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2009年12月 の投稿

思い出を切りぬくとき

カテゴリー:社会

著者 萩尾 望都、 出版 河出文庫
 萩尾望都の漫画家生活はもう40年になるそうです。すごいですね。私の一つ年下のようですが、私の母と著者のお母様は女学校の友だちとして親しかったので、私もお母様とは顔を合わせることが何回もありました。最近、著者の顔写真を新聞で拝見して、私の記憶にあるお母様にあまりに似ているので、びっくりしてしまいました。もちろん、これは我が家のアルバムにあるお母様の顔写真も脳裏に焼き付いているからでしょう。
 この本に書かれているエッセーは、実はかなり古いものです。一番古いものは1976年とありますから、昭和でいうと51年です。まだ私が横浜弁護士会に登録していたころです。
 私が駆け出しの弁護士になったばかりのころ、既に著者は人気の漫画家でした。それも当然ですよね。『ポーの一族』なんて、すごいですよね。しびれてしまいますね。あとになりますが、『残酷な神が支配する』という漫画は、どうやってこんなストーリーを思いついたのか、不思議でなりませんでした。
 著者は、漫画家志望の子に対して、本をたくさん読むように、劇をたくさん観るようにすすめています。その点は、私もまったく同感です。想像力を働かせるには、自分の体験だけでは足りないと思うからです。
 そして著者は、何かのストーリーを描いているときにうける「ほんの15分のインタビュー」や「ほんの5分で描けるカット」の依頼をなぜ断るのかについて語っていますが、これまた、弁護士である私にも同感至極です。
 頭を切り替えるのは簡単ではない。漫画のストーリーを考えているのを止めて、カットのほうに気を入れなければいけない。この気持ちの切り替えだけで半日かかったりしてしまう。ストーリーを考案しているときには精神を集中する必要がある。その集中力をいったんとかないといけない。
 渡部昇一の『知的生活の方法』にも、仕事している最中に電話でそれを中断されると、仕事のボルテージが極度に下がってしまうと書かれている。まさしく、そのとおりなのだ。
 そうなんです。だから私は事務所にいても電話で話すのは必要最小限にとどめています。相手によっては私は出ずに、事務局でそのまま対応してもらいます。私はそばにいて、「こう返事しなさい」と耳元でささやくだけです。それでいいのです。私は頭を切り替えるムダを省いて、本来の、やりかけの書面作りに専念できるからです。
 著者は福岡県大牟田出身ですが、いまは千葉在住のようです。今後、ますますのご活躍を同年輩の一人として心から祈念しています。
 全国クレサラ集会のとき二宮厚美教授の基調講演のなかで印象に残る指摘がありました。
 それは日本は経済危機が深刻だといってもアメリカや中国とは決定的に異なっている。つまり日本の国債は日本国民自身が自分の貯蓄の中で買い支え得ているとうこと。
 IMFなど外国資金によって支えられているわけではないので自国内で解決できる。だから福祉を充実させて内需を拡大することで解決の展望があるのだということでした。なるほどですね。
(2009年11月刊。570円+税)

