとしていて、何もしないと骨が弱くなってしまう。そこで、毎日、2時間は運動していた。筋トレは宇宙に長期滞在すると欠かせないのですね。
宇宙から見える地球の姿を眺めていると、地球上の紛争なんて、いかにもちっぽけ過ぎると、つくづく思ってしまいます。まあ、私など、そのおかげでメシを食わせてもらっているのですが・・・・。
(2011年2月刊。1400円+税)
早くもチューリップがつぼみになりました。今週にも咲きはじめることでしょう。隣家のハクモクレンの純白の花が満開です。通勤途中にはコブシの白い花が咲いている並木路があります。
日曜日に事務員さんの結婚披露宴がありました。久しぶりの披露宴です。身近な弁護士に入籍したけれど披露宴はしないという人が何人もいます。今回も仲人はなく、最後の挨拶も新郎のみで、親からのお礼の言葉というのはありませんでした。
私の事務所の全員がビデオレターで登場したのですが、あとから「楽しそうな事務所ですね」と声をかけてもらい、所長としてうれしく誇らしく思いました。
それにしても「絶対安全」のはずの原子力発電所の事故による放射能もれは恐ろしいことです。自衛隊より消防庁のほうが役に立っている現実がありますが、大会社の嘘は絶対に許せません。
一刻もはやく放射能もれを止めさせてほしいですよね。

前方後円墳の世界

カテゴリー:日本史(古代史)

著者 広瀬 和雄、  岩波新書  出版 
 
3世紀中頃から7世紀初めにかけての350年間に、日本列島に5200基もの前方後円墳が築造された。そのうち墳長100メートル以上の大型のものは302基。畿内地域に140基が集中している。 
首長の生活拠点や生産基盤から離れた地点に前方後円墳がつくられた背景には、多数の人々に見せるという目的があった。 
古墳時代の共同体の繁栄には、亡くなった先代と当時の二人の首長によって保証されるという共同幻想があった。 
古墳のふもとに埴輪群像を立てている区画がありました。その再現写真は見事なものです。首長権の継承儀礼、もがり、葬列、生前顕彰、墓前、祭祀などのシーンがさまざまな形をした埴輪によって再現されているのです。
 弥生墳墓によるかぎり、大和地域の政治勢力が他地域の首長層を力で屈服させたという説明は困難である。むしろ、各地の勢力が共存していたのではないか。
 前方後円墳と前方後方墳の併存は、各地の首長層に政治的なランク付けがあったことを物語っている。前期古墳の墳丘規模や埋葬施設、あるいは副葬品の各寡からすれば、東国首長層には一段低い地位が与えられていたと解される。
古市古墳群と百舌鳥古墳群を造営した二つの有力首長が、津堂城山古墳、石津丘古墳、仲津山古墳、誉田山古墳、大山古墳、ニサンザイ古墳、丘ミサンザイ古墳の順で、輪番的に大王の地位を七大にわたって世襲した。したがって、百舌鳥・古市古墳群における巨大古墳の登場を、大和から河内での政治中枢の移動、もしくは河内で力を蓄えた政治勢力が大和勢力から政権を奪取したとみなす「河内政権論」は成立しがたい。
平城宮をつくるとき、巨大前方後円墳である市庭古墳の前方部が削平された。ほかにも、いくつか完全に破壊された古墳がある。
中央と地方の首長たちを結びつけ、代々の系譜的なつながりで政治的正統性を確証し、首長層の一個の価値体系をなしてきた前方後円墳を、奈良時代の貴族は見事に否定している。個々には連続性ではなく断絶、異質のものが認められる。
うむむ、前方後円墳を知らずして日本の古代は語れませんが、そこに新しい視点が持ち込まれています。大変に刺激的な内容ですし、大いに勉強になりました。
(2010年8月刊。720円+税)

細川三代、幽斎・三斎・忠利

カテゴリー:日本史(江戸)

