著者:長瀬佳代子、出版社:手帖舎
著者は岡山に住む元ソーシャルワーカーです。私が30年前まで関東にいたときに知りあいました。もう永くお会いしていませんが、古希を迎えられたそうです。その記念に作品集を一冊の本にまとめられました。自分で装丁を考えられたそうですが、とても上品な味わいある本です。
岡山文学選奨賞に入選した「母の遺言」など、12篇の随筆を思わせるような淡々とした展開を示す作品が掲載されています。
長く地方自治体の職員として働いてこられただけに、その職場での体験を生かした情景の描きかたが迫真的でみごとです。人情の機微をよくとらえていると感心しました。
—– ぼくには福祉の仕事が向いていないんです。
—– みんな、そう言うな。本当は嫌なんだよ。考えてみりゃ、福祉って他のことが面倒な比べて仕事に比べて面倒なことが多いからな。それに最近は厚生省の指導が厳しいし、仕事がやりにくくなって嫌気がさすのも無理はないが・・・。
——- 長く続けてするのは大変ですが、でも、勉強にはなりました。
——- そうさ、社会の縮図を実際に見られるのだからな。役所の仕事をしていくうえでは、絶対、福祉現場を体験しなくちゃいけないんだ。ところが、だいたい三年でさよならしてしまう。福祉に生き甲斐をもって仕事しようという人間なんかほとんどいない。役所の仕事に上下なんかないのに、福祉というと低くみるんだ。おかしいと思わんか。
——- 分かりません。
——- お前なんか、まだ先のことと思っているかもしれんが、おれたちの年齢の者が考えてるのはポストのことばかり。今度は誰があのポストにいくか、自分は出世コースに乗ったか、はずれたか。そんな話を、飲みながら探りあうんだ。
ホントに今夜もこんな会話が、全国にある市役所近くの一杯飲み屋で、かわされているのでしょうね。著者の今後ますますの健筆を祈念します。
春の日の別れ