三国志談義

カテゴリー:中国

著者 安野 光雄・半藤 一利、 出版 平凡社
 私は「三国志」も「水滸伝」も大好きです。胸をワクワクさせながら読みふけりました。豪傑たちへのあこがれは、今もあります。
 魏の曹操は、徹底的に悪者になっている。しかし、『正史』を読むと、立派な人だということが分かる。人材の使い方にすぐれ、適材適所の登用により各人の能力を存分にふるわせた。感情を抑え、計算をしっかりとし、その人物の過去にこだわらなかった。戦略戦術は実に見事で、天下を大きく動かした。まさに絶賛に価する。
 しかも、曹操は大武将であるうえ、息子の曹丕(そうひ)、曹植の親子三人が、いずれもすぐれた詩を残している。そして、曹操は、いつも陣頭指揮の人であった。自分の部下もきちんとほめる。
 いやあ、知りませんでしたね、曹操って本当は偉い人物だったのですか……。かの魯迅が曹操を評価しているということも初めて知りました。
 曹操は非常に才幹のある人物であり、一個の英雄として、非常に敬服している。
 なーるほど、曹操って、実に偉い人なんですね。
 うむむ、なるほど、これもたいしたことですよね。
 曹操の詩に、人生というものは、日が出るとたちまち乾いて消える朝露のようにはかないものであるというものがある。なーるほど、そういうものなんでしょうか……。
 呉の孫権は、人をつかうとき、疑いがあるなら使ってはいけない。しかし、使った限りは疑うな、こう言った。孫権はずっとこれを守った。それで、孫権は19歳のときに王になってから、71歳までの52年間、トップに居続けることができた。
 「白浪五人男」の由来。「白浪」というのは盗賊を意味する。これは、「三国志」の冒頭、黄巾の乱で、大将の張角が戦死したあと、残党の白波(はくは)賊が、白波谷に籠って抵抗したことに由来している。つまり、白波を白浪に変えたのだ。
 危急存亡の秋(あきではなく、とき)。進退谷まる(たにではなく、きわ)。日本語の読み方はとても難しいですよね。
 『三国志』をめぐって、大家の放談を聞くと、いろんなことを知ることができます。
(2009年6月刊。1400円+税)

癌ノート

カテゴリー:人間

著者 米長邦雄、 出版 ワニブックス新書
 かの有名な勝負師が、癌と宣告されてからの体験記です。かなり赤裸々に書かれていますので、ここで紹介するのもはばかられるほどです。ガンに関心のある人はぜひ現物を手にとってお読みください。きっと参考になると思います。
 著者のガンは前立腺癌ですから、女性には無縁です。でも、まったくなんの自覚症状もなかったそうです。
 ところが、ある日突然、「あなたは癌です」と宣告されたのでした。男性機能が喪失する。セックスができなくなる。著者はこの点を大いに心配します。私より5歳も年長ですが、さすが週刊誌を騒がせたこともある勝負師ですから、その点こそまさしく一大事なのでした。
 前立腺肥大症と前立腺癌は違う。場所から違います。尿道を取り囲んでいる部分が大きくなるのが肥大症。尿道から離れた外側にできやすいのが癌。前立腺は、胃とか肺と違って、取ってしまってもあまり困らない臓器。前立腺を取ってしまうと、射精できないし、子どもも出来なくなる。前立腺癌になるのは比較的高齢者に多い。
 前立腺癌の治療法として小線源療法がある。これは、前立腺の中に放射線が出る線源を埋め込む手法。その線源から1年くらいの時間をかけて放射線を放出し、癌細胞をやっつける。体内の線源は永久に残るけれど、別に困らない。
 小線源治療の中に、低線量率組織内照射と、高線量率組織内照射がある。低線量率組織内照射のとき、挿入する線源1個が6000円。それを70個ほど入れる。入院費を含め100万円かかる。患者負担を3割として、35万円かかる。
 医師を選ぶときは、運の良い医師を選ぶ。
 ねたみ、そねみ、うらみ、ひがみを持つと、その人の人生は終わる。そして、そういうものを持っている人と付き合うと、自分の運気も落ちる。運が良い人とつきあうのは大切だ。もう一つは、謙虚さがある人。医師を選ぶときには、絶対的な自信があって、しかも謙虚な人であること。なーるほど、ですね……。
 自分で納得のいくまで、よくよく調べつくして悔いのない選択をしたこと、手術のあと便漏れに悩んだことなどが率直に紹介されています。
 術後に、将棋連盟の会長に再び立候補するなど、以前と変わらぬ活躍をしています。たいしたものです。
 前立腺癌は自分で治療法を決められる。誰だって、「あなたは癌です」と言われたら嫌だし、落ち込む。でも、そんなときだからこそ笑いが必要である。治療を楽しむというわけではないが、医師や看護師と仲良くして、男の命をかける一局の治療にのぞむのがいい。
 なかなか実践的な本です。癌家系の私にも大変教訓に満ちた本でした。
 