著者  春名 徹、  藤原書店 
 
熊本城の大広間が再現されたのを見ましたが、それはたいしたものです。佐賀城の大広間の再現にも感嘆しましたが、やはり熊本城のほうがはるかにスケールが大きいと思います。その熊本城の主であった細川家は、戦国時代を生き抜いて熊本に定着したわけですが、それに至るまでは決して安穏した状況ではありませんでした。そのことが実によく分かる本です。500頁もある分厚い本ですが、最後まで興味深く読み通しました。
細川家三代の基礎をつくった幽斎・細川藤孝は12代足利将軍義晴(よしはる)の側近、三淵(みつぶち)大和守晴員(はるかず)の次男である。ところが、実は、藤孝の本当の父親は将軍義晴であったとも言われている。いずれにせよ、藤孝は、織田信長と同年の生まれ、秀吉より3歳、家康より8歳上であった。
藤孝は足利将軍義昭につかえていたが、織田信長が抬頭するなかで、信長につかえるようになった。そして、ついに将軍義昭を見限り、信長についた。
藤孝は、信長が安土城を居城として京都一円を支配していたとき、丹後国の支配をまかされた。
天正10年(1582年)光秀が信長を殺害したとき、藤孝は光秀の娘を妻(玉。ガラシャ)としていた息子・忠興を試した。しかし、親子そろって、光秀には組みしなかった。幽斎と忠興父子は、秀吉支持で一貫した。
利休の切腹、朝鮮出兵そして秀次失脚によって細川幽斎も、忠興もきわどいところを切り抜けていったようです。そして、忠興の妻、ガラシャ(光秀の娘)は大坂方(石田三成)に攻められ、自決した。
細川家が本に書かれやすいのは、膨大な手紙が残されているからです。
忠興は、三男忠利に対して、現在するだけで1700通、その他をあわせると2千通も残っている。そして、忠利も、光尚あてに1400通が残っている。忠利の手紙の総数は4千通といいますから、半端な数ではありません。
徳川政権の確立期に、ひたすら情報を集め、政治の推移をうかがい、自らも家を保ち、それを円滑に後継者に継承するための過程を生彩ある筆で描きだしたのである。
すごいですね。細川家が熊本に入ってからも、いろいろありました。その一つが、島原の乱です。そして、阿部一族の事件の真相は・・・。これらについても大変興味深く、読み通しました。
                   (2010年10月刊。3600円+税)

『日欧文化比較』

カテゴリー:日本史(戦国)

著者 ルイス・フロイス、    出版 岩波書店
ルイス・フロイスの日本覚書
1. ヨーロッパでは、未婚女性の最高の栄誉と財産は貞操であり、純潔 が犯されないことである。日本女性は処女の純潔を何ら重んじない。それを欠いても、栄誉も結婚(する資格)も失いはしない。
29. ヨーロッパでは、夫が前方を、そして妻が後方を歩む。日本では、夫が後方を、そして妻が前方を行く。
30. ヨーロッパでは、夫婦間において財産は共有である。日本では、各々が自分の分け前を所有しており、ときには妻が夫に高利で貸し付ける。
31. ヨーロッパでは、妻を離別することは、罪悪であることはともかく、最大の不名誉である。日本では、望みのまま幾人でも離別できる。彼女たちはそれによって名誉も結婚も(する資格)も失わない。
32. (ヨーロッパでは)墜落した本姓にもとづいて、男たちの方が妻を離別する。日本では、しばしば妻たちの方が夫を離別する。
33. ヨーロッパでは、ひとりの親族が(女)が誘惑されても、(その奪還のため)一族全部が死の危険に身をさらす。日本では、父母兄弟が見て見ぬふりをし、そのことをあっさりと過ごしてします。
34. ヨーロッパでは、娘や処女を(俗世から)隔離すること、はなはな大問題であり、厳重である。日本では、娘たちは両親と相談することもなく、一日でも、また幾日でも、ひとりで行きたいところに行く。
35. ヨーロッパでは、妻は夫の許可なしに家から外出しない。日本の女性は、夫に知らされず、自由に行きたいところに行く。
38. ヨーロッパでは堕胎は行われはするが、たびたびではない。日本ではいとも普通のことで、20回も堕胎した女性がいるほどである。
39. ヨーロッパでは嬰児が生まれた後に殺されることなど滅多にないか、またはほとんどまったくない。日本の女性たちは、育てることができないと思うと、嬰児の首筋に足をのせて、すべて殺してしまう。
45. 我らにおいては、女性が文字を書く心得はあまり普及していない。日本の貴婦人においては、もしその心得がなければ格が下がるものとされる。
54. ヨーロッパでは、女性が葡萄酒をのむなど非礼なこととされる。日本では(女性の飲酒が)非常に頻繁であり、祭礼においてはたびたび酩酊するまで飲む。
どうでしょうか。戦国時代の日本女性について、ヨーロッパの人々が大変驚いたことがよく伝わってきますよね。
(1991年11月刊。6600円)