 全国クレサラ集会のとき、帚木蓬生氏と身近に話すことができました。氏の最新作『水神』は先日ご紹介しましたが、本当に感動的なものでした。氏は年間1作を書くとのことで、5,6年先までテーマが決まっていて、その5年ほどのあいだに資料を集め、1年かけて書き上げるとのことです。資料集めには神田の古書店が一番だということでした。一つのテーマで100冊の本を読むそうです。
 朝4時に起きて6時までの2時間を執筆時間にあてておられるとのこと。ですから夜は8時に就寝。
 そして、氏は、私と同じ手書き派です。清書する人がいて、出版社とも5回以上、校正段階でやりとりするとのことでした。
 大変勉強になりました。
(2009年10月刊。700円+税)

鉄の骨

カテゴリー:社会

著者 池井戸 潤、 出版 講談社
 ゼネコンと政治家は談合罪で何度となく逮捕されています。ゼネコンによる談合絶滅宣言は聞き飽きた感があります。それでもなお、談合はなくなりません。
 談合しなかったら業者がたたきあって次々に倒産していき、社会不安を抱いてしまうから、談合は必要悪だというのが業界サイドの考え方です。しかし、本当にそれで良いのか、中堅ゼネコンで談合を扱う業界課に配属された主人公の悩み多い生活を通して、この問題をともに考えさせられていきます。
 この本の著者が、前に書いた『空飛ぶタイヤ』を読みましたが、そのときも自動車事故の原因を分かりやすく一歩一歩掘り下げて行く手法に驚嘆しました。今回も談合必要悪説に立って話は展開していき、あっという結末を迎えるのです。よくよく考え抜かれた本だと感心しました。談合と政治家の役割に少しでも関心のある人には一読を強くお勧めします。
 この日本に建設業の関係者は、就業者12人に1人、540万人ほどいる。その多くが中小零細で、体力のない土建業に従事して細々と食っている。なんとか食えるのは、談合があるからだ。もし談合がなくなり、自由競争になってたたき合いが始まれば、体力勝負の消耗戦で、中小零細なんかあっという間に倒産する。大手も危ない。大量の失業者が出て、経済は大混乱に陥るだろう。
 自由競争になれば最低落札価格に近い札を手に入れる業者は必ず現れる。なりふり構わず、採算度外視で取りにくる会社がある。多少の赤字でも仕事がないよりマシだという会社は今やゴマンとある。そういう腐りかけの会社によるダンピングが続くと、いずれ健全な会社までおかしくなる。そうなれば、建設業全体がおかしくなり、ひいては日本経済の大混乱は必至だ。
どこのゼネコンでも、談合は業務課が担当する。脱談合なんて世間向けのプロパガンダで、真っ赤なウソにすぎない。
 建設業界は必要悪だなんて言って、今も、ちまちまと談合を続けている。そして、役人も談合を利用している。談合がなくなって困るのは、実は役人のほうだ。予算を執行しなければならない役人にとって、もっとも困るのはお金を支払ったのに工事が完成しないこと。倒産したり、前渡し金をもらって逃げ出したり。そんなときには、予算不足のなかでどこかの業者に頭を下げて赤字で仕事をしてもらうことになる。
 政治家が談合を取り仕切り、そこから甘い汁を吸う仕掛けを地検特捜部が追いかけて行く様子も活写されています。談合罪は昔かられっきとした犯罪です。いつもやられているのに、たまにしか捕まらない不思議な犯罪です。談合について実感を持って知ることのできるよい本です。
 全国クレサラ集会に韓国の弁護士と司法書士(法務士)が参加していました。韓国でもサラ金被害は深刻です。そして、そのサラ金は日本から武富士などが進出しているのです。
 韓国では、破産すると公務員資格が取り消され、会社では当然退職という就業規則が多いので、失業してしまうとのことでした。医師の資格まで取り消されるそうです。
 日本では公務員が破産しても、それだけで退職することはありませんし、弁護士はともかく医師の資格の取り消しもありません。また、会社の退職理由にも基本的になりません。
 
(2009年11月刊。1800円+税)

ゲバラの夢、熱き中南米

カテゴリー:アメリカ

著者 伊藤 千尋、 出版 シネ・フロント社
 『君の夢は輝いているか』のパート2です。著者は私と同じ団塊世代です。朝日新聞の記者でしたが、ついに定年退職したようです。こればかりは、どうしようもありませんよね。
 学生時代にキューバに行き、記者として中南米で特派員として活躍しました。
 中南米の変わりようは、驚くべきものがあります。かつてのアメリカ言いなりの軍部独裁政権が次々に倒れ、庶民が大統領にのぼりつめました。ブラジルのルラ大統領がその典型です。今どき、真面目に社会主義を目ざすと言っているベネズエラのチャベス大統領もいます。今や南米大陸は「反米大陸」となったのです。それほど、民衆のなかにアメリカの反発は強いわけです。やはり、武力で抑えつけるだけの政治は長続きしないのですよね。
 チェ・ゲバラがアルゼンチンに生まれたのは、1928年6月14日。ということは、私より20歳だけ年長です。日本にも来たことがあるそうです。が、そのときには、こっそり広島に来たということです。1959年7月でした。
 ゲバラはボリビアの山中でつかまり、1967年10月9日に銃殺されました。これは、私が大学1年生の秋のことです。そのころ、私はセツルメント活動に励んでいる、18歳でした。ゲバラは享年39歳です。
 ゲバラはボリビアの山中でゲリラ戦を展開しようとしたが、ボリビアの農民はゲリラを支持しなかった。農地改革で農地を得ていたからだ。そして、ラテン系のキューバ人と違って、アジア系の先住民が主体のボリビア人は性格が暗い。
 ええっ、そう言われると……困ってしまいますよね。
 ゲバラの人気は、今や世界的なものがある。アメリカでも、ゲバラはファッションにさえなっている。
 ゲバラは理想を抱き、理想に生き、理想に死んだ。次の言葉は、ゲバラの言葉です。
 もし我々が空想家のようだと言われるなら、救い難い理想主義者だと言われるなら、できもしないことを考えているといわれるなら、何千回でも答えよう。そのとおりだ、と。
 いやあ、こんなことはなかなか言えませんよね。すごい言葉です。初心忘れるべからずといいますが、まさしくそのことを文字どおり実践したのですね。
 最近、ゲバラを描いた映画2本が上映されましたが、本当にいい映画でした。見ていない人はDVDを探し出してぜひ見てください。ゲバラの生きざまを通して、我が身を振り返ることができます。
 革命後、キューバは中南米一の教育・福祉先進国になった。革命前は国民の3分の2が文盲だったのに、今や字が読めない人は1.5%しかいない。授業料は幼稚園から大学まで完全に無料。病院で治療費を支払う必要もない。
 平均寿命は革命前の50歳から74歳にまでなった。
 キューバは平等で、スラムがない。治安の良さと清潔さは中南米一。アメリカの映画『シッコ』を見ると、いかにアメリカの医療制度が貧乏人に冷たく、キューバが優れているか、一目瞭然です。
 アメリカという国は、国民を切り捨てて、ひらすら「自己責任」を押し付ける国である。
 まったく同感ですね。機会の平等を奪っておいて、その結果に甘んじろというのが「自己責任論」です。そして、機会を奪われたという自覚のない大勢の人が「自己責任」論に共鳴しているという悲しい現実が今の日本にあります。
 北九州で全国クレサラ交流集会があり、参加してきました。参加費5000円(懇親会つき。弁護士・司法書士だと1万円)と高いのに、全国から1500人も集まり、大盛況でした。
 このとき二宮厚美教授の話を聞きました。東京には裕福な階層が140万人もいて、彼らは1杯1万円のコーヒーを飲み、一泊150万円のホテルに泊まったりするそうです。
 ワーキングプアが増えている一方で、スーパーリッチも増えているのですね。格差の増大は健全な日本社会を壊してしまいます。セーフティネットを構築し、福祉と人間にもっとお金をつぎこみ、大切にしようとの呼びかけがありました。まったく同感です。
 
(2009年10月刊。1500円+税)

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