無縁社会の正体

カテゴリー:社会

著者  橘木 俊詔、   出版  PHP研究所
 この著者の本は、いつものことながら、とても実証的で大変勉強になります。
日本の自殺者は毎年3万人を超えているが、自殺者の多い40歳代から60歳代では、男性の自殺者数は女性の3倍になっている。自殺の理由は健康問題と経済問題の2つで79%つまり8割を占めている。
 戦前の日本では単身者は5~6%と、非常に少なかった。ところが2010年に31.2%となり、これから2030年には37.4%になると見込まれている。3分の1以上、4割に近い単独世帯である。これは、結婚しない単身者の増加と老後に一人で住む人の増加による。
 貧困大国・日本はあながち誇張ではない。そして、貧困者をふくむ低所得高齢者の所得は年金しかないのが現実だ。
 年金給付額をアップせよというと反対論が起きる。自立の精神にもとづいて、老後の生活に備えて自己資金を十分に蓄えておくべきだという考え方である。しかし現実には、これらの高齢者の多くは、若・中年期の所得が低かったうえ、それほど贅沢な消費をしていなくとも、貯蓄にまわせる分が少なかったので貯蓄額が低かったのであって、本人だけの責任ではない。
 そうなんですよね。自己責任という前に、社会がきちんと機会を与えていなかった、否むしろ、その機会を奪っていたという現実を直視すべきではないでしょうか。自己責任論は政治の責任をあいまいにしてしまいます。
 日本の貧困は、母子家庭における深刻さが目立つ。高齢単身者は、全貧困者のうち5分の1を占めている。貧困に苦しむ高齢者(とくに単身者)は、生活保護制度に対してほとんど期待できないのが現実である。資産調査が厳しいし、申請書類が複雑だし、恥の感情から申請をためらう。
戦前までの日本は、国民皆婚時代と呼ばれるほど、ほとんどの人が結婚した。しかし、1970年代半ばから婚姻率が7~8%と低下しはじめ、現代では5%にまでなっている。生涯に一度も結婚しない人(生涯未婚率)は戦前までは2%以下だった。ところが、1990年代に入ると5%をこえ、ここ15年のうちに5.5%から16.0%へと3倍も増えた。
お見合い結婚は、50年前には結婚全体の半数以上を占めていた。今では、1割にもみたない。結婚にあたって仲人を立てる人が激減し、1994年に63.9%だったのが、2005年には1.3%でしかない。結婚は、当事者同士だけのものとなっている。
私の住む町にも一人暮らしは多く、同じ団地内には数多くの人が一人で生活しています。老後を安心して生活できる社会環境にない日本って、本当に残念です。そして、その解決には消費税を増税するしかないという議論があまりにも多すぎます。消費税を増税しても法人税減税の穴埋めにつかってきた事実があるわけですから、ごまかしはやめてほしいと思います。いろいろ考えさせてくれる本でした。
 
(2010年2月刊。1600円+税)

